風に運ばれた砂煙がゆっくり建に吹き込み、ガラスのない窓から差し込むによって細かい砂や塵が反して輝いているのが見えた。

「さてと……」

建の外では発の衝撃で砂煙が立ち昇り、略奪者たちは狀況が理解できず混しているようだった。私は建の奧、仄暗い廊下に目を向ける。

外から差し込む日のが、荒れ果てた施設の様子を鮮明にする。ゴミや雑草に埋め盡くされた室を眺めながら、私は思考する。予定していた通り、建に侵することができた。遊園地を城にしていた略奪者たちの姿は確認できない。

先程の奇襲で、彼らの多くを建の外にい出すことに功したようだ。連中は今ごろ、発の煙に巻かれて気の毒なことになっているのだろう。

けれど油斷することはできない。戦闘はなるべく避けたかったが人殺し相手に手加減は難しい。私は屈んだ狀態でゴミに埋もれたロビーを抜け、薄暗い廊下に向かう。間の悪いことに、錆の浮いた手製のパイプライフルを構えた略奪者が突き當りの部屋から出てくる。

「なんだ、てめえは！」と、モヒカン刈りの略奪者がぶ。

『レイ！』

耳に聞こえるカグヤの聲に反応し、素早くハンドガンを構えると、ライフルの銃口を向けてくる男のに弾丸を撃ち込んだ。

薄汚い格好をした男が倒れると、彼が姿を見せた部屋の扉に背中を預け、室にグレネードを放り込んだ。

炸裂音のあと、サブマシンガンで室を適當に掃した。弾丸を全て撃ち盡くしたところでを引っ込め、弾倉の裝填を行う。空の弾倉をベルトポケットに戻すのと同時に、殘りの弾倉の數を素早く確認する。

それから深く息を吸い、九つ數えたあと室の狀況を確認する。

『生存者はいないみたいだね』

カグヤの言葉にうなずく。

薄汚れた戦闘服をにつけた略奪者たちの死が床に橫たわっている。

過剰(かじょう)な攻撃だったのかもしれない。このペースだと弾丸が盡きてしまう。けれど相手がそうであるように、私の命もひとつしかない。

この世界の単純な法則、やらなければやられる。弾薬は買うか奪えばいつでも補充できるのだから、勿(もったい)ないなんて言っていられない。

薄暗い部屋の中に素早く視線を走らせると、周囲に敵が潛んでいないか確認して、それから死の側に屈み込んで使えそうなモノがないか確認する。

しかし使えそうな裝備は何もなかった。弾薬は古く錆が浮き出ていて、彼らが使用する自作のパイプライフルは狀態が悪く、とてもじゃないが使う気にはなれなかった。今回は死者から何も奪わなかったが、奪ったからと言って誰も私を咎(とが)めたりはしない。

視線の先に拡張現実で表示される地図を確認しながら、目的の場所へと急いで向かう。薄闇に浮かび上がる地図は、文明崩壊前のデータを利用したモノだった。しかし舊文明期以前の古いデータだったので、荒廃した世界ではほとんど役に立たない。

その理由は単純で、舊文明期の高度な技で建てられた建築を除いて、ほとんどの建築は経年劣化で崩れていて、殘った一部の建も略奪者や人の手が加えられているからだった。

『地下施設へのり口が崩れていなければいいんだけど』

カグヤの不安がり混じる呟(つぶや)きに私はうなずく。

目的の場所に続く部屋は、金屬製の防火扉で塞がれていたが、鍵が使われていなかったので問題なく侵することができた。略奪者たちに鍵を使うという概念があったのかも怪しい。

薄暗い環境に一瞬で適応した目は、ハッキリと室の様子を映し出す。どうやらこの部屋は、略奪者たちの食糧庫(しょくりょうこ)にされているようだ。要人用シェルター口が、今では欠損した人間の死が幾つも吊るされた食人鬼たちの食糧庫に変わっていた。

