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冬の東尋坊は寒い、ひどく冷たい風がに容赦なく吹き付けてこちらの溫を奪っていく。裝の上にあったかいモコモコのベンチコートまで著せてもらっているのに、の震えが止まらない。日本海特有の荒ぶった波の音を聞いていると、余計に寒くじるから不思議だ。

私は今、福井県にいます。何故ならサスペンスドラマに被害者の年の離れた妹役として、抜擢されたからだ。本來なら崖の上で犯人が探偵役に追い詰められるラストシーンに私の出番はなかったのだけど、私の演技を見た監督が追加してしまったのだ。まぁ演じろと言われればやりますけど、腳本家さんに怒られても知らないからね。

目の前では探偵役が犯人の行いを詳らかにし、追い詰められた犯人が憎しみの表で何故犯行に至ったのかという機を語っている。さて、そろそろ出番だなと思っていたら、スタッフさんが迎えに來てくれた。振り手振りで『こちらで合図を出しますので、よろしくお願いします』とこちらに伝える彼に、こくりと頷く。

「勝手な事を……この子を前にしても、そんな事が言えるのか！」

探偵役のおじさんのこの臺詞が私がフレームインするためのキッカケだ、ベンチコートをがされた私は、彼に駆け寄って背中に庇われる立ち位置で足を止めて、憎々しげに犯人を睨む。

「……春香ちゃん」

「なんで、なんでお姉ちゃんを殺したの！？　あんなに仲がよかったのに！！　お姉ちゃんは雪子さんの事を、親友だっていつも言ってたのに……」

私の目からポロリと一滴の涙が零れるが、拭いもせずに目の前の犯人のを見つめる。この殺人事件は実にお末で俗に言う癡のもつれが引き起こし、春香の姉が殺された。犯人である目の前の『梢』はその事件を隠蔽するも、複數の人間にバレてしまった為にその全員を手に掛けた。殺した死が増える程、當然犯行は白日の下に曬されやすくなる。この頃のサスペンスドラマはそこまでトリックに凝ってなかった記憶があるが、今作はどちらかというとサスペンスというよりは、人間の淺ましさを描いたヒューマンドラマと言った方がしっくりくると思う。

私の言葉で罪悪に耐えられなくなったのか、それとももう逃げられないと悟ったのか、梢はがっくりと膝をついた。そしてパトカーが到著し、梢を制服を著た警役のふたりが両脇を固めて連れて行く。その後ろ姿を見送りながら、春香役の私は探偵役のおじさんにすがりつきながら慟哭する……お姉ちゃんを返してと何度も何度も。そんな私を見てやりきれない表を浮かべた探偵役が空を見つめ、エンドロールが流れる段取りになっている。

「カット！　オッケー、完璧だったよ！！」

監督からＯＫの聲がかかると、私は探偵役の俳優さんからを離して『ありがとうございました！』と頭を下げた。涙はまだ微妙に流れ出ているけど、あのオーディションの時と比べたら泣きのコントロールもうまくなったと思う。寒さで垂れそうな鼻をしだけズル、と吸うと俳優さんは苦笑を浮かべた。

「こちらこそ、名演を見せてもらえて嬉しかったよ。さぁ早くを溫めないと、風邪を引いてはいけないからね」

そう言われて背中をポンと優しく押されたのでスタッフさんがいる方へ向かうと、ベンチコートを持ってものすごいスピードでこちらに駆け寄ってくる洋子さんがいた。その勢いのままにコートを著せられて、焚き火の近くへと連れて行かれる。そして紙コップにった溫かいお茶を手渡されて、『しばらくここで暖まっていなさい』と言い殘すとどこかに走り去ってしまう。

私にはよくわからないけれど、多分マネージャーさんも擔當タレントが演技している裏側では、々な折衝とかご挨拶とかそういうのをしてるのだろう。それと比べるとちょっと寒い思いをしても、思いっきり演技してる方が楽にじる。いつもお疲れ様です、洋子さん。

