《不死の子供たち【書籍販売中】》01 それが今の私で、そして恐らく私の全てだ。re
夢中になって読んだファンタジー小説があった。
ずっと昔に。
もう何時(いつ)だったのかは思い出せないのだけれど。
語の主人公はある日、何の前れもなくしく澄んだ湖のほとりで目を覚ます。誰に知られることもなく、ひっそりとこの世に誕生する。母もいなければ父もいない。あるいは彼を創造した神が、彼の母だったのかもしれない。
青年は困難な冒険の果てに世界に変革をもたらし、誰もが知る英雄となった。
語は大こんなじだ。
どうしてそんなことを今になって思い出したのだろうか。自分の誕生の瞬間が、意識の覚醒が語の主人公のそれと同じだったからだろうか。
母を知らなければ父も知らない。まぁ、神様の知り合いなんてものもいないのだけれど。
意識の覚醒以前のことはあまり覚えていない。
長い冬眠を終え、腹をすかせた熊のように何処かの倉で目を覚ました。不思議なことに、それ以前の記憶はほとんど無い。頭の片隅にしだけこびりついている記憶を時折(ときおり)、ふとした瞬間に思い出すことはある。けれど私には、その記憶が本なのかどうかわからない。私の記憶にある世界と今現在、私が目にしている世界が別のモノに思えたからだ。
私が知っている世界は爭いのない平和な世界だった。もちろん國外に出れば紛爭はいくらでも起きていたし、宗教対立や民族間の爭いは絶えなかった。それでも〝廃墟〟に埋もれた文明の崩壊した世界ではなかった。
記憶を失う以前の自分が何をして生きていたのか、どんな人間だったのか、何を夢見ていたのか、とか……そういったことは何ひとつ思い出せない。一種の記憶喪失だと思っているが、過去の記憶がなくても日常生活で困ることはなかった。
それから、大事なことがもうひとつ。
どうやら私の(からだ)は普通の人間のそれと大きく異なっているようだ。
高度な醫療技によって行われる人改造、〈インプラントパーツ〉の移植手が常識としてけれられている世界においても私のは非常識だった。
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強化骨格等の(しんたい)機能を強化する手をけた覚えがないにも拘(かか)わらず、その能力は、それら人改造に使用される最高品質のインプラントパーツで得られる能力と同等、あるいは凌駕(りょうが)していた。見た目は普通の青年でありながら、ごてごてとした機械のパーツを使用する人間よりも能力的に優れているのだ。
全の皮を覆うナノレイヤーは、酸素の吸収率を高めることで運量に大きな変化をもたらした。中に含まれるナノマシンは――限度はあるが、汚染質や未知のウィルスからを守り、怪我さえも自己修復により傷痕を殘すことなく癒すことを可能にしていた。
また心肺機能は馬並みに強靭で、全の筋は驚くほど強く、それでいて敏捷だ。反応速度は高められ、全速力で走れば小型エンジンを積んだ自二車並みの速度が出せたし、腕力にいたっては軽自車を持ち上げることさえ可能にしていた。
瞳は夜行の食獣同様に、暗闇でも鮮明にモノが見えるように量が自的に調整されるようになっていた。それ以外にも、網に表示されているインターフェースを通して各種報の閲覧を可能にし、視力は解像度が高められていて、遠くのものもハッキリと認識できるように強化されていた。
に加えられた改造はそれだけではない。けれど私が何よりも驚いたのは、頭の中に響く聲だった。
どうやら私の脳は、地球の靜止軌道上の軍事衛星に搭載されている自稱人間の、自律式対話型支援コンピュータ〈カグヤ〉と接続されているようだった。
正直、人工知能の助けがなければ、荒廃した過酷な世界で目覚めたその日に、私は命を落としていたのかもしれない。だからカグヤには謝はしている。とは言え、頭の中を常に他人に覗かれているという不思議な覚に慣れるのには、相當な時間を必要とした。
それでも私は自分自が特別な人間だなんて思わない。なんたって生きていくだけで一杯の世界なのだから。
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私の名は『レイラ』
知人には『レイ』と呼ばれているが、個人的には略さないでしい。
レイラだ。レイじゃない。核戦爭後の世界に生きる、しがないスカベンジャー。
それが今の私で、そして恐らく私の全てだ。
■
『ねぇ、レイ。私が話したこと、ちゃんと聞いてた?』
