《え、社システム全てワンオペしている私を解雇ですか?【書籍化・コミカライズ】》論なんて、もう古い? 2

【就職保証】未経験から三ヶ月で【AIエンジニア】

転職市場で目にする広告。

この魅力的な広告に噓は無い。

繰り返す。噓は無い。

驚くべきことに全て真実なのである。

ただし、裏がある。

ひとつ。

就職保証は本當である。広告を掲載した業者は、何らかの組織から依頼をけて人材を"提供"する。業者は多額の報酬を得られる。一方で"提供"された人材の末路は、多くの方が想像する通りである。

ふたつ。

三ヵ月の學習でスキルがに付くのは本當である。ただし、ある程度の適を持った人材が、仕事を辭めてフルタイムで學んだ場合に限る。もちろん學習教材などは有料である。

みっつ。

AIエンジニアになれるのは本當である。ただし、與えられる仕事はアノテーションと呼ばれる単純作業である。ある程度インターネットを利用している方ならば、ログイン畫面などで、表示された畫像から信號機などを探してクリックした経験が一度はあるはずだ。それがアノテーションである。

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以上がIT転職業界の闇。

當然、鈴木は闇を知っている。

故に話を聞く鈴木の目は厳しかった。

しかし現在、彼の目には涙が浮かんでいる。

――柳は、ひとりの転職希者の話を熱く語った。

名前は洙田(なめだ)裕也(ゆうや)。

年齢は三十歳。男。埼玉県在住の派遣社員。

彼の給料はとても安い。家賃や熱費などの固定費、奨學金、そして各種稅金を差し引いた手取り額は、なんとマイナス。

彼は母子家庭で育ち、現在も母親と同居している。

當然、彼の収だけで二人が生活することは不可能。不足分は母のパート代で賄っている。

そんな彼が転職を希する理由、それは――

……母に、ハワイ旅行をプレゼントしたいんです。

「母親の昔からの夢だそうです。手ひとつで自分を育て、きっと多くを諦めた母。気が付けば六十歳手前。これまで親孝行など一度たりとも出來ていない。だからどうか、どうにか、まだ母が元気なうちに、恩を返したい。これが彼、洙田(なめだ)裕也が転職を志す理由です……!」

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鈴木は頷く。

その目から次々と大粒の涙が溢れ出る。

「裕也は母親想いの良い奴なんです。出來ることなら希を葉えてやりたい」

柳はぶ。

「でも無理なんです! 彼のスキルでは! どうにもならない! 転職はそんなに甘くないんです!」

熱く語る柳は、顔中ビチョビチョだった。

話を聞く鈴木の顔もまた、ビチョビチョだった。

佐藤はハンカチで鈴木の目をペチペチする。

涙もろい鈴木に苦笑する佐藤だが、その瞳も、どこか潤んでいるように見える。

「先日のことです。社の口コミを目にしました。まだ若い塾ですが、可能じました」

柳はソファから立ち上がり、床に膝をつく。

「鈴木さん! どうか、どうか裕也を育ててやってはくれないでしょうか!?」

お願いします!

そう言って柳は床に額をり付けた。

鈴木の心がぶ。

斷れるわけがない!!!

「柳さん、頭を上げてください」

「……鈴木さん」

鈴木は佐藤からハンカチをけ取り、鼻をズビズビしながら柳の正面に跪く。

「ご存知かとは思いますが、うちは未経験NGです」

「……はい」

鈴木は一度強くハンカチ越しに両目を抑える。

そして、心を鬼にして言う。

「この世界は、過酷です。次々と進化する技を學び続ける必要があります。何を學べば良いか、自分で考える必要があります。正直に申し上げれば、三十歳になって何もスキルを持たないような方が通用するとは思えない。場合によっては、過酷な現実を伝えるだけの結果になるかもしれません。それでも、構いませんか」

「大丈夫!」

柳は、涙を袖で拭って言う。

「裕也の母親を思う気持ちは本です……っ! あいつは、簡単に折れるような男ではありません!」

「……分かりました」

二人は握手をわす。

それはまるでドラマのプロローグ。とことんダメな中年が、どん底から這い上がる語。

それをし離れた位置で見守る佐藤

珍しくスーツ姿の彼は、とても、とても強い違和を覚えていた。

***

子供部屋おじさんという言葉を知ったのは、つい最近のことだった。

朝起きて、薄い布団から這い出ると、そこには勉強機がある。

機にあるのは様々な本。例えば學生時代に購した資格試験の対策本。そして、社會人になってから購した自己啓発本と、読む度に挫折しているプログラミングの門書。

昔から要領が悪かった。母は「裕ちゃんはやれば出來る」と言ってくれるけれど、その期待に応えられないことは、もう何年も前に分かっている。

一応、大學を卒業した。母が十年以上かけて用意した貯金と、奨學金、それから自分のアルバイト代。我が家の全財産を上回る金額を注ぎ込んで卒業した。

死に狂いで手にれたのは、年下の上司に命令されて働く仕事。給料はとても安く、時給換算すると最低賃金に満たない。

とても慘めだ。

ほんの一分ほど考えるだけで涙が出る。

理由は分かっている。

これまで何もしてこなかったからだ。

貧乏で生活が苦しい。バイトが忙しい。何か學ぶ余裕が無い。何をすれば良いか分からない。出來ない理由を並べ続けた。その結果が今の生活。言い訳の余地など無い。他の誰に言われずとも自分が一番よく理解している。

自分は程度の低い人間だ。

何か功した経験など無い。

そのビジョンを思い浮かべることすら難しい。

それでも奇跡を信じて転職活を始めてみた。結果は芳しくないけれど、まだもうし続けてみようと思っている。どうにも自分は諦めが悪いらしい。いや、引き際が分からない愚か者と表現すべきだろうか。

なぜ?

もちろん、理由は分かっている。

「おはよう裕くん。ごはん出來てるよ」

「うん、ありがとう」

寢室を出ると、ボロボロのアロハシャツを著た母が、昔と変わらない笑顔で言った。隨分と皺だらけになったけれど……この笑顔が大好きだ。子供部屋おじさんとバカにされても、親離れ出來ないマザコンと罵られても、どうしようもないくらいに、母の笑顔が大好きだ。

だから、一度でいいから、恩を返したい。

母が昔から何度も口にしているハワイ旅行。寫真やアロハシャツで妥協しているハワイ旅行。たった一度でいいから、プレゼントしたい。

これが、どれだけ慘めに打ちのめされても、未だに諦められない理由である。

「あら裕くん、でかけるの」

「うん。ちょっと勉強してくる」

「わー、すごい。最近の子は學校を出ても勉強するんだね」

「大袈裟だよ。それに、もう最近の子って年齢でもないから」

「何言ってんの。まだまだ若いよ。頑張ってきてね」

「うん、行ってくる」

家を出て、駅まで二十分ほど歩く。

途中、大學生と思しき集団を目にした。

直視できずに目を逸らす。

いつからか、若者を見るとが痛むようになった。

やり直したい。やり直して、母を楽させられるようになりたい。ハワイ旅行なんて、毎年のようにプレゼントできるような職に就きたい。相応のスキルがしい。

無様な妄想だ。

今更どれだけ後悔しても、もう遅い。

自分に能力が無いことは分かっている。

それでも、どうしても、諦められない。

だから今日も、家の外を歩く。

転職エージェントの柳さんから紹介された塾に向かって、歩くのだ。

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