ガスマスクを裝著しているおかげで、室に充満している不快な臭いを嗅がずに済んだ。天井から鎖で吊るされた比較的新しい首のないのに近寄り、死を注意深く眺めた。に手足は無く、腹は裂かれていて、臓を取り出されただけが言わぬ彫像のように吊るされている。

にれないように注意しながら進む。つい先ほどまで人間を解していたのか、に濡れた包丁がのる作業臺からは、粘度の高いが床に流れ出し溜まりを作っていた。そのに足をらせないように慎重に歩を進める。

部屋の奧には古びた機械人形が鎮座(ちんざ)していた。崩れた壁から僅かに太が差し込んでいて、の筋を浴びる舊式の機械人形が場に似つかわしくない幻想的な雰囲気を作り出していた。

カグヤは私の瞳を通して放置された機をスキャンする。

『狀態から見て文明崩壊の混期に棄された機のようだね』

ハンドガンを両手でしっかりと握り、周辺のきに注意しながらツル植が絡みつく機械人形に近づく。無骨で四角いに、蛇腹形狀のゴムチューブで保護された短い手足を持つ機械はボロボロで、回収できそうな部品はなさそうだった。

『レイ、機械人形の足元を確認して』

カグヤの指示通り〈警備用ドロイド〉の足元を探る。

インターフェースに表示されている報が正しければ、地下施設へのり口を開くためのスイッチが近くにあるはずだった。

天井から落下してきたと思われる瓦礫をかすと、その下に潛んでいた大きなムカデが、急に差し込んだに驚いで何処かに這っていく。昆蟲の類は苦手だったが、今はそんなことに構っていられない。

しかし堆積(たいせき)した土と雑草で床は覆われていて、スイッチは見つけられなかった。

私は背中のバックパックをおろすと、軍用折り畳み式シャベルを取り出し、邪魔な雑草と一緒に土を掘り返す。すぐにい床に行き當たる。丁寧に周りの土を退(ど)かすと、舊文明期の施設で見られる紺の鋼材でつくられた床が姿を見せる。

土を完全に掃うと、緑に點滅する小さな源を見つけた。

「施設の電源は生きているみたいだな」と私は安堵する。

電源がなければり口は開かないし、舊文明期の鋼材を破壊できるだけの裝備は持っていなかった。

「けどスイッチが見當たらないな……。カグヤ、接続できるか？」

『やってみるよ。接接続を行うから、床に直接手をつけて』

手袋を外し、ひんやりとした鋼材にれる。手のひらに靜電気の痛みにも似た衝撃が走ると、舊文明期の鋼材が敷かれた床の一部が上方に向かってゆっくりとびて、地下へのり口が姿を見せた。

り口に近寄ると照明が自的に燈り、部を明るく照らす。どうやらこの施設の電源も、文明崩壊後から現在まで故障せずにいていたようだ。

力源は鳥籠にある施設と同様のモノで、舊文明期のリアクターが使われているのだろう。そのリアクターは何処にあるのだろうか？

これだけの規模の施設に使われる完全な狀態のリアクターが手にれば、それこそ一生を食うに困らないだけの報酬が得られるだろう。

『階段だよ。早く行こう』

シャベルを片付けバックパックを背負い直すと、カグヤの急かす聲に従い、り口の先に見える階段を下りていく。しばらく進み振り返ると、り口が音も立てずに閉まっていくのが見えた。

階段の先には大きな扉が見えた。前時代的で金庫などに使用される大袈裟な扉だ。

重たく分厚い金屬製の扉は施設の持ち主の趣味なのか、そこだけ妙に古臭いモデルだった。地下に続くり口に使われていた舊文明期の冷たい印象の、シンプルで先鋭的なモデルのり口が好みだったが、今は好みなど関係がなかった。

いくつもの錠が外れる金屬音が扉の部から聞こえたあと、ゆっくりと扉が開いていく。余りにも開くのが遅かったので、自分の手で扉を開く必要があった。案の定、扉はひどく重たかった。

