いつもブックマークと評価、誤字報告ありがとうございます。

一応宣言しておきますが、石さんと関係になったりはしないのでご了承ください。

「どうしちゃったの、すみれちゃん。途中まではあんなに上手に演技していたのに」

私がＮＧを連発してただでさえ遅れ気味の撮影スケジュールに更に遅れが出ているのだから、監督さんはもっと怒っていいはずなのに。怒りなんて微塵もじさせずに、心配１００％な眼差しでこちらを見ている。ただ見られているこちらとしてはとっても居心地が悪い、自分の不甲斐なさのせいで監督さんや他のスタッフさん、共演者の皆さんに迷を掛けているのだから。

確かに監督さんの言う通り、シナリオの序盤を終えるぐらいまではＮＧも出さずにスムーズに撮影は進んでいたんだよね。ただ段々とシナリオに要素が出てきた途端に、監督さんからダメを出される様になった。助監督さんや他のスタッフさん達は何故撮影が止められたのかわからないという表をしていたけど、監督さんは見抜いてたんだよね。その演技にとかとか、そういう類のが乗っていないという事を。

わざわざ個室を用意して私と二人きりでこうして話す機會を作ってくれた監督さんに、いつまでも黙っているのは不義理だよね。私はこくりと唾を飲み込んでから、覚悟を決めて打ち明ける事にした。

うまくまとまらずに話があっちこっちに飛んで要領を得ない私の話を、監督さんは辛抱強く聞いてくれた。一通り話し終えた後、しばらく黙り込んでいた監督さんがゆっくりと口を開く。

「なるほどねー、まぁよくよく考えたら當たり前の話よね。すみれちゃんはまだ小學生なんだもの、中學校にってから初めてをする子だってなくないし、むしろわからなくて當然。決してそのが理解できない事が、おかしいなんていう事はないわ」

そう言ってフォローしてくれた監督さんなのだけれどごめんなさい、中は前世でアラフォーまで生きたおっさんなんです。家族以外の異と縁がなかったし、見た目も底辺だったから自分からとかとかそういう事から目を背け続けていたら、その辺りのが凍りついたみたいに鈍くなってしまったのだろう。

「クラスメイトとして好きとか、親友に対しての好きっていう気持ちとは違うんですよね？　わたしも々調べたりマンガを読んだり、ドラマを観たりしたのですが全然わからなくて……」

「すみれちゃんはまず頭で考えちゃうタイプなのね、でも友達やその中でも特に大事な人達に対してじる好きっていう気持ちも、そんなにかけ離れたものではないわよ。も友も親も、どれも大雑把に言えば同じ好意だもの。それをじられるなら、すみれちゃんも運命の人に出會った時にいつかはそういう気持ちを抱く事ができると思うわ」

もしかしたら自分には誰かを好きになる自が備わってないのではないかと不安だったのだけれど、一般論であってもこうして誰かに大丈夫だと言ってもらえるとし安心する。ただそのへの理解が必要なのは、いつかではなく今なのだ。結局のところ、これからも皆さんに迷を掛ける事に変わりはなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

そんな気持ちが表に表れていたのか、監督さんは苦笑しながら主要スタッフには事と私がＮＧを出しても見守る様に話をしておくと言ってくれた。あんまり気にはしないようにしていたけれど、表立って舌打ちしたり面倒くさそうな表を浮かべる人が減るならありがたい。そんなにダメージはけていないけれど、やっぱり気持ちのいいものじゃないからね。

「あ、それと相手役の石くんとはどう？　しは仲良くなった？」

「えっと、待機中に雑談したりはしますけど。仲が良いかと聞かれると……」

私はそこで言葉を切ると、小さく首を振った。共演者という肩書きを外せば、良いところ顔見知りか知り合いと呼ぶのが一番合っていると思う。ただそんな事を堂々と言えないので言葉を濁したのだが、どうやらニュアンスで監督さんは理解してくれたようだ。

「歳も離れてるし異だし、中々難しいよね。でも、せっかくすみれちゃんを始めとして演者さんもスタッフ達も頑張ってくれてるし、観てくれたお客さんが楽しめる映畫を作りたいと思っているの。だから心を鬼にして言うね、石くんと友達と思えるくらいに仲良くなって頂戴。もちろん、彼にも私から同じ指示を出すから」

私としてもせっかく出演させてもらっているのだから、できればいい映畫を作りたいと思っている。はできないと思うけど、友達にはなれるかもしれない。隨分と心理的なハードルは下がったけれど、それでをしている演技ができるのだろうか。そんな疑問が表に出ていたのか、監督さんは小さく笑った。

「すみれちゃんなら友達としての好意を下敷きにして、そこに今のをしている演技を上乗せしたら、きっと観客への説得力が出ると思うの。このまま上辺だけの演技でやり過ごすより、よっぽどいい畫（え）が撮れるんじゃないかな」

現時點での私の演技は、前世で遊んだシミュレーションゲームとかアドベンチャーゲームのヒロインが主人公に向けていた好意や、を題材にしたアニメやマンガを參考にして作り上げたものだ。こうして監督さんに指摘されるという事は、その演技はとても作りめいているのだろう。そこにどんな種類であれ本の好意を混ぜ込めば、メッキではあるけれどを観客に伝える事ができるのかもしれない。それに顔見知りと友人では、無意識に距離も違ってくるだろう。なんだったっけ、パーソナルスペースが狹くなるんだよね。

