「こんにちは、殺し屋さん達」

両の足で落ち葉を踏みしめ、レナーテはダガーと遮を互に見據えた。挑発的に。

そのに纏う付きのローブは、彼が天上生であることを証明するもの。遮は目を丸くして、ダガーに視線をやる。

「姉」

レナーテが現れた時點で、ダガーは冷靜に辺りを見回していた。周囲に別の気配は無く、監視されている様子も、何かしらの魔が展開されている様子もじられない。それを確認すると、ダガーは始めて彼の方を向く。

そうしてその立ち振る舞い、魔力の流れ、呼吸、あらゆるステータスをつぶさに観察し、ダガーは判斷した。

この瞬間が依頼を遂行するに當たって最高のタイミングであると。

遮はそんなダガーの決定を心待ちにする。

「遮、私は今から上に行く。ここは任せていいな」

遮の口元が吊り上がっていく。

ようやくこの面倒な狀況から解放される。彼はレナーテの迂闊さに祝杯を上げたい気持ちでいた。

「おうよ」

「ヘマはするな。あと、"慘殺"だぞ？」

「わァってるて」

そんな忠告に遮が鼻で笑うと、ダガーのがスゥーとけていく。背景をに寫し込む《寫し》の魔だ。

レナーテが素早くそれに反応し、式を練り始めた時には既にダガーはここから立ち去っていた。

「さすが。逃げ足だけは敵いそうもないね」

レナーテは呆れて肩を竦める。そして彼がダガーを追うことはない。どうみてもダガーの才覚は天上生に劣る。彼が《天上宮殿》に行った所で、返り討ちに合うのは必然だ。

抑え切れない闘爭心、鬱憤を解消するためにレナーテはここへ來た。相手は一人いれば十分である。

「じゃ、あなたが私の相手をしてくれるんだ」

《旋律指揮拍節（メロディック・ワンド）》

吹き荒む風がレナーテの手元に集まり、一本のタクトを形作る。

それを見て、遮はレナーテにパチパチと拍手を送った。

タクトを振るうと、木の葉が揺れ、枝の間を征く風がビュウビュウと音を立てる。

淡々と旋律式を奏でるレナーテに対し、遮は対抗する式を用意することもなければ、構えを見せることもなかった。ヘラヘラとした笑みを浮かべながら、レナーテへ向けて無造作に歩みを進める。

レナーテの脳裏に先日の決闘が浮かぶ。

「ふざけてたら死ぬよ」

彼のあからさまな舐めた態度に、レナーテは苛立って言う。だが、それで遮が態度を改めることは無かった。

それも仕方ない。そもそも遮は、レナーテとまともな戦闘が行えるとは思っていない。

現れた時こそ臨戦態勢をとったものの、レナーテから奇襲が仕掛けられることはなかった。さらには悠長にも今更式を組み始める始末。

彼が、向かい合ってからようやく始まる「力比べ」しか経験してこなかった証拠である。

遮の接近を警戒し、レナーテは念の為《防壁》を張った。それによって歩みを進めていた遮は足を止め、屈運を始める。彼はもはやレナーテのきを見てすらいなかった。それがレナーテの神経を逆でする。

「まあいいや。後悔すればいい」

式の完を間近にし、レナーテは《殺気》を放つ。

それをけた遮はたまらず吹き出した。

「ぶはっ！　だははははは！」

遮に向けられたのは、あまりにも可らしい《殺気》。せめて激に伴うものなら良かったのだが、レナーテのは苛立ちに乗せられた中途半端な《技能》。決して殺し屋相手に放って良いものでは無かった。

