《【書籍化決定】にTS転生したから大優を目指す!》34――ピアノと水泳と再會と
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ピアノを習いたいと思った事はあるけれど、まさかこんな重要なところでそんな話題が出てくるとは思わなかったよ。あとどれだけの時間があるのかはわからないけど、ズブの素人が映畫の撮影で使えるぐらい上手に弾ける様になるなんて、普通に考えれば難しい気がする。
そんな私の気持ちが表に出ていたのか、洋子さんが苦笑する。
「一応弾いてるフリして、上から音楽を被せるのはダメなんですかって言ったんだけどね。私が撮りたいのはそんな陳腐なではない、って怒られちゃった」
「……なんとなく想像はついてましたけど、監督って意外と凝りなんですね」
そこまで期待されているのなら、やらなきゃ男……もとい、が廃る。幸いと言っていいのかどうかはわからないけれど、レギュラーでっていた教育ドラマの撮影が終わったのだ。雑誌のモデルもレギュラーで継続しているけど、後の仕事が単発の仕事のみなら練習時間の都合はつけやすい。
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後はピアノを始めるには年齢がいきすぎているがどうしてもあるが、別にプロのピアニストを目指す訳ではないのだ。なんとかやる気で乗り越えるしかないだろう。
「ちなみにその費用ってこちら持ちだったりします?」
「仕事によっては自腹を切らなきゃいけない事もあるけど、今回は全部あちら持ちよ」
洋子さんの返事にホッと一安心。それなりにお仕事しているのでお金も貯まってきてはいるんだけど、今後の學費や生活費の事を考えるとここからレッスン代を出すのはキツイからね。
既にレッスンをけるピアノ教室も手配済みらしく、明日早速そこに行く事になった。
翌日學校が終わってから洋子さんに連れられて向かったのは、都某所にある10階建てのビル。ここは他の蕓能事務所も用達の音楽教室で、ジャンルで階數を分けて楽のレッスンやボーカルトレーニングが行われているらしい。ちなみに音楽教室は8階までで、それより上の階は事務所とかスタッフのロッカールームになっているんだとか。
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なんで洋子さんはこんなに詳しいんだろうなと思っていたら、この音楽教室ができた時に蕓能プロダクションの人達を集めてお披目されたらしく、それに參加していたそうだ。まだ3年ぐらい前の話で、こんな風にんなジャンルの音楽教室をひとつの場所にまとめて設置するのは新しい試みらしい。講師も駆け出しのピアニストとかバンドマンとか、仕事がない人達を雇ったりしてるのだとか。いい事だと思うんだけど、バンドマンの人が基礎に沿った指導ができるのだろうかとちょっとだけ不安を覚える。偏見かもしれないけど、我流で上手になった人が多そうな気がする。
「あれ? もしかして、すみれちゃん?」
ピアノ科は3階らしいのでビルにってエレベーターホールに向かうと、背後から聲がかけられた。『初めてきたところなので知り合いはいないはずなんだけど』と思いながら振り向くと、そこにはびっくりした表でこちらを見る高校生ぐらいのの子が立っていた。
「わぁ、かすみさんおひさしぶりです」
そこに立っていたのはオーディションの面接を一緒にけた、伊藤かすみさんだった。歌手になりたいという夢を持っていて、面接の時に披してくれた歌は確かに上手だった。あの後オーディションの結果を聞かないままだったけど、かすみさんはどうだったんだろう。
「グランプリは無理だったけど、奨勵賞に選ばれたの」
私がその事について尋ねると、かすみさんは嬉しそうに言った。その縁でプロダクションの研修生になって、ここでボーカルトレーニングを積んでいるのだという。まだデビューは決まっていないが、學校とレッスンの両立をうまくこなしているらしい。
