《【書籍化】學園無雙の勝利中毒者 ─世界最強の『勝ち観』で學園の天才たちを─分からせる─【コミカライズ決定!】》第1話 手始めに不良生徒を

ひとまずの暮らしに必要な服や日用品のった大きな革製のアタッシュケースを片手に、霧生(きりゅう)は転移列車からその地に降り立った。

転移列車の出り口からは、霧生と同じように大荷を抱えた人々が続々とプラットホームへとなだれ込む。

その人種は多種多様。今風のメイクとファッションの白人がいれば、ビシッとしたスーツにを包むドレッドヘアーの黒人男もいて、宗教裝束を纏ったアジア系の年もいた。

所々見けられる大人達を除いて、霧生を含め降り立ったのほとんどが『アダマス學園帝國』の新生である。

「おぇぇ……」

本來心躍らせるべき新天地に踏み込んだ霧生の第一聲が、そんな"えずき"だった。霧生は小一時間程の窮屈な転移旅で、すっかり転移酔いをしてしまっていた。

(ありえねぇ。こんな下手くそな長距離転移(ロングシフト)は初めてだ。あの車掌、絶対新人だろ)

初めて転移を経験する者なら酔う余裕などないのだが、霧生は違う。心悪態をつきながらよく見ると、霧生の他にも顔の悪い者がチラホラ見けられた。

おまけに気溫も低い。黒いロングコートのポケットに手を突っ込みつつ、霧生はさらに気を落とす。

とにかくどこかで休もう。そう考えた霧生はホームの奧にベンチを見つけ、そこで休むことにした。人混みの彼らは見知らぬ土地に興し、先を急いでいる。そのためか、霧生はすんなりとベンチに腰を落ち著けることができた。

転移列車からはいまだに人が降り続けている。この調子だと人混みにも酔ってしまいそうだ。霧生はホームが空(す)くまでここに座っていることにした。

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ポケットから取り出した羊皮紙の學案狀を眺めていると、霧生の隣にドサリと倒れ込むように手をついたがいた。

霧生は橫目でそのを見やる。彼は真っ青にした顔を苦悶に歪ませながら口元を押さえていた。整った顔立ちをしていると、顔を歪ませていてもある程度は映える。

肘の辺りまでびた素の薄い茶髪。髪とほぼ同のリボンで、両側頭を軽く束ねて殘りの髪は下ろしている。長は霧生より頭一つ分程低く、年は変わらないくらいだろう。

みるに、彼も転移酔いに苦しんでいるようだ。

「うっぷ……………! ふぅ、…………ハァ、あぶなかった……」

は霧生の母國語を話した。しかし、それにしてはどこか違和がある。

(日本語……? いや、違うな。周辺の認識を大規模な式で調律してるのか。母國語しか話せない奴でも意思疎通できるように)

この學園には様々な人種が集まっているのだ。緩い配慮のようにも思えたが、その技に関しては素直に心できた。

「そっちも転移酔いか?」

同じベンチで同じ苦しみを共有してるのは何かの縁だな。そう思った霧生はに聲をかける。

するとはキリッとした目を霧生に向けた。正面から見てもやはり彼形で、しかしどこかさを殘す、可らしさも兼ね備えた容姿であった。

「そうよ。あの転移列車、ホントありえない。うっぷ……やばいまた……」

一度は波が引いた様子のだったが、また気分が悪くなったらしく、彼は口を押さえて前のめりになる。

「半端なく下手くそな転移だったよな」

を示すと、彼はげんなりとした表を起こした。

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「あなたも被害者なのね……。リューナよ」

リューナと名乗ったから差し出された手に霧生は応える。

「お互い幸先が悪いもんだ全く。俺は杖霧生(みつえきりゅう)。霧生(きりゅう)でいいぞ」

「ホント。よろしく霧生。日本人にしてはずいぶん社的ね?」

的、と言われて霧生は首をひねった。今の短いやりとりの中で社的な要素はあっただろうか。そんな霧生の仕草を見てか、リューナは補足した。

「日本人に話しかけられるとは思わなかったから」

「それだけで社的って。日本人のイメージどうなってんだ」

「ああごめんごめん。別に差別意識がある訳じゃないのよ?」

「いいや、気にしてない。聞いた話だと、日本人は旅先でやけに社的になる傾向にあるらしいし、俺もそうなのかもな」

當たり障りのないやり取りの中で、相手のおおよその人間を見極める、そんなコミュニケーションの基本をこなすと、リューナはフッと表を崩した。

「旅先じゃなくて今日からここに住む訳なんだけどね。それを持ってるってことは霧生も新生なんでしょ?」

霧生が手で弄んでいる學案狀をリューナが指差す。それはアダマス學園帝國にるための切符であり、著いてから何をすればいいのかが順を追って記されたしおりのようなものだ。この學案狀によると、學園に著いた新生はまず寮へ向かわなければならないらしい。

