《じょっぱれアオモリの星 ~「何喋ってらんだがわがんねぇんだよ!」どギルドをぼんだされだ青森出の魔導士、通訳兼相棒の新米回復士と一緒ずてツートな無詠唱魔で最強ば目指す~【角川S文庫より書籍化】》ナボ・アズマスィベ(なんと心地よいのだろう)
クリコ魔高原のしい紅葉を見ながら下山し、麓で野宿して一日。
レジーナ一行は遂にズンダー領を抜け、ようようのことでヴリコに到達した。
まだ奧深い山道を歩きながら、レジーナは顔の近くに飛んできたハエを手で追い払った。
ロクに湯浴みもしないままここまで來たせいで、はもう煤けるところなどないところまで煤けていた。
髪は脂と埃でべとつき、顔は垢にまみれ、饐えた匂いがからも服からも漂いまくっている。
イロハなどはそのしい金髪が多くすんだのではないかと思えるほど埃まみれで、オーリンもいつもより黒ずんで見える。
ふわっ……と、山峽の道に風が吹いた。
途端に、思わず顔を背けたくなるような獣の臭いが全から立ち上り、レジーナは顔をしかめた。
これが曲がりなりにも服を著て歩いている文明人の発する臭いだろうか。
真実、冬眠明けのクマの発する臭いである。
「溫泉……溫泉……」
足を引きずりながら、レジーナは我知らず呟いていた。
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「溫泉……溫泉……」
オーリンが振り返った。
その煤けた顔に向かい、レジーナは繰り返した。
「先輩、溫泉」
「俺(わ)は溫泉(ゆッコ)でねぇ」
「先生みたいなこと言わないでくださいよ」
レジーナは遠慮なく口を尖らせた。
「このままだとヴリコの人里にれてもらえませんよ、我々。こんな垢まみれで山から降りてきたら宿取るだけで石投げられますよぉ」
レジーナは愚癡っぽく言い張った。
この狀態ではとても宿を取るどころではないではない。
まずはなにはともあれ、この臭いをどうにかすべきではないのか。
「もうもいし頭も臭いし限界ですよ。ここはこんなクソ山ばっかりなんだから、どこかに溫泉とかないんですか、もう……」
グズグスそう言うと、フフン、とオーリンが意味深にを持ち上げた。
「何喋ってらのやお前(な)。この音に聞こえた風呂(ゆッコ)マイスターの俺(わ)が風呂(ゆッコ)さもらねぇでこの山道を素通りするわげねぇべや」
え……? とレジーナは驚いた。
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その言葉に、イロハもはっとオーリンを見た。
「お、溫泉の目星があるのか――!?」
「もぢろんだ。ヴリコには天然の湯ッコが多いんだど。しかもこごからすぐ近くだ。文字通り、浴びるほど湯さ浸かれるど」
その言葉に――むらむらとやる気が湧いてきた。
天然溫泉、しかもすぐ近く――! その言葉に、死んでいたが再び生き返った。
「先輩、そこへ急ぎましょう! 溫泉! 溫泉!」
「おお、早く行こう! 溫泉! 溫泉!」
「ああわがってらってば。急ぐぞ、溫泉(ゆッコ)! 溫泉(ゆッコ)!」
「目指せ溫泉! 溫泉!」
「あともうひと踏ん張りだ! 溫泉! 溫泉!」