『おめでとうございます』と私が言うと、かすみさんは困ったように笑みを浮かべた。
「私よりもすみれちゃんの方がすごいじゃない、CMにも出てるし教育ドラマも見てたよ。あれからまだ1年ちょっとしか経っていないのにね」
その言葉を聞いて、私も返答に困って苦笑でごまかす。褒めてもらえるのは嬉しいのだけど、私がこうして順調に仕事が出來ているのは洋子さんの頑張りはもちろんの事だが、運が良かったとしか言いようがない。あの日CM撮影で子役の欠員が出なかったら、仕事を得るのにもっと時間が掛かっていたかもしれないし。
「すみれ、そろそろ時間だから……」
かすみさんと話をしていると、橫から洋子さんが腕時計を見ながら言った。初対面の先生を待たせたら印象悪いもんね、かすみさんにまたねと手を振って今度こそエレベーターに乗った。
エレベーターから降りた先にはガラス扉があって、その奧からかすかにピアノの音がいくつも聞こえてくる。防音がちゃんとしてるんだなーなんて思いながら中にると、付カウンターにいるお姉さんが笑顔で迎えてくれた。
軽く會釈して挨拶すると、洋子さんが付の人と話し始める。こういう時って予約ができてなかったらどうしようとか不安になるけど、そんな事はなくてちゃんと予約されていた。付のお姉さんに案されてレッスンブースのひとつにると、そこには子大生ぐらいのの人が座っていた。
「三村さん、レッスンよろしくお願いします」
付のお姉さんはにそう言うと、私にニコリと笑いかけてからブースを出ていった。三村さんと呼ばれたお姉さんは椅子から立ち上がると、私の前まで移してわざわざしゃがんで私に視線を合わせた。
「はじめまして、私は三村琴音(みむらことね)です。今日からすみれちゃんのレッスンを擔當させてもらいます、よろしくね」
「松田すみれです、こちらこそよろしくお願いします」
私がぺこりと頭を下げながら言うと、先生はびっくりした様な表で私を見ていた。多分年齢よりい外見の私に気を使って子供用の対応をしてくれたんだろうけど、私の対応が思ったよりも大人びていて面食らったのかもしれない。
でも何度も言うけれど初対面の印象って大事だから、私はにっこりと笑顔を先生に向けた。それを見た先生はハッとした表をした後で気を取り直した様にぎこちなく微笑んで、後ろにいた洋子さんにカリキュラムの確認をし始めた。とりあえず想定している練習期間は10カ月足らずで、そこそこ弾ける様になるというのは先生にとっても無茶ぶりなのだろう。ちょっとだけ顔を引きつらせて『一緒に頑張ろうね』と言ってくれた先生に、私は両手をギュッと握って『はい!』と元気よく返事をした。
私も無茶ぶりされた側だけど、當事者の私がやる気ないじにしてたら先生だって気分悪いもんね。出來る限り頑張ろうと思う。
そんな私の意気込みが伝わったのか、先生はちょっとだけ強張っていた表を緩めて私の頭をポンポンとでてくれた。そして先生がまず初めに教えてくれたのは、テクニックなんかは後からでもにつくけれど、基礎は最初にしっかりやっておかないと取り返しがつかないという事だった。それを聞いた私の頭には前世の聲優養所でお世話になった先生が言っていた『大事なのはハートよ、その他の事は後から小細工でどうとでもなるわ』という言葉が浮かんでいた。やっぱり何事も基本が大事なんだなぁと、しみじみ思う。
早速ピアノの前に座って、基本の手のかたちや指の運になる短い曲の弾き方などを教えてもらった。知らなかったがどの指でどの鍵盤を叩くのかというルールもあるそうで、どことなくパソコンの文字力で使うブラインドタッチの練習にも似ている。他にも楽譜の読み方や鍵盤の位置など學ばなきゃいけない事がたくさんあるらしく、本當に弾ける様になるのだろうかという不安がじわりと湧いてくる。
週に2回のレッスンだけじゃ無理だろうし、寮でも練習しよう。電子ピアノって誰か持ってないかな、帰ってたら相談してみよう。