どちらにしろこのままではをしているの演技はうまくできないのだ、ここは監督さんを信じて石さんと友達になって仲良くなろう。私はそう決意して、ぎゅっと右手を握りしめた。

「ああ、監督から話は聞いてるよ。とはいえ悲しいな、オレはもうすみれちゃんとは友達のつもりだったんだけどさ」

その日の撮影が終わって私は洋子さんと一緒に、スタジオの片隅に備え付けられている椅子に座ってぐったりしている、スーツ姿の石さんにそっと近寄った。監督さんと話した容を簡単に説明した後で協力を求めると、彼は快諾してくれた後で冗談めかしてしょんぼりとした表を浮かべた。

「の子は男子と違ってそう簡単に心を開く訳にはいかないのよ、すみれはそこのところをちゃんと理解してる子だからね」

何故か洋子さんが自慢する様に言って、石さんのマネージャーさんである坂本さんも同意する様にコクコクと頷いている。平末期に比べるとこの時代は、まだまだの地位は男より低い。さすがに昭和中期頃みたいに関白宣言なノリで過ごす男も減ってはいるが、まだまだに対するセクハラ・パワハラが橫行していたりするし。

もしかしたら過剰に心配し過ぎなのかもしれないけれど、男だった経験があるからこそ男のをよく知っている。そんな私が異である男に壁を作ってしまうのは、ある意味仕方のない事だろう。同い年やし年上の男の子なら、そこまで構えずに接することができるんだけどね。

「自意識過剰なんだとは思うんですけど、どうしてもそういう警戒心みたいなを抱いてしまって。石さんにも不快な思いをさせて、本當に申し訳ないです」

「ごめん、さっき言ったのは冗談だから全然気にしなくてもいいよ。それにしても警戒心か……じゃあ、まずは呼び方から変えてみるか」

「……呼び方、ですか？」

突然の提案を理解できなくて首をコテンと傾げると、石さんは苦笑しながら説明してくれた。

「オレはすみれちゃんって名前で呼んでるけど、すみれちゃんはオレの事を名字で呼ぶだろ？　だから名前で呼んでみたら、心の距離がグッとまるんじゃないかなと思うんだよ」

そう言われて、確かにそうだなと納得する。學校でも仲良しの子は下の名前で呼ぶし、逆にそんなに仲良くない子は名字呼びだもんね。確か前世で見た本だったかテレビだったかは忘れたけれど、それによると名前って自分にとって一番響きが良い言葉らしい。だから名前を呼ぶことで仲良くなれるんだって。私には前世の名前もあるけれど、最早すみれって名前の方が耳馴染みいいから名字よりも名前で呼ばれる方が嬉しいし。

「えっと、その……」

「ん？」

ヤバい、前世で名前呼びする人なんて姪っ子達以外にいなかったし、すごく張する。恥ずかしさで頬が急に熱を持ち始めるのをじながら、えいやと気合いをれて石さんの顔を見ると聲を振り絞るみたいに『り、竜矢さん』と呼んだ。するとブン、と音がしそうな勢いでいす……じゃないや、竜矢さんが首を明後日の方向に向けた。

「……石くん、わかってるとは思うけれど」

「わ、わかってますって安藤さん！　誓って、すみれちゃんを変な目で見てる訳じゃなくて。なんていうか、ＯＬの演技している時のすみれちゃんは全然小學生には思えなくて、むしろオレと同年代か年上みたいに見えて、撮影が終わってもその覚を引きずってしまっているっていうか！」

「思いっきり拗らせ掛けてるじゃないのよ、すみれは小學生なんだからね！　いくら可くても手出しは厳、わかった！？」

圧をじさせる洋子さんの問いかけに、わたわたと慌てた様に言う竜矢さん。彼が何故慌ててるのかはよくわからないけれど、洋子さんは過保護というか心配し過ぎだと思う。私みたいな小學生に、大人な竜矢さんが何かするはずないだろうし。彼の周りには同年代のがたくさんいるんだから、その人達を放っておいて私なんかにどうこうなんてないない。

洋子さんによる竜矢さんへの言いがかりは、あちらのマネージャーさんの坂本さんがしっかりと目をらせておくと約束する事で話がまとまったみたい。『洋子さんが失禮な事を言ってごめんなさい』と頭を下げて謝ると、竜矢さんはポンポンと優しく頭をでてくれた。

「オレ相手に敬語なんて使わなくてもいいよ、友達なのに敬語で話すってヘンでしょ。すみれちゃんは禮儀正しいから仕事の時は敬語でもいいけど、オフの時とかオレと二人だけの時は同い年の友達に話すみたいなじで大丈夫だから」

「はい……じゃなくて。うん、わかったよ。竜矢さんには負擔を掛けちゃうけど、よろしくお願いします」

彼も自分の演技で大変なのに、私の事にまで巻き込んでしまって本當に申し訳ない。こちらもお世話になるんだから、私も竜矢さんの演技上達に一杯協力しよう。そう心に決めて、これからの撮影への意を高めるのだった。