耳に直接響くらかなの聲で意識を引き戻される。脳に埋め込まれているであろう裝置を介して〈カグヤ〉から信している報に、私は意識を向ける。
「悪い、聞いてなかった」
カグヤは本の人間のように溜息をついてみせた。
『いつでも攻撃支援は可能だよって、言ったの』
「わかった。周囲に異常なきがあれば、俺に確認を取る必要はないから報を送ってくれ」網に表示されるインターフェースを確認しながら、そう口に出して答えた。
『了解』
〈スカベンジャー(廃品回収業者)〉とも呼ばれる人間たちは、大戦以前のを回収することを仕事にしていた。〈舊文明期の〉なんて立派な言い方する奴もいるが、そのほとんどは故障して使いにならなくなったジャンク品だった。
汚染地帯を渡り歩いて人殺しの異常者である略奪者や、グロテスクな姿をした変異が跋扈(ばっこ)する廃墟の街で、現在の技でも修理し使用できるガラクタを見つけては売ることを生業(なりわい)としている。
大抵の人間が嫌がる危険な仕事だが、私はそれなりのプライドを持ってやっている。文明が崩壊した世界の職業としては、悪くない仕事だと思っている。
仕事の拠點として利用していた場所は、大戦以前に建造された核攻撃を想定した核防護施設などの舊文明期の跡群につくられた通稱〈鳥(とり)籠(かご)〉と呼ばれる集落だ。終末戦爭によって滅んだ舊文明期での正式名稱は〈橫浜第十二核防護施設〉だった。
カグヤから始めて施設の名前を聞いたとき、サイバーパンクな格好のいい場所を想像した。けれど実際は弾の衝撃で誕生したクレーターの中心に、大小様々なジャンク品に廃材、そして瓦礫の殘骸でつくられた大規模な集落だった。それでも過去に存在した〝本當〟の街を知らない現在の人々は、それを街と呼ぶのだけれど。
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私は現在――曖昧な記憶が正しければ、かつて〈桜木町〉と呼ばれていた地區の中心地辺りに來ていた。街の景に戸わずにはいられない。カグヤを介して網に表示される地図には、たしかにこの場所が桜木町なのだと表記されている。私を困させるのは、その街の姿が、私が知る風景と余りにもかけ離れているからだった。
人気(ひとけ)のない廃墟の街は、舊文明の技が可能にした雲にも屆く超高層建築群が聳(そび)え立ち、撃の痕跡が殘る道路には放棄された車両で埋め盡くされている。海を埋め立てて造られた新たな地區には、かなくなった作業用の〈機械人形〉が大量に棄された工場が見えた。舊文明期以前の建にはツル植が絡みつき、恐ろしい変異が潛んでいる。
その廃墟の街で仕事中だった。目的は機械仕掛けの人形兵〈アサルトロイド〉の制チップだ。文明崩壊の混期に政府によって國の封鎖が決まり、それに反発したアジア系移民によって引き起こされたとされる暴、その鎮圧のために派遣されたとされている過激なまでの機械兵。
日米共同開発の軍用機械人形、型式番號〈0166-J-アサルトロイド〉
アサルトロイドの制チップは演算能力が非常に高く、機械人形以外の裝置にも利用可能で々と応用が利くために、市場ではそれなりの価格で売買できる。狀態のいいモノが手にれば、それだけで數週間飲み食いに困らないほどの利益をもたらしてくれる。
けれどアサルトロイドそのモノを見かけることは滅多にないし、見つけたからといって容易(たやす)く目的のチップが手できるわけではない。
むしろそれはひどく困難な仕事だった。と言うのも、それらの機械人形は舊文明期の技で製造された〈小型核融合ジェネレーター〉で作していて、文明崩壊から數世紀経っているであろう現在でもいている個がいるからだ。
そしてアサルトロイドの戦闘能力は極めて高く、それなりの戦闘経験がある人員で編された傭兵部隊と、高価な裝備がなければ優位に戦闘は行えないのだ。それに戦闘に勝利したからといってアサルトロイドの損傷次第では、チップが破損してしまい戦闘そのものが無駄になることもある。
今回の目標のように、かなくなり放棄された機があること自が稀(まれ)だった。
私は深緑のツル植に覆われた崩れかけた建の上階から、視線下にある施設を見下ろしている。かつての面影がわずかに殘る遊園地、その廃墟に盤踞(ばんきょ)している男たちの監視をしていた。
ライフルの引き金に指をかけ、カグヤから送られてくる報を確認する。付近一帯の報は、上空を旋回している〈カラス型偵察ドローン〉によってリアルタイムで得ている。
