《不死の子供たち【書籍販売中】》08 多腳型車両 re
リビングのテーブルについてコーヒーを飲みながら、カグヤがテーブルの上に投影していたホログラムディスプレイを眺める。畫面に映し出されていたのは、保育園の拠點を中心とした廃墟の街の地図だった。
しばらくすると、ミスズが眠そうな顔をしてやってきた。
「おはようございます……」と、彼は気怠げに言う。
「おはよう。元気がないみたいだけど、眠れなかったのか?」
「はい……その、遅くまで映畫の鑑賞をしていまして」ミスズはそう言うと、家政婦ドロイドから紙コップにったコーヒーけ取る。
「ありがとうございます。ドロイドさん」と、ミスズは微笑む。
家政婦ドロイドはビープ音で答えると、カウンターの奧にあるキッチンに向かった。
ミスズの綺麗な琥珀の瞳を見つめながら訊(たず)ねた。
「映畫は攜帯報端末で?」
「はい。カグヤさんと昨夜、映畫を一緒に見ようってことになったんですけど、映畫の數が多くて選ぶのに時間がかかっちゃいまして」
「データベース上に存在する舊文明期以前の作品は膨大だから仕方ないよ」
「まさか、あんなに映畫があるなんて思いもしませんでした……」
私は家政婦ドロイドが焼いたクッキーをミスズに勧めながら訊いた。
「東京の核防護施設にいたころには、映畫は自由に見られなかったのか?」
「いえ、見ることはできました。ただ……作品の數がとてもなくて、子供のころから同じものを何度も見ているので、どうしても飽きてしまって」
「それは珍しいな。ミスズが育った施設は、データベースにつながっていなかったのか?」
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「えっと……わかりません。施設の管理は全て大人たちがやっていましたから」
どうなのだろう? と、私は考えた。
ミスズが暮らしていた施設が長い間、地上世界と接がなかった可能はある。人擬きを知らなかったことからも、なんとなくそれが分かる。食料や資に関しても知らないと言っていたし、本當に地上と隔絶された施設だったのかもしれない。それならば、彼らは何のために地上に出てきたのだろうか?
「なあ、ミスズ。やっぱり任務について教えてくれないか?」
ミスズはクッキー食べようとして開いた口を閉じて、それからクッキーを紙皿に戻した。しばらく思案したあと、彼は話し始めた。
「特殊な個を施設に連れ帰ることが任務でした」
「特殊な個ってなんだ? 人間? それとも機械人形?」
私の問いに彼は頭を橫に振る。
「詳しいことは聞かされていません。報は隊長が管理していたので……」
「ずいぶんといい加減な作戦だったんだな」
「はい……」
『レイは無神経』とカグヤの聲が室のスピーカーから聞こえた。
「おはようカグヤ。昨夜はミスズと楽しんだみたいでよかったよ」
『そうでもないけどさ』
カグヤの強がりを聞き流しながら、私はミスズに謝罪する。
「確かに無神経だったな、悪い」
「いえ……」それからミスズは思い出したように言う。「人の姿をしていながら、機械人形のようにける個だと言っていた気がします」
『人の姿……それって』
カグヤの呟(つぶや)きに私も同意する。
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「守護者(しゅごしゃ)たちだな」
「守護者……ですか?」と、ミスズは首をかしげる。
「そうだ。詳しいことは俺も知らないけど、人に似た骨格を持つ機械人形だ。人擬きよりも厄介なのがいるって言っただろ? それがそいつら守護者だ。まぁ、なかには人の姿をしていない連中もいるらしいけど」
『人間の骸骨が歩いているような外見で、皮がないんだ。その(からだ)は舊文明期の不思議な鋼材でできていて頑丈で、すばしっこい』
カグヤの言葉にミスズは驚く。
「その守護者と戦闘したことがあるのですか? いえ、そもそも守護者は人類に敵対的な存在なのですか?」
『ううん、戦ったことはないよ。守護者に攻撃を仕掛けているレイダーたちの戦闘を遠くから観察しただけ』
「あとは噂を聞く程度かな」と、私は言う。「なんでも人の言葉を話せる個がいるらしくて、自分たちのことを守護者と呼稱しているとかなんとか」
「人を殺すのに、守護者ですか?」
ミスズの問いに答えたのはカグヤだった。
