《【書籍化】學園無雙の勝利中毒者 ─世界最強の『勝ち観』で學園の天才たちを─分からせる─【コミカライズ決定!】》第5話 「わがまま言うな」

ユクシアからけ取ったそれは、切封の施された10匁(もんめ)の手漉き和紙だった。

庭の柿を使ったのだろう、草木染めの工程を終え、薄い黃を帯びる文(ふみ)からは、忌まわしくも懐かしい、杖の家の匂いがする。

「これを學長から?」

「偶然會って、丁度良いからキリューに渡してくれって」

宛名も何も書かれていないが、微かに殘る祖父の痕跡からは、慈の中に覆い隠された激怒をじる。紛れもなく、これは祖父が霧生宛によこしたものに相違無い。

「他には?」

「何も」

學園に屆いたのだろうか。

學長がなぜ直接霧生を呼び出さず、ユクシアを経由させてこれを屆けたのか、意図が読めない。何か別に用事でもあったと考えるのが妥當だ。

講義室の床にあぐらを掻きながら、霧生はしばらく手に取った文を見つめていた。

「素敵なお手紙ね」

教壇に腰掛けたユクシアが言う。

手紙のガワだけ見ると、そんな見當外れな印象を得てしまうのも致し方ない。

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文の見た目が古き良き裁としさを保っているのは、これがわざわざ端(はしため)に作らせたものであるためだ。

外面だけは上等なものだと言えよう。

しかし霧生から見れば、手紙には杖家の凄慘な日常を思わせる數多の要素と、のみがじられる祖父の念が散りばめられてあって、何とも不吉にじられる代であった。

あの家で過ごした者以外には、この禍々しさを読み取れないのだろう。

とはいえ、中を一目見れば誰でも霧生がじていることを理解できる。

そう思いながら切封を解き、文を開くと、そこには怒りのままに走らせた激流のような古字が、びっしりと書き連ねられていた。

「……あー」

案の定、祖父はかなり怒っているらしい。

妹──水面に「近々會いにいく」と言伝を頼んでから、今や數ヶ月が経過している。

それは祖父の元へ赴くよりも遙かに重要な勝負があったからなのだが、彼にしてみれば挑発行為に他ならないだろう。

「見てみるか?」

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こちらに気を遣って中を見ないようにしながらも、やはり気になって仕方がないといった様子のユクシアに、一通り容に目を通した霧生は文を差し出す。