初回にしてはガッツリと1時間レッスンをして、洋子さんが運転する車に乗って帰路につく。普段使ってない筋を使ったのか、右手がプルプル震えている。でもやりたい事のひとつだったからか、慣れないレッスンで的にも神的にもクタクタに疲れているにも関わらず、なんだかフワフワと心地よい。
「……どうかな、すみれ。頑張れそう?」
「初日だから、まだ何とも言えないかな。でも、頑張りますよ……あ、そうだ。洋子さんって電子ピアノ持ってたりしません? とりあえず寮でも練習しないと、とてもじゃないけど間に合わないと思うんですけど」
私がそう言うと、ハンドルを作しながら洋子さんが『んー』と何かを考える様に聲を出す。
「私は持ってないんだけど、周りに聞いてみるよ。安く譲ってもらえる様だったら、事務所の経費で落とせるかもしれないしね」
「お手間を取らせてごめんなさい、よろしくです」
「それが私のお仕事だからね。お任せくださいな、お嬢様」
冗談めかして言う洋子さんとクスクスと笑い合って、改めて後部座席のフカフカシートにもたれかかる。あー、そう言えば監督の無茶ぶりには水泳も含まれているんだっけ。まぁ水泳は地元の學校でも水遊び程度だけどやってたし、前世では宮里のカッパとか言われるぐらい得意だったからなんとかなるでしょ。
楽観的だけどなんとかなるさと思いながら、私はウトウトとゆっくり忍び寄ってくる睡魔にを委ねて夢の世界に旅立つのだった。
「すみれちゃん、力抜いて! また沈んでいってるよー」
誰だ、昨日なんとかなるとかポケーっと楽観視してた奴は。なんともならないじゃないか、何が宮里のカッパだよ。前世では心ついた頃から脂肪がたくさんついていたから、が浮くのが當たり前になってただけで、特に私の泳ぎが上手という訳ではなかったらしい。
翌日も洋子さんに連れられてスイミングスクールに來た私だったけど、ピアノ以上の難題に頭を悩ませていた。にぴったりとくっついてくるスクール水著が未だに著慣れないのはまぁいいよ、長い髪をスイムキャップの中に詰め込んだらこんもりするのも許したいと思う。
ただ痩せぎすなこのが水泳に向かなさ過ぎて、もう如何ともし難い。何しろ水にがちっとも浮いてくれないのだ、これは脂肪が前世に比べてないのが原因だと個人的には思っているんだけど、先生曰く『に力がりすぎてくなって、余計に沈みやすくなっている』のではないかとの事。
學校の水泳の授業でわかってた事? いやいや、地元の學校ではバタ足したり鬼ごっこしたりの水遊びみたいな授業容だったし、私はほら背が小さいからプールに頭まで浸かっちゃうのでプールの縁のところに捕まって、なおとふみかとおしゃべりしてたりしたんだよね。
そして去年はこっちに越してきた時にはもうプールの授業は終わってたし、今年はプールを工事しているから授業は全部普通の育の授業に振り替えられたから、ここまで泳げないなんて本當に今までわからなかったのだ。
「よいしょっ、すみれちゃん大丈夫? 浮かぶ練習から頑張らないとダメだね」
ただでさえ軽いが水の中で更に軽量化されているのか、筋ムキムキなブーメランパンツの指導員のお兄さんにひょい、と抱きかかえられた。ホッペがお兄さんの逞しい筋にペタリとくっついて、ちょっとだけ寒気を覚える。男への忌避というよりは、発達しすぎた筋への恐怖の様な気がする。自分でも何を言ってるのか、よくわからないけど。
しかしお兄さんはこんなに筋だらけでも沈まずに泳げるのだから、私も必死に練習すれば泳げる様になるのだろうか。いや、ならないと仕事に支障をきたすのだから、やり遂げなければいけない。
決意しても前世の自分にできた事ができない現世の自分に、何とも言えない憤りが募る。それをしでも吐き出す様にペチペチとお兄さんのを叩いていると、不思議そうに小首をかしげて私を見るお兄さんと目が合った。ごめんなさい、練習頑張りますからそんな痛い子を見る様な目で見ないでください……。
最初はお姉さんだったんですが、ピアノ教室の先生も子大生にしたので水泳の先生は男にしました。
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