《【書籍化】學園無雙の勝利中毒者 ─世界最強の『勝ち観』で學園の天才たちを─分からせる─【コミカライズ決定!】》第21話 天上生クラウディア・ロードナーの反

一目見れば分かる。

──猛者だ。

ガサリ、ガサリ。

落ち葉を強く踏みしめ、徐々に距離を詰めてくるクラウディアを見て霧生は悟る。

高純度の《気》。

纏う《抵抗(レジスト)》の良質さ。

ただの歩みにしても隙の無い捌(たいさば)き。

學園へ學してから出會った者の中で、學長ともう一人を除けば、間違いなくこのが一番の実力者だろう。

そして彼の怒気がひしひしと伝わってくる。

ただならぬ様子の彼を見て、地面に両手をついていた霧生はのそりと立ち上がった。

「うーん」

霧生は唸る。

(何か怒りを買うようなことしたっけな)

一頻り考えてはみたものの、學園で恨みを買うようなことはまだ片手で數える程しかしていないはずだった。

「なぁおい、講義ほっぽかして何遊んでんだ? てめぇ」

「あー、それかぁ」

の言葉により、現在進行形で勝利學の講義を無斷欠勤していることを思い出す。

なるほど、すぐには思い浮かばない訳だ。あまりにも展開が早い。

霧生は、リューナが言っていた勝利學をけに來ていた天上生というのが彼であるこを確信する。

「あー、それかぁ。じゃ、ねぇだろ。

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てめえ一誰をコケにしたと思ってんだ」

これは、本來の霧生であれば飛んで喜ぶ程の出來事だっただろう。なにせ、これ程の実力者の怒りを買ったのだ。

しかし、エルナスの"勝ち逃げ"をけて心に傷を負った霧生には、その傷をやや癒す程度の効果しか得られなかった。

それほどまでに"勝ち逃げ"というのは霧生にとって絶的な事態なのである。

とは言え、彼が漂わせる勝負の匂いには食らいつかずにいられない。せっかく怒りを向けてくれているのだ。

據え膳食わぬは、の神である。

何があろうと勝負をぞんざいに扱うのは自分の信條に反する。

「ふう」

霧生は一度エルナスの件を頭の隅に追いやり、も心もに意識を向ける。

「いいぜ。それなら勝負(ケンカ)だ」

そう言い放つと、ピタリ、が數歩先で足を止めた。

はその両眼で霧生を鋭く睨みつけ──

《殺気》を放つ。

「私を、ナメてるよな」

にして、周囲の溫度がやや下がり、空気のじが変わる。

そこで霧生は、

萎えてしまった。

唐突に覇気を失った霧生を見て、クラウディアは口元を緩める。

「謝れば許してやる」

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霧生に対し、《殺気》による威圧が効いたのだと彼は勘違いしているようだが、それは違う。

《殺気》は威嚇などに用いられる《気當たり》と似て非なる技能である。

心からの殺意が伴う殺気なら、技能者でなくとも放つことは度々ある。だがそれは出したい時に出せるようなものではない。

の《殺気》は紛れもなく、明らかに霧生を威嚇するために使った《技能》だ。

會得するには殺意という激をコントロールするための、途方もない訓練が必要であり、霧生が最も嫌う技能である。

「はしたない」

短く吐き捨てる。

そこからふつふつと湧き上がってくるは、今目の前のが抱いているものと同じもの。

怒りである。

──それ程までに研鑽を積んでおきながら、なぜこんな無粋な技能を?

目の前のは最初、霧生が短く吐き捨てたその言葉が自分に向けられたものだとは気づかなかったようだ。

しかし、浸していく。

やがて事実として飲み込むと、彼は天を仰いだ。

「あー、誰に向かって言ってるんだ?」

「お前だよ。名前は?」

漆黒の瞳がを捉え、淡褐の瞳が霧生を見據える。

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「クラウディア・ロードナー」

「……仕方ないなクラウディア。おみ通り講義してやる。

かかってこい」

ーーー

「後悔しろ」

手の甲にサッと「1」を描くと、クラウディアが數字に定めていた式が展開し、魔が起した。それによりクラウディアの手には、『切れ味』という概念が付與される。

そんな一瞬にも満たない僅かな作を経て、クラウディアは地を蹴った。

音は無く、落ち葉一つ舞わない。

矢が放たれたかのような初に対し、霧生はクラウディアの姿を目で追う訳でもなく、ただロングコートのポケットに手を突っ込んだまま正面を見つめていた。

(反応が遅い!)

