《【書籍化】學園無雙の勝利中毒者 ─世界最強の『勝ち観』で學園の天才たちを─分からせる─【コミカライズ決定!】》第7話 「そりゃあそうだろ」
武區を後にした霧生が次に訪れた場所は學長室であった。
例にならって、學園の従業員に扉の前まで転移させてもらわなければ、位置不定のこの部屋まで辿り著くことはできない。
背後に長い回廊が続く。學園のどこかにあるここは、隔離空間として位置を常にズラしてある。
扉に向き直り、ノックをする前に中の気配をうかがってみると、部屋の中には學長に加え、もう一人、特異な人の気配がじられた。
何やら取り込み中のようだが、中の二人も霧生の來訪に気がついている。
霧生はノックを響かせ、分厚い扉に手を當てた。
「って構わんよ」
「失禮します」
返答の後、扉を開く。
霧生が學長室へと踏みると、いつもの席に腰掛ける學長の前には、才能潰しの長、アドレイが立っていた。
彼はこちらを振り返りもせずに學長を睨みつけている。
今日は學長書のルーナも居らず、學長の雰囲気もいつもとし違う。
どういう狀況なのか全く読めないが、あまり良好な雰囲気ではなかった。
「會ですか」
「はは、そんなところだ」
軽いジョークを飛ばすと、アドレイから目を離した學長が表を崩した。
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「お邪魔なら外しますが」
「いいや、問題無い。君の用件は分かっている」
それならと、霧生は學長の前まで進んでいく。
何を話していたのかは気になるが、アドレイなら構う必要もないと考え、霧生は遠慮無く自分の用件を先に済ませることにする。
アドレイの隣に立ち、プレジデントデスクの上に祖父の手紙を置いた。
それを視線だけで見下ろして、學長は口を開く。
「この手紙は學園に直接屆けられたものだ。私は何も手引きしていないよ」
「やはりそうでしたか」
ユクシアを通して屆けられたため、若干訝しんでいたが、アドレイとの予定があったからそうしただけなのだろう。
當の彼は、うざったそうに霧生の隣を離れ、壁沿いに配置されたソファに腰掛けた。
學長との話を譲った、というよりは、霧生の隣に並んで立つのを避けたようだった。
「それで、祖父殿はなんと?」
「顔を出せ、と」
「では、學園を出るか」
「ええ、しばらく。學長も如何かと思いまして、尋ねに」
祖父に因縁のある彼とは、以前再戦の申し出を伝える約束をしている。
しかし、こと死合においては極めて真摯な祖父のことだ。斷るはずもないので、この際ってみようかという霧生の判斷であった。
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學長には借りもある。
ソファに座るアドレイの視線をじる。それは霧生にではなく、主に學長に當てられているものだった。
「有り難いが、私はここを離れられない。學園祭が近いのだよ」
「學園祭!?」
思いもよらぬ行事の名が飛び出して、霧生は両手をデスクの上に乗せる。
地上で時折耳にしていたこともあって、學園祭の存在は霧生も知っていた。
確か開催は不定期で、去年は行われ無かったらしい。それがまさかこのタイミングで開かれるとは。
霧生の頬に冷や汗が伝う。
「君にはぴったりな催事だ。安心してくれたまえ。開催はまだもうし先になる」
それを聞いてホッとする。
祖父の元へ向かっている間に學園祭が終わっているなどという慘事が起きれば、神的ダメージはとてつもないものになっただろう。
ともあれ、そういうことなら仕方がない。
霧生としても、學長には學園祭を優先してくれた方が良い。
「いつ出るのだね?」
學長が話を戻す。
「……そうですね。明日か、明後日になるでしょう」
考えを纏め、各方面への連絡を行い、神統一に必要な時間がそれくらいだ。
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実家に発つレイラのことも見送らなければならない。
「では、転移列車を手配しておくとしよう。伝言の方は変わらず頼みたい」
「分かりました。助かります」
話がついて、踵を返そうとした時、ソファに深く腰掛けるアドレイと目が合う。
極めて不機嫌そうな彼が手に持っているのは一枚のA4用紙であった。
意外な場所での邂逅に、このまま去ってしまうのも勿ないと思った霧生は、彼に聲を掛けることにした。
「ようアドレイ。調子はどうだ」
言いながら近付いていく。
「ほう、息子とも面識があったか」
──息子?
