《【書籍化】學園無雙の勝利中毒者 ─世界最強の『勝ち観』で學園の天才たちを─分からせる─【コミカライズ決定!】》第16話 ふざけた弟子

霧生は激怒していた。

というのも昨日、ユクシア達から良き師弟関係に至るための手掛かりを得た霧生は、心を新たにしてレイラとの稽古に臨むつもりであった。

霧生は毎朝3時から彼との早朝ランニングを開始するのだが、今日くらいは存分に寢かせてやろうという寛大な気分で、レイラを迎えに行かずにいつもストレッチを行っている広場で待っていたのだ。

今朝は爽やかな朝で、レイラも直にやってくるだろうという確信を得ていた霧生は一人で技のキレを確かめていた。2週間も行を共にしたのだから、いい加減レイラも早朝ランニング無しで一日を始めることなどできなくなっているはずなのである。

だが、彼は4時になっても來なかった。

5時になっても、6時になっても、7時になっても、來なかった。來なかったのだ。

それでも生半可な覚悟でレイラとの関係を始めた霧生ではない。さらに霧生は師としての自分に致命的な欠點があることを反省したばかりなのである。

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だから気よく穏やかに待った。今日はもう早朝ランニングを諦めても良いとすら考えていた。

そうして10時過ぎ頃になると、ようやくレイラは現れた。

そしておはようの挨拶も無く、寢起きの顔で、何事も無かったかのように、こう言い放ったのだ。

「お腹が減りました」

これが激怒に至った経緯である。

リューナを見た後だからだろう、その意の低さにはいつもより余計に腹が立っていた。

しかしこの際腹が立つのは良しとしよう。重要なのはその後のことである。

怒りをそのままぶつけるのか、そうでないのか。怒りは人間に必要なであるが、それを相手にぶつけるかどうかは時に選ばなければならない。

そのための理だ。霧生は常に長し続ける。

「おまっ……お……お……おはよう」

怒り半ばで挨拶に功する。

6時間強を無駄にしたとしても、挙げ句空腹だからやってきたというふざけた態度のレイラへの怒りも、今はあえて消化する必要が無い。

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教育においてよく挙がる議題に、叩いてびるタイプか、褒めてびるタイプか、というものがある。

これまでそう言った考え方をしてこなかった霧生であるが、時には視點を変えて見てもいい。

もしかするとレイラは褒めてびるタイプなのかもしれない。

に対するゆえの怒りは全て無駄であった可能が浮上していた。

そこまで考えて、ようやく怒りが落ち著く。

「……ああ、おはようございます。おかげさまでって言うのもアレですが、久々によく眠れましたよ」

仏の域まで落ち著いた霧生にはそんな煽りも通用しない。

昨日までとはひと味もふた味も違うのだ。

小手調べに、ここであえて褒めてやろう。

「そうか、たくさん寢て偉いぞ」

にこやかに彼の頭をでると、レイラの顔が青ざめた。

は恐る恐るといった様子で霧生の目を覗き込み、尋ねてきた。

「も、もしかして今日、待ってたんですか……? 迎えに來ないから休みかと思って二度寢したんですが……」

なるほど、どうやら彼との間に誤解があったらしい。

霧生は迎えに來なくても來て當然だと思っていた。しかしレイラとしては、毎朝迎えに來てもらうのが習慣になっていたので、それが無ければ休みかと思うのも仕方ない。

それを踏まえると、彼がここへやってきたのは進歩の証だった。空腹という理由ありきでも、自ずと霧生の元へやって來たのだ。

し、やけにレイラがおしくなってきた霧生は穏やかな笑みを保ったままさらに褒める。

「気にするな。お前はいつも頑張ってるからな。一日走らなくったってどうってことない」

頭の上の手を退け、ゾッとした表で後ずさるレイラ。

どうやら早朝ランニングを怠ってしまったことに負い目をじているらしい。

それにも霧生は進歩をじた。元より訓練に積極的でないレイラだ。し怠ってしまったくらいで負い目をじることなどこれまでならあり得なかった。

霧生はそこでハッとした。

──褒めたからか!?

やはりレイラは褒めてびるタイプだったのだ。

「……絶対怒ってます……よね。それも……かつてないくらい」

霧生は首を橫に振った。怒ってなどいない。

レイラが褒めてびるタイプであると分かったのなら、この先霧生が無駄に怒りをぶつけることなど永遠に訪れない。

「だから気にするなって。明日から頑張れば良いだけだ。俺はしお前に求めすぎてたんだよ」

「ちょ、ちょっと待ってください。これ以上訓練をキツくするつもりならホントにもう無理ですよ。いくら本気でやるって言ったからって、限度ってものが──」

ごちゃごちゃと騒ぎ立てるレイラに違和を抱く。彼は絶的な表を浮かべ、いつでも瞬発的に逃げられるよう《気》の流れまで調整している。

明らかにお互いの言が噛み合っていない。

──まさかこいつ、褒められていることに気づいていない……?