「せっかくだし寮まで一緒に行かない?」

「そうだな」

リューナのいに霧生は快諾する。目的地は同じなのだから、どちらかがわずとも自然に同行する形にはなっただろう。

生向けの案表記は駅構にも散りばめられているが、人について行く方が楽だ。

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霧生はそんな無気力なことを考えていたのだが……。

「急がないと良い部屋がなくなっちゃうわ。新生の寮部屋は早い者勝ちで選べるらしいから」

「なんだって!!?」

リューナから聞き捨てならない単語が飛び出してしまった。唐突に聲を荒げたので、リューナはビクリと肩を震わせる。

「……?」

「それは急がないと!」

「ど、どうしたのよいきなり」

「早く行くぞ!」

「ちょっと、急にテンションが……」

リューナの手を引き、無理矢理立ち上がらせる。その頃、ホームの人混みは大分収まっていた。

先を行った人混みが寮に殺到するのだとすれば……。霧生は軽くめまいがした。

(急がねば!)

飾り気のないスーツケースを引くリューナを連れて、霧生は急いで駅の出口へと向かう。

「凄いわよね。このアダマス學園帝國にるには、この転移駅(ゲート)を通る以外に方法はないんだって。やっぱり《隠匿都市》の名は伊達じゃないわ」

アダマス學園帝國に存在する唯一の転移駅(ゲート)、『セントラルターミナル』と呼ばれるこの場所は、學園と外界を繋ぐ唯一のアクセス手段である。

駅を出て、リューナがそんな知識を披するも、今の霧生にはまるで関心がなかった。

「この駅、山の上にあったのか。道理で寒い訳だ……」

ふざけやがって、なんたってこんな所に。と一瞬考えた霧生であったが、萬が一の転移事故に備えて最終座標を高くしているのだと察した。

名も無き山頂に構えられた転移駅からは360度、どの方角にしても広大な學園の景が見渡せた。例えば、景観の統一を意識しているのか、ワインレッドの屋がズラリと並ぶ區畫。いくつもの搭が立ち並ぶ剣山のような區畫。縦橫無盡、とりどりの統一の無さが逆に賑やかさをじさせる區畫。奧に広がる山々が學園を囲う。

そんな景の中でも一際(ひときわ)目立つのは、晴天に浮かぶ白い総大理石の神殿だ。

「すごい見て霧生! あれが噂に名高い《天上宮殿(シエロ・マハル)》よ!」

それらの景に圧倒された者が思わず足を止めているのも無理はない。

リューナもまた、隣で目を輝かせていたが、霧生はそれらの景を軽く見流して寮らしき建を探していた。しかし珍しい造形の建が並ぶ景の中からどれが寮かなど見分けがつくはずもなく。

「寮はどこ……?」

「いや、どんだけ部屋選びたいの」

早くしなければ部屋が選べなくなる。霧生はその事実に酷く焦りを覚えていた。

だが、山頂にある駅から麓まで続く整備された林道に視線を移してみると、先程の人混みはまだそう遠くないところをぞろぞろと進んでいる。皮にも駅が山頂にあったことが幸いしたらしい。