學長の言葉により、新たに発覚した事実に霧生は足を止めて二人を見比べた。
言われてみれば、似ていないこともない。
目つきは特に面影があり、不機嫌ながらも薄く浮かべる笑みは、確かに學長の余裕と重なる。
二人の研鑽の質が全く違うことから、見抜くことができなかった。
學長のを継いでいるのなら、持て余しているらしい才覚にも納得である。
「ええ、彼が積極的なアプローチを掛けてきましてね」
アドレイ・ドールと、學長オーランド・サリバン。
ファミリーネームが違うのは、公表していないからなのか。
學長がわざわざ告げてきたことに違和を抱きながら霧生は答える。
同時に何かと彼の背景が見えてきて、霧生はアドレイに興味が湧き始めた。
親子喧嘩の最中だったのだろうか。
何にせよ、霧生はし首を突っ込むことに決めた。
アドレイの前まで歩み寄った霧生は、彼が手に持つ用紙の、裏面にけている文字をざっと読み取る。
「へぇ、フィンランドの獨立闘技會(ヴィン・トゥラーダ)ねぇ。まさか、出るのか?」
アドレイが手に持っていたのは、フィンランドで五年に一度開催される、裏の世界ではある意味高名な技能大會の案書であった。
そういえば今年がそうだったな。
思い返しながら尋ねると、アドレイは肩を竦める。
「出ようにも、そこの堅が外に出してくれないんでな」
「そりゃあそうだろ」
霧生はやるせなそうなアドレイを宥めるように言った。
學長が參加を許さないのは當然だ。
獨立闘技會と呼ばれるその技能大會は、個人のに於いて"何でもあり"のルールに従って競い合う、800年もの歴史を誇る祭り事である。
スウェーデン王の統治時代に発足され、今も分裂した舊王家が主催者となって執り行う闘技會には、當然のように殺し屋や賞金稼ぎ達が名乗りを上げ、殺しをルーツに持つ各國の名家、あるいは腕自慢達が參加すると聞く。
そして、主催側もそれを良しとしている。
さらには暗や忌魔は當たり前、対戦カードが決まれば盤外戦まで許されるという、なんとも"裏"らしい大會だそうだ。
何代か前の杖の當主が闘技會に參加して、何でもありのルールを良い事に、目につく者を片っ端から殺した結果、失格となったという話を父から聞いたことがある。
時代の流れもあって、今は死傷者の數もないだろうが、それでも命知らず達が猛威を振るう祭りには変わりない。
「息子がこんなものに興味を引かれるなんて、困ったものですね。學長も大変だ」
殺しを《技能》から切り離せないものだと考える學長も、息子が出るとなると話が変わってくるのだろう。技の後継について博的な學長も一人の親だということ。
それは信念の外側を行く主観的事であり、霧生は學長に親近を覚えていた。
「それもしはあるが、他の事が大きい」
他の事が大きいとなると、親近はすぐに拭われた。
風向きが変わって、霧生は首を傾げる。
「と、いうと?」
「今回は闘技會に何かときな臭い噂が流れていてな。
優勝者に與えられる"賞品"を巡って、こういった祭り事には本來興味を示さない連中もいているそうだ」
「……へえ」
「學園も例外ではない。各面から頼まれ、不本意ではあるが、現地に講師を向かわせることとなった。いかんせん人手は足りないが」
それがなければアドレイが參加することにもやぶさかでないということか。
複雑な事が絡み合い、組織での參加が多い時は、往々にしてまぬ結果が個人に降りかかる。避けられぬ理不盡となる。
學長はそれを心配しているのだろう。
「…………」
そこまで考えて、霧生は自分の顔が引き攣るのが分かった。
學長の狙いが分かってしまったからだ。
おそらくこれ以上この話を聞くのは不味い。
