《【書籍化】學園無雙の勝利中毒者 ─世界最強の『勝ち観』で學園の天才たちを─分からせる─【コミカライズ決定!】》第31話 覚醒

ふらつく足を起させ、無謀にも立ち上がってしまえばもうそこに霧生の姿は無かった。

それを今から目で追うことなどできない。

次の瞬間には、霧生の文句のつけようのない一撃が再びエルナスへと放たれるのであろう。

それが分かっていながら、エルナスは構える。

なぜ立ち上がってしまったのだと後悔しながらも、17年間、敗北の歴史を刻んできた、嫌気が差すほどに染み付いている構えが自然と前に出ていた。

──《解放》

中の気を高速で巡らせ、能力を底上げする武における技能。

その使用と時を同じくして、薄した霧生の上段蹴りが真橫から後頭部目掛けて飛んできた。

エルナスは咄嗟に《抵抗(レジスト)》を両腕へと集中させ、後頭部をガードする。し遅れたが上段蹴りの進行方向へ飛ぶことで衝撃を殺す。

実際に軽減できた威力は半分にも満たない。

両足を土に引きずりながら大きく後退したエルナスは場に殘った霧生を睨んだ。

「クソッ……!」

今の蹴りをかろうじてエルナスがけ切れたのは、霧生がかろうじてエルナスがけ切れるように蹴り放ったからに他ならない。

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今、怒濤の追撃が無いのは、これ以上にエルナスがけ切れないと霧生が判斷したからだ。

なぜそうするのか。

分かり切っていた。そんな勝利で満足する奴なら、こんな狀況には陥っていない。とっくに勝敗は決し、エルナスは気を失い、無様にも醫療センターに運びこまれている頃だ。

「くゥッ!」

勢を立て直すと、それを待っていたかのように霧生は再び薄してきた。

眉間、鳩尾、鎖骨、急所目掛けて放たれる鋭い突きを全力でいなしながら、今度は反対側の壁へと追い詰められていく。

霧生の攻撃は加速と減速を繰り返す。

その瞬間その瞬間の、エルナスが紙一重で対応できる攻撃を繰り返す。

霧生の目的は、エルナスをいたぶることではない。

エルナスが全力を発揮し、さらにその限界を超えるのを待っている。その上で、エルナスを完無きまで叩き潰すことこそが霧生の目的なのだ。

「ッ、……ぐァッ!」

──ふざけやがって。

そんなものを期待されても、そんなものは存在しないのだ。

限界は初撃の時點から訪れている。これ以上などない。

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かといって、これが自分の全力なのかと問われると疑問が湧いてくるのもまた事実であった。

これまでエルナスは、全力で、全全霊で、全てを出し切ったと思えるような戦いなど経験したことがない。

「どうしたエルナス」

真っ正面から期待に満ちた熱い眼差しが突き刺さる。

敬意すらじる視線に、エルナスは歯を食いしばった。

未だかつて、ここまでの想いを乗せて自分と戦おうとする者に初めて出會う。否、それこそが霧生の質であり、エルナスを相手取る時だけに限った話ではないのだろう。

だとしても、だ。

「ッ……!」

霧生の前蹴りを捌き切れずけたエルナスは僅かに宙へ浮く。そこへびた霧生の手がローブの袖を捉え、ぐんと引き寄せられる。

その反を逆手にとり、拳を振りかぶって見たが、そんな小手先の技が通じる相手ではない。

袖を真橫に引き釣ることで反撃の拳は軌道を逸らされ、今度は霧生の拳がエルナスの右頬へと叩き込まれた。

ズン。

霧生の拳は《抵抗》の上からでも問答無用の威力を発揮し、エルナスは頭から地面に叩きつけられた。

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脳震盪を起こしてもおかしくない、そんな衝撃でエルナスの視界はぐわんと歪んだ。