扉の先の部屋はエントランスになっているのか、趣向を凝らした豪勢な設備で溢れていたが、それらはひどく劣化していた。くすんだぼろぼろの絨毯に、剝がれかかっている悪趣味な壁紙。埃(ほこり)をかぶったアンティークの照明裝置は電力が供給されておらず、明かりのない部屋は薄暗かった。

奇妙な違和を覚えた。舊文明期の施設は自律型の機械人形たちによって整備され、管理が行き屆いている。だから多くの場合、保存狀態は良好だった。それなのに、この場所はひどく荒廃している。空気は埃っぽく、風が吹くと砂と一緒に塵が舞い上がり視界が悪くなる。

換気システムが機能していないのかもしれない。部屋の奧、半開きの木製の扉を開こうとすると抵抗をじる。重をかけて扉を押し開く。

「なぁ、カグヤ。遊園地の地下施設が崩壊しているって報を聞いていたか？」

『私は知らないよ、そんなこと聞いてない』

扉の先には、崩れた天井の瓦礫(がれき)が散していて、外に繋がる大きなが天井の隅に開いていた。略奪者たちが瓦礫を撤去したのか、片付いた空間にはテーブルが置かれ、彼らの武が所狹(ところせま)しと並べられていた。

「この施設は、要人のためのシェルターだよな？」

『そのはずだよ。現にほら、彼らを警備するための機械人形がたくさん置いてあるでしょ』

カグヤの言葉に私は溜息をつく。

「ほとんどの機は瓦礫に埋もれているけどな」

核攻撃を想定した施設の天井が、こんなに脆(もろ)いとは想像もしていなかった。建設途中だったのか、あるいは建設費の橫領(おうりょう)などで欠陥を抱えたまま出來損ないのシェルターを作らざるを得なかったのか、理由は々と考えられたが確かなことは何も分からない。

「とにかくアサルトロイドだ。カグヤ、部屋のスキャンを頼む」

『了解』

カグヤは私の視界から得られる報をもとに、部屋を査していく。

部屋の全が見られるように私は視線をかしていく。り口の扉付近には、瓦礫やゴミが多く積まれていて、それらが先ほどじた扉の抵抗の正だと気がついた。

どうやら略奪者たちは正規のルートを使わずに、崩れた天井から地下に出りしていたみたいだ。どうりで彼らの食糧庫にあるり口が土に埋もれているわけだ。

視線を戻すと、集中して周辺に脅威がないか確認する。

『見つけた。目的の機は壁際に積まれた瓦礫の下に埋もれてる』

カグヤの指示通り瓦礫を掻き分けていくと、機械人形の頭部が見えた。

「なぁ、カグヤ。このガラクタを見てみろ。どう見たって完全な狀態なんかじゃない」

『さすが街一番の報屋だね』と、カグヤは皮たっぷりに言う。

「……間違いは誰にでもあるけど、こいつはひどい」

苦労しながら〈アサルトロイド〉を瓦礫の下から引っ張り出す。

その機械人形は、を思わせる優なフォルムを持つ黒鉄の機械人形だった。とても人を殺すために作られたとは思えないしさ持っていたが、能を追求すると、自然と造形もしくなる。と、誰かの言葉を朧気(おぼろげ)に思い出す。

アサルトロイドは経年劣化が進み、とてもじゃないが狀態がいいとは言えない。それでも腳部以外は破壊されずに殘っているようだった。

『よかった。ずいぶんと遠回りしたけど、収穫はありそうね』と、カグヤは聲を弾ませる。『まずはカメラアイの下にレンズの型番があるから、それを読み上げて』

機械人形の頭部にある防弾仕様のフルフェイスマスクを外すと、まるでギリシャ神話の生〈キュクロープス〉を思わせる大きなひとつ目が現れる。もちろんそれは瞳なんかではなく、メインカメラのレンズだ。

「0166――」そこまで読むと、指で汚れをこそぎ落す。「0166J－dTAC－α17」

『ちょっと待ってね。レンズの型番からアサルトロイドの正確な型式を見つけるから……』そしてしの沈黙。『ん、見つけた。データベースから機のメンテナンス用の仕様書をダウンロードする。だからもうしだけ待ってて』