『あいつらが厄介なのは、殺す対象を選別しているからなんだよ。レイダーを襲っているかと思えば、地域一帯の人擬きを殺してまわったりしている』
カグヤの言葉にミスズは難しい顔をした。
「悪い人たちばかり攻撃されていますね。まるで正義の味方みたいです」
『チッチッチ、ミスズは何もわかっていないな』と、カグヤは偉そうに言う。『善良な市民も襲われているんだよ』
「それは……」
「この世界に善良な市民なんてモノがいるのか疑わしいけど、襲われる隊商もあれば、意味のない問答のあと、なぜか鳥籠まで警護された行商人もいる。ひどいときは――その理由は分からないけど、鳥籠の人間を皆殺しにしたりもする。とにかく守護者の目的が分からないんだ」
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私はそう言うと肩をすくめた。
「施設の人たちは、私たちを地上に派遣してまで守護者の何がしかったのでしょうか?」と、ミスズは力なく言葉を口にする。
「大方、舊文明期由來の技だろうな。守護者の強力な戦闘能力を手にれることができれば、この世界で有利な立場に立てる。なんせ守護者は戦闘慣れした傭兵の部隊すら、一だけで軽々相手にする化けだからな」
「実戦経験がほとんどなかった私たちでは、初めからどうにかできる相手じゃなかったってことですか?」
「十中八九な」
「そんな……」ミスズは俯(うつむ)いてしまう。
気の毒だけど、私はきっぱりと言った。
「ミスズが生き殘れたのは、人擬きの襲撃だったからなのかもしれない。守護者に襲われていたら、逃げることも難しかっただろう」
「はい……」ミスズは大袈裟なほどに落ち込んだ。
「一緒に施設から出てきた部隊のなかに親しい人間は?」
「いませんでした」とミスズは黒髪を揺らした。
「せめてもの救いだな。知人が人擬きに喰い殺されるなんて、悪夢以外の何でもないから」
「はい……」
家政婦ドロイドの機からわずかに聞こえる駆音だけが、靜かなリビングに響いていたが、その靜寂を嫌うようにミスズが言葉を口にする。
「あの、それは何でしょうか?」
カグヤが投影してくれているホログラムの地図に、ミスズは興味を持ったようだった。
「保育園の拠點を中心にして、カラスが収集した報を元に作した地図だよ。拠點の設備を使って、カグヤに表示してもらっているんだ」と、私はミスズに簡単に説明した。
「橫浜の地図ですか?」
「そうだ。正確には桜木町って地名だけどね。で、この拠點から鳥籠に向かう安全なルートを考えていたんだ」
立的に表示されているホログラムを作するように手をかすと、テーブルに備え付けられていた投影機が反応して映像を変化させる。
「俺たちがいるのは、この場所だ」海岸線にほど近い保育園を指す。「それで、次の目的地はここだ」
手をかして表示されている範囲を広げると、地図の中心を北西の方角に移させてから拡大する。
「建がいっぱいですね。繁華街に鳥籠があるのですか?」
ミスズの質問に私は頭を橫に振る。
「戦爭の影響で建はほとんど殘っていないけどね」
「戦爭って、文明崩壊のキッカケになった終末戦爭ですか?」
「そうだ。重要な施設が集中して建てられていたのかもしれない、このあたりは徹底的な撃にさらされていて、今じゃ見る影もない」
「そうですか……」ミスズは腕を組んで何かを考えていた。「私、得意(とくい)かもしれません。やってみてもいいですか?」
「ルート作が得意ってこと?」
「はい」と彼はコクリとうなずく。
「構わないよ、やってみてくれ」
「カグヤさん、地図を平面に表示してくれますか?」
カグヤが指示通りに表示してあげると、ミスズは地図を指でなぞって、あっという間に鳥籠までの最適な経路を辿ってみせる。カグヤがミスズの意図を察(さっ)して、ミスズの指がたどった道に赤の線を殘してくれたので、とても見やすかった。
「カグヤ、現在わかっている建の狀況をミスズのルートと照らし合わせてくれ」
カグヤは言われた通りに現在の建の狀態が分かる地図を重ねた。経路上の幾つかの地點が崩壊した建と接していた。
「そうですね……これならどうですか?」
ミスズは瞬時に新たな経路を示した。
『完璧かな。後は建の正確な報が分かれば、もっとよくなる。例えばこの倒壊した建は、近くの鉄塔を伝って移すれば、反対側の道路に簡単に渡れるんだ』