「ハァ……、ハァ……ハァ……」

何度も土を握り締め、立ち上がろうとしては転ぶ。

しばらくしてようやく三半規管が回復し、エルナスは膝を著いた。

「そうエルナス、お前は立つ」

霧生は全力ではないが、紛れもなく本気だ。

3日間微だにせず待ったように、これから彼は一切妥協することなく、自分と対峙する。限界を超えるまで。

「なぜ立つ、エルナス。俺と戦いたくないんだろ?」

アリーナ席には霧生の立ち合いを目にするため、続々と人が雪崩れ混んでくる。

歓聲も天上選抜戦を思わせる程に膨れ上がっていた。

なぜ立つのか。最初から戦う意味など無い。

例え限界を超えられたとしても、霧生には到底敵わないだろう。

呼吸が荒い。

『霧生ーー! もっと魅せてくれーーー!』

彼に対する期待と憧れの聲援が飛びう。

この場における自分は、霧生の引き立て役でしかない。

それなのに、霧生だけはそう思っていないのだ。

「ハァ……、ハァ……、やめろ……」

「やめるのはお前だ、エルナス」

「……頼む、もうやめてくれ。

俺は、お前の期待には応えられないんだ」

膝を支えにして立ち上がり、そしてエルナスは懇願するように言った。

すると霧生は心底呆れ果てたかのように失笑し、エルナスの奧襟を摑み上げた。

ローブをぎ捨てることで拘束を逃れたエルナスだったが、霧生はその死角をうように背後へと回っていた。

エルナスが振るった裏拳を屈んで躱し、その勢から足払いを掛ける霧生。

足元を掬われ、姿勢を崩したエルナスはそれに逆らうことなく後方倒立回転し、霧生から距離をとった。

「ハァ……ハァ……」

期待に応えたくて立つ。だけど、どう足掻いても応えられないのが分かっているから、それが辛い。期待には応えられず、失されるのが怖い。

──ああ結局こうだ、自分は。

期待をされたらされたで、その重みに耐えきれない。

期待されていても、されていなくても自分という本質は何も変わらないのだ。

「俺は今日お前に勝つ」

霧生は確かめるように言う。それは決定事項なのだろう。

そして彼を満足させることなど、きっと自分にはできない。

だが──

やれるだけのことはやらなければならない。期待に応えられなくても、その努力だけは。

「《過域》」

《解放》の上位版である技能、《過域》

気の超高速循環を実現するこの技能は、短時間の維持が一杯だが《解放》とは比べにならない瞬発力を発揮する。

エルナスは強く地を蹴った。

「うおおォオァァァァァ!!」

初めてエルナスから霧生へと距離を詰める。エルナスは霧生がを拓くのを読み、必要以上に大きく踏み込んでいた。

「ズゥゥアアアッ!!」

エルナスの捌きは我流の

腰の捻りと共に水平に手刀をらせ、最大の遠心力を乗せて霧生の首を狙う。

が、

「か……っはァ……!!?」

その手刀が屆く前に、霧生の膝がエルナスの腹部に食い込んでいた。

《過域》を使うエルナスの瞬発力を利用することで、その膝には凄まじい威力が乗っている。

「うぐぅ……ぅぅ…………ッ! うぅぅ……ぁぁ……!」

エルナスは腹部を押さえ、その場にうずくまった。そして胃を吐瀉する。

白く染まる視界。《過域》の維持は途切れ、あまりの不快にエルナスは目には涙が浮かんでいた。

膝に力をれる。すぐには立ち上がれない。

涙の滲む視界に霧生を捉える。そして追撃の下段が放たれた。

倒れ込むようにしてそれを避け、エルナスは立ち上がる。そして今度もエルナスから霧生へ向かった。

「ォあああアアアアァァァァ!!」

もはや霧生の攻撃に減速はない。

エルナスの弱った《抵抗》を貫き、そのに確実なダメージを與えていく。

《過域》を持ってしても、読みや経験、立ち回りの差が圧倒的な力量差に有無を言わせない。

エルナスはがむしゃらに向かって行くしかなかった。

闘技場に激しい弾音が響く。が舞う。

しかしそれは一方的なものであった。

「周りを見返したいから? 認められたいから? 俺の期待に応えたいからか?」

しでも、しでもこの立ち合いを"立ち合いらしく"するため。

エルナスは無謀な戦いに挑む。

「お前が戦うのは!」

連撃の果てに繰り出された蹴りにより、エルナスは地面をバウンドし、今度も闘技場の壁に叩き付けられることで推進は止まった。

