《【書籍化】學園無雙の勝利中毒者 ─世界最強の『勝ち観』で學園の天才たちを─分からせる─【コミカライズ決定!】》第32話 無才の枷
「いやいやいやいや……」
學園の上空、《天上宮殿(シエロ・マハル)》。大水晶の真正面にあぐらを掻いて座る、レナーテは苦々しい笑みを溢していた。
「気合いとかのレベルじゃないでしょ、それは」
大水晶に映るのは、地上、大闘技場における霧生とエルナスによる凄絶な立ち合いである。
レナーテの背後には霧生の立ち合いに興味を示した、決してなくない數の天上生がまばらに並んでいる。
レナーテを筆頭にした彼らが驚愕していたのは元天上候補生、エルナス・キュトラの長にであった。
長というよりは、真価と言うべきか。
レナーテの知るエルナスは、傲慢にして無才、そしてその卑しい嫉妬心から地上の才の芽を狩る、天上生を目指すことすらおこがましい、低俗な生徒だ。
先日の天上選抜戦でも、霧生との立ち合いから逃げ出すようなけない男だったはずなのに──
そんな彼が今、霧生と戦っている。
お世辭にも互角に渡り合っているとは言えないものの、彼から放たれる技の數々からは、想像を絶する程の研鑽が見て取れた。
つい先程までは、17年の研鑽をまるでじさせない有様だったのにも関わらず。
いきなりああなったのは、やはりエルナスが本當の実力を発揮したということなのだろう。
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そしてレナーテはエルナスの実力を見抜くことができていなかった。
當然他の者もそう、霧生ですらそうだったのではないかとレナーテは訝しむ。
天上選抜戦の最終日から、霧生が闘技場で3日前ひたすらエルナスを待っていたことは《天上宮殿》でもある程度周知されていた。
それを思うと、霧生のみがエルナスの素質を見抜いていたのかもしれない。
もしくは霧生には他人の潛在的な力を解放する質があるのかだ。
ここ最近のクラウディアを思い返しながらレナーテは唸った。
大水晶の中で二人の男がぶつかり合う。
「……馬鹿みたい」
レナーテが呟くと、彼の背後で誰かが口を開いた。
「でもああいうの、ちょっと憧れるよね」
それはその場にいる才者達の心境を代弁した言葉だった。
何の憂いも無く、死力を盡くして挑める相手がいるということは、技能者にとって何よりも幸せなことだ。
ーーー
もうどれほど長い間戦っているのだろうか。
限界まで酷使され、疲弊しきったが音を上げている。
だが、関係ない。
「ゥァああああああァァァああああああ!!」
肺から目一杯の空気を吐き出しながら、エルナスは"空"を蹴り、霧生へと切り返した。
濃させた《気》を場に殘すことで瞬間的に足場を生み出す技能──《気段》
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咄嗟の実用が困難な技能も、今のエルナスは大膽に使いこなす。
猛進するエルナスに対し、その場に留まる霧生は前に備えた軸足の重心を自在に変えて、僅かな間合いを調整する。
衝突の十歩手前、エルナスは地面に左足を叩き込み、跳ねるように減速した。放り出したを思い切り捻り、右手で地面を抉る。
ザンッ!