パチパチと音を立てながら燃える焚き火を見つめながら、私は小さくため息をついた。今週も先週もその前もフルで學校に行けてないんだよね、週に１日とか２日とか。學校の溫で登校した日の放課後にテストをけたら出席數は誤魔化してもらえるんだけど、なんだかズルをしている様な気がして申し訳ない気持ちになる。

私は中學験をする予定なので『いくらコネがあるとはいえ験では欠席がない方がいいんだから甘えておきなさい』と洋子さんとあずささんが言っていたけど、それでこの後ろめたい気持ちが消える訳ではないんだよね。校外學習だと思えばいいのかもしれないけど、私ひとりしかいないから自分を騙せないし。

そもそも私の仕事がここまで急に忙しくなるなんて、事務所の大人達にも想定外だったらしい。前に打ち合わせした時の仕事量なら、學校にも月曜日から土曜日までちゃんと通えたし、休んだとしても週に１日か２日ぐらいになるだろうという予想だったそうだ。でもその想定をひっくり返したのは、朝のワイドショーで映畫の特集がされてそのゲストに呼ばれた事がきっかけだった。

私としては質問された事に答えて軽くエチュードを披したぐらいの認識なんだけど、そのけ答えが天然ぽくて視聴者やスタジオにいた人達にはとても可く映ったらしいと洋子さんは言っていた。どういう部分がけたのかなと洋子さんに質問してみたんだけど、『すみれが自覚しちゃったら不自然になっちゃうからダメ』と教えてもらえなかった。ＯＡを見ても特におかしいけ答えはなかったはずなのに、他の出演者さん達から笑われたり『可い～』ってリアクションをされて……解せぬ。

でもその時はまだスケジュールに影響はなくて、映畫の観客が増えたぐらいで済んだんだよね。クリスマスには歌を呼んで約束してた寮でのお泊り會も普通にできたし、年末もＣＭ撮影ぐらいで忙しくなかったから。２つ目のきっかけは寮のみんなが仕掛け人になって行われた、ドッキリ番組の寢起きドッキリだった。

急にさんがちょっと大人っぽいじのネグリジェをプレゼントしてくれて、今日はそれを著て寢てしいとか言ってきたんだから、しはおかしいと思って疑いなさい私！　でもその時は不思議だなとしか思えなくて、お願いされたんだから著るかと律儀にネグリジェをにつけて就寢した。私だとボリュームが足りないから、どうせなら真帆さんとか菜月さんにプレゼントすればいいのにと思いながら夢の世界へと旅立ち、次に目覚めたらカメラさんとか照明さんとか寢起きドッキリの中継で有名な蕓人さんが笑いながら自室の中にいた。

思わず布団と布の中に潛り込んで、顔だけひょこっと出す。多分髪もハネて顔も恥ずかしさで真っ赤になってて見られたもんじゃなかっただろうに、どうやらＯＡを見た人達には好評だったみたい。特に業界の人達は何を拠にしたのかはしらないけど『この子は売れる』と確信したらしくて、そこから仕事のりがとんでもない勢いになった。

騙し討ちみたいにどっきりを仕掛けられた私としては、敵に回ったみんなに思うところはあったのだけど、『これがこのメンバーで騒げる最後の機會だったから』って言われてしまったらずっと怒ってもいられないし。でも素直に許したら今後も悪ふざけでドッキリとか仕掛けられそうだったから、有名ホテルでしか買えないお高いケーキ１ホールで手を打つことにした。もちろん１ホールなんてひとりで食べられる訳がないから、結局寮のみんなでお茶しながら味しく食べたんだけどね。あずささんとトヨさんにおすそ分けしたら、意外に喜んでもらえた。