「もっと聲張れ! 溫泉(ゆッコ)! 溫泉《ゆッコ》!」
道端でエサかなにかを漁っていたイノシシがぎょっと振り返る程の大聲で溫泉、溫泉! と騒ぎ立てながら、レジーナたちはヴリコの田舎道を邁進した。
◆
深い谷川に降りてゆく道に來た。
渓の流れる音が山峽に複雑に反し、まるで唸り聲のように聞こえてしまう。
遙かなる谷底の景をきょろきょろと眺めながら、レジーナはオーリンを見た。
「ここが――溫泉?」
「ああ、溫泉だ。しかも世界に他さ例のない、珍しい溫泉なんだど」
オーリンが顔の近くに飛んできたハエを追い払いながら微笑んだ。
「ここら一の山には溫泉の水脈がどこでも走ってるらすぃ。つまり辺りは溫泉だらけってこどだな。中でも一番珍しいのがここ、オヤス峽の溫泉だな」
「オヤス峽……なるほど、聞いたことがあるな」
イロハも顎に手を添えて考える表になった。
と――そのとき、飛んできたハエがイロハの頭にとまって手をすり合わせた。
埃と脂で髪の金がだいぶくすんでいるせいで、それはまるで……と思い始めて、レジーナは慌てて失禮な思いを打ち切った。
「なんでも、谷深い道に溫泉があると……ヴリコの知られざる名所であるとかなんとか……それがここか」
「ああ、そうだ。時にお前ら(おめだ)、湯浴み著は持ってらな?」
「え、ええ、持ってますけど……」
「ここらはどこでも混浴だべしの。そこらの巖で著替えでれ。俺(わ)は……」
俺は、と言って、オーリンは大荷をどさどさと地面に落とした。
ん? とオーリンを見ると、オーリンがいたずらを思いついた悪の顔で振り返った。
「悪ぃども、俺(わ)は先に行ってるがらよ」
え――? と驚いた途端、オーリンがローブの裾に手をかけ、スポーン! とばかりに半になった。
うわっ! とレジーナは悲鳴を上げ、咄嗟にイロハの目を両手で隠した。
「わわ……!? れ、レジーナ、手を離せ! 見えないではないか!」
「せ、先輩、こんなところでダメですって! 先輩のはなんだか妙にエロティックで教育に悪いんですから! 私は見ますけど! おほぉエッロ……! 蕾はほんのり桜……!」
「おいレジーナ、手を離せ! そなた一人で楽しむつもりか、この卑怯者、手を離さんか!」
「あー気持ちいいでぁ……この垢染みた(かぷけだ)もすっぱ臭さ(すっけかまり)にも、もうほとほとうんざりこいでたんだ。お前ら(おめだ)は後で來い! 俺(わ)が一番乗りだ!」
「い、一番乗りって……! 溫泉なんてどこにも……!」
「こっちゃ來ッ! 溫泉はある!」
そう言うなり、オーリンはローブを抱えたまま走り出した。
レジーナたちも咄嗟に荷を捨て、湯浴み著だけを持って山道を走った。
「せ、先輩! どこ行くんですか!」
「ほれ見れ、レズーナ! 天然溫泉だでぁ!」
オーリンが巖の奧を指した。
レジーナがそっちを見ると……凄い景が広がっていた。
「な、なにこれ……!?」
レジーナは思わず口をあんぐり開けた。
谷川に深く切り通された巖壁から轟音が轟き――もくもくと凄まじい量の湯気が上がっていた。
巖に大きく走った亀裂から吹き出す極太の水柱……もしかして、あれは湯だろうか?
