いつもブックマークと評価、誤字報告ありがとうございます。

（こりゃすごいわ、監督が青田買いまでして囲い込むのもわかる）

映畫の撮影初日、主だった出演者とスタッフ達の視線がＴシャツ１枚しかにつけていないに集中する。彼が著ているＴシャツ自は新品だが使用を出す為に何度か洗濯したらしく、首回りがヨレている。

人男向けのＬサイズなのだから、當然には大きすぎる。なんとか両肩に引っかかっている狀態は、そういう趣味の奴にはたまらなく扇的に見えるだろう。大きく開いた襟ぐりから中が見えそうで、がく度にハラハラしているスタッフの達が視界の端に見えた。本人の希でと間に前張りをしているらしいから、見えても問題はなさそうだが。

通常の映畫の撮影というものは演者や撮影場所のスケジュールも考慮して、シナリオ無視で撮影できるシーンから撮っていく場合がほとんどだ。けれども神崎監督はこだわる人だから、可能な限りシナリオに沿って順番にシーンを撮影していく。そんな非効率なやり方が許されているのは、彼のその手法によってより良い作品がこれまでに何作も世に生まれているからだ。

だから最初に俺が転換するところまでの日常シーンを撮って、いよいよ噂の新人が演技をするとあってか、撮影スタジオには多くの見人が集まっていた。俺が撮影してた時はスタッフしかいなかったのに、えらい違いだ。相手が可いの子って事もあるのだろうが、あの子は他人の懐にり込むのがうまい。往年の名俳優と呼ばれる恩田正（おんだただし）があんなに好々爺然とした表で接しているのを見た時は驚いたもんだ。有な若手には厳しく接し、將來をじない奴には見向きもしない。鬼の恩田と呼ばれるあの爺さんがあれだけデレデレになってるとか、ある意味面白いけどな。

他にも各世代では名聲を恣ままにしているトップレベルの俳優が男問わず參加しているのだが、顔合わせの時から松田すみれには好意的だったように思う。不思議に思って仲良くしてもらっている先輩優に話を聞いてみたら、あの子はちゃんとメインどころの俳優全員の楽屋へ挨拶回りをしていたらしい。そう言えば俺のところにも來たな、１回會ってるから適當にあしらった気がするが。

ただ自己紹介とよろしくお願いしますと頭を下げる挨拶ならここまで気にられる事もないだろうから、何か他の奴と違う事をしたんだろうが、殘念ながら教えてもらえなかった。まぁ子供でであるというアドバンテージが効いてるという可能もなくはないが、蕓能界でなどありふれているし違う気がする。

それはさておき、俺はついさっきまで松田すみれがこの映畫に出演できたのは、ひとえに大島あずさのゴリ押しのおかげだと思っていた。ドラマの出演経験は數えるぐらいで、他はＣＭや子供服のモデル等の子役らしい活しかしていないどこにでもいる子供だ。多は他の子供よりも見目が良い様だが、ただそれだけだと。神崎監督からこの映畫の話をもらった時に松田すみれを見出したのは自分だと自慢気に語っていたが、ハナから信じてなかったんだよなぁ。まさかあの天才と名高い神崎監督が、たかが子役に注目するとは思えなかったからだ。

でもそんな思い込みはたった１シーンの演技で跡形もなく消し飛んだ、なんだよあの演技。才能は確かにある、だが才能だけでなんとかなるものじゃなかった。その影にたくさんの努力の跡がある事は、見ている全員に伝わっていた。

何故なら臺詞の口調が間違いなく俺のものだし、ちょっとした仕草も明らかに男のものだった。ベッドの上にへたり込むシーンもしっかりと胡座をかいていて、頭をボリボリと掻く作に丁度良い雑さをじる。この短期間でここまで仕上げられるなら、時間作って會ってやってもよかったな。

カチンコが鳴って、監督の迷いのないＯＫの聲が響く。その瞬間、胡座をかいていたが我に返った様に素早く腰を浮かしてペタンとの子座りに勢を変える。それが合図だったかの様に、先程まで彼の周りに確かにあった男的な雰囲気が消失し、的ならかさが周囲を満たしていた。まるでスイッチで切り替えた様な急激な変化に、思わず嘆のため息がもれる。

「ありゃあ、天のもんだな。その上で努力もできるってんだから、將來はいい優になるだろうよ」

突然背後から話しかけられて、驚きに心臓が激しく高鳴って小さく痛みを覚える。慌てて振り向くと、そこには先程頭に思い浮かべた大所俳優の恩田がいたずら小僧の様な表を浮かべて立っていた。

「急に聲掛けないでくださいよ、恩田さん。びっくりするじゃないですか……ところで、恩田さんから見てもあの子はなかなかのモンですか？」

「イタコ系ってのかな。たまにいるんだ、ああやって何かを自分のに宿らせた様な演技をする人間がな。大昔はああいう娘が神の聲を聞く巫みたいな役割に就いていたのかもしれん」

謎のうんちくを語り始めた恩田に、俺は首を傾げる。そんな俺を見て彼は鼻で笑うと、軽く俺の背中を叩いた。

「それにプラスして上手に臺詞にを載せているし、細かなきや仕草はお前さんの模倣だろう？　さっきも言ったがあそこまで特徴を把握して、自発的な作の様に自然に表現できる様になるには努力が必要だ。子供の頃から當たり前の様に努力ができる人間は強い、特に実る努力のやり方を知っている奴はな」

恩田の言葉に、俺は小さく頷く。若者に人気の歌なんかでは歌詞で『努力すればきっと夢は葉う』などと綺麗事が書かれているが、努力には無駄な努力と実る努力が存在する。どういう方法でどれだけの課題を自分に課すのか、どういう目線で事を見て思考し他人と接するのか。それらを全部引っくるめて努力と呼ぶのだと、俺は思っている。

しかしまぁ、これだけの高評価を大先輩から聞かされると俺も見る目を変えざるを得ない。松田すみれは決してコネでゴリ押しされた子役ではなく、自らの実力でこの役を摑み取った優なのだと。

よくよく省みると、彼に俺の態度はかなり酷かったと思う。人したいい歳の男が小學生のの子に頭を下げるのは々と複雑なが湧いてくるが、今後も付き合いがあるかもしれないしわだかまりは早めに解消しておきたい。

しばらく俺の撮影はないし、今日のうちに謝っておいた方がいいだろう。意を決して休憩時間に松田すみれの楽屋を訪れて、誠意を込めて頭を下げた。どれだけ玄人はだしな演技が出來たとしても子供だし、どういう反応が返ってくるか予想できない。怒鳴られても泣かれてもとにかく頭を下げ続けようと思っていたのだが、彼は歳に見合わない寛大さを見せて屈託なく笑って許してくれた。

それどころか『中村さんの仕草や口調の真似はまだまだ付け焼き刃なので、気がついたところがあればアドバイスしてくださいね』と向上心旺盛なところも見せる。実力を認めた若い子がこうして前向きなところを見せてくれると、こちらまで嬉しくなってしまう。俺もまだ二十代だから喜んでばかりもいられず優秀な後進の登場には焦るべきなのだが、今は喜びのの方が勝っていた。

こうして無事に松田すみれと仲直りができた俺だったが、彼と話している間中ずっと背後から俺を睨んでいたマネージャーの存在に全く気がついていなかった。それからしばらく撮影に參加すると必ずじる強い視線に悩まされる事になるのだが、それはまた別の話。

今年の１月半ばから書き始めて、ちゃんと年末まで続けられている事にホッとしています。それと同時にお付き合いくださっている読者の方々に最大級の謝を。