「ご主人様、溫泉のお供にお茶はいかがでしょうか」

「ありがとう。本當に夏なのに冷えるなんておかしな気候よね。辺境だからかしら」

ここはリース王國の北方に位置する辺境の土地。

古くはヤパンと呼ばれ、どの國の管理下にも置かれていない無法地帯。

別名、斷の大地。

今、この村は夏にもかかわらずひんやりと寒いのだ。

普通ならさんさんと照りつける太もその威力を失い、が弱いようにじる。

私はというと溫泉に浸かって、ぽかぽかと暖をとっているのだけども。

「うーん、どうでしょうね。辺境の土地とはいえ、標高はないはずなのでそこまで王都と変わりがあるとは思えないのですが……」

ララは思うことがあるようで、そのまま何かを考え込んでしまう。

私は冷夏なのかなぁなどと思いながら、ぼんやり空を眺めてお茶をすする。

バラの花びらの香りとキイチゴの酸味が溶けあって格別な風味。

これは村の名になりそうな気もするな。

溫泉に加えて、こういう優雅な名っていうのも悪くないかも。

「この村は寒くても溫泉があるからええなぁ。溫泉にると、數時間、ぽかぽかしっぱなしやし」

私と同じく溫泉にっているメテオはそう言って笑う。

彼いわく、溫泉にるとしばらく溫かいのだそうだ。

には冷えも多いし、ご婦人方には冷え対策としても溫泉を喜んでもらえるかもしれない。

「あっしは冷えなんざ知らねぇなぁ！　だけど、溫泉は大好きだぜ！」

同じく溫泉にっているドワーフのドレスはそう言って「あはは」と笑う。

うむ、たしかにドレスは筋質だし、冷えとか知らなさそう。

まぁ、かく言う私もぜんぜん冷える質じゃないのよね。

「魔様、お話があるんじゃが、ちょっと村はずれまでご同行願えないかのぉ」

そんな風にのんびりしていると、溫泉のドアをたたく人がいる。

ララがドアを開けてみると、そこにいたのは村長とその孫のハンナだった。

二人とも浮かない顔をしていて、なにかネガティブなことがあったことがわかる。

モンスター相手だと嬉々として向かっていく二人なのだから、よほどのことがあったに違いない。

私とララ、そしてメテオは急遽、溫泉から出て、彼らと一緒に村の外れまで行くのだった。

「ここですじゃ」

村長に案されたのはそこは何の変哲もない農地だった。

丁寧に耕されていて、一定の間隔で何かの作が植えられているようだ。

しかし、どことなく様子がおかしい気がする。

「今年は気候がおかしくて、作が育ちにくいんですじゃ。見てください、苗もまともに育っておりません」

「魔様、申し訳ございません！」

ハンナが私に泣きついてきたことで、私もやっと合點がいく。

なるほど、たしかに畑に植えられている作はどれもこれもひょろひょろで実をつけていない。

「ハンナが謝る問題じゃないよ。まずいでしょ、これ……」

モンスターので食料は賄えているとは思っていたけど、毎日ばかりってわけにもいかないし、主要産業の一つである農業が危ないってヤバい狀況だよね。

人間はしっかりとんな種類のものを食べないと健康が維持できないのだ。

「困りましたね。栄養狀態が悪いと、今年の冬を越えられるかわかりませんね」

「せやなぁ、うちの地元でも田舎の村は飢饉がでたりして大変なんやで」

私の背中にララとメテオの言葉が突き刺さる。

一年には四季があり、冬ともなれば採れる作は一気に減る。

易のない村ではそれまでに食べの備蓄をしなければ、生活は苦しくなるだろう。

家族からバカにされ疎まれて育ったとはいえ、私はあくまで貴族の溫室育ちだ。

想像している以上に、辺境での暮らしは過酷なのだろう。

とはいえ、稅金を免除する以外に私に何ができるだろうか？

「うちも冬は寒いから嫌いやなぁ。一年中、春が続けばいいんやけどなぁ」

メテオは貓耳をぴくぴくっとさせながらそんなことを言う。

キャットピープルの彼は南の方の出だと言っていたし、寒さには弱いのだと思う。

一年中ぬくぬくしているのってやっぱり理想だよね。

「…そっか、溫めればいいのか」

私の脳裏には、とあるアイデアが思いつく。

そのアイデアとは『この村の敷地全を溫めてみる』っていうことだ。

空気みたいに流れていくものを溫められるのか？

そんなに都合よくいくかは分からないけど、なんでも試してみなきゃわからない。

だいいち、ずっと流れてくる溫泉のお湯だって溫められているんだし、空気だって溫められる可能は大いにある。

ま、ダメもとでいいからやってみよう。

私のヒーターなんて能力は溫めるぐらいしかできないんだから。

「……よし、この村を溫めてみる」

私はそう言って神集中をはじめる。

想像力を働かせて、溫めたい場所を頭の中に描く。

それだけで熱がその場所にいきわたる。

そんなイメージをするのだ。

