《じょっぱれアオモリの星 ~「何喋ってらんだがわがんねぇんだよ!」どギルドをぼんだされだ青森出の魔導士、通訳兼相棒の新米回復士と一緒ずてツートな無詠唱魔で最強ば目指す~【角川S文庫より書籍化】》ホシコバ・トリサ・エグ(星を取りにいく)

マツシマに來て、はや七日が経過した。

あのあと渡った島々でのことは――正直思い出したくもない事態の連続だった。

真っ青になって震えるしかないイロハをレジーナが抱えて逃げ回り、オーリンが攻撃を防ぎ、ワサオが吠え、アルフレッドが止めを刺した後、申し訳程度に息絶えたモンスターの頭を木刀で叩かせ、イロハが討伐したことにする――。

正直、何故こんな茶番をやっているのかと考えない日はなかった。

第一これはイロハの修練と修行のための行為で、本人が必死になって立ち回ってくれなければ意味がない。

それなのにイロハはモンスターを前にすればあっという間に戦意を喪失し、生きることを全力で諦めてしまう始末。

おかげでレジーナはゴーレムに踏み潰されそうになりながら、トロールの棒に叩き潰されそうになりながら、サイクロプスに睨まれながら、蚊に刺されながら、必死になってイロハを救ってきた。

この一週間で服はり切れ、手はり剝け、抜けない疲労が蓄積し、神の耐久値がゴリゴリと削られて、もはや神も限界に近づいていた。

そのせいか――七十六番目の島、ようやく安全を確保した小島で火を焚き、夜を明かしている今も、ただの一人も口を開こうとしない。

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ただただ遭難者のようにけなく膝を抱え、明日はどんな困難が待ちけているのだろうと不安になるしかない。

レジーナはいまだかつて、こんなに心細く、こんなに不安な一夜というものを経験したことがなかった。

「明日で最後だな」

不意に――ぽつり、とオーリンが呟いた。

呟いたところで、誰も返答を返すものはないことはわかっている。

それは、この地獄の責め苦も明日でようやく終わる、というニュアンスがありありと含まれていた。

「それにしても、よく死にませんでしたね、私たち」

これも、別段同意や肯定をしてほしいための一言ではなかった。

よくぞ今まで生きてこれたな、という、何の達もない事実を自分に確かめただけだ。

「なぁ護衛さんよ、明日はどさ向かうのえ」

オーリンがアルフレッドに問うと、アルフレッドは疲れたような笑みを浮かべた。

「目的の島――バウティスタ島で、プリンセス・ゴロハチに誓いを立てていただきます。この広大なズンダーの王となるための誓いをね」

そうが、とオーリンは言葉なに語った。

再び沈黙が落ちてきたところで、やおらアルフレッドが立ち上がった。

「さて、私は寢ずの番をすると致します。皆様はごゆるりとお休み下さいませ」

えっ、とレジーナはアルフレッドを見上げたが、アルフレッドは返答を待つこともなく、がさがさと藪の奧へ分けっていった。

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またか。正直、この人だって草臥れきっているはずなのに、この人が睡眠や休息というものを摂っているところを、レジーナは見たことがなかった。

本當にモンスターたちを警戒して歩哨に立っているのか、あるいは休むところを人に見られたくない分なのかは知らない。

ただ――彼は護衛対象であるイロハと一緒には休まない、レジーナにわかっているのはそれだけだった。

再び、まんじりともしない沈黙が落ちてきた。

もう夏になりかけているのに、疲れているためか、焚き火を前にしてもなんだか寒ささえじる。

うう、といたレジーナが膝頭に顔を埋めた、そのときだった。

「すまないな、そなたらを私の勝手につき合わせてしまって」

不意に――ぽつり、というじで、そんな謝罪が聞こえた。

一瞬、今のは誰の聲だったのか測りかねて、レジーナは顔を上げた。

この數日で隨分煤け、傷つき、顔がくすんだイロハが、なんだか意気消沈したかのようにぼんやりと焚き火を見つめていた。

「全く、我が事ながらけない。一廉のズンダーの王となるためにこの島々に來たはずなのに、自力では一も討伐できておらん。危険なことはお前たちに全てやらせて、私は討伐の真似事だけ――こんなことになるぐらいなら、最初からこの島に來ないほうがマシだった」

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なんだか、隨分いじけた一言だと思ったけれど、その反面、意外でもあった。

