決して屆かぬ存在だと、目指すことすらおこがましいと、いつもユクシアだけがの外にいた。その度に自分の存在を疑い、強い疎外に苛（さいな）まれる。

天から授かった己の才能を卑下している訳ではない。

純粋に、自分がれられる所にいると思ってしい。そんなささやかな願いを抱いているだけなのだ。

ゆえにユクシアは、自分を例外なく殺せると判斷した殺し屋のに、あの日全力で挑んで來た霧生を前にして抱いたと似たものをじたのだった。

「…………」

命が絡む戦いに才能なんてものは関係ない。彼はきっと、あらゆる要素を度外視し、殺せる手段があるかないかの視點でいている。差別のない一撃に、ユクシアの心がくのは必然だったとも言える。

しばらく固まっていたユクシアだったが、ようやく心を落ち著かせると、見境（みさかい）の無いなる求に落膽して我に返った。

なんて淺ましい──

分別もなく殺し屋に期待を寄せ、を左右させられるなど、あまりに程度が低い。

ユクシアの己に対する靜かな怒気により、ピリと空気がひりつく。

それに抗うようにから放たれた虛仮脅しの《殺気》にユクシアは怯まない。一度ければ理解が及ぶのだ。ユクシアを相手にして"二度目"の手は通用しない。

がじりじりと後退している。

先の一撃に続き、すでに殺意をものともしないユクシアの異常を今度こそ見抜いたのだろう。

そんな中で、ユクシアの気が楽なのは事実だった。

彼は逃げるにしろ足掻くにしろ、全力を強いられている。

これはただの立ち合いではない。勿論ユクシアに殺意などないが、互いに「參った」では終わらない戦い。

生死を賭けた戦いを生業とする殺し屋が、埋めようのない格差に絶し、跪いて放心したりはしないし、へらへらと笑ったりはしない。

皮にも、それだけでユクシアの足取りは軽くなる。

ユクシアは細剣の切っ先を揺らす。

は背後の《転移回路》に飛び込むべく、勢を低くしていた。

彼がユクシアに勝てる見込みはゼロに等しい。早急にこの場を離することが最善の策と考えたようだ。

「どけ」

突如、殺し屋のは背後から肩を摑まれ、限界まで目を見開いた。

そのがぐるんと宙に舞い、背面から叩きつけられたかと思えば、彼はこめかみの上に踵を押し付けられる。

「ッ！？　ぐっ……！　なんだ……！？」

突然現れ、暴挙を行ったのは見知らぬ年だった。

彼が手にしていた短剣は先の一瞬のに弾かれ部屋の端へ。の顔を無造作に踏みつけるその片足は、彼が両手で摑んでもビクともしていない。傍から見ても、圧倒的な《気》で完全に押さえ込まれていた。

「アンタ、ユクシアだろ」

年はジタバタと激しい抵抗を重ねるを涼しい顔で足蹴にしながらユクシアを指差す。

ユクシアは、年が《転移回路》から現れた時點でその存在を察知していたが、まさか殺し屋のに攻撃を仕掛けるとは思わず、この不可解な狀況に眉を顰めていた。

年は異様な雰囲気を放っている。

中的な顔立ちに、肩までばしたサラサラの黒髪。ロングコートにを包んでおり、背丈はユクシアとあまり変わらないくらいだ。

異様とまでじたのは、年には"彼"の面影がある點に起因する。

容姿もさることながら、《気》の流れや纏う雰囲気、特に不敵に浮かべる笑みなどは彼のそれに酷似している。

酷似、というよりは年が模倣しているようにも見えた。

「そうだけど。あなたは？」

肯定し、問返すと年は一層笑みを深めた。

口端から犬歯が覗き、雙眸が細められていく。

「夜雲（やくも）。杖、夜雲」

「…………杖」

馴染みのある姓名を復唱するように呟き、ユクシアは夜雲と名乗った年を見つめた。

「ああ。杖霧生の弟だ」

疑問を察したらしい夜雲が付け加えることで、細剣の柄を優しく握る手にし力がる。

「昔、何度かな。兄ちゃんがアンタの話をしてくれたんだ。天才なんだって？

だったらほら、こんな雑魚とヤってもつまんないだろ。俺が相手してやる。さあ構えろ」

「ぐ……、こ、この足を……どけろッ……！」

依然彼に踏みつけられている殺し屋のが、夜雲の言葉を遮るように聲を上げると、彼は表を固めたまま視線を落とした。

その《殺気》はユクシアに向けられたものではなく、夜雲が殺し屋に向けたものであったが、のそれとは比べにならない圧迫にユクシアは僅かに目を瞠った。

否、圧迫と言うと語弊がある。ユクシアの直を正確に表すなら"違和"と言うべきだ。

おおよそ夜雲は、殺し屋以上に殺人を普遍的なものとして捉えている。故に、罪の意識などはじられず、その作に移るまでが、呼吸に同義と言わんばかりに自然だったのである。

そんな一切混じり気の無い純粋な殺意は価値観の差異による違和として、その異常をじ取った五が、圧迫に変換して認識させる。

なんにせよ彼の《殺気》はのものとは一線を畫しており、別だった。

ユクシアのきに遅れが生じたのもそのせいだ。

「杖流殺手──」

夜雲の腳部に《気》が巡る。ぐしゃりと、彼の頭がトマトのように潰れる──ユクシアの脳裏にそんな慘狀がよぎった。

「……！」

「──鬼傅（おにかしず）き」

ズン。

空気が振し、風圧が部屋の隅まで行き渡る。

その時、ユクシアの視線は夜雲の足元にはなかった。

訪れた靜寂を夜雲が破る。

「へえ。思いの外、いるもんだな」

夜雲は自分の足元を眺めていたが、しばらくしてユクシアと同じく、カフェテリアの方へ視線をかす。

一変して、そこには間抜けな景が広がっていた。

殺し屋のは唖然とした顔でテーブル席に著いていて、傍らのカウンターでは一人の年がセルフサービスのドリップコーヒーをせっせと二人分用意している。

「…………」

ユクシアは彼を知っていた。

彼は霧生と共にいた、確かハオという名の生徒だ。

ハオは二人の視線に応えるように振り返り、肩を竦めながら言った。

「ああ、僕のことはお構いなく」