カグヤはそう言うと、新たな経路を表示する。
ミスズはそれを見て心していた。
「現在の建の狀況はどうして分かるのですか?」
「上空で支援してくれている偵察ドローンの映像と、あとは自分の足で確認した経路を書き足して地図を更新しているんだ」と、私は地図を作しながら言った。
「ドローンって、あのカラスのことですか?」
「ああ」
「カラスさんは優秀なのですね」と彼は心する。
「まぁな。それにしても、ミスズの意外な才能だな。頭の回転も速そうだし、意外って言うのは失禮だけど、この世界でも結構やれそうだな」
「はい、頼りにしてください」
ミスズは花が咲いたような、そんな笑顔を見せてくれた。
しばらく三人でこれからのことについて話し合ったあと、私はミスズを連れて玄関の先、除染室に続く通路とは反対の通路に向かった。
「この部屋は?」
「車両保管庫だ。このままリフトを使えば地上に出られるようになっている」
部屋にるとカグヤに照明を點けてもらう。
部屋の中央には、自車ほどの大きさの多腳型の乗りがひっそりと置かれていた。その周囲には整備に使用する工やら機械人形の部品などが、部屋のいたるところに雑(らんざつ)と置かれていた。
「蜘蛛(くも)の機械?」とミスズは首をかしげた。
車の左右に三本ずつの腳、前方にマニピュレーターアームが付いた短い腳が二本。計八本の腳を持つ乗りは、確かに蜘蛛に似せて意図的に造られているように見えた。
「〈ヴィードル〉って呼ばれている車両だ。鳥籠に行くときにはこいつに乗っていく」
私の言葉にミスズは疑問の表を浮かべた。
「ヴィードル? ……えっと、もしかして甲蟲類のビートルをもじった名前ですか?」
「そう。安直な名前だろ? 元々は足場の悪い建設現場なんかで使用する車両だったんだ」
「これはくのですか?」
「もちろん。小型核融合ジェネレーターは今も健在だし、ヴィードルをかすために整備してきたからな」
「核燃料ですか? あの、安全に問題はないのですか」と、彼は不安そうにする。
「問題ないよ。舊文明期の乗りのほとんどは核燃料でいていたし、もしものことがないように、何重にもセーフティがかかっている。よっぽどのことがない限り、俺たちを乗せたまま発なんてことはしない……と思う」
「はぁ……」
ヴィードルは腳の中心には半球狀の複座型のコクピットがあって、私はコクピット側面に収納されていた梯子式の乗降ステップを引っ張り出すと、その梯子を使ってコクピットに乗り込み、縦席に座ってタッチパネル式のコンソールを作する。
「腳の先にはタイヤがついていて、これで高速移ができるようになっているんだ。で、瓦礫の間を移するときは変形させるんだ」
灰の錆びた補強プレートに保護された腳の先から、指のようにく四本の爪が出てきて、それが地面にれると車がわずかに浮き上がる。すると地面に接地していたタイヤが持ち上がり、腳先に隠れるようにして収納される。
「腳の先から爪が出てきました!」ミスズは大袈裟に驚いてみせた。
「こうすれば廃墟の街の、瓦礫で足場が悪い場所でも自由に移することができる。建の壁面に爪を刺して移することだってできる」
「すごいですね……。あの、これも舊文明期のですか?」
「そうだ。廃墟を探索中に偶然、完全な狀態のフレームを持った機を見つけたんだ。あとはカグヤに頼んで設計図をデータベースからダウンロードしてもらって、くようにコツコツ修理してきた。それでなんとか今の狀態まで仕上げることができた」
「もしかして、ものすごく貴重なモノなんですか?」
ミスズの言葉に私は頭を橫に振る。
「そうでもない。多腳型の乗りはこの世界じゃ一般的に使われていて、行商人たちが使う輸送コンテナを積載する大型のヴィードルもあるくらいなんだ。でも、このタイプは貴重だ。こいつは軍で使用される多腳型戦車を個人で運用できるように小型化したものなんだよ」
「軍用規格の車両ですか……その多腳型戦車はなにが優れているのですか?」
『縦者のきを支援してくれる人工知能が搭載されているんだよ』と、カグヤが話に割ってる。
「そう。カグヤみたいな連中がつかえる」
私の軽口にカグヤは素早く反論する。
『あんな出來損(できそこ)ないと一緒にしないでくれる? あれは考えている『フリ』をしているけど、所詮(しょせん)支援するしか能のない道だよ』