「いいの?」

「別に、お前なら」

手紙には、霧生のこれまでのことに対する祖父の考えや、杖の歴史のことが多岐にわたってしつこく書かれてある。

本音としては、誰にも知られず心の奧底に仕舞っておきたいことも多く記されているが、彼になら知られても構わないという想いも霧生にはあった。

勝負というものがどうあるべきか。それを知ろうとするきっかけを霧生に與えたのは、他ならぬユクシアなのである。

それはそれとして、夜雲の件に加え、期の霧生とその周囲を取り囲んでいた霧生の父や、──のこと。それらを部分的に目にしているユクシアは、杖の事しは察しているはずだ。

數多の勝負で勝つために、今後も彼と同じ時を過ごせば、どんな形であれいずれ過去が見する可能は高い。

そして、良くない形でそれが現実となった時、何も知らなかった頃の霧生を知る彼にだけは、もっと早く打ち明けておけばよかったと後悔することになるのだろう。

そうならないよう強さを保ち、全力で努めるつもりでいても、懸念は懸念だ。

これは弱さではない、霧生はそう考えた。

すり寄ってきたユクシアが手紙を覗きこみ、すぐに手紙に対する印象を変えたのが表で分かった。

ユクシアが隠しきれないショックを顕にしながら霧生と目を合わせる。

「俺を見る目が変わるだろ」

「そんなこと言わないで」

語気を強めてそう言い返し、ユクシアは文を霧生の手に戻した。

「変わらないよ。ずっと」

微笑みを浮かべ、続ける。

きっと彼はそう言うだろうと思っていた。

しかし、し安堵している自分もいて、霧生は複雑な気持ちになる。

ふうと息を吐き出して、同時にそんな意気地のない思いも頭から消し去ってしまい、霧生は口を開いた。

「俺もしばらく學園を離れることになるな」

諸々を省き、手紙の主題を要約すると、祖父の要求は「夜雲と共に帰ってこい」といったもの。

以前までならこのような催促の手紙は、中を確認すらせずに破り捨てており、その度に祖父の神経を逆でしていた。

今回の場合は言われずとも元々そうする予定だったので、夜雲の件は考えるにしても、霧生は従うつもりでいる。

タイミング的には悪くない。むしろ良い。

レイラがしがらみから解放される姿を見て、霧生もまた、最強の神に磨きをかけた。

弟子に遅れをとってはならぬという焦りもここぞという良い影響になっている。

煩わしさこそどうしても拭えないが、祖父、引いては杖に対する今の見方は、忌避とはし違う。今後、憂いなく勝負に臨むために超えなければならない試練だと捉えられる。

學園に來てから何かと考え方も変わり、もはや以前までの霧生ではないことはこの意を以て確かだと言えよう。

信念を揺るがす敵と相対しなければならない時、どうすればいいのか。どのように臨まなければならないのか。

それはもう霧生の中で定まっていた。

「また、私を待たせるの?」

ユクシアが言う。

しばらくというと、霧生は大一週間程を見込んでいるが、彼は最悪のケースを懸念しているのだろう。

死ぬ、とまでは考えていないにしても、祖父の行次第では長く學園に戻れない生活が続くことを悟ったのである。

「仕方ないだろ。わがまま言うな」

そう言うと、ユクシアは小さく肩を竦めた。

「私なら、力になれると思うけど」

「……え?」

それについては考える必要すらないくらい論外だったので、ユクシアがそう主張したことに霧生は驚く。

いや、彼のことだ。霧生の掲げる信念と、ユクシアに対する想いを理解した上で、連れて行けと、意外にも自分の意思を伝えてきたのだ。

「いや、それは……ぐむ、むむむ……」

霧生の思考が一気にショート寸前まで膨れ上がる。

先程の問いでもすぐに引き下がったように、信念に関わる部分においては、彼は必ず霧生の意を汲んでくれるという先観、言い換えれば、信頼があった。

ここ最近、とくにリューナ達と関わったことで、やはりユクシアにも転機が訪れているのだ。単に霧生について行きたいというだけではなく、様々なことにれてみたいという好奇心の発がある。

「ね、キリュー。ね?」

こちらの肩を摑んで軽く揺さぶってくるユクシア。

「マジで、今回は勘弁してくれ」

どう答えることもできず、霧生は嘆くしかなかった。

これがまた別の要件なら話は違った。

しかし祖父との邂逅は、きっといらぬ影響を彼に與えてしまうことになる。

勝負と殺し合いは別。それが霧生の信條であり、ユクシアにもそうあってしいと願う。

と同時に、事の善し悪しをユクシアが自分で判斷する機會は、獨善的な考えで遠ざけて良いものではないのだ。

覚醒した信條がこのような矛盾を生むとは。

「でもお前は……お前はなぁ、なんというか々と、危ういんだよ」

「え、どこが?」

キョトンとしたその表は演技、先程の霧生を模したもの。

言わずもがな、ユクシアは聡い。それゆえに、霧生が危ぶむことと自分のむことが重なり合っているのは、十分理解していなければおかしい。

殺しを知れば、彼の孤立はさらに加速する。

「それにもっとシンプルな理由もある。俺と違ってお前は招かれていない。そんな奴が杖の敷居をぐ時、ジジイのやることは一つだ」

「話をつけてくれないの?」

一瞬で隠していた抜け道を示されて、霧生は口を閉ざした。

「…………」

「はぁ、分かった。じゃあ私も昔のキリューみたいに、駄々をこねてみるしかないね」

ユクシアはゴロンと床に寢そべり、大の字になると、口をぱっと開いて、すうと息を吸い込む。

とんでもない景が繰り広げられることを予期した霧生は目を見開き、堪らず聲をあげた。

「待て待て、ちょっと待て! イメージが崩れる!」

放り出された彼の右手を摑んでぐいと持ち上げ、無理やり座らせる。

すると、今度はスンとした様子でユクシアは霧生を見據えた。

「キリューは勘違いしてる」

「何が」

「私はそっちの世界に魅力をじていない、と言うと噓になるけど……。キリューとこうしていられるだけで楽しいし、これ以上の幸せは無いと思ってる」

「そ、それなら尚更大人しく待ってろよ。俺は約束を守る男だって証明しただろ」

どこまでも真っ直ぐにこちらを見てくるユクシアから目を逸らし、そう言うと、何かはぐらかしてしまったかのようなモヤをじる。

と二人きりで話すと霧生は、誰とも上手く接することができなかった頃の自分を思い出す。

良くない覚だ。霧生は今一度ユクシアの目を見た。

「私は、キリューがいつかきっと抱く悩みに、応えられるようになりたい」

初めて難解な言葉を突きつけられる。タイミング悪く、いきなり鮮烈な一撃を食らった。

どういう意味なのかと、きっと尋ねても答えてくれないのだろうという確信があり、それ以上に揺があって、霧生は黙り込んでしまった。

分かったのは、霧生はユクシアを深く気にかけ、ユクシアもまた霧生を深く気にかけているということ。至って単純なことだ。

霧生はその事実に強く心を打たれていた。

「……そ、そうか。あ、なんだ、その……」

謝を口に出そうとしてがつっかえる。

真摯な想いにはより真摯な想いをぶつける。

他の誰かにはよくそうするのに、ユクシアに対して実行する時だけは、なぜか恥じらいが先に來てしまう。

真一文字に結んだ口をなんとか開き、霧生は言った。

「……お、俺もな。お前と、お互い爺さん婆さんになっても、今の関係でいられたらって、……思ってるよ」

口に出すと、どんどん顔が熱くなっていく。

流石に、聞くだけで小っ恥ずかしい臺詞が前れもなく発せられたからか、ユクシアもよく分からない笑みを浮かべたまま顔を赤くしており、やがてそのまま何も言わず俯いてしまった。

その姿を見て、今すぐにでもこの場から離れたくなった霧生は勢い良く立ち上がる。

「じ、じゃあ、この件については考えておくから。でも期待すんなよ、じゃあな……!」

そうしてそそくさと講義室から出ていくのだった。

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