《砂刃》
勢いよく抉られた土は刃となり、霧生へと一直線にびる。
エルナスは勢を立て直しながらその影をって霧生の背後へ回ろうとした。
が。
二人を隔てる《砂刃》の壁を意に介すことなく、霧生が踏み込んでくる。
「ッ!?」
ローブが切り刻まれ、その腕に鮮の線が走るのが目に映り、
──エルナスの眉間が弾かれた。
エルナスは引かない。を捻ることで衝撃を逃しながら、詠唱式を紡いだ。
「《穿》……ッ!」
展開されたのは形狀変化の魔。空を漂う砂刃の殘骸が棘と化し、霧生を穿つ。
「フゥ……ッ!」
霧生は無造作にもそれを片手で払い、ついでと言わんばかりに中段回し蹴りを放った。
をよじり、片肘でガードしたものの、エルナスは大きく吹き飛ばされる。
見開いた目に、追撃に迫る霧生の姿が映った。
追いついてきた霧生は、低い姿勢からがら空きの腹部へと肘打ちを叩き込んだ。
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「ッハ……ァ……!?」
チカチカと、エルナスの視界に白の粒子が散りばめられた。
追い打ちによってさらに速度は増し、急速に闘技場の壁が近付いてくる。
「ハ……ッ! ハハ、ハ!」
──何も通じない。
痛みに顔を歪めながら、それでも可笑しくてエルナスは吹き出した。
いままで通り、何も通じない。
それが愉快で愉快で。楽しくてたまらないから、エルナスは笑う。
──もっと、もっと強大であってくれ、杖!
そんな霧生への期待は、自分への期待でもあった。
右手を地面に引っ掛け、壁に激突する間際でエルナスは止まる。持ち上げた手の先からポタリとが滴った。
「ハァッ! ハァッ、ハァ……ッ! ゴホッ、ッ……!」
──楽しいなぁ、杖。
霧生もまた、噛み殺し切れない笑みを浮かべていた。
息を整えている暇を自分に與えない。
「《生・土》!」
詠唱式による魔展開。エルナスの先で背の丈まで細く盛り上がった土が一瞬にして研磨され、を形作る。
走り様にそれをキャッチしたエルナスは、ヒュンヒュンと風を切りながら短く舞った。
──キュトラ流棒、《舞式・》
舞いという行為そのものを式とした魔展開により、土のは度を得る。
その上から《抵抗(レジスト)》を覆い、エルナスはを捻りながら飛び上がった。
リーチの差を殺すため、一気に距離を詰めてきた霧生の頭上目掛けてを振り下ろす。
遠心力にを任せた大振りを、霧生はをし反らすだけで避ける。
「ズゥァッ!」
地面に當たり、跳ねたをそのまま霧生の方へ薙ぐ。
霧生はに背面を向けて飛び上がる。
追尾させるように、エルナスはを垂直に振り上げた。
タンッ。
鞭のように振るわれたの衝撃をつま先で吸収し、霧生はさらに飛び上がる。
エルナスは跳ね返ったを地面に突き刺すことで食らいついた。
四肢でアーチを描いていく霧生の肩に鋭い突きを放つ。
霧生は漂う羽のようにそれを避け、《気段》による不規則な軌道で地へ向かった。
追ってエルナスは食らいつく、食らいつく食らいつく。
何度目かも分からない《過域》を繋ぎ、霧生の著地を狙う。
「シィィッ!」
だが著地間際、跳ね上がった霧生の左足が斧のごとくへと叩き降ろされた。
バキンッ。
「……くァっ!」
化の上から《抵抗》を纏ったは呆気なく折られ、凄まじい振がエルナスの手に伝わった。
続けて宙を舞う折れたの片割れに霧生の掌底が打ち付けられ、弾丸のように出される。
「ッ!」
もはや反応が追いつかない。
それは《抵抗》を突き破り、エルナスの右大部を打った。
「ぐぅァァッ!」
ガクンと、右足から大きく崩れていく。
その側に、霧生が強く踏み込んでいた。
エルナスは崩れた重心を利用し、左手刀を霧生の首元に素早く這わせる。
「オォ!」
這わせた手刀は霧生の《抵抗》を貫けない。それどころか霧生の右手に絡め取られ、