とはいえ部屋が早い者勝ちで選べることを知っている生徒は寮へと駆け込んでいるはずだ。

「さっきは急がないと、って言ったけど、私達は始発で來たんだからそんなに慌てなくても部屋は選べるでしょ、多分」

などと言いつつも人差し指で寮の場所を示すリューナ。

霧生は彼が指差した方向を見據える。そこにはホテルに近い造形の建が立ち並んでいた。山頂から見ると、遠近法で太い柱のように見える。

「じゃあやはりあの人混みを追い越す必要がある訳だな」

「はい? いやだから、寮はあんなにもおっきくていっぱい部屋もある訳なんだし、前の人達みたいにこの景を楽しみながらゆっくり……」

リューナが言い終えないに、霧生は彼の腰に手を回した。

「ひゃっ……!」

「飛ぶぞ。荷から手を離すなよ」

「な──」

次の瞬間、ぐんと膝を曲げ──

リューナを抱えたまま、霧生は勢いよく空へと飛翔した。

「なんで私まで!?」

スーツケースと、スカートを押さえるリューナ。そして霧生とアタッシュケースの影が太の前に躍り出た。

霧生達はアーチを描き、人混みの頭の上を、生い茂る木々を越え、寮まで最短距離で落ちていく。

「よいしょォ!」

リューナを抱えたまま、豪快な著地をする。降り立つや否や、リューナは霧生から離れ、鋭い目つきを向けた。

「アンタ頭おかしいでしょ! 浮遊魔まで使って!」

実際のところ霧生は《気》の補助を得た腳力で飛び上がっただけなのだが、の心得がないであろうリューナがそれを見分けるのは難しい。

「周り見てみろ」

諭すような言葉をけ、リューナは周囲を見回した。

すると流石は世界中から才ある者のみが集う學園と言うべきか、霧生達が派手な移をしたというのに、辺りに注目する者は誰もいない。

確かに一般人のいるところでこんなことをすれば面倒事間違いなしである。しかしここはもうアダマス學園帝國であった。

「あっそっか、もう使ってもいいのね。って、そういう問題じゃない!」

「さて」

未だに喚くリューナを差し置いて、霧生は寮の扉を無造作に開け放つ。そしてぐるりと部を見回した。

外観だけではなく、部構造もほとんどホテルに近かった。それも超のつく高級ホテルだ。

「うわ、すっごい」

リューナは怒りを忘れ、ほうと息をつく。

見上げるとそこには巨大なシャンデリア。床は土足で踏み込むのを思わず躊躇してしまいそうな重厚な絨毯がフロア一面(いちめん)に広がっており、ホテルは全にゴシック調の空間であった。

って正面にある、十數人の係員が構える広いフロントから一人の係員が霧生達の元まで歩んできた。

「新生の方ですね? アダマス學園帝國へのご學、おめでとうございます。あちらからお好きなお部屋のナンバーカードをお持ちになって、フロントまでお越しください」

「ありがとう」

係員に軽く頭を下げるリューナ。

どうやら順番に部屋を選んでフロントに登録するシステムのようだ。

係員が手のひらで案する方向へ視線を移すと、そこには寮の見取り図が彫られた巨大な柱があり、その前には鎖で結ばれたガイドポールによって整理された列ができている。それを見た霧生は悔しそうに顔を歪めた。

「クソッ! だけどまあ……ギリ及第點か。よし!」

この程度の列なら部屋は好きに選べる。これは"勝利"だ。

グッと拳を握りしめて、霧生はこの勝負を"判定勝ち"とした。そしてそそくさと列の最後尾へリューナと共に並ぶ。

「いや、あの、霧生? あなたいったい何と戦ってるの?」

「なんだこのホテルは!?」

霧生はリューナの問には答えず、今ホテルにりました! と言わんばかりの想を列に並んでからようやく口にした。

「その反応、もう遅いし」

リューナは半眼で霧生を睨む。

「さっきの空に浮かぶ城、凄かったな。天上宮殿(シエロ・マハル)って言ったっけ?」

「それも遅い……けど、凄かったでしょ? あそこに《天上生》が住んでるのよね」

話したい話題だったのか、彼は食いついた。

「《天上生》?」

「學園帝國にいる生徒達のトップがそう呼ばれてる。講師から教わるべきことを失った彼らは、あの《天上宮殿》で果てしない研鑽をするんだって」

「へえ」

──じゃあ、そこにいるかもしれないな。

霧生は頭上のシャンデリアをしの間眺める。

「しかしさっきからやたらと詳しいな?」

「ああ、ママがこの學園出だから」

「それでか」

學もママの推薦よ」

アダマス學園帝國に學する手段は、主に関係者からのスカウトか、コネクションによるものかの二つだ。しかしそのどちらでもない霧生は學園のや仕組みには詳しくなかった。

そんな中、學園について々と知識のあるリューナと知り合えたのはラッキーだ。霧生は仲良くしておこうと打算的な考えを巡らせる。

「そういえば霧生はいくつ?」

藪から棒にリューナが聞いてくる。霧生もリューナの年齢は気になっていた。

「今年で17だな。リューナは?」

「奇遇ね、私も」

「そうなのか。察するに學年ごとの年齢はバラバラみたいだけど」

転移列車に乗っている間、霧生は周囲の人間を観察していた。新生と思わしきは多數いたが、どうもその年齢にばらつきがあることには気づいていた。明らかに自分よりの子や、妙に老けた青年などがいたからだ。現に今も、霧生の前に並ぶ達の風貌から読みとれる年齢はまちまちだった。