結局、霧生もし腕に自信がある程度の二流だった。

嬉々として、クラウディアは霧生へ向けた最短ルートを辿る。

次の瞬間にはクラウディアは霧生の右脇に躍り出ていた。そして『切れ味』が付與された右手を霧生の首元目掛けて突き出す。

最小のきで繰り出された手刀を、やはり霧生は捉え切れていないようだった。

手刀が霧生の首元にあっさりと屆く……、

寸前で、クラウディアは手を止める。

否、止めなければ彼は死んでいた。

宙に舞う長い黒髪と外套が、遅れてクラウディアのに吸い寄せられる。

クラウディアはギリと歯を軋ませた。

「てめぇ、……《抵抗》はどうした?」

霧生は啖呵を切ってきた割に《抵抗》の展開すら行っていなかったのだ。

彼は首元に添えられた手刀を気にも止めず、こちらへ振り向く。

「な?」

したり顔で顔を覗き込んでくる霧生に、クラウディアは大きく口を開いた。

「あ?」

「殺す気も度もないのに《殺気》なんて使うな。驕りは才能を殺すぞ」

「……はあ?」

とっさに理解していないような反応をしてしまったクラウディアであるが、実際は恥と屈辱のあまり、顔が熱くなって行くのをじていた。

「お前に」

弁明の言葉を並べようとしたところ、霧生が言葉を遮ってくる。

「しっかり《抵抗(レジスト)》しろよ。

じゃあ行くぞ──」

ゾクリ。クラウディアの背筋に悪寒が伝った。

(なんだ……こいつ)

クラウディアは霧生の首元に添えていた右手を僅かに引く。

直後。

ブオッと、下から込み上げてくる"それ"に、クラウディアはかろうじて反応できた。

それは霧生の左足。

大きくを引いたクラウディアの鼻先スレスレを、ブーツの爪先が通り過ぎていく。

「マッ……ジ!」

──は、っや

限界まで目を見開く。クラウディアは思わぬ初撃に勢を崩してしまう。

視線をやると、霧生もまた、ほぼ垂直になる蹴り上げのバランスを保つため、上を後ろに反らしていた。

さらに、初撃が當たるのを確信していたのか、彼の軸足となっていた右足は反で地から離れている。

その隙を狙ってクラウディアが霧生よりも早く勢を持ち直したのと同時。

霧生の蹴り上げによって派生した旋風が、地面に降り積もっていた落ち葉を舞い上げた。

舞い上がっていく無數の落ち葉が視界を覆い、クラウディアの意識が散る。

──やばい、距離を。

その発想に至るのがし遅かった。

クラウディアは気づく。

「──杖流、天喰(あまぐ)い」

空高く蹴り上げたままの霧生の左足が、頭上から振り下ろされつつあることに。

──このために高さを……!?

迷わず『切れ味』が定著した右手で対応しようとするも、霧生の《抵抗》に押し返される。

すでに振り下ろされた左足とでは、勢いが違いすぎたのである。

(クソッ、け流せるか……!?)