「それはさすがに無茶なのでは……」

ララが心配そうな聲を出すけど、私は「大丈夫」とだけ答える。

確証はないけど、できそうな予があるのだ。

私の脳裏にあるのは村全をオレンジのが包み込んで、ぽかぽかと暖かくなっていくイメージ。

いつまでも半袖で暮らせるような楽園のような暖かさだ。

「なんや、なんか溫かくなってきとらん？」

「本當です！　ぽかぽかしてきました！」

數秒後、メテオやハンナが聲をあげ始める。

自分のから熱が屆いていくイメージが屆き始めたらしい。

よぉし、もっともっと暑くしちゃおう！

「あっついわ！　ユオ様、暑すぎるって！　暑さで死んでまうわ！」

「魔様、このままじゃ農作が枯れます！」

気づいた時には太がじりじりと照りつけ、初夏というよりは夏真っ盛りといった様相になっていた。

さっきまで太のはかなり弱っていたのに、あっちゃぁ、ちょっとやりすぎた！？

「うぬぬ……」

今度は慎重に出力をちょっと落としてみよう。

「ぬぉおお、例年通りの夏になりましたぞ！　よぉし、わしは村中に熱がいきわたっているかみてくるぞい！」

「私も行ってきます！」

村長さんとハンナはどこまで暖かくなっているのかを確認しに颯爽と飛び出していき、數分も立たないうちに、やたらと興した面持ちで帰ってくる。

「建築中の溫泉のあたりまでぬくぬくしてました！　村全が楽園みたいです！」

「村の柵のあたりまで暖かくなっておりますぞ！　これで農業もバッチリですぞ」

二人によると村全に熱がいきわたっているらしい。

「よっし、計算通りね！」

ガッツポーズをする私なのである。

これでなんとか農業も復活してくれるだろうか。

「……なぁ、ユオ様ってホンマに魔じゃないん？」

そして、私の訶不思議な能力を目にしたメテオが鋭い視線をしながら聞いてくる。

普段のニマニマした顔とは違って、かなり真剣なまなざし。

それでも私は適當に流すほかない。

だって、ただのスキルだし、これ。

「魔とかありえないでしょ！　私は魔力ゼロで魔法の一つも使えないんだから！」

「そんなん言ってもなぁ、村全を熱で覆うとかもうわけわからんやん。魔じゃないんなら、なんやねん、それ……」

メテオは渋い顔をするが、ヒーターの能力は私が一番よくわかっていないのだ。

私にできることはこれをみんなのために能力を使うってことだけだ。

「いいじゃないですか、ご主人様はこうやって獨立國家への道を歩まれるのです！」

ララが場をうまくまとめるじでってくるけど、獨立國家への道を歩むつもりはない。

メテオは「せやなぁ〜、がっぽり儲けような」などとニマニマ顔に戻る。

うーむ、こいつらは何を考えているのだろう。

私は領地をかにしたいって言うだけなのに。

◇　一方、そのころ村人たちは

「聞いたか！？　魔様が村の天気を暖かくしてくれたってよ！」

「ほ、本當か！？　どうりで最近、暖かくなってきたのか」

「あぁ、サンライズ様がおっしゃってたぜ。魔様がちょちょいのちょいで、ぽかぽか気に変えてくださったそうだ」

「あぁ、なんてありがたい。今年は作が育たなくてやばいと思ってたんだよ」

「本當に魔様には一生、ついていくしかないぜ……！」

「魔様のために魔石でもなんでもお供えしないと……！」

村人たちは今日も激の聲をあげていた。

彼らは気候が溫暖になったことがユオの力であることを知ったのだ。

崩壊寸前の村を分け隔てなく救うユオにたいして、村人たちは尋常ではない忠誠心を蓄えていくのだった。

————後日談

「魔様！　見てください！　すごいです！」

「ひぃいい！？」

領主の館の前にどすんっと置かれたのは巨大なトマトやスイカだった。

びっくりした。

新手のモンスターの首かと思った。

どうやら先日の溫度変化によって、作はすくすくと育ち始めたらしい。

中でも、一部の植はやたらと巨大化してしまい、スイカなんか私だけじゃ抱えられないぐらいに大きくなっている。

どうやら村の気候が作の生育にぴったり適合してしまったようだった。

作が取れ過ぎて困ることもないだろうし、これはこれでよしとしよう。

ゆっくりとではあるけれど、事態はいい方向に向かっていると確信する私なのであった。

【魔様の発揮した能力】

・気候作（溫暖化）：一定區畫の気候を溫暖化させることのできる能力。想像できる範囲であれば、どこまでも対処可能。加熱しすぎると草木も生えなくなる。人間の都市に発揮した場合には、範囲型の即死攻撃となる。

【魔様の手にれたもの】

・育ちすぎる作：気候溫暖化によって生育が異常化した作。栄養価も高く、病害蟲にも強く、味しいの三拍子。

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