ボキン。
──容易く折られた。
エルナスは限界まで目を見開く。
聲を上げる間も無く、霧生の拳が鳩尾に叩き込まれる。
「ッ──!」
──杖流、鬼傅き。
ダン。
浮きそうになっていたエルナスのは、その場にい留められた。
つま先が砕ける覚。
──マズイ、畳み掛けられる。
理解が追いついても尋常ではないダメージを重ねたが、かない。
數十の打撃が《抵抗》の薄い箇所を狙って次々と叩き込まれた。
「杖、端(はしため)流────奧義」
霧生が右足を退けると、エルナスのは後方へと倒れていく。
そして、
「──霧斷(キリタチ)!」
キラリと、何かがる。
肩から腹部に掛けて一閃が走った。
「ぁ……」
遅れて鮮が散る。
何が起こったのかも分からない。
ドサリと、エルナスのが地へ沈んだ。
地面に赤が広がっていく。
仰向けになったエルナスは、いつしかアリーナ席が観客で埋め盡くされていたことに気が付いた。
闘技場のり口には醫療センターのスタッフが顔面を蒼白にして待機しており、今にも駆けつけてきそうだった。
決著を讃える大歓聲が耳をつんざいた。
激しい呼吸の中、エルナスは自分を見下ろす霧生に視線を移す。
霧生は靜かに構えたまま、変わらずそこにいる。
エルナスはなんとかをかし、ゴロリとうつ伏せに転がった。
右腕を支えにして起き上がろうとしては、転ぶ。
その様子を見てか、歓聲は徐々に止んでいく。
「ハァ……、ハァ……、ハァ、ハァ……」
を斜めに橫斷する致命傷の傷からは、絶え間なくが流れ続ける。
もう限界だ。
だから、立つ。
折れた左腕すら支えにして、エルナスは立ち上がろうとしては転んだ。
辺りは靜寂に包まれていた。
なぜそこまでする必要があるのか。なぜまだ立つ気力があるのか。
疑問と畏れの視線がエルナスに集う。
「もう無理だ! 死んでしまう、エルナス!」
靜寂に響いたのは父の聲であった。
それも今は雑音でしかない。
エルナスは目の前の男の存在以外をシャットアウトする。
「……俺は、ごボッ……! ハァ……、ハァ……まだ……、や、れる……」
盛大に吐しながら、ようやっと立ち上がったエルナスは霧生を見據えた。
「んなもん、見りゃ分かる」
霧生は肩を竦め、言うに及ばずとばかりに失笑する。
エルナスはまみれの口元を歓喜に歪めた。
とは言え、もうまともには戦えないだろう。
ならどうするか?
決まっている。無茶をするのだ。
──後先考えない、無茶を。
《無覚》
作の障害になる痛覚を切って、エルナスは大きく息を吸い込んだ。
からむせ返すもろとも。まるでそれが最後の呼吸のように。
巻き上がった《気》の奔流がエルナスへと収束する。
見據える。目の前の強敵を。
杖、お前に勝つ。
──《無域》
《抵抗》に回していた《気》すらに回し、それを高速循環させ──
"燃焼"させる。
邪魔な酸素は。
「いぃぃくゥゥぅぅぞォぉミィィツゥエぇぇぇぇぇぇぇぇェェェェェェェェ!!!」
全て吐き出す。
「……ッ!」
バシュン。
その場から飛び出したエルナスは一瞬にして霧生の懐へと踏み込んでいた。
霧生の目が見開かれる。
「ッ゛ァ………ッ!!」
肺に空気は殘っていない。聲にならない聲を上げ、振りかぶっていた右拳を叩きつける。
バチィィィン!!
霧生がその拳をけ止めただけで、かつてない程の衝撃音が闘技場に木霊(こだま)した。
水面を叩いたかのようにが弾ける。《抵抗》を纏わぬ拳で霧生の《抵抗》を打ったのだから、當然拳は砕けていた。
グググ、エルナスの力に押し返され後退する霧生。エルナスは右手を一度引き剝がし、霧生の手首をガシッと摑んだ。
「ッ゛……ッ!!」
技も何もない。
純粋な力技で霧生を思い切り振り上げ、地面に叩きつける。
「オオ゛ォォォォォォォ!!
