《【書籍化】學園無雙の勝利中毒者 ─世界最強の『勝ち観』で學園の天才たちを─分からせる─【コミカライズ決定!】》第3話 「進まなければ」

勝利學の講者達は、天上生クラウディア・ロードナーが真っ先に撃沈したために萎したようだった。

視界の端では、なんとか立ち上がったクラウディアが講義室の出口に向かっていた。

「霧生への挑戦権を賭けたバトルロワイヤルっていうのは?」

シンとした講義室に凜とした聲が響く。リューナのものである。

「単純だ。実力の近い講者同士でビンタ勝負を行い、3勝すれば俺への挑戦権を得る」

「……霧生にしては悪くないわね」

リューナが離れた所に座るレイラに熱い視線を移した。ここに集まってから、彼の意識はひたすらレイラに向いていた。霧生への挑戦権などには一切興味が無く、再戦の場を何とか得られないだろうかといった様子。

ここに來たそもそもの狙いもレイラに絡むことだったのだろう。當のレイラはそんな彼に全く興味が無さそうだった。

そんな二人を軽く見回して、霧生は全の反応を伺う。

「…………」

依然として沈黙。

案の定、多くの講者達は意的ではなかった。

それも仕方がないだろう。ほとんどの人間は意味のないことに意味を見出せない。明確なメリットが無ければ、意的になる生徒はないのだ。

勿論悪いことではない。それが効率的な勝算だとも考えられる。

「よし、じゃあこうしようか」

彼らにやる気を與えるため、霧生は條件を付け加えることにした。

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「この俺に挑み、見込みをじさせた者を──弟子にしてやる」

「うおおおおおおお!!」「マジで!?」「俺も最強になれる……!?」

たちまちどよめく講義室。

付け加えられた條件には、どうせならやる気のある者を砕したいという下心ならぬ目論見が含まれることを講者達は知らない。

この講義が『勝利學』であることを早速忘れてしまったのだろうか。

レイラなどは呆れたように苦笑いしていた。

は霧生が有する底抜けの個人主義と、弟子になったとしても地獄のような研鑽が待ちけていることをその験している。

しかし、本當に見込みをじる者が現れたなら、その時は言葉に噓偽りはない。

霧生はその者を弟子として迎えれるだろう。

見込み。曖昧なその言葉が才能そのものを意味しないことは、レイラの戦いを見た彼らなら理解できるはずだ。

だからこそ、霧生の薫陶(くんとう)をけ、なる可能を見出して貰えるというチャンスは、講者達のやる気を大いに引き出した。

「それでは、俺はここで挑戦者を待つとしよう。始めてくれ」

「レイラ!」

そう聲を上げ、真っ先に立ち上がったのはリューナだった。人の目も気にせず、彼はレイラの元まで早足で歩んでいく。

早速面白い勝負が見られそうな展開に霧生は目を細めた。

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「私とやりましょう」

確かな圧をもって告げるリューナ。

この2週間でリューナがしっかりと悔しさを噛み締め、レイラへの敵意を改めたのが分かる言だ。彼からは抑えきれぬが滲み出ていた。

もしそこへ至るまでの工程にユクシアも関わっているのだとすれば、霧生が上を行っていた勝負に対する理解を、彼もまた深めたのだと察せられる。

否、間違いなくそうなのだと、僅かな恐れと歓喜が霧生を襲っていた。

「再戦(リベンジ)の場はしっかりと選んだ方がいいですよ、リューナちゃん」

レイラの返答に霧生は吹き出した。

冷め切った目でリューナを見つめる彼の考えが、霧生には手に取るように分かったからだ。

「まったく、贅沢な奴だ」

レイラは一度勝ったからといってリューナへの敵意を失った訳では無い。

逆に、より強烈な勝利を求めるようになったのだ。《無抵抗(ノーレジスト)》で、魔による有利の無いビンタ勝負では驚異的な打たれ強さを持つレイラに分が傾く。

つまり、このビンタ大會では彼が求める勝利は得られない。リューナにとっても、ビンタ勝負による勝利ではあの戦いの雪辱にはなりえないと配慮したのだ。

しっしっとリューナを払い除けようとするレイラ。

戦意無きレイラにリューナは拳を震わせていた。

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だが何か思い至ったようで、拳の力を抜いて力する。

直後、パシンとレイラの頬が張られた。

「ほう……」

そこそこの強さで打たれた平手により、レイラの首は明後日の方向を向いた。

僅かにれた髪。徐々に赤い手形が顕になる頬。

狀況を理解し、顔を顰めたレイラの視線がゆっくりとリューナへ移っていく。その瞳にはすでに怒りが燈されている

リューナはにんまりと笑みを浮かべ、言わず堂々とレイラを見下ろしていた。

「……ぶっ潰す」

言って、レイラが立ち上がる。

通路に出て、レイラはリューナから距離をとる。そうしてまた向き直ると、リューナの元へと駆け込んだ。

バチンッッ!!