「待て待て、何言ってるんだ? 俺は褒めてるんだぞ?」

霧生は誤解を解くために弁明するが、レイラは尚反発する。

「いいや、騙されませんよ。絶対に怒ってる。このツケを訓練に回す気なんでしょ!」

「…………」

盲點だった。

これまで意識的に褒めたことの無い霧生がいきなり褒め出しても、レイラの理解の方が追い付かないのだ。

そしてそれを違和も不快も無くれられるタイミングや、相手が素直に喜べる言いなどについての理解があまりにも淺い。褒め方を分かっていない。

褒める。それを、ただそれだけのことだと甘く見ていたのだ。

手にとってみればとんでもない高等技である。

そして思っていたよりレイラは訓練で追い込まれていたのかもしれない。

霧生がし普段と違う態度を示しただけでこの警戒っぷり。

──これがあるべき師弟の姿か……?

嘆きつつ、誤解を解くため思考を巡らせる霧生。

レイラが今にも逃げ出そうとしているので、霧生は低く腰を落とし、両手を広げて敵意が無いことをアピールする。

「レイラ、落ち著いて聞いてくれ。俺は昨日までの俺じゃあない。噓じゃない、本當なんだ」

まるで人質をとって立てこもる犯人に歩み寄る渉人のように、霧生はしずつレイラとの距離を詰めていく。

霧生が1歩近づくと、レイラは2歩後ずさった。

「飯でも食いながら話そう、な?」

レイラの足がピタリと止まる。

「レイラにプレゼントもあるんだ」

レイラが5歩くらい一気に後ずさる。

「待てっ、待て! 絶対喜ぶから……! 信じてくれ!」

そこでレイラのお腹がぐうと鳴った。彼は怪訝な目をしながら尋ねてきた。

「……プレゼントって、食べですか?」

「ああ! そうだ、食べだ! いつも頑張るお前のために昨日用意したんだ! 俺にチャンスをくれ!」

懇願するような目で訴えると、レイラは溜息を吐いた。

ーーー

大食堂。本日も待つこと無くテーブルに著くことができた霧生達は、いつものように大量の料理を並べてそれを貪っていた。

「それで、プレゼントってなんですか」

しばらくは無言で食事を進めていたが、ミートパスタを平らげた所で空腹がおさまったらしいレイラがそう聞いて來た。

「気になるか?」

「そりゃあしは。食べなんでしょう?」

「ああ、俺の大好でもある」

そう言って霧生はローブのポケットに手を突っ込む。

白手袋や矢文など、何かと便利なグッズが揃っているポケットの中で、目當てのを探り當てた霧生はそれを摑んでテーブルの空いたスペースに叩きつけた。

「これだ」

それは一枚のA4用紙であった。ポケットに詰め込んでいたためシワが酷い。

すでに眉を潛めていたレイラが、その用紙を覗き込んで、記された容にさらに眉を寄せた。

「……なんですか、これ」

「學序列戦の申込み用紙だ」

の問いに、霧生は自信満々で答えた。

昨日《天上宮殿》を後にした霧生が、學長に頼んで早急に用意してもらったものである。

用紙にはすでにレイラの名前が書かれてあり、あとは彼が押印するだけとなっている。

「これの、どこが……食べなんですか?」

「勝利を得ることを食べるって表現することもあるだろ?」

「は? ありませんが?」

「つまり、そういうことなんだよ」

「意味不明です」

ユクシア達に會うことで得た気づきは一つでは無かった。

そう、レイラには勝利が足りていない。

はきっと、勝負の先にある結末をずっと避けて來たから今の格を帯びてしまったのだろう。

もしレイラが勝利の高揚を忘れているなら、霧生は思い出させてやりかった。

「ほら、ここにサインしてくれ」

押印の箇所をトントンと叩いて示す。

「しませんよ」

やれやれと思ったが、ここで自信を與えてやるのも霧生の務めである。

褒めるなら今がベストタイミングだろう。

「今のお前なら勝ち上がっていける。そりゃあトップに立つには時間はかかるだろうが、お前はこの2週間で確実に強くなってる。これからも強くなる。

だからそんじょそこらの奴には絶対負けない。俺が保証してやる」

熱い想いを込めた瞳をもって訴える。

褒めるなどという打算の前に、これは霧生の本心に違いない。

するとそれが伝わったのか、レイラは諦めたように息を吐いて用紙に手をばす。

霧生は安心して表を緩め──しかしレイラは手に取った申込み用紙をぐしゃぐしゃに丸めてテーブルの上にポイッと戻した。

ピキ。霧生の額に青筋が走る。

「お前は!」

ガタンと椅子から立ち上がった霧生は、丸められた申込み用紙を開いてばし、テーブルの上にバンと叩きつける。

「お前はぁぁぁ!」

それから訓練では見せることのない瞬発力を発揮して逃げ出そうとしたレイラの手をガシッと摑み──

「うっ!?」

「お前はッッ!!」

空になったミートパスタの皿に彼の親指をグリグリと押し付けて、ソースでベトベトにする。

「お〜ま〜え〜はァァァッッッッ!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

バチィィィィィィイン!

そしてその親指を申込用紙の上に思いっ切り叩きつけるのだった。

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