その報は、廃墟の街に點在する舊文明期から現在まで稼働し続ける電柱のような形狀をした〈電波塔〉を介して通信が行われ、それをカグヤが信し、報の査を行ったあと私に送信してくれていた。
『遊園地の敵は、確認できるだけでも十三人』カグヤがそう言うと、略奪者たちの郭(りんかく)が赤の線で縁取られていくのが見えた。『この規模の施設を占有しているレイダーにしては、ひどくないと思う。殘りの戦闘員は事前報の通り、人狩りのために今は留守にしているみたいだね』
「間違いないか?」
私が訊(たず)ねると、カグヤの聲が不機嫌になったのが分かった。
『偵察ドローンから送信されている報を地上の電波塔を介して信しているのは、數世紀も昔の老朽化した哀れな衛星で、その衛星からけ取っている報によって私に分かることは限られている。これ以上の確かな報がしいのなら、新しい衛星を空に打ち上げればいい』
「何処(どこ)かにロケットと最新の軍事衛星があれば、俺もそうしたいさ」
私の仕事は戦闘ではなく、あくまでも廃品回収だ。だから戦闘行は必要ない。けれど何事にも絶対なんてものがないように、戦いが避けられないことも多々ある。
建に吹き込む強い風に目を細めると、深呼吸をゆっくり繰り返し、照準の中心に捉え続けている略奪者の男を見る。
「そろそろ行開始だ。掩護してくれ、カグヤ」
『任せて』
軍事衛星を介して信する自稱人間のカグヤの聲が聞こえたあと、標的にしていた男の頭部のし左上にターゲットマークが表示される。その印(しるし)に照準を合わせると、躊躇(ためら)うことなく引き金を引いた。
乾いた銃聲が廃墟に響くと同時に、廃墟のバルコニーに立っていた男の頭部から煙が上がり、男は錆びた手摺りに寄りかかるようにしてを絡ませる。男の頭部から流れ出る脳漿(のうしょう)を照準に捉えながら、息をゆっくり吐き出す。
網に投されているインターフェースを確認すると、警戒レベルを表示するは安全の青を示していた。敵戦闘員のきを瞬時に走査し、狀況に変化のないことを確認したカグヤが異常なしと判斷したのだ。
毎日のように何処かで爭いが起きている世界で、銃聲なんて珍しくもなんともない。だから彼らのような手合いは近くで銃聲がしても気にもならないのだろう。
眼下に見える施設の端、錆びた非常階段を上ろうとしている男に銃を向けると、男の近くに表示されるターゲットマークに合わせて引き金を引く。
私は凄腕の狙撃手でもなければ、撃に対する天才的なセンスなんてものも持ち合わせてはいない。カグヤが周囲の狀況や風、標的までの距離をもとに最適な撃位置を計算し、網に表示してくれる。私は指示された場所に狙いを定め、引き金を引いているに過ぎない。それはカグヤのおかげで出來る蕓當であって、私が誇れる類(たぐい)のモノじゃない。
照準を合わせて引き金を引く。まるで仮想現実のゲームみたいに単調な作業だ。だから標的に銃弾が命中してもなんてしないし嬉しくもない、人を殺したことで生じる殺人に対する嫌悪もない。今の私はどこからどう見ても普通の狀態だ。人殺しに対してドラマチックな忌避(きひかん)なんてものは持ち合わせていない。この荒廃した世界の何処にでもいる普通の青年だ。
塗裝の剝げたフルフェイスヘルメットに、赤茶に錆びた鉄板の甲だけの簡素な出で立ちの男が、バルコニーの死に気が付き何かを喚き散らす。
その男の腹に銃弾が食い込む瞬間「敵襲!」と聞こえた気がした。
廃墟に男の聲が木霊(こだま)するのとほぼ同時に、私が隠れていた建に銃弾が浴びせられる。
『もう見つかったの?』
カグヤの聲を無視して俯せになっていたを素早く起こすと、ライフルを背中に回し、ガラスのない窓の向こうに飛び降りた。
『し暴に過ぎない?』
カグヤの言葉に返事をすることなく、ベルトポケットから重力場を発生させる裝置を取り出し足元に放る。グレネード型の円筒が地面にれると、甲高く短い金屬音が足元で鳴り響き、半球狀のが出現するのが見えた。
重力場によって生される特殊な力場に向かって落下すると、水中に潛っているときのような、らかい何かに包まれる覚がして著地の衝撃が相殺される。
『あぁ、もったいない。あれが最後の〈重力場生グレネード〉だったんでしょ?』
ひび割れた地面に足を著けると、すぐ近くに転がっていた瓦礫(がれき)に素早くを隠した。
「死ななければ、また手にれられる機會はあるさ」
『それもそうかもね』とカグヤは素っ気ない返事をする。