と気持ちは人一倍小さい癖に態度と野だけは不相応にどでかいこの姫君が、こうも率直に謝罪と後悔の言葉を口にすることができるとは思っていなかった。

無言でその煤けきった橫顔を見つめていると、オーリンが不意に口を開いた。

「――こったごどでもしなければ、お前(な)は大公になれねがったんが?」

すべてわかっているような口調で、オーリンはイロハに問うた。

イロハは無言のままだった。

「どう考えても無茶だべや。いくらあったげ強い護衛を連れで歩いた(あるった)どすても、今まで死なながったのは単なる偶然だね。何故(なして)お前(な)……いや、お前は、こんなごどするのや? そうでもしなければ、周りはお前を大公どして認めねぇって言うのが? 大公家でば――そったにも涙もねぇ家なのが」

オーリンが一言一言に注意しながら、なんとか通じるように語りかけた。

イロハはし考えてから口を開いた。

「ゴロハチ、という名前を背負う限りは、そうでなければならぬのでな――」

イロハはぽつぽつと語りだした。

「我が父――先代のズンダー大公には男の世継ぎがなかった。生まれたのは私だけ、その産みの母も私を生んですぐに命を落とした。ゴロハチ、というのは、代々ズンダー大公家の長男にけ継がれる名前だ。私のような愚には似合わなすぎる名前だよ――」

自嘲するかのように、イロハはくぐもった聲で笑った。

「私には政(まつりごと)をかす才能もない、的確な指示を出せる頭もない、剣を振るう膂力もない、度すら――ないないづくしの私でな。こんな棒きれをぶら下げているのも、鋼ではこのには重すぎるからなのだ」

ハァ、と、イロハは溜め息を吐いた。

「――その點、我が兄であるアルフレッドはそうではない」

えっ――? と、レジーナもオーリンも驚いたようだった。

「え、あ……彼は、お、お兄さんなんですか――?」

「妾の子、という奴さ。チェスナットフィールド家は北方の弱小貴族。そこの末娘のしさ目當てに父が手を出し、正室である私の母を差し置いて無理やり孕ませたのがアルフレッドだ。私の母もアルフレッドの母も、さぞや屈辱の仕打ちであったろう――全く、あの父は力以外はつくづく異常な男だった」

そう吐き捨てたイロハの表は、まるで悪魔のように歪んでいた。

「母譲りの貌と、あの太刀捌き、頭の冴え――父のよいところばかりが似たのであろうな。だが父は、私が生まれるとアルフレッドとその母を宮殿から追放した。相當の苦労があっただろう。父が死んですぐ、私は執政と將軍を説得し、彼を召し出して護衛に付け、爵位も與えた」

ふ、と、イロハが笑った。

「あの執政も將軍も、アルフレッドが正室の子であったならと、何度嘆いたことであろうな。私を見ていれば誰でもそう思うであろう。一方は剣さえ満足に振れないチビ、一方はしく賢く強い妾の子……どちらがズンダー大公家を背負って立つべきかは一目瞭然であろう」

「そんな……」

なんだか弱っている様子のイロハに、レジーナはそんなことはないと言うつもりで口を開いた。

「そんなことってないですよ。あなただってきっと立派な大公になれる。この領地をもっとかに、平和にすることができるリーダーになれます。そう思ってなきゃ、執政も將軍閣下もあなたを連れ戻せなんて――」

「連れ戻せ、生きておりさえすればいい……執政と將軍はそなたたちにそんなことを言ったのではないかな?」

どきり、と心臓が一拍跳ねた。

絶句しているレジーナの顔を見て、イロハはなんだか半分安心したような表で頷いた。

「あの二人の本心さ。必要なのは筋であって私ではないんだよ。ズンダーの正統な世継ぎのさえあれば、たとえ私の腕がちぎれていようが、足がもげていようが……たとえ二度と目を覚まさず、呼吸だけしているになっていても、彼らにはそれでいいのだ」

「じゃ、じゃあアルフレッドさんは!? 彼だってきっとあなたがしてくれたことにちゃんと恩をじているから、護衛としてこの島に――!」

「恩? 何の恩だ? 父のしたことを誰が謝れる? 彼はその結果、この世に生をけているのだ」

そう言ったイロハの顔には、皮げな笑みが浮かんでいた。

「私がアルフレッドを側につけたのはな、父のしたことの罪滅ぼしではない。ましてや彼がそれだけ優れていたからでもない。味方がしかったのだよ、私は。母はもういない、執政も將軍も、兵士たちでさえ、そうではないのだ。だから――あんな穢れた男のでも、それが繋がっている相手なら……そう思ったのだ」