「何がおかしいの？」

木々を吹き抜ける風が枯れ葉を纏い、二人の周囲を巻き上がっていく。

レナーテは式の構築を一時的に中斷し、純粋な興味から尋ねた。今から遮が式を練ったとしても間に合わない。武に対しても《防壁》による先手を打っている。

既に彼には打つ手がないはずなのに、その余裕はどこから來るのか。レナーテはここから彼をどのようにでも料理することができるのだ。

「いやぁ、お嬢ちゃんの強さにビビっちまってさ〜」

腹を抱えて笑っていた遮は瞳の涙を拭い、そう言った。

「…………降參ってこと？」

そんな雰囲気ではない。霧生がしたように、魔の発を妨げるための舌戦を仕掛けているじでもない。

レナーテは遮にどこか不気味さをじ、式の構築を再開させる。地に落ち著いた落ち葉が再び巻き上がる。

「ああ參った參った。魔力総量もの技量も俺より上、俺なんかどうやっても屆かない領域にもう足を突っ込んでるんだもんなぁ」

圧倒的な狀況から、徐々にレナーテの底に襲い掛かる不安。

「でぇ〜もぉ〜？」

「《狂奔する（バルクト）──」

魔展開の直前、遮が常時浮かべていた悪魔的な笑みが、表から抜け落ちた。それがレナーテの目にこびりつく。同時に無機質な目で、遮は片手をゆっくりと上げていく。やがてその指先がレナーテに向けられると、彼のがいた。

「──殺す」

想像を絶する"悪寒"がレナーテの全を走り抜ける。

文字通り、のがよだつ。

「ぁ、……ぇ……？」

かくんと、膝から力が抜け、レナーテはその場に立っていられなくなる。

式への魔力供給は途絶え、魔は不発。《防壁》は、音も無く崩れ去る。

必死に膝に力を込めようとしたが、レナーテはとうとうもちをついてしまった。

中から嫌な汗が吹き出している。それが恐怖であると気づくには、數度呼吸を繰り返さなければならなかった。

ザッ。障害の無くなった遮が歩を進める音が聞こえ、レナーテは慌てて顔を上げる。

「これが《殺気》のお手本だぜ？　お嬢ちゃん」

遮の《殺気》は、強いが生み出すものでも、《技能》としてのものでもない。

──無機質に下された、殺害の"決定"。

殺し合いの経験が無いレナーテが呆気なく崩れ落ちるのも必然である。それは命ある者の極めて自然な反応。死の恐怖を克服するには、長くそうした環境にを置くか、狂うかしかないのだ。

そして、ぬるま湯で育って來たレナーテには、致命的にも咄嗟に逃走するなどの対抗措置すら備わっていなかった。

「う……ぁ」

依然殺気を放つ遮に、レナーテはもちをついたまま後ずさろうとする。

「まあそうなっちまうよなぁ」

遮はケタケタと笑いながら著々と彼との距離を詰めていく。目の前の怯えた兎を殺す行為は殺し合いなどでは無く、ただの狩りだ。

従來の依頼であればとっくにレナーテは絶命している頃であるが、今回は"慘殺"という余計なオプションが付いている。すぐには終わらない。

「ふぅー……、ふぅー」

レナーテは虛空を見つめ、深呼吸をする。

かつてない恐怖の中で、未だはっきりと殘っている天上生としてのプライドをい立たせた。

迫る遮を、覇気の衰えた瞳でなんとか睨み付け立ち上がった。その場から跳ねるようにして飛び退き、距離を取る。

「いいねぇ〜」

「ば、馬鹿にしないでしいな。これくらい、すぐ慣れる」

《殺気》に関しては、レナーテは自らの経験不足を認める。恐怖を完全に消し去る事はできないが、これまで積んできた研鑽のことを思えばまだ戦える。才能で様々な困難をねじ伏せて來た経験が、この狀況をも超えられると確信させた。

同時に、本能が必死に逃げろと訴えていた。怖くて逃げ出したくて仕方ない。

目の前に立つ男に、自然における上下関係を底に刻み込まれてしまったのだ。

それでも、レナーテは震える指先で奧に見える大木の葉と葉を結んでいく。

「なんでもいいぜ。やってみな」

彼の式構築を遮はあえて見逃した。レナーテは歯を食いしばる。

後悔させてやる。こんな失態、あって良いはずがない。実力はこちらの方が上なのだ。

彼の中で、怒りが恐怖を上回りつつあった。レナーテは両腕を差させ、式に魔力を連絡させる。

「《飢えた地竜（シュトルツ・ファンアーデ）》！」

「はい無駄」

遮がパンと手を鳴らす。

魔発の寸前、レナーテが通したはずの魔力が、霧散して消えた。

「え──？」

驚愕し、レナーテは周囲を見回す。式に不備はない。見ると、當たりの木々に刻まれた紋様がレナーテが連絡した膨大な魔力を吸収していた。

「うそ……」

「そもそもな。殺し屋の城に単騎で突っ込んでくるのがおかしいんだよ。天上生ってのは向こう見ずの考え無しなのか？」

殺し屋なら、しでも滯在する場所にはいつ敵が攻め込んできても良いように、最低でも確実に逃走できるルート、さらに用心深ければ、迎撃するための罠などを張り巡らせるのが定石だ。