「がハッ……ァ! ハァッ……! ハァ……ッ!」

歯を食いしばり、エルナスは壁を手を付いて立ち上がる。

「そう、お前は立つ。何度でもな。

──なぜだ?」

口元を伝う吐瀉混じりのを拭い、エルナスはその手で肩を押さえた。

天上選抜戦とはまるでの違う立ち合いに、息を飲むギャラリー。

「ハァ……ッ! ハァ……ッ!」

霧生の問いに対する答えも分からなくなってくる。

期待に応えたいから、立ち上がり続けるしかないのだろうか。

されたくないから、立ち上がり続けるしかないのだろうか。

問われ続けると、それ以外に立ち上がる理由がある気がしていた。

「《過域》」

《過域》はそう連続して使って良い技能ではない。

靜まり返っていたアリーナ席が僅かにざわめく。

霧生の口元が吊り上がる。

「……なぜなんだ」

ポツリ、エルナスは呟いてみた。

答えは出ない。

なら分かるまで、戦ってみるしかない。

闘技場の壁を蹴り、エルナスは霧生へ向けた推進力を得る。

振るう拳はいなされる。繰り出す蹴りは當たらない。こちらが放った倍の數の攻撃が絶え間なく返ってくる。

だがエルナスはここへ來て技のキレを取り戻している気がしていた。

「お前はこれから一生、そんなしがらみばっかり背負って勝負していくつもりか?

そんな理由でしか戦わないつもりなのか?

そんな下らない理由でしか!」

──杖流、鬼傅(おにかしず)き

ダンッ。土煙の波紋が広がる。

霧生が踏み込んでくるのと同時に、エルナスも踏み込んでいた。

「躱したな」

差する軸足。

霧生の眉間目掛け、ノーガードで正拳突きを放つ。

それも霧生には當たらない。彼は踏みこんだ足をバネにし、飛び退いていた。

エルナスは大きく息を吸い込んだ。

追撃に飛び出す前に、核心に迫る問いを投げた。

杖、どうしてお前はそんなにも俺と戦いたかったんだ?」

「俺が勝ちたいからに決まってんだろ! 桎梏(しっこく)・襲(かさね)!」

その一言で、どうしようもなく肩の荷が降りた。

勝負する理由など當たり前に、いつもそれだけの理由で良かったのだ。

立ち上がるのも、苦しい思いをするのも、たったそれだけの理由で良い。

見返したい。

認められたい。

期待に応えたい。

されたくない。

そんなも、確かにある。

だがいつまでもそんなものに振り回されてばかりいるのか? そんな不純なに。

目の前の年を見ていると、馬鹿らしくなってくる。

今ここに立つ理由は至ってシンプルだ。

こいつに勝ちたい。例え歯が立たなくても。認められなくとも、見返せなくとも。

誰にも期待されていなくても。

たった一つ。純粋なその想いがあるだけでいい。

エルナスは目を瞑る。

その間に周囲の地面が盛り上がり、無數の手が形されていた。

短くも長い間をおいて、エルナスは瞼を持ち上げた。

「悪いが杖、俺はお前の期待には応えられない」

──なぜなら、俺が勝つからだ。

「いいぜ、勝ちに來い。打ち砕いてやるよ」

霧生の瞳に吸い込まれるように、エルナスは駆け出した。

土から形され続ける無數の梏(てかせ)、桎(あしかせ)がエルナスを地にい付けようとびる。

何度でも避けて、薙いで、踏み砕いて、振り払って、エルナスは進む。飛翔する。

エルナスが積んだ17年に渡る歳月の研鑽が、花開いていく。

「《過域》──!」

《過域》の切れ目を《過域》で繋いだ。プッと、どこかの管が切れたのか、が舞う。

後退する霧生が微笑う。笑う。

そして差する。

霧生はエルナスの右拳を右手でけ、エルナスは霧生の左上段蹴りを片腕でけ止めていた。

を通じて伝わる。勝負に懸けるお互いの真意が。

そのままどれだけの時間が経ったのだろうか。あるいはひと時にも満たない時間だったのかもしれない。

霧生が口を開き、

「──杖、霧生」

名乗る。

ようやく勝負が始まるかのように。目の前の相手を深い所で認めたかのように。

「エルナス、キュトラ」

霧生が名乗れば當然エルナスも名乗り返した。

「とことんやろう。付き合えよ」

「ああ」

もはや言葉は必要ない。

二人の男がその場から──(は)ぜた。

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