霧生の《過域》により、ブワッと熱気が吹き抜けた。
地面に叩きつけられた、否、左手と両足の三點で無理やり著地していた霧生を中心にクレーターが生じる。
エルナスの手を振り解き、霧生は後ろに飛び上がった。
発的な瞬発力で、エルナスはその背後に回り込んだ。
ビキビキと、踏み込んだ左足の腱が悲鳴を上げている。
そんなものは関係ない。
エルナスは砕けた右拳で無數の突きを放つ。
その全てを、霧生は両手でいなし続ける。
連撃の終わりと共に、エルナスの右腕が舞っていた。
《抵抗》を纏わぬ腕の耐久が限界を突破したのだ。
──右腕くらい、やるよ。
構わずエルナスは踏み込んだ。
不安定な姿勢から繰り出されるのは、折れた左腕。
唐突にあらん限りの力で振るわれたそれを、霧生は払うこともけ止めることもできない。
ひしゃげた左拳が霧生の強固な《抵抗》を突き破り、頬にめり込んでいく。
「ゥゥウゥァッ!!」
「ッぐぅァ!!」
鈍い音と共に吹き飛んだ霧生を他所に、エルナスは崩れ落ちそうになっていた。
千切れた左腕からボタボタとが流れている。
「ぎィ──ッ!」
はどうしようもなく酸素を求めており、耐え難い苦しさに涙が滲む。
出多量により、心臓の脈が弱まって行くのがわかる。
だがここで止まれば負ける。止まれない。今しかない。
追撃しろ、追撃しろ、追撃しろ。
け心臓!
「ッ゛ァァァァァッ!!」
の軌跡を描き、エルナスがぜた。
霧生は地面に一度叩きつけられた所で勢を立て直しつつある。
その立ち上がりに、飛び蹴りを放つ。
「ガぁッ……!」
再度吹き飛んだ霧生を、エルナスは追う。
視線の先の霧生が、エルナスを迎え撃つべくデタラメな姿勢から切り返していた。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「────────!」
ーーーー
ーーー
ーー
「ハァ……、ハァ…………」
目に前に橫たわる満創痍のエルナスを長くは見下(みおろ)さない。
小さく肩で息をしながら、靜かに目を瞑り、霧生は一度唾を飲み込んだ。
そして返りに塗れた拳を握り締め、霧生は吠える。
「オオオオォオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォ!!!」
勝利の咆哮。
長く、長く、吠える。
そこに歓聲が伴うことはない。
誰もが言葉を失っている。
「ュー……、ヒュー……」
橫たわったエルナスは、折れた腕で目元を覆い、靜かな鳴を繰り返していた。
腕の隙間から、一筋の涙が伝う。
もはやエルナスを嘲笑(わら)える者などどこにもいなかった。
人類最後の発明品は超知能AGIでした
「世界最初の超知能マシンが、人類最後の発明品になるだろう。ただしそのマシンは従順で、自らの制御方法を我々に教えてくれるものでなければならない」アーヴィング・J・グッド(1965年) 日本有數のとある大企業に、人工知能(AI)システムを開発する研究所があった。 ここの研究員たちには、ある重要な任務が課せられていた。 それは「人類を凌駕する汎用人工知能(AGI)を作る」こと。 進化したAIは人類にとって救世主となるのか、破壊神となるのか。 その答えは、まだ誰にもわからない。 ※本作品はアイザック・アシモフによる「ロボット工學ハンドブック」第56版『われはロボット(I, Robot )』內の、「人間への安全性、命令への服従、自己防衛」を目的とする3つの原則「ロボット工學三原則」を引用しています。 ※『暗殺一家のギフテッド』スピンオフ作品です。単體でも読めますが、ラストが物足りないと感じる方もいらっしゃるかもしれません。 本作品のあとの世界を描いたものが本編です。ローファンタジージャンルで、SFに加え、魔法世界が出てきます。 ※この作品は、ノベプラにもほとんど同じ內容で投稿しています。
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