「ぶっ……!」

遠慮など欠片も見當たらない全力の一撃をけたリューナがふらりとよろけ、講義機に手をつく。

「この、いったいわね!」

「ッ!」

その勢から勢いをつけ、リューナがまた新たにレイラの頬を打つ。先程とは違う腰のった平手に、今度はレイラが後ずさる。

固唾を呑んで二人のやりとりを見ていた講者達が、幕を下ろした怒濤のビンタ勝負を前にして我に返る。

一斉に立ち上がり、各々が相手を選び始めた。

正午の大講義室には未曾有(みぞう)の混沌が訪れる。かくして仁義無きビンタ大會が始まった。

ーーー

パァァン! バチィィン! スパァァン!!

講義室のあちらこちらで甲高い衝撃音が走り、その度に生徒達のが飛びう。

拳を握り締める者、悔しさに喚く者、勝負の行く末を見する者、ギラついた目で徘徊する者。

「ぐあぁぁぁぁぁ!!」

また一人、踏ん張りを効かせられなかった生徒が宙に舞い、講義機の上に腹からけなくぶら下がった。

「ハハ、絶景だな」

霧生が嘆の聲を上げる。

勝利學では己の勝利のみを考えていたが、これはこれで素晴らしい。

「ヤバいでしょ……。みんな頭おかしくなっちゃったの……?」

教壇に腰掛けて傍観を決め込むレナーテは戦慄をした様子で呟いた。付近には3勝の後に霧生に挑んだ講者達が白目を剝いて気絶している。

「相手がいないなら俺とやるか? レナーテ」

クラウディアがいなくなった今、彼と実力の近しい生徒はこの場にいない。気を利かせて聞いた霧生だが、言い終わる前にレナーテはぶんぶんと首を橫に振っていた。

「やだやだやだ」

以前に対ユクシアの意思があると判明したレナーテ。とはいったものの、やはり霧生に付き纏うその行は腑に落ちない。

霧生としては、彼がユクシアと霧生の2枚抜きを狙っている説を推していた。それなら獣のようにタイミングを伺う彼の熱い視線にも説明がつく。

「なんでだよ」

かしたように笑いながら問う。

しかしレナーテからは思いもよらぬ返答が飛び出した。

「だって勝てる訳無いし、痛いじゃん。というか私、霧生くんともうそういうことする気ないよ」

「!?」

衝撃をける霧生。

一度は強く敵対し、信念と想いを懸けた勝負を予見させたレナーテ──、そんな彼の意思を捻じ曲げないよう努めてきたつもりだったが、違ったのだ。

やはり殺し屋の一件が起因しているのだろう。アレは避けられぬ局面だった。

だとしても霧生はショックをけ止められない。

の目の前にかがみ、霧生はその目を見つめる。

「そんな、レナーテ……。寂しいこと言うなよ。俺とお前は敵だって言っただろ?」

「ち、違うの。こういうこと。分かる?」

「?」

意を決したような顔でなぜかこちらの右手を握ってきたレナーテに、霧生は首をかしげる。

「こ、これでどう?」

今度は指を絡めてくるレナーテ。

すべすべとらかなに、幾度と無いビンタで熱をもった手でれると冷たくじる。

ひとまず強く握り返してみると、平手もけていないのに彼の頬がボッと朱に染まった。

「……う、ぐぐぐ……うううう……!」

「どうした! 何が起きてる……!?」

そう強く握りしめている訳でもないのに、レナーテは苦しそうにく。異変をじた霧生が彼の手を揺さぶった。

すると彼はバッと立ち上がり、手を振り払おうとしてくる。しかし霧生が手を離さなかったので、グイグイと引っ張られる形となった。

「う……、うぅ、ううー!」

余った右手でパシパシとこちらの右手を叩き始めたところで霧生は手を離す。

霧生にはレナーテが何をしたいのか検討もつかなかった。

「むぐぐぐ……!」

解放されたレナーテは追い詰められた貓のように恐る恐る講義室の出口へと後退していく。

「待て、どこに行く! レナーテ……!」

そして霧生の制止も聞かず、背を向けたレナーテは走り出して去ってしまった。

「クソ、レナーテッ!!」

講義中なので彼を追いかける訳にもいかない霧生は、悲鳴を上げることしかできなかった。

ここのところは研鑽の質も落ちているようだし、レナーテによからぬ変化が起きているのは一目瞭然だ。

との関係に合わせ、それもおいおいケアしていかなければ。

「ふう……」

気を持ち直して、未だ続くレイラとリューナの勝負に目を向けてみる。

両頬を真っ赤に腫らし、それでいてまだ余力のあるレイラに対し、リューナは徹底的に左頬を打たれて今にも倒れそうになっていた。

流石は霧生の弟子である。乗り気で無かった勝負にも十二分なパフォーマンスを発揮している。

「はぁ……はぁ……」

攻撃を食らい、それでも立ち上がらなければならないことを前提とした訓練を積んだレイラと、そもそも敵の攻撃をけることが前提に無い鍛えられ方をしたリューナ。ビンタ勝負においてはその差が濃く表れている。

両者息を切らしながら睨み合う中、レイラが口を開く。

「ハァ……、ハァ……、だから、言ったでしょ。再戦の場は、選んだ方がいいって」

「……ッ」

劣勢のリューナが顔を顰めた。

「ほらもたもたしてないで早く、早く打ってくださいよ、次でさっさと終わらせてあげますから。こんな勝負どうだっていいんです」

すっかり熱に浮かされたレイラを見て霧生はニヤついてしまう。

挑発による流れ作りも完璧だ。今まで散々見下されてきただけあって、神攻撃が上手い。

リューナを傷つける言葉を理解しているのだ。

バチン!!

