《お薬、出します!~濡れを著せられて治療院から追放された薬師さんが辺境で薬屋を開きました。極めたポーションは萬能薬と呼ばれて回復魔法を超えるようです~【書籍化コミカライズ企畫進行中】》リーシャの依頼
「わざわざ來てもらって悪いね」
「いえ、宿の新メニューに貢獻できるなんて栄です!」
メディはリーシャの依頼で、宿の廚房に招かれる。とはいえ、メディとしても意外だった。
料理に関してはメディも素人であり、リーシャ一人で事足りると思っていたのだ。
事実、リーシャは廚房の指揮において抜かりがない。個人の資質を見抜いて、すでに右腕に據えようとしている者を考えている。
リーシャを料理長として調理補助が八名、全員が素人だが真剣な眼差しだ。
中には包丁を握った事もない者もいるが、そのモチベーションは凄まじい。夜遅くまで廚房を使わせてほしいとリーシャに頭を下げるほどだ。
居殘りをして毎晩のように練習を重ねている。
「ほら! ちゃんと挨拶するんだよ!」
「おはようございますッ! 本日はご鞭撻のほど、よろしくお願いしますッ!」
「ご、ごべんたつ?」
「あー、いや。ちょっと誤解があるね。メディ、あんたに頼みたいのは新メニューの開発そのものじゃないんだ」
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メディは頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。ロロは広い廚房に興味深々で、包丁に手をつけようとしていた。
「コラッ! 危ないからるんじゃないよ!」
「ロロちゃん。大人しくしていてください」
「直立ふどーをつらぬくのです!」
「いや、そこまでしなくてもいいんだよ……」
ロロに調子を崩されたリーシャだが、改めてメディに依頼容を話す。
それは開発した新メニューの栄養バランスだ。リーシャとしては、この村や山の富な資源を活かさない手はない。
ただ味がいいだけの料理であれば、他の町や王都の高級店にでも行けばいい。
リーシャが求めているのは最高の味だけではなく、最高の料理だった。
「最高の料理ってのはね、の芯まで労わるものなんだ。せっかく來てくれたのに不健康な食事をさせるのはもったいない」
「そこまで考えていたんですねぇ!」
「いや、ほとんどカノエって人のけ売りだけどね」
「カノエさんが?」
「そのカノエさんもメディの事ばかり話していたよ」
つまり巡り巡ってメディに行き當たる。よくわからないものの、メディはひとまず納得した。
さっそく新メニューの一つが廚房の面臺に置かれて、メディは思わず唾を飲む。
カイナネギの薬膳スープ、バーストボアのオルゴム草添えステーキ、ウリダケのバターソース和え。そしてデザートにキラービーのを使用したゼリー。
これのどこに意見を言えばいいのか、メディは迷っていた。
「ふぉおおーー!」
「ロロちゃん。はしたないですよ」
「メディおねーちゃんも涎が垂れてるのです」
「えっ……」
思わず口元を拭った。リーシャが照れ笑いしつつ、メディに頭を下げる。
「味については誰もが絶賛してくれてさ。それは料理人冥利に盡きるんだけどね」
「誰だって絶賛しますよ!」
「アイリーンさんには完璧だと言われて、エルメダは全部食べつくして想も何もあったもんじゃない。カイナ湯にいるアンポンタンみたいな三人なんか、姐さん呼ばわりだよ」
「それで栄養バランスを見てほしいと?」
「アタシもそれなりに知識はあるつもりだけどね。あんたのほうがそういうの詳しいだろ。もちろん食べてくれても構わないよ」
メディはまず涎を存分に垂らしているロロに譲った。あまり食べさせるのは教育上、よくないがここで待ったをかけるのはあまりに酷だ。
それにメディなら食べずとも、見ただけで判斷がつく。
「カイナネギの薬膳スープにクラホフの実をわずかに加えてください。このままだと塩分過多ですが、実を加えることで薄められるんです。それに味もあっさりして、より口當たりがよくなりますよ」
「クラホフの実かぁ……」
リーシャがクラホフの実を刻んで作り直してから一口、すする。
「た、確かにこっちのほうが味がしつこくないね」
「次に気になったのがウリダケのバターソース和えです。レッドハーブを加えてみてください」
「レッドハーブ?」
「レッドハーブには脂肪燃焼と新陳代謝向上できる分が含まれています。ウリダケの分と合わさる事で、更に効果が高まるんですよ」
「知らなかったねぇ……」
リーシャ他、スタッフ一同は必死にメモを取っている。
メディのより詳しい分説明はリーシャも初めて聞く。彼も料理人である以上、旨味を引き出す分は把握していた。
リーシャは考える。もしメディが料理人の道を歩んでいれば、自分以上の存在に化けたのではないか。
メディの素質は薬師だけに収まらない。底にあるものを見定めようとしたが、リーシャは立ち眩みを起こす。
その剎那、リーシャの中で星々が輝く空間が広がった。
無限の奧行きがあるように思える果てしない世界。理解しようと手をばしても何も摑めない。
そして空間全が大渦のようにうねり、抗うもなく流される。気がつけばリーシャは脂汗を流して、床に手をついていた。
「ハァ、ハァ……」
「リ、リーシャさん!?」
「いや、ごめんよ。なんでもない……」
リーシャは一人の職人としてメディに踏み込んでみたが、あまりに危険だと悟った。
メディの力量は計り知れない。理解しようとするべきではない。そこにあるのは理解不能の空間なのだ。
リーシャはメディに嫉妬のが芽生える。しかし、そこで激に流されるほど愚かではない。
寸前のところで堪えて、リーシャは立ってメディの目を見た。
「……メディ。アタシの前に現れてくれてありがとな」
「は、はい?」
「あんたはアタシの世界を広げてくれた。これからもよろしく頼むよ」
「あ、あの。まだ細かいところがあるんですけど……」
「えぇ?」
そしてメディの怒濤の指摘をリーシャは真正面からけ止めた。朝食、晝食、夕食。すべてを統合した上での栄養バランス。
一つのメニューで済むはずもなく、終わる頃には日付が変わろうとしていた。リーシャは糧にして、見習い達は魂盡き果てている。
ロロは満腹になり、床にお座りして寢込んでいた。
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