網に投されているインターフェースは赤に変わっていて、周囲が危険なことを知らせてくれていた。
「カグヤ、キルゾーンだ。集中してくれ」
『わかってる』
ちょうどそのときだった。耳元のすぐ側を風切音が通り過ぎる。
「奴はまだ生きてるぞ! 撃て、撃ち殺すんだ!」
怒り狂った略奪者たちから執拗な攻撃を浴びせられる。
『前方、建の二階、左!』
カグヤの聲に即座に反応し、太のホルスターからハンドガンを素早く引き抜き、目標に向かって銃弾を二発撃ち込み、命中を確認することなくにを隠す。周囲に怒號が飛びい始める。私は駆け出し、腹を見せるようにして立てられた廃車のに飛び込む。
「相手はなんだ!?」
「俺に分かるわけがないだろ!」
何処からともなく略奪者たちの焦りを帯びた聲が聞こえてくる。ずいぶん混しているようだ。
「ミ、ミュータントだ! 変異の化けだ! 武を持ってやがる!」
「馬鹿野郎、あれは人間だ! 俺は見たんだ」
「早く! 早く殺しちまえ!」
銃弾が出鱈目にばら撒かれ、周囲に砂煙が立ち込める。
「警報を鳴らせ! 狩りに出てる奴らに知らせるんだよ!」
「だから無線を持てと言ったんだ! ける奴は走って――」
喚き散らす男の顎を銃弾で吹き飛ばすと、すぐに瓦礫のにをひっこめた。
『よかった。靜かになったみたいだね』
カグヤの呟(つぶや)きの直後、大量の弾丸が瓦礫に浴びせられる。
「たしかに靜かになった」
ハンドガンをホルスターに収め、サブマシンガンを脇腹のホルスターから引き抜くと素早く殘弾を確認し、弾倉の裝填を済ませる。そして瓦礫の隙間から銃のみを覗かせ、敵に向かって適當に掃を行う。略奪者からの銃聲がなくなったことを確認すると、私はすぐさま潛んでいた場所を移する。
建に背中を預けると、しばらく息を整えることに専念する。
「街の様子は」とカグヤに訊ねる。
しばらくの沈黙のあと、彼の聲が聞こえる。
『し騒がしくなったみたいだけど、上空にいるカラスの眼からは、遊園地に近づいてくる人間の姿は確認できない』
私は息を吐き出し次の行について考える。ゆっくりしていられる時間はない。さっさと行に移らなければこの場に釘付けにされる。その間に敵は際限なく増えていくのだろう。
「あの化けはどこに消えたんだ!」
略奪者たちの怒聲が聞こえると、私は苦笑し、スモークグレネードを宙に放る。
「失禮なやつらだ。俺は人間だよ」
報が錯綜(さくそう)している間にできるだけ敵の數を減らす。敵が私のことを「変異の化け」で「大勢」だと勘違いして、混してくれている間がチャンスだ。
「うしろだ! 化けはうしろにいるぞ!」
略奪者たちを撹(かくらん)させるために、私は大聲で噓を口にしたあと、バックパックに引っ掛けているガスマスクを外し、それをすぐに裝著してスモークグレネードから噴される白煙の中に飛び込んでいく。
「ど、何処にいる、化けは何処だ!」と略奪者のが言う。
「ここだよ」
煙に巻かれ混するの顎下にナイフを突き上げるようにして刺し込み容赦なく殺すと、その場に留まることなくすぐに場所を移する。
「しかしグロテスクな変異と人間の區別ぐらいはつけてしい。俺は化けじゃない」
私の言葉にカグヤはクスクス笑う。
『人改造された人間を化けと呼ぶなら、レイは立派な化けだと思うけど?』
私はカグヤの言葉が聞こえていないフリをした。
略奪者たちが占拠していた建に侵すると、すぐににを隠す。それから大きく深呼吸する。狀況は想定通りに進んでいて、心配していたようなトラブルは何も起きていない。カラスから信している俯瞰映像を確認したあと、周囲の建に仕掛けていた弾を起するようにカグヤに指示を出す。
「今だ、やってくれ」
何をすればいいのか口に出して直接カグヤに伝える必要はない。どの様な技なのかは私には分からないし、到底理解もできないだろうが、カグヤは私の思考電位を拾いあげて、私の意志を正確に把握してくれている。
一瞬の間のあと、の芯を震わせる発が周辺に複數回起きる。破の瞬間は何度験しても気分が高揚(こうよう)する。もちろん発にさらされる側にいないときに限るのだけれど。発音と衝撃波にさらされる略奪者たちにとっては、高揚どころか迷でしかない。
慌てふためく略奪者たちの奇聲を聞きながら、私は薄暗い建の奧に視線を向ける。勝負はこれからだ。殺人機械との対面を前に私は気を引き締めた。
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