イロハが、年頃のの子として、否、それ以上にじていただろう孤獨、劣等、そして絶――。

十五歳のあの日、【通訳】というスキルしか授かることができなかった自分の絶が、わびしく背中を丸めているイロハの姿に重なった。

ほう、と溜め息を吐いて、イロハは頭上に輝く満天の星を見た。

いくら背びしても決して屆くことのない綺羅星の數々を見るイロハの目に、激しい羨の念が渦巻いたように見えた。

「どんなささやかな星のさえ――私の頭の上には輝いてはくれなかった。才能、、頭脳……それだけではない。正常な家族、理解ある周囲、兄妹の絆……ははは、羨ましきものだな……」

手の屆かないものを見上げることにも、もう疲れた――。

きっと、そう続くはずだったろう言葉。

迷ったような表とともに、再び膝に顎を埋めて沈黙してしまったイロハは、もうそれきり何も言うつもりはないようだった。

この子は放っておけない。

放っておいたら――遠からず、彼の中の何かがり切れてしまう。

レジーナが何故か切実にそう思った、その途端だった。

のそっ、と、無言でオーリンが立ち上がった。

そのままノシノシと、焚き火の反対側にいるイロハに歩み寄ったオーリンは、驚いたようにそれを見上げるイロハに、たった一言言った。

「手、出せ」

「は――?」

「お前(おめ)、いっつもそうやって偉そうに腕組んでばかり(ばり)いるども、疲れねぇが。いや……そったごどで隠し通せでるど思ってらんだが?」

「な、なにを……!」

「手出せっつうの」

やきもきしたような一言とともに、オーリンはイロハの右手首を摑んで引っ張り上げた。

「お、おい!」というイロハの抗議も無視して、オーリンはイロハの掌を見つめ、ふーっ、と溜め息を吐いた。

「……一どらほど剣を振るえば、こすたら手になるのや」

憮然、と、オーリンがなんだか怒ったような口調で、そう言った。

え? とレジーナが驚くと、オーリンは無理やりイロハの手首を摑み、レジーナに向かって示した。

イロハの小さな掌が赤々と焚き火に照らされた途端――はっ、とレジーナは息を呑んだ。

傷、傷、傷傷傷傷――。

思わず目をそむけたくなるほど、傷つき、草臥れ、り切れ、こわばった手だった。

それは大家の姫君の掌でも、普通の十四歳の掌でもない。

皮が剝け、爪が剝がれかけ、であろう汚れが掌の中心に赤黒く凝固している、それはそれは痛々しい掌――。

そうでなくても、かなりの期間、生傷の上に生傷の上書きを繰り返し続けたらしい手は、もう二度と消えることのないだろう引き攣りや古傷でいっぱいだった。

まるで回転砥石に突っ込んだ直後のように滅茶苦茶になった掌に、レジーナは思わず、驚愕よりも戦慄をじた。

「な……何をする、無禮者ッ!」

オーリンの手を振り払い、イロハが慌てて掌を隠した。

そのまま、激痛が走っているはずの掌を隠して震えるイロハを見下ろしてから、オーリンはレジーナに視線を移した。

「レズーナ、回復魔法かげでやれや」

「はっ、はい!」

レジーナは立ち上がり、イロハの側にしゃがみ込んだ。

それでも――イロハは頑なに掌を差し出そうとしない。

ただただを噛み、その掌が自分の恥そのものであるかのように、泣きそうな顔で黙り込んでいる。

「……あんまりよ、自分(ずぶん)にガッカリすんな。星コなどよ、見上げでも仕方(すかだ)ねぇびの」

オーリンのぽつりと言った言葉が、まるで慈雨のように、震えているイロハに降り注いだように見えた。

オーリンは明後日の方向に視線をやったまま、ぼそぼそと言った。

「お前の気持ちばよ、わかるってはぁ言えねぇよ。俺は単なるリンゴ屋の小倅だっきゃの。大公の使命だとか、必要だ才能なんつものはわがんねさ。でもや、星コなど見上げでも、首(くびた)痛でぐなるだけだばってな」

意図の知れぬ無表で――とは言えまい。

それどころか、オーリンは、なんだかレジーナが一度も見たことのない、いっそ奇妙といえる表をしていた。

口下手な田舎者が一杯、慣れないいいことを言おうとしている……そんな張と苦衷が丸わかりの表で、オーリンは続けた。

「あのぇ――星コは確かに綺麗だぞ。ペッカペカって綺麗だど、俺(おら)も思う。憧れるのもわがるっきゃの。でもよ、空でなくて地面もよっぐ見でみろ。ちゃんと同じぐらい綺麗な花コも咲いてるもんだぜ」