遮が大いに尊敬するダガーは一流の殺し屋。彼が無數の木々に刻んだ紋様式は、《転移回路》の寫しとして機能させるためのものだが、それ以外の機能も多く備えているのだった。

魔が使えない。

その事実にレナーテは戦慄する。

紋様にはテリトリーがあり、広範囲に魔力を連絡しなければならない大魔のみが対策されているのだとレナーテは推測した。式に必要分の魔力が込められる前に、紋様が吸収してしまうのだ。

膨大な魔力量を活かし、大魔の連発で押し切る量戦法を得意とするレナーテには苦しい狀況である。

「次は？　無いならいい加減始めちまうぜ？」

「……っ」

まだ何をした訳でもない、そんな遮の余裕にレナーテの心が再び恐怖に染まり始めた。

そして彼には、立て続けに能力を否定されたことで「この男には何も通じないのではないか」といった予が過っていた。

何より常時遮から放たれる《殺気》がレナーテを弱腰にさせる。

「おし、なら始めるか」

より一層《殺気》を強めた遮は、首を鳴らしながらレナーテへ向けた進行を開始する。

「あー、でもちょっと分かんねぇことがあってよ。どこからが"慘殺"って判定になるんだろうな？

目を抉って、皮剝いで、臓引きずり出せばいいのか？」

それはレナーテの恐怖を煽るための言だった。現に引き攣っていくレナーテの表を見て、遮は笑う。

「個人的にはとりあえず四肢もいどきゃいいだろって思ってるんだが……、お嬢ちゃんはどう思う？」

「い……そんな、の」

訪れる悲劇を想像し、レナーテの戦意は完全に削がれる。

「あーいや、答えなくていいんだ。直接に聞いてみるから、よっ！」

ダンと、遮が駆け出した。

「ひっ……！？」

逃げ出そうとして、レナーテは勢を崩した。が、咄嗟に浮遊魔を展開する。

表の魔力連絡で完結する浮遊魔なら、紋様に魔力を吸われる前に発させられる。

レナーテは一気に飛翔した。

「《悪法・落明》」

遮の式により、レナーテのを冷たい魔力が這う。

ブチリ。唐突に耳元でそんな音がしたかと思えば、レナーテの"視界"が失われた。

「なッ……！？　ぁぐッ！」

視界が黒く染まり、前が見えなくなったレナーテは木に衝突する。混によって魔の維持もままならない。彼はなすもなく地面に叩きつけられる。

「なん、なんで……！？　そ、そんな、これ……！　いや、うそ……！」

を起こしたレナーテは息を荒くしながら必死に自分の目元にれる。眼球は無事なのに、前が見えない。バクバクとレナーテの心臓が脈打つ。

「殘念なお知らせだ。お嬢ちゃんは失明した」

遮の足音が近づく。

レナーテは遮のそんな足音を式とし、魔力を込める。

今は目より、逃げなければ。

「《転（タキオ）──」

「《悪法・落舌》」

また冷たい魔力がに伝ったかと思えば、今度は"聲"を失う。詠唱をトリガーとするレナーテの《転移》は発しない。

「お嬢ちゃんは、言葉を失った」

──絶。

遮の足音がすぐそばに聞こえ、視力を失ったレナーテは的外れな方向を力無く見上げる。機能を失った瞳から涙が流れる。

彼は命乞いをしようと口を開いたが、聲にもならない掠れた嗚咽がれるのみだった。

「可哀想に。だからってけ容赦はしねぇが」

「…………っ！」

レナーテは顔を歪め、涙を流しながら首をふるふると振るう。彼の恐怖が加速する。

遮が扱う《悪法》は人の"恐怖"を式とする呪。レナーテが恐れれば恐れる程、その威力は増し、遮の圧倒的優位は覆らない。

遮が念にレナーテの恐怖心を煽るように振る舞っていたのは、確実に依頼をこなすためであった。

"慘殺"は、標的に時間を與える行為。死に窮した人間の行は予想できない。その不確定を潰すための下準備はどうしても必要になる。

「……っぁ！」

遮は明後日の方向を向くレナーテのこめかみに膝蹴りを叩き込む。掠れた悲鳴を上げながら、彼は地面に倒れ込んだ。

レナーテは全ての魔力を《抵抗》に回し、を丸める。それが彼にできる一杯の足掻き、延命措置であった。

そんな彼を、遮は思い切り踏みつける。踏みつける。踏みつける。

《抵抗》は干渉を完全に無効化できるものではない。中途半端なものでは貫かれるし、厚く纏っていても、遮はしでも薄い所を狙って著実にレナーテにダメージを與えていく。一方的に攻撃をけ続けることで、レナーテの《抵抗》は徐々にり減っていった。

「ぅ……、ぅ……」

執拗に、遮は何十何百とレナーテを足蹴にし続ける。

ガン、ガン、ガン。

繰り返される衝撃の中、レナーテは恐怖と後悔と屈辱に苛（さいな）まれ、泣いた。

遮が殺意を持って振り下ろす度、レナーテの心がり切れていく。抵抗出來ない者相手に、人はここまで殘になれるものなのか。

レナーテは霧生へ魔を解き放った時の爽快を俯瞰で思い出した。自分も、この男と何も変わらない。軽々しく人に殺意を向けたことが、返ってきたのかもしれない。

ガン！

とうとう《抵抗》は貫かれ、強く後頭部を踏みにじられたレナーテは顔の半分をった地面に押し付けられる。

「弱い者いじめも悪くねぇなぁ」

遮はレナーテの髪のを摑み上げ、彼を無理矢理立たせると、その鼻先に思い切り拳を叩き込んだ。

「……ぇあ゛ッ！？」

遮は鼻を押さえながら痛みにのたうち回るレナーテの背中にり、そのきを止める。そして右手で首っこを鬱する程強く押さえ付け、左手で彼の左腕を捻り上げるようにして摑んだ。