クラウディアは右手の『切れ味』を解除し、霧生の左足をけるべく左手も向かわせる。

これを凌げば次撃はない。

衝突の緩和と反撃に備え、クラウディアは左足を霧生の右側にらせた。

が、いざ接した霧生のかかとは、クラウディアのをすり抜けていく。

目の前に立っていたはずの霧生の姿が、湖面に映ろうように、揺らめき、消えた。

「なん……ッ!?」

そしてクラウディアの真橫に人が立つ気配。勿論、霧生以外にいるはずもない。

クラウディアは振り向きもせず距離を取ることを選んだが、それも遅かった。

「シィッ!」

「づァッ……!?」

申し分ない威力の乗った押し蹴りが脇腹にクリーンヒットし、クラウディアは空地を囲む木々へと吹き飛んだ。

宙で勢を反転させ、クラウディアは木々に足から激突する。

膝でクッションすることで衝撃をほぼ殺したが、確かなダメージがあった。

一息吐く間もなく、霧生が追撃に來る。

吹き飛ばされたことで開いた間合いを霧生は詰めてきていた。

霧生は微塵の躊躇もなくクラウディアの頬に拳を叩き込んだ。

ズン。大木に鉄球が衝突したかのような音が響く。

「ぶッ!」

《抵抗》が無ければ顔がだるま落としのように吹き飛んでいただろう。

それに男に顔を毆られるなど初めてだ。

チカチカする視界。だがここで起せねば、一気に畳み掛けられてしまう。

経験でそれを理解しているクラウディアはんだ。

「14番!!」

數字に定著させた簡略式。先程は文字を描いたが、その暇が無い今度は《詠唱》により式を呼び起こす。

魔力を大量に消費して発させた魔の名は《刃盡要塞(シュベルティア)》

魔力によって圧された空気の刃が、クラウディアを中心に巻き広がっていく。

目を良く凝らさなければ視認は難しく、こうなれば相手は一度距離を取るしかない。

用意していた苦渋の急回避手段の一つだ。

そしてこの刃は、クラウディアが意のままにることができる。

(これで一度追いやれば……!)

と、そんな思考を否定するかのように、霧生が無數の刃の中へ踏み込んできた。

彼の中に刃が深く突き刺さり、は切り裂かれていく。しかし霧生は止まらない。

それを見たクラウディアは霧生へ向けて刃を集中させる。

そこでまた、霧生の姿が揺らめいた。

「……!」

無數の刃盡は空を裂く。靄のような殘像は消え、霧生が背後に現れる気配をじた。

──うそだろ、こいつ転移して……!

背中に手痛い一撃。激痛に顔を歪ませながら、クラウディアは構わず裏拳を背後に振るう。

ダメージの緩和と追撃の回避を捨てて繰り出したその裏拳は、霧生の頬を掠った。

霧生は振り抜かれたその腕を右手で追いかけ、摑んでくる。

否、摑む、という単調な言葉でそのきは表現できない。振り抜きの勢いを殺さないまま、手首を摑み、投げにったのだ。

逆らえば肩が外れる。この勢いなら最悪折れるかもしれない。

クラウディアに選択の余地はない。その力の流れに従い、飛び上がりを縦に捻る。

そして逆さの狀態のまま、逆上段を放った。

「ゥッラァ!」

しかしそれは霧生の片腕によって防がれる。

とは言え初めて手応えをじる。防いだとは言え、ダメージを與えたのだ。

クラウディアは一瞬その事実に思考を持っていかれてしまっていた。

結果、反対側から迫っていた霧生の下段が肩に直撃する。

「ぅぐゥァ!」

など諦めていた。再度吹き飛ばされながらクラウディアは思う。

なぜこんなにもふざけた奴が、こんなにも強いのか、と。

この消耗で巻き返すのは難しい。油斷が敗因だ。

やがてクラウディアは直線上の巨木にぶち當たり、辺りにはズシンという振を響かせた。

目の前にまだ新しい緑の葉っぱが雪のように降り落ちてくる。

ズルズルと、巨木を背にへたり込んでいく。

杖霧生が向こうから歩いてくるのが見える。

クラウディアは悔しさで涙が込み上げそうになっていた。

しかしそれを嚥下し、大きく息を吐く。

霧生の言う通り、自分は驕っていたのだと認めなければならない。

相手の実力もまた、認めよう。

それこそが研鑽の道だろう。

「私の、負けだ」

クラウディアは自嘲気味に笑い、敗北を認めた。

同時にまた研鑽を積み、杖霧生に挑むことを決意する。

これこそ競い合いの世界において、もっともしい瞬間。

クラウディアはすぐそこまでやってきていた霧生の顔を見上げた。

しかしその顔は──

目を丸くして「え? もう勝っちゃったの?」とでも言いたげな顔だった。

健闘をお互いに稱え合う、そんな様子は欠片もない。

霧生は言う。

「はい、砕ね」

思わずクラウディアは顔をしかめる。

「……あ?」

「いやぁぬるいぬるい。お互い死力も盡くさないうちに、決著著いちゃうんだもんなぁ〜」

霧生はこちらを見下ろしながら敗北を貶めてくる。

クラウディアはへたりこんだままその屈辱を噛み締めていた。

(こいつ、クズだ。互いに切磋琢磨する研鑽の至高さを分かってない)

そしてクラウディアの管をぶった切る最悪の言葉を霧生が紡いだ。

「天上生、ざっこ」

巨木を背にへたり込んでいたクラウディアは、勢い良く立ち上がり、

「いい加減にしろ!」

思い切り拳を振るった。

その拳は霧生の頬を捉える。

拳をけ、仰け反った霧生はその姿勢のまま停止していた。

ポタポタとが滴っている。

「やろうか、続き」

霧生の口元が吊り上がった。

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