いいや、湯に間違いはない。ここにいるだけで、吹き上がる湯気からほんのりと硫黃の匂いがするのだ。
普通は地面から湧き出てくるはずの溫泉が――なんと切り立った渓谷の崖から真っ直ぐ橫に向かって噴き出している。
オーリンが子供のように騒ぎながら説明した。
「ここがオヤス峽大噴湯だ! 溫泉が巖壁から噴き出してる珍すぃ場所なんだ! まさに天然のシャワーだっきゃのぉ! 早くお前ら(おめだ)も早ぐ來い、これ浴びだらきっと答えられねぇ(こでらえねぇ)ぞ!」
天然のシャワー、オーリンのその言葉に疑いはない景だった。
こんな奇観がこの世に存在するなんて……とレジーナが呆気にとられたのと同時に、キャホホホー! とオーリンが未開の族のような雄びを上げた。
「あっ先輩、もしかしてこれを知ってて……!」
「當たり前だぁ! 一番風呂は俺(わ)がいただくでぁ!」
「あっズルい! 私たちだって……イロハ!」
「ああ、わかってる! さっさと湯浴み著に著替えて……!」
イロハがそう言ったときだった。
大噴出する湯に、いやっほうと飛び込んだオーリンのから激しく水しぶきが上がった。
「あっづぶあああああああああッ!!」
途端、オーリンが悲鳴を上げて遊歩道に転がった。
仰天しているレジーナたちの前で、オーリンは頭から濃硫酸をぶっ掛けられたかのように悶絶し、遊歩道を転がって川の中に落ちた。
「せ、先輩――!?」
慌ててレジーナが駆け寄ると、川からようよう顔を出したオーリンが、あああああ! と両手で顔を掻き毟った。
「目が! 目が煮えだァァァ! 熱っつ、熱っついぞこの湯! 誰がこんなごどしくさったってや!? お前(な)がァレズーナ!!」
「わっ、わけわかんないこと言わないでくださいよ! 先輩が抜け駆けするからでしょ! アンタが勝手に突っ込んで勝手に煮えたんでしょうが!」
「オーリン、あの看板を見ろ」
イロハのその言葉に、川に浸かったままのオーリンが顔を上げた。
湯が噴き出している地點に大きな立て看板があり、赤くて太い文字で注意書きがあった。
「えーなになに、『この噴き出る湯は摂氏98度の高熱泉であり、水圧も凄まじいため、浴は不可能です。絶対に飛び込んだりれたりしないでください。死の危険があります。絶対におやめください』……」
レジーナが看板を読み上げると、今まさにその湯に半で飛び込んだアホな男はガックリとうなだれた。
このオヤス峽の話を噂には聞いていたのだろうが、その噴き出る湯がとても浴には適さない溫度であるとまでは――知らなかったのだろう。
折角ここまで來て……とレジーナがオーリンを憐れみの目で見ると、キッ! とオーリンの黒い瞳に意志の炎が燃えた。
「……負けでたまるか」
「え?」
「畜生めが(ツボケがこのォ)……! こごまで來て溫泉(ゆッコ)さも浸かれねぇってがよ! 強(じょっぱり)ツガルもんナメんでねぇど腐れ湯ッコが! 俺(わ)でば絶対(じぇってぇ)お前(な)に浸かってやるからなァ!」
「あ、ちょ、先輩……!」
オーリンが絶とともに川から這い上がり、うおおおお! という気合の雄びとともに、瀑布のような湯に突っ込んでいった。
どうしてそこまで――! とレジーナが驚き半分、呆れ半分でその背中を追った途端、噴出する湯に飛び込んだオーリンのが――バチュン、という鋭い音とともに弾き飛ばされた。
「うぇ――!?」
レジーナが悲鳴を上げる間にも、凄まじい瀑布に吹き飛んだオーリンが冗談のように宙を舞い、対岸の巖壁にビターンと激突した。
「先輩――!」
あまりのことに、レジーナは顔を覆った。
かはっ、という斷末魔が聞こえた気がしたが、それがレジーナの空耳だったのかなんだったのか。
ともかく、それで完全に意識を消失したらしいことは間違いなく、ズルッと巖壁から剝がれ落ちたオーリンのが、ドボン……と間抜けな音を立てて川に落ちた。
ピクリともかなくなったオーリンは、そのままぶわーっと浮き沈みを繰り返しながら谷川の下の方へと流されていく。
ドラゴンをも降した男を倒すもの、それがまさか彼のしてやまない溫泉だなんて――。
諧謔的とも、皮とも思える景に立ち竦むレジーナの前で、オーリンのは刻一刻と下流へ流されてゆく。
「たっ、大変……! 私、拾ってくる!」
そう言って、レジーナは慌ててオーリンのを回収しに川へ飛び込んだ。
「たげおもしぇ」
「続きば気になる」
「まっとまっと読ましぇ」
そう思らさっていただげるんだば、下方の星コ(★★★★★)がら評価お願いするでばす。
まんつよろすぐお願いするす。
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