《お薬、出します!~濡れを著せられて治療院から追放された薬師さんが辺境で薬屋を開きました。極めたポーションは萬能薬と呼ばれて回復魔法を超えるようです~【書籍化コミカライズ企畫進行中】》夜禍、の月

「おじいちゃん、夜のお散歩?」

深夜、プロドスの建の屋から屋へと跳んでいたのは夜禍と呼ばれる老齢の暗殺者だ。

齢七十に至るまで萬を超える暗殺を重ねた彼を人はこう呼ぶ。闇世界の首領(ドン)、と。

心がついた時から殺しに慣れ親しんできた彼にとって、危険察知は何よりのスキルだった。

虛を突かれるなど何十年ぶりか。

夜禍と呼ばれた男、クゾウは揺を見せずにその人を見據えた。

「……このワシに気取らせないとはな」

「え? 割と隙だらけだったんだけど……。年には勝てないということかしら」

「若い」

クゾウはカノエを侮らない。

しかし若さは未し優位に立てば必ず調子に乗る。

そう踏んだクゾウは両手から暗を放つ。

言葉はいらない。目的を話す必要もない。

しかしカノエはすべてを踏まえてクゾウと対峙していた。

「スプリッドワイヤーねぇ。ずいぶんと古いもの使ってるのね」

カノエによって弾かれたスプリッドワイヤーが空中を泳ぐ。

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一撃で仕留められるとはクゾウも思っておらず、すでに追撃の準備を終えていた。

スプリッドワイヤーがしゅるりとき、飛び跳ねるようにして電撃をまとう。

カノエに逃げ場がないと判斷したクゾウは続け様に短刃を振るった。

遠距離攻撃である真空の刃がクゾウによって無數に分裂。

これこそがクゾウの必殺だった。

速く、見えず、証拠も殘らない。

空気と一化したことによって風の揺らぎによる気配も絶つ。

クゾウは己の長年と勘、そして技に絶対的な自信を持っている。

初めて人を殺したのは彼が三つの時、その時にはすでに人を殺害できる力量を備えていた。

暗殺一族の長男として徹底して育てられた彼は心を殺して、十歳を迎える頃には王族の暗殺すら功する。

王族が據えていた護衛や治癒師協會専屬の私兵隊、大陸最強と名高い白十字隊(ヘルスクロイツ)すらも葬ってきた。

闇の世界において、彼の名が広まるのにそう時間はかからない。

人を殺すのはもはや食事や呼吸と同じであり、殺し抜きの人生などクゾウにはあり得なかった。

殺しこそがアイデンティティ、誰にも侵されることがない不可侵の領域。

いつも通り、真空の刃で殺す。そうなると彼は信じて疑わなかった。

「ふぅん、さすがは闇世界の首領(ドン)ね。いい技もってるじゃない」

どころか、傷どころか。服すら傷ついていない。

目の前にいるカノエが己と同じ世界に屬する人間だとはわかっていた。

しかしカノエは真空の刃、そして電気をまとったスプリットワイヤーをすべていなしている。

その場から一歩もかずに、三日月の刃を両手に持って佇んでいた。

あり得ない。弾けるはずがない。

が特別製か。

クゾウはありとあらゆる可能を考えた。

「やるなら隙を與えずに同時にスプリットワイヤー、そして斬撃? でしょ。隙を突くのは暗殺の基本だけどね、おじいちゃん。これは戦いなのよ」

「……の青い小娘がッ!」

「あらやだ、セクハラ?」

クゾウはカノエに迫った。自慢のスピードと技をもって近づいて殺す。

接近戦ならば経験の差で勝てると踏んだのだ。

が、カノエはそこにはいない。

「おじいちゃん、がカサカサね」

「いつの間に……」

カノエがクゾウの背後を取っている。

まるで幻のように消えて、そしてそこにいた。

「知ってる? 健康狀態はおにも出るみたい。ほら、おじいちゃんのここね。に黒っぽい斑點があるでしょ? これ、栄養が偏ってる証拠なのよ」

「こやつめ……!」

「こんな素敵な知識を與えてくれる子をあなたは殺そうとしてるのよ。ねぇ、わかる?」

「……ッ!」

クゾウはきを取れずにいた。

生まれて初めて味わう得の知れない何かが背中や足先から這うように襲ってくる。

の芯が冷えて思考すら停止しつつあった。

「……何者だ」

「カノエよ」

「闇の名だ」

「なにそれ。下らない」

これほどの使い手が無名のはずはないと、クゾウはあらゆる報を総員した。

冷えつつある思考だが、かすかに真相に行きつく。

誰もが頼り、敬い、恐れる闇世界の首領(ドン)だがある時を境にほとんど誰もその名を口にしなくなった。

代わりに闇の中では一つの名が広まっており、クゾウも気にかけたことがある。

激化した戦爭をたった一人で収めてしまった三日月の暗殺者。

もはや暗殺者の領分を遙かに超えた殘忍で苛烈な所業。

クゾウの目に映った三日月の短刃、そして耳飾り。クゾウは察した。

長年に渡って名を知らしめてきた自分にとって代わるように現れた最強の暗殺者バッドムーン。

クゾウはもはや背後にいるとして認識できない。

「バッド、ムーン……! こんな小娘がそうだというのか!」

「おじいちゃん、今はね。若くても実力があって活躍してる子もいるの。いちいち古いのよ」

「答えろ、バッドムーン! 何故、くすぶっておる! 今一度、闇世界に返り咲こうとは思わんのか!」

なジメジメした世界より、こっちにはがあるのよ。眩しくて夢中になっちゃうほどのね」

クゾウはカノエが理解できなかった。

突如として姿を消したバッドムーンが、薬師のの護衛をやっている。

腑抜けたなどと罵りたかったが、カノエの腕は微塵も衰えていない。

それどころかアイリーンとの組手により、更に力を研ぎ澄ましているのだ。

それは誰かを殺すことが目的としていない。

「あの子が人を生かすなら、私は人を殺すことで一人のの子を生かすの。でもあなたに殺しの依頼をした人達は一何人、生かしたかしら」

「知れたことを! 我ら闇世界の住人になどいらぬ! バッドムーン! 足を洗ったつもりかもしれぬが、闇はお前を逃がさん!」

「じゃあ刈り取る手間が省けるわ」

「なに……?」

クゾウはついに足腰が震えた。

恐怖というものがここまで平常心を失わせるものだと思っていなかったのだ。

それはバッドムーンの殺意をじてしまったからだった。

「闇をこそぎ刈り取る。私のもう一つの夢でもあるのよ」

「闇を刈り取るだと……」

「気長にやらせてもらうけど。で、そろそろ自の準備は整ったかしら?」

「お、おのれぇぇぇーーーーーッ!」

カノエの指摘通り、クゾウは自した。

この距離であればカノエの四肢も吹き飛ぶとクゾウは音や風、熱と共に消滅する。

「だから古いのよ」

闇の者が追い詰められた時に、何らかの方法で自害を図るなどカノエは想定済みだった。

破の余韻はあるものの、広まったのは音だけだ。

クゾウの死もなく、死んだのは闇世界の住人。

事件にすらならないとカノエはその場を立ち去った。

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