「ッ!」

振り絞った最後の力でリューナの平手がレイラの頬を打つ。

その後、散々打ち合ってグシャグシャになった髪を掻き上げ、リューナはが目立つ左頬を差し出した

レイラが踏み込み、右腕を振るう。しかし彼はその手を一度逸し、を捻ることで溫存していた左手を振るった。

リューナの右頬が弾ける。辺りの講義機を散らしながらリューナは転がった。意表外からの完璧な一撃である。

気を失ったリューナを前に、しばしの殘心を経てレイラが拳を握った。

「ッし! よしッ!」

歓喜に表を彩るレイラに霧生は拍手を送る。改めて彼長をじると師として誇らしい。

勝利の余韻も程々に、レイラは次の相手を探しに行く。手頃な生徒に聲をかけるが、立て続けに斷られてしまっていた。

それはそうだろう。同実力帯の相手で彼とやり合いたいと思う者はきっとない。

レイラは諦めたように教壇の前まで歩んできた。

「不戦勝合わせて3勝。私が挑んでもいいんですよね、霧生さん」

「勿論だ。やろう」

即答する霧生。

弟子が挑んでくるなど師匠冥利に盡きる話だ。

そしてレイラが普段と違う闘志を纏っていることにも霧生は気づいていた。このタイミングでレイラに有利な勝負を挑んでしまったリューナは不幸としか言いようがない。

は己の怒りを研ぎ澄ませるかのように、ゆっくりと息を吐き出す。

「もう行くんだな。いつ発つ」

かつて見下してきた一族を全員こそぎ砕するために、彼は帰郷を決めているのだ。

「明日中には。ですので、私に喝を」

「いいや、俺はお前が相手でも圧倒的に勝利する。それだけだ」

それでいいと、彼は嬉しそうに微笑む。

霧生がバキバキと指を鳴らすとレイラは両足を広げ、手を後ろに組む。

「では、お願いします」

「……師に先手を譲るとは、大きく出たな」

ピキピキと額に青筋を浮かべる霧生に、レイラは不敵に笑ってみせた。

「私が知る中で、最も強い人の一撃をける。その上で、私は立ちます。必ず」

そうすることでさらなる自信を手にれる。

帰郷。己のルーツに挑むということは、彼をまた深淵の彼方に追いやる可能もある。

今の彼なら有りえないと霧生は斷言できるが、これは彼が二度と折れまいとする強い意思だ。

ならば応えるのが師の務め。

「捻り潰す。ガチで行くからな。構えろ」

「とっくに構えてます」

「明日は醫療センターで安靜にしてろ」

言うやいなや、霧生は踏み込んだ。講義室の床が抉れる。

の意識を確実に刈り取る技もあるが、それは野暮だ。クラウディアに放った以上の剛力で、レイラを打つ。

「オオォォォぉぉァァ!!」

瞬速の平手が放たれた。

次の瞬間には目の前に立っていたレイラが姿を消す。勢いよく吹き飛んだレイラは講義室の壁に叩きつけられ、バウンドする。

理想的な手応えのみが霧生の右手に殘っていた。

レイラはかない。頬を打ったが、衝撃は全を襲ったのだ。まず呼吸困難で立ち上がれないだろう。やがて意識も失うはずなので、すぐにでも処置が必要だ。

が。

「……か、はっ……が……ぐ…ぅぅ……!」

おそらくほとんど途切れ途切れの意識で、レイラは立ち上がろうとした。

ガクガクと震える手を軸に、彼を一度起こし、倒れる。

助けてやりたい気持ちをグッと堪え、霧生は眼を閉じた。

考えることは師としての自分。このままではレイラに信條で遅れをとるやもという、個人的な焦り。あるいは激しい怒り。

祖父と向き合うことを決め、幾ばくかの時間が過ぎている。弟子が向き合い、完全に克服することを決めているというのに、自分はどうだ?

「…………」

次に目を開けた時、そこには満創痍のレイラが立っていた。

「わ、たし……は、最強に、なる……んだ」

呼吸もままならないまま近づいてきた彼が、弱々しい手付きで霧生の頬を叩き、そのまま寄りかかってきた。

「……頑張ってこい、レイラ」

の中でが頷く。

講義の終わりを告げるチャイムが鳴る。

誰かの通報をけたのか、同時に醫療センターのスタッフが室に流れ込み、気絶した生徒達を回収していく。

彼らにレイラのことも任せ、誰もいなくなった大講義室で霧生は一人考えに耽る。

進まなければ。他人には茨の道を示して、自分ばかりが歩き易い道を行く。

そんなこと、あってなるものか。

見計らったかのようにガラリと講義室の扉が開かれる。

そこに立っていたのは金の異才、ユクシア・ブランシェットだった。

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