「じゃあまずは腕からいくぞ」

慘殺が始まる。

《解放》を使った遮はレナーテの腕を勢い良く引っ張った。

ミシィ。

骨が悲鳴を上げ、関節部に出が広がる。レナーテは目を見開いていた。しかし悲鳴は上げられない。

ミシミシと腕に異常な負荷が掛かっている。《抵抗》を振り絞って抗っているが、もはや引き千切られるのは時間の問題だった。

「ぐ……ぅぅ……ぃぅぅ……！」

背後では、遮が鼻歌混じりにどんどん力を強めてくる。

レナーテにはどうすることも出來ない。涙を流し、ただ耐えることしか。耐えても意味がないことは分かっていた。誰にも告げずにここへ來たのだ。誰も助けに來るはずが無い。

止めどなく溢れる涙が地を濡らす。傲慢さゆえの顛末。顔はぐしゃぐしゃに歪み、天上生の風格はどこにもない。

「結構頑張んじゃねーか！」

遮は項（うなじ）を押さえつけていた手を離し、変わりに肩を踏みつけることでレナーテの自由を奪う。

空いた右手は、ミシミシと悲鳴を上げる彼の腕の先、指へと掛けられた。そこから人差し指をぐっと握ると、それを逆方向にねじり倒す。

ボキィ！

「ぁぐァ────！？」

レナーテの《抵抗》が緩み、筋繊維がブチブチと斷裂する音が響く。遮の指が、今度は中指に掛けられる。加えてそれも躊躇うことなく、稼働範囲外へと曲げられた。

「ゥ──ぃッ！？」

「何本目で千切れるかねぇ〜」

遮がレナーテの薬指を摑む。ボキリ。それを作業のように、また折る。

「──ッ゛！？」

──嫌だ。痛い。恐ろしい。もう嫌だ。

こんな恐ろしい男にも、ユクシアなら立ち向かえるのだろうか。

絶の中、レナーテは憧れの彼の事を思い浮かべる。彼なら理から外れた存在を相手にしても、才能だけできっとねじ伏せてくれる。

──ユク。

「ほらほら、もっと気張らねえと！」

ただでさえ異常な負荷が掛けられているのに、指が折られる度、《抵抗》が維持出來なくなってくる。

ブチブチブチと、筋がさらに裂けていく。一気に激痛が押し寄せ、レナーテは空（から）のび聲をあげる。遮に慈悲などなかった。

──助けて、ユク。

ついに《抵抗》が切れて、レナーテはぎゅっと目を瞑る。

その瞬間、遮が背後から飛び退いた。

腕は解放され、その後レナーテは浮遊に包まれる。彼は自分が誰かの腕の中にいるのだと気づいた。

スタンと、し離れた場所に著地すると、レナーテは優しく地面に下ろされる。

「クソ、大丈夫か、レナーテ……！」

そんな焦燥混じりの聲を聞いて、レナーテは目を見開いた。それは今朝まで激しく憎んでいた男の聲。

『霧生くん？』

レナーテはをかして尋ねる。

「ああ俺だ。良かった、無事で……」

レナーテの瞳からまた涙が溢れ出る。

あれ程憎み、キツく當たったのに、霧生は心から安心したように息を吐いていた。

『私、目が』

「大丈夫。こんなのただの呪いだ。ゆっくり深呼吸しろ」

