魔が現れた。

その報を聞き、參加者が慌てて會場の外に出る。

するとすぐに見つかった。會場の庭の一角、木々が薙ぎ倒された中で暴れる巨大な鷹の魔。

その全長はおおよそ人の三倍近く。森の中にあっても頭が見えるほどだ。

「ワイバーンだと……！　準竜種ではないか。あれほどの魔が何故ここに……！？」

「警備兵は一何をしていたのだ！」

前半の答えは分からないが、後半の答えは明らかだった。

「ぅう……」

「な、なぜ……」

飛び回り、風のブレスを吐いて大暴れするワイバーン。その足元に、無數の警備兵が倒れ伏していた。

恐らく、咄嗟に予想外の魔が現れたため対応しきれなかったのだろう。

想定外の慘狀に、貴族たちは浮足立つかを守ろうとするかに分かれる。

が──貴族であれば、真っ先にやるべきことがあるだろう。

「エル！」

「はい」

魔の、討伐。

他の貴族たちを他所にカティアとエルメスは飛び出そうとするが──それよりもなお早く。

「案ずるな、貴族たちよ！！」

第二王子アスターが、誰よりも早いタイミングで。

この展開を分かって(・・・・・・・・・)いたとしか思えない(・・・・・・・・・)タイミング(・・・・・)で、魔の方へと飛び出した。

そのままアスターは、まず傍らを走るに聲をかける。

「サラ、まずはお前の魔法で警備兵たちを！」

「……はいっ」

聲をけたサラは、一直線に倒れ伏す警備兵たちの前に向かうと、一度深呼吸して目を瞑り、唱えた。

「【天使の手は天空(そら)を正す　人の加護に冠の花　大地に満ちるは深なる慈】

統魔法……『星の花冠(アルス・パウリナ)』！」

途端、周囲に満ちるは深い蒼の。

その一つ一つが警備兵たちのに吸い込まれた瞬間、

「これは……傷が」

「う、けるぞ！　癒しのだ！」

倒れていたはずの兵士たちが次々と立ち上がり、突如として全快したの様子を確かめ始める。

「に……逃げて、くださいっ」

「次だ！　あいつの足止めをしろ！」

「は……はいっ」

兵士たちに撤退を要請するサラに対し、向こうから命令を飛ばすアスター。

しかし、今のを見る限り彼の統魔法は治癒だ。なのに足止めをしろとはどういうことか──との疑問は、次の瞬間解決する。

「──【果ての願いは神羅に至り　熾天の想いは萬象の影に

築き上げるは無垢なる世界】」

彼を知らずそれを聞いた全員が驚愕し、エルメスさえも微かに目を見開いた。

サラが唱えたのは紛れもなく、先ほどとは異なる詠唱。それが意味するは──

「統魔法……『霊の帳(テウル・ギア)』……っ！」

二つ目の、統魔法。

飛び回り、アスターに襲い掛かろうとしたワイバーンの前に現れたのは格子狀の。

あたかも檻のように行き先を阻むそれ。煩わしそうに當たりをするワイバーンだが、びくともしない。

「！？　キィアアアアアア！！」

怒りのままに咆哮し、風のブレスを吐く。けれどそれすらの檻には何事もなく散らされてしまう。

あれほどの防力、間違いなく統魔法。

エルメスのように特殊な効果の魔法を用いている素振りもない。だとすれば、答えは一つ。

「……すごいな。『二重適』か」

二重適とは、文字通り二つの統魔法に適を持つ人材のこと。

統魔法は原則一人につき一つ。相伝の魔法が複數ある家であっても、そのうち一つだけを自の統魔法として選んで生まれてくる。

その原則の例外が、二重適。無適のエルメスとは真逆の存在であり、數世代に一人クラスの逸材だ。

なるほど、確かに彼も比類なき魔法の才を持っている。そのことは間違い無いだろう。

そして。

「よくやった、サラ。あとは俺に任せておけ」

満足げに言ったアスターが、『霊の帳(テウル・ギア)』を壊そうと躍起になっているワイバーンを前に息を吸う。

「おお、アスター殿下の魔法を拝見できるぞ！」

「素晴らしい日だ！　しかと目に焼き付けねば！」

にわかに騒ぎ出す貴族たち。それに応えるように、流麗な聲でアスターが詠唱を開始する。

「【輝裁天　終星審判　我が炎は正邪の彊(かぎり)　七つので天圏を徴(しる)せ】

統魔法──『火天審判（アフラ・マズダ）』ッ！」

太の化が、顕現した。

見ているだけで焼かれるのではと思うほどの熱量。周囲の空気すら炎とともに溶かし盡くすかのような神炎の獄界。