オーリンは四苦八苦の表でそう言った。

せめてこれが、無表のまま淡々としていれば、もうし格好もついただろうに……。

そう思わざるを得ないほど、オーリンの表は見ていて面白かった。

「俺(おら)の故郷……アオモリに古いお城の跡があんだけどよ、まんつサクラが綺麗(きれがだ)なところだぜ。春になれば城の中じゅう、みんなサクラに包まれでよ……それが散る時期になるど、お濠がサクラの花びらの絨毯みでぇになって、それはそれは綺麗での……」

彼は一何を言っているんだろう……。

レジーナとイロハが見つめると、おろおろと視線を明後日の方向にそらしていたオーリンが、それでも何かを決意したような表でイロハを見た。

「なぁよ、エロハ。星コば取りさ行ぐのは、ちゃんと周りの花を見でからにせ。どうせ手コ屆かねぇお空の星コばっかりしがり続けるより、手にとって見れるヒロサキのサクラ見たほうがなんぼいがんべな」

イロハが、不思議そうにオーリンの顔を見つめた。

手の屆かないものを我武者羅に求めるより、今あるものを見つめる――。

それは多分、イロハの中にはいまだ存在しない哲學だったのかもしれない。

「そいったげじゃねぇど。アオモリのリンゴ園にはリンゴの花が咲いで、ミツバチもブンブど飛ぶのへ。ヨコハマ街の菜の花畑はよ、まるで天國みでぇにどこまでもどこまでも広がってて……」

「先輩、ただのお國自慢になってますよ」

レジーナが思わず吹き出すと、オーリンが口を閉じ、はっきり赤くなった顔で頭を掻いた。

バツが悪そうな顔に、釣られてイロハもちょっと微笑んだ。

「そうか……そなたの故郷は大層しいところであるのだな」

「それはそうだぜ。アオモリはどこでも、絵に描いだような綺麗などごさ。ベニーランドみたいになんでもあるわけではねぇけどよ、綺麗なものの數だげはどこさも負けねぇっきゃの」

そこだけは自慢気に斷言したオーリンに、やっとイロハが笑った。

観念したかのようにレジーナに手を差し出したイロハの目は、もう空の星を見てはいなかった。

レジーナの回復魔法によって、流しずつ止まり、ズル剝けになっていた皮もしずつ元通りになっていく。

ああ、と、傷が癒えてゆく覚に安堵のため息をついてから、イロハは照れたように笑った。

「アオモリ、というのか、そなたの故郷は……。そのようにしいところなのであれば、一度見てみたいものだな」

「その時は任せろ。俺(おら)が案してやるさ」

「よし……決めた!」

えっ、と驚いたオーリンだったけれど、イロハは確実にが戻った目でオーリンに宣言した。

「私が大公になったら、初めての外遊はアオモリに行くことにする! 音に名高きヒロサキのサクラを見るのだ! ええと……オーリンよ、そのときはそなたが私を先導するがよい! これは非常なる名譽だぞ! 張り切って勵むがよい!」

「ほほう、その気になったが。……よし、決まりだなぇ。遠いぞぉアオモリは。覚悟すろって」

「そして、そなたもだレジーナ! きっと行くのだ。私とアルフレッド、オーリン、そしてそなたで!」

ボロボロのイロハの掌を治療してやりながら、レジーナは「はいはい」と苦笑した。

星コなどよ、見上げでも仕方(すかだ)ねぇ。空でなくて地面もよっぐ見でみろ。ちゃんと同じぐらい綺麗な花コも咲いてるもんだぜ――。

この樸訥な青年から出てきたとは思えないほど、詩的で、訛っていて、適度にダサくて。

けれどイロハを勵ます気持ちだけは十分に伝わる言葉を、レジーナは耳の奧に反芻した。

最果ての地、アオモリ。

きっとそこは天國のようにしくて、空気の澄んだところなのだろう。

ほう、レジーナは星空を見上げた。

ヒロサキのサクラも綺麗なのだろうけれど……やっぱり、ここマツシマの星空も同じぐらい綺麗だった。

明日はいよいよ、最後の島だ。

「たげおもしぇ」

「続きば気になる」

「弘前城の桜は綺麗でした」

そう思らさっていただげるんだば、下方の星コ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。

まんつよろすぐお願いするす。

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