レナーテが嗚咽混じりに深呼吸すると、霧生はレナーテの目元を優しくでて、呪によってれた《気》を整える。元にも手をやり、絡みついていた遮の魔力を取り除く。

「あ……あ……」

レナーテの視界にぼやけたが燈る。掠れているが、聲も出せた。視界に映った霧生は、ボロボロのレナーテを見て顔を悲痛に歪ませている。

「霧生くん……どうして……」

「お前からの視線が無くなったからおかしいと思ってな」

どうして。その先の言葉は様々であったが、霧生はなぜ助けに來られたのか、という質問だと解釈した。

ここ2週間程、レナーテは睡眠以外の時間を霧生の監視に費やしていた。それが唐突に無くなったことに不審を抱き、霧生はここに至ったのである。

「あーあー、こりゃあ面倒くせぇ。最低か？　お前」

しばらく様子を見ていた遮だったが、飛び退いた所から二人へ《殺気》を放った。

「ひ……っ」

ビクリと、散々恐怖を植え付けられたレナーテが怯える。霧生はその殺気にまるでじること無く、そして遮には見向きもせずにレナーテに尋ねた。

「一人で逃げられるか？」

問われ、レナーテはなんとか立ち上がろうとして見るが、けなくも腰が抜けていた。

「あ、ち、力がらない……。魔力も、もう……」

震える聲でそう答えたレナーテは、遮の強烈な《殺気》をけても臆することのない霧生に驚愕する。

「そうか。じゃあし、待たせることになる」

そう言って、霧生は地面につけていた片膝を持ち上げる。その表は重たい。霧生はできれば、この先の景をレナーテに見せたくないと思っていた。

「困るなァオイ。天上生きっかり二人って言われてんのに。……いや、一人個人的に殺すってならいけるか？」

遮も目の前に現れた年が只者ではないことは、何の前れも無く現れた時點で察している。

レナーテと違って"殺し"の世界に慣れているのだろう。だが、自分達と同じ匂いが全くしない。霧生からじ取れるのは、レナーテと同じ、ぬるま湯の甘ったるい気配。

現に、仲間が殺されかけたというのに彼は《殺気》の一つも放ってこない。邂逅時、不意打ちのチャンスをレナーテを救うために消費したのが決定的な証拠だ。

多腕は立つのだろうが、カモだと遮は確信する。

"殺し合い"は実力の上下を區別するものではない。敵が絶命すれば、それだけでいい。

振り返った霧生は悲しげな目で遮を見據えていた。きがないように見えても、遮は既に霧生を殺すための技を幾重にも用意している。それを霧生は見抜いていた。

霧生がしでも隙を見せれば、たちまちそれらが襲いかかってくるのだろう。紛れもない、本の殺意を持って。

「霧立姫」

ため息を吐くように、霧生はその銘を呟いた。

藍の組紐が解け、靜かに舞う。

現れた刀の柄を握り、刀が抜き出される。その刃は、きっと男を殺すために振るわれる。

諦念。霧生の目が僅かにくすんだ。

タムさんにデビルかっけぇ挿絵を描いていただきました！激謝！