その中心に立つは、全を瞳と同じにして煌々と輝く真紅の丈夫。

「愚かな魔よ、この俺の目の前に現れたのが運の盡きと知れ」

先日エルメスが亀甲龍を倒す時に用いた掌の炎獄、凝による高威力が特徴の魔法である『外典：炎龍の息吹《ドラゴンブレス・オルタ》』。

それすら超える熱量が全を覆っている、と言えばその凄まじさが分かるだろう。

明らかな危険を察知したのだろう。ワイバーンは咄嗟に魔法の破壊を諦めて逃げようとするが、

「遅い」

それを許さず、アスターは無造作にに纏う炎の一部を解き放った。

放たれた神炎は、ワイバーンがあれほど手こずった『霊の帳(テウル・ギア)』をあっさりと焼き切り、そのままの勢いでワイバーンにも襲いかかる。

「ギイアアアアアアアア！！」

斷末魔の悲鳴をあげて地面に叩きつけられるワイバーン。

決著をこの上なく雄弁に表現するそのシーンに、周囲の貴族は熱狂する。

「おお！　ワイバーンほどの魔を一撃で！」

「これが殿下の『火天審判(アフラ・マズダ)』！　紛れもなく今代最強の魔法！」

「やはりアスター殿下こそ英雄だ！　この國を導くに相応しいお方だ！」

その熱狂に応えるように、アスターがサラを抱き寄せて大聲を張り上げる。

「見ただろう！　この俺がいる限りこの國の魔に好き勝手させることは決してない！　そして、俺の覇道を支える將來の妻として！　俺に近い魔法の才、二つの統魔法を持つ令嬢サラ・フォン・ハルトマンとの婚約をここに宣言する！！」

「確かに、二重適の魔法使いとなればアスター殿下にも相応しい！」

「ああ、どちらも素晴らしい魔法だった！　まるで伽噺に聞く聖のよう、これでこの國も安泰だ！」

「英雄アスター殿下萬歳！　聖サラ様萬歳！」

……何もかもが、おかしいことだらけだ。

自ら都合が良いように事実を改変している。語ることはひどく出來の悪い英雄譚のようで、アスターが中心になる上で不都合なものは見なかったことにし、解釈を捻じ曲げ、それが正しいと大聲でんでいる。

カティアがサラをめただの力が偽だの、彼のこれまでの行を見ていればまずあり得ないことだと分かる。

加えて、魔が現れたことも十中八九仕込みだ。何せタイミングがあまりにも完璧すぎる。確か魔を作する統魔法もあったと聞くからそれを使ったのだろう。

この通り、ざっと思いつくだけでも疑わしい點は無數にある。

なのに(・・・)、それが全て(・・・・・)通ってしまう(・・・・・・)。

アスターは、そんな自分自を微塵も疑わず。

おまけに周りの貴族たちはそんなアスターを手放しに賞賛している。

どころか、アスターを自らの迷妄を覚ましてくれた救世主のような目で見ている始末だ。

だって、アスターは優れた魔法を持っているから。

この國では魔法が全てだから。生まれ持った統魔法で全てが決定するから。

優れた統魔法を(・・・・・・・・)持つアスターの言葉(・・・・・・・・・)こそが真実になるから(・・・・・・・・・・)。

これが、ユースティア王國。魔法で全てが決定する國。

その矛盾の現者こそが、かつてエルメスの追放を決定した第二王子アスターだ。

なるほど。

なんて、くだらない。

「さぁ、これでわかっただろうカティアよ！　貴様がいくら足掻こうと──！？」

周りの聲援をけたアスターが得意げに振り向き、カティアに浴びせようとした言葉が、止まった。

何かをされたわけでも、言われたわけでもない。

ただカティアを見た瞬間、當然隣にいる彼も目にったのだ。

絶対零度の視線でアスターを抜き、見ているだけでも凍るほどの冷たい圧迫を放つエルメスを。

エルメスという年は、魔法以外の事柄に対して然程の頓著を持たないと自を評価している。

でも……いや、それ故に、かもしれない。

この王子に対しては──生まれて初めてかもしれない本気の嫌悪、厭悪を抱いた。

「な──何用だそこの使用人、俺に向かってそのような目を向けるなど覚悟はできているのだろうな！？」

エルメスの発する気配に口をつぐみ、後ずさる──明確に怯えてしまった反応を誤魔化すように。

気丈に上からを言うアスターを、変わらず冷ややかな視線でエルメスは睨みつけるのだった。