「お疲れ様、すみれちゃん。どうしたの、なんだか暗い表してたけど」

「あ、お疲れ様です雪さん。膝、だいじょうぶでした？」

「大丈夫大丈夫、ズボンだったからね。相武（そうぶ）さんとすみれちゃんの演技に引っ張られて、ついアドリブしちゃった」

パチパチと音を立てながら燃える焚き火をぼんやり眺めながら考え事をしていると、背後からポンと背中を叩かれると同時に聲を掛けられた。先程まで犯人役を熱演していた木野雪（きのみゆき）さんだ。演技で巖場の地面に強めに膝をついていたから心配しながら尋ねると、彼は手をひらひらと振りながらそう答えた。ちなみに相武さんとは探偵役のおじさん俳優さんである。

ドライやリハーサルでは見せなかったきだったので、私や相武さんの演技に引っ張られたというのは本當なのかもしれない。そうだとしたら嬉しいし、もっと周りの人にをじ取ってもらえる演技を目指していきたいな。

「それよりもすみれちゃん、ちょっと疲れ気味なのかな？　表がそんなじに見えるけど」

「……そうですね、急にお仕事がたくさんってくる様になって。まだそんなにお仕事をこなしているって訳じゃないのに、勢いだけでもうあっぷあっぷしてるじです」

「すみれちゃん、本當に急に知名度があがったものね」

急激な周囲の変化に溺れそうになっている事を正直に告げると、雪さんは小さく苦笑して頷いた。ただその後すぐに表を引き締めて、『でもね』と続ける。

「この仕事って、今のすみれちゃんみたいに生き殘るためのきっかけやチャンスすら貰えない人も多いから。だからすみれちゃんには忙しさに負けずに、頑張ってほしいと思うよ」

雪さんによると、これまでチャンスを活かしきれずに業界を去った同業者をたくさん見てきたらしい。今回私は幸運にも顔と名前が知られてたくさん仕事が舞い込んできたんだけど、そもそもそういうブレイクの兆しすら與えられない蕓能人がほとんどなのだ。私だって今は珍しさや流行りに乗ってオファーが殺到しているけど、これがずっと続く訳ではないししでも長く続くように、そしてその後も安定して仕事が得られる様に努力していかなければいけないのだ。

「私も役者歴は長いけど、未だにこうしてたまにスポットで呼ばれるぐらいで、他のお仕事もしながらじゃないと続けていけないもの。売れるチャンスはから手が出る程しい、だから今そのチャンスを手にしている人は、妬ましいけどそれと同じぐらい頑張ってしいなって思ってるのよ」

後悔ばかりだった前世の私を神様っぽい人がの子として生まれ変わらせてくれて、大事な友達もできて前世の學校よりも楽しく通えている。だから仕事ばっかりじゃなくて學校にも通いたいな、友達に會いたいなって思う気持ちがあるのは間違いない。今でもそういう願は、私のの中にある。

でも思いの籠もった雪さんの言葉を聞いて、狀況が変わってまだししか経ってないけど、もう仕事が想定以上に舞い込んできて私がアタフタとしていられる時期は過ぎてしまったんじゃないかなと、ふと思った。今私がやるべき事は山の頂上ばかりを見ずに、まずはもらった仕事をひとつひとつしっかりとこなして、松田すみれという役者の価値を周囲に示し続けていく事なのではないだろうか。そうして地道にやっていく事でまたそれが新しい仕事をもらうきっかけになって、蕓能界に役者としての居場所ができるのかもしれない。

未來の自分のために現在の自分がやるべき事を頑張ろう、雪さんとの會話で曖昧だった自分の気持ちがはっきりすると共に、覚悟の様なものがカチリと定まった様な気がした。

活報告にも書きましたが、ネット小説大賞の二次選考で落選しました。

自分の作品を書籍化したいという願がどうしても捨てきれず、し足掻いてみたいと思いますので、こちらの作品の更新を週１から月１にして々考えたりやってみたりしたいと思います。

読んでくださっている読者の方々には大変申し訳ないのですが、ご了承いただければ幸いです。