霧生は學長が言葉を続けるのを遮り、食い気味に聲を発した。
「なるほどそうでしたか。ならアドレイはまた五年後だな。では俺はこれで」
そそくさと學長室から出ようとするが、學長がわざとらしく咳払いをし、背後から聲を掛けてくる。
「おや、そういえば君も講師だったな」
引き返すのが遅かったらしい。
彼の目的を察したアドレイが愉快げに笑っていた。
霧生は世界で渦巻く技能事には一切興味が無い。
ゆえに巻き込まれる訳にはいかないが……
「確か、君には貸しもある」
そうなのだ。學長には借りが多すぎる。
妹とダガーに処罰を下さず、生徒として學園にけれてくれたことや、霧生が學園生活を謳歌できるよう、様々な配慮を行ってくれたこと。その他諸々。
學園の長が善意だけで講師達の反対を押し切り、そういった贔屓を行うはずが無い。
いつかこんな風に"頼み事"をされて、借りを返す日が來るのだとは思っていた。
しかしどうやら、それが今、訪れたらしい。
「中々の策士ですね……。俺にも參加しろと?」
學長の策というよりは、先の事をあえて考えず、霧生が甘んじた結果である。
「私の頼みを聞いても祖父殿の件にそこまでの遅れは出ないだろう。変わりにと言ってはなんだが、君が學園祭に間に合いそうになくなったら、遅らせるくらいの責任はとろう」
かなりデカいな、それは。
霧生は唸った。
「君と息子と。他に見込みがある者がいれば、こぞって參加してしいものだ」
それはおそらくユクシアや、夜雲達のことを言っている。
學長は思った以上に霧生の學園での向を追っているらしい。否、それも騒ぎを起こしがちな霧生のせいだ。
「アドレイを講師陣として向かわせれば良いのでは?」
「無理だな」
それにはアドレイが答えた。
言っておいて、それが難しいことも霧生は分かっていた。彼は"才能潰し"のトップ。エルナスが上に立っていた時から暗躍していたと考えられる。
講師達のお気にりの生徒を幾度となく潰し、その度に相當な確執を生み出してきたに違いない。
「講師達がけれないだろう」
學長も答え、案の定そうなのだと確信する。
「まないなら仕方がないがね。無理強いするつもりはない」
學長が続ける。
霧生は考えてみた。
祖父への訪問を後回しにするのは好ましくないが、正直な所、獨立闘技會への參加は、霧生にとってデメリットばかりではない。
こういう謀が絡む時こそ、活人の極意を目指す猛者がって參加する。そういう者達との勝負は魅力的である。
前向きに捉えれば、祖父と対峙する前に、一度別の"殺し"と向かい合えるのも良い慣らしになり得るだろう。
決意をより強固する良い機會だ。
殺しが関わると、いつも最悪のケースばかり想定してまうが、そうやって周囲の者達を遠ざけていくのは息が詰まる。
だからユクシアについても、私から離れたこの件であれば、力を借りるのも異存はない。
やはり彼を祖父に近づけたくないという想いは強いが、そうすれば上手く折り合いがつくかもしれない。
ハオと夜雲はこの際巻き込むとして。
この學園で人を殺したという話とその態度から、アドレイが魅られているのは明らかだ。
しかし誰彼構わず殺したいというじではなく、彼は敵を求めている節がある。
そして學園にみの相手がいないなら、外に出るしかないだろう。
そういう意味でも學長は、お目付け役として霧生が適任だと考えているのかもしれない。
何となく々察しがついて、霧生はふうと息を吐いた。
これまで融通を利かせてくれた分、結局、學長の頼みは斷れない。
「分かりました。詳細をお聞きしましょうか」
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