「義務教育じゃないしね」

そう考えると當然ではある。

「あ、私達の番よ」

リューナとの談笑を楽しんでいるに、いつの間にか列は最前まで進んでいたようだ。見取り図の彫られた巨大な柱の手前には、寮の尺模型が置かれていた。

模型の各部屋には一枚のカードが突き刺さっており、あれが係員の言っていたナンバーカードだと見けられる。

「なるほど。ぶっちゃけ部屋なんてどこでも良かったけど、こうなってくると確かに選ぶ価値があるな」

周辺の景、方角。バルコニーの配置。太との位置関係。それらを考慮して選べるようになっている。

「はあ? どこでも良かった? あんなに急いでたのに?」

「お、最上階まだ空いてんじゃん」

リューナに訝しげな目を向けられる中、霧生は寮の最上階に二部屋連なる空室を見つけた。

「俺はあそこにする」

「じゃあ私はその隣」

チラリとリューナを見る。

「……別に変な意味はないわよ。普通に良い部屋だし、知らない人よりはしは見知った人が隣の方がいいもの」

それには霧生も同意見であった。そもそも好きに選べる以上、どうこう言う筋合いもない。

「というか子寮と男子寮で分かれてないのか」

そんな今更なことを言いながら霧生が最上階のナンバーカードに手をばした時だった。

一人の年が列に割り込み、背後から霧生を押しのけそのナンバーカードを奪い去った。

で赤みを含んだ長髪の年だ。風貌をよく観察する間もなく、その年はフロントへ向かっていく。

「ちょっと、それはないでしょ」

霧生より先に、リューナがその年を諌める。すると年は振り返った。いわゆる不良顔、というのだろうか。三白眼の年は霧生より一つか二つか歳上に見える。

「なんだよ。文句あんのか? 俺は普通にカードを取っただけだ」

「當然でしょ。順番を守ってよ」

「いいや、ないぞ。良い部屋が取れてよかったな」

「え?」

リューナは目を丸くして霧生の顔を見た。

「部屋は他にもあるし」

「なんでよ霧生、さっきはあんなに……」

リューナは納得がいかない、というよりは霧生の思考に混しているようだった。

追い打ちをかけるように、三白眼の年が口を開く。

「見てみろよ。確かにガイドポールがあって、一見並ばないといけないように見える。だが列を整理している係員はいない。順番ってのはお前らが勝手に守ってるだけで、結局は早い者勝ちなん」

──ズン!

言い終えぬに鋭い掌底が年の下顎を捉えていた。霧生が放ったものだ。

「え? ちょ……、え?」

さらに混するリューナ。

掌底をけよろける年は、やはり流石はアダマス學園帝國の新生と言うべきか、即座に反撃の勢を取り戻そうとしていた。

が、すかさず霧生の無慈悲な後ろ回し蹴りが彼を襲い──

──スパァン!

年の首へとこれ以上なく見事にヒットした。

霧生はフラリと倒れ込みそうになった年の髪を摑み、そのまま地面に叩きつける。

「ガぁッ……!?」

彼が完全に意識を失ったのを見て、霧生は立ち上がった。

「ィよし!」

盛大にガッツポーズを決めつつ、額の冷や汗をロングコートの袖で拭う。

「ふう。いやあ、危ない危ない。ったく、油斷も隙もならないな、この學園は」

一連の言け、リューナは背後から霧生の頭をバシンと叩(はた)いた。

「なんだよ」

「いやいや、やりすぎでしょ! なに考えてんの!?」

なぜ一方的な攻撃を仕掛けて完封しておきながら、霧生は心底ホッとしたような表を浮かべているのか。彼の疑問は深まるばかりだろう。

霧生とリューナの後ろにはそこそこの列も出來ていたので、徐々に狀況が浸していき、フロアはちょっとした騒ぎになりつつあった。

「なんでここまでしたの!?」

眉間のシワを押さえ、未だ理解の追いつかない様子のリューナはその疑問から解消することにしたらしい。

「ああ、実は俺」

そう。霧生は気がれてなどいないし、殘非道な格をしている訳でもない。一般常識を持ち合わせているつもりだ。そして道徳的観念にも理解がある。

──ただ、己の信念と"自分ルール"に従って生きていると、常軌を逸した行を取らなければならない場面が多數ある──というだけの話なのである。明確に勝敗が絡むとそれは顕著だ。今の"早い者勝ち"のように。

霧生は至って真面目な顔をして。

「勝利中毒者なんだ」

そう言った。

霧生とリューナの間に一瞬の沈黙が走る。

「あ〜」

やがてリューナは合點がいったかのように、ぽんと手をうった。

「アンタ、関わっちゃいけないタイプの人間ね?」

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