「そうさせてもらうよ」

仕様書がなければ、アサルトロイドの制チップが何処にあるのか私には全く分からないのだから。

カグヤからの報を待っている間、私は遊園地の上空を旋回していた〈カラス型偵察ドローン〉の映像を確認する。周辺一帯で引き起こされた発で生じた砂煙は風に流され、今は遊園地の周囲を慌ただしく駆ける略奪者たちの姿が見える。

彼らは私の捜索を行っているようだったが、集団のきは統率(とうそつ)に欠いていて、とてもじゃないがまとまりのある組織には見えない。私にとっては都合がいいのだけれど。

「助けて……」

ふいに何かを叩く金屬音と、のか細い聲が聞こえる。

日々の訓練が習慣として(からだ)を素早くかす。私は近くの瓦礫にを隠し姿勢を低くすると、ハンドガンを構えた狀態で室を見まわす。

アサルトロイドに気を取られて、室に人がいることに気がつかなかったようだ。

心臓の鼓が早くなり、警戒を怠(おこた)った自分自に舌打ちしたくなった。一瞬、怒りにも似たが溢れるが、思い直し気持ちを靜めるように息をゆっくりと吐きだす。全てを完璧にやれる人間などいないのだ。

『ごめん、レイ』と、カグヤの聲が耳に聞こえる。

『気にするな』と私は聲に出さずに答えた。『俺も油斷していた。だからカグヤが謝る必要はない。それより対象は何処(どこ)にいると思う？』

『音が聞こえた方角から推測できるから、地図に表示するよ。今もガチャガチャと音を立てているから、人がいるのは間違いない』

視線の先に浮かぶ地図を確認したあと、天井から吊るされている汚い布に視線を向ける。

「ねぇ……お願い、ここから出して」

重い鎖が地面を叩く音が聞こえた。

ハンドガンを構え、ゆっくりと聲の主に近づいていく。小さな瓦礫を踏み砕く靴底の音すらも、今はもどかしい。

対象の正面に立たないようにしてを橫に置き、片方の手を布にかけ、もう片方の手で握っていたハンドガンを元に寄せ、布の先にいる対象にしっかりと銃口を向ける。それから深呼吸すると、布を一気に引っ張って、その先にいる対象を確認する。

こちらをぼうっと見つめていたのは若いだった。

十代か、あるいは二十代か、とにかく若いだ。鉄の枷(かせ)で手足の自由を奪われて地面に座り込んでいた。私は彼の姿に衝撃をけ、銃を取り落としそうになった。

の黒髪は短く艶めいていて長い睫は琥珀の瞳を縁取り、傷ひとつ無い白いは輝いていた。私が衝撃をけたのは彼のそういったしさにではなく、人形のように整った顔立ちに見覚えがあったからだった。

どうして彼の姿に見覚えがあるのかは分からなかった。けれどそれでも彼を見つめ続けることを止められなかった。

私に見つめ続けられて困ったのか、彼は下を噛んでみせた。

「參ったな……その癖も覚えている」私の呟きに、彼は首をかしげた。

は見たこともないタイプのスキンスーツを著ていた。の線がハッキリと分かるくらいピッチリとした特殊なスーツで、その上にボディアーマーを裝備していた。舊文明期の特殊部隊用のものだろうか、黒を基調としたスーツは潛に特化したモデルのように思えた。

廃墟の街に似つかわしくない高価な裝備から見ても、彼がどこかの〈鳥籠〉から派遣された軍人、あるいは傭兵であることが推測できた。清潔のある風貌はどう見たって食人鬼のそれじゃない。

おびえて後退(あとずさ)るの手には――當然のことだけど、武のようなものは見當たらない。ハンドガンを向けられても震えるだけだった。

彼を怖がらせないように注意しながら、ゆっくりハンドガンをホルスターに収め、指を一本立て口元に近づけ、靜かにさせるジェスチャー行う。ガスマスクが邪魔になるかと思ったが、彼は理解してくれた。

彼は口を噤(つぐ)むと、私にじっと視線を向けた