「この子にも人工知能が搭載されているのですか?」
ミスズはヴィードルの後部座席に恐る恐る座りながら、カグヤに訊(たず)ねた。
『この子にはもっと特別な人工知能を搭載する予定なんだ』
コンソールのディスプレイを指で作すると、コクピットの上部を覆うように防弾キャノピーがフレームの左右からあらわれて、上部で合わさるようにぴったりと閉じた。コクピットは完全な球になる。
コクピット部はキャノピーが閉じたことで一瞬暗くなる。コクピットと外側との空間に隔たりができて源を失ったためだ。しかしすぐに外の様子がキャノピーの全天周囲モニターに映しだされる。足元すらけて見えるため、宙に浮いた縦席に座っているのかと錯覚しそうになる。
「自分の目で見ているのと変わらないです……」ミスズはヴィードルの機能を気にってくれたみたいだった。「えっと……それで、特別な人工知能ってなんですか?」
「クッキーが焼けるやつだよ」と私は言った。
「もしかして家政婦ドロイドさんですか⁉」
「うん。気が付いていると思うけど、あいつの人工知能は特別だ。カグヤほどではないけどね」
『私は人間です』と、カグヤはキッパリと言う。
「そうだな」私はカグヤの言葉にいい加減に答えながら、畫面を作してコクピットを覆うキャノピーを開いた。「まだ車両に搭載するための武や特殊な部品が足りないけど、人工知能と一緒にそれが搭載できるようになれば、この乗りは自律型の戦闘車両として俺たちの新たな戦力になってくれるはずだ」
「家政婦ドロイドさんは特別だったんですね」
『そうだよ。彼も舊文明期のだもの』
カグヤの得意げな聲が部屋のスピーカーから聞こえる。
コンソールを作して爪を補強プレートの中に収納させると、タイヤで移する狀態に戻してからヴィードルのジェネレーターを停止させた。
車両保管庫を出ると鳥籠に向かうための準備を進める。一通りの作業を済ませて、武庫で裝備の確認をしていると、ミスズがやって來る。
「えっと、レイラ。荷の積み込みが終わりました」と、彼は下を噛んで見せる。
「ごくろうさま」
ヴィードルに荷を積み込む作業を手伝ってくれていたミスズを労(ねぎら)う。
「ミスズ、今日はもう休んだほうがいい」
「そうですね、分かりました。お先に休ませてもらいます」
「カグヤと夜更かししないように」
「はい、大丈夫です。たぶん……」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
■
地上に向かうリフトに乗り込み振り返ると、家政婦ドロイドが舊式の警備用ドロイドを左右に従(したが)えて立っているのが見えた。
「行ってきますね、ドロイドさん」
家政婦ドロイドはミスズの聲に反応して、その姿に似合わない優雅なお辭儀をしてみせた。すると壁のスピーカーから聲がした。
『いってらっしゃいませ、ミスズさま』と、凜(りん)としたの聲が聞こえた。
「イッテラッシャイマセ」と警備用ドロイドも言った。
裝備を確認していると、家政婦ドロイドから低いビープ音が聞こえた。
「ああ、分かってる。ミスズのことは、俺が責任をもって守るよ」
するとまたビープ音が鳴らされる。
「食料の備蓄がなくなったのは、人が増えたからだ。でもちゃんと買ってくるから、心配しないでくれ」
そしてまたビープ音が鳴らされる。
「行ってくる。留守番を頼んだよ」
ヴィードルに乗り込み、コンソールディスプレイでシステムチェックを行う。後部座席にはミスズが座っていた。
「ドロイドさんと仲がいいのですね」と、ミスズがクスクスと笑う。
「ああ。小言が過ぎるけどな」
「ドロイドさんは元々この施設にいたのですか? それとも何処かで見つけてきたのですか?」
「海岸で巨大なタコみたいな化けと一緒に流れ著いた軍艦の殘骸を探索中に見つけたんだ。そこでスカベンジャーたちに荒らされていない部屋を見つけて、厳重に梱包された人工知能のコアを手にれた」
「タコみたいな化けですか……? 気になりますけど、それより軍艦ですか……ドロイドさんは軍事兵だったのですか?」
「一緒に手にれたデータで分かったことは、企業がなにかのテストのために造っていた人工知能の試作品だったってことぐらいかな」
リフトが止まると保育園の敷地に異常がないか拠點のシステムが確認を行う。
「軍が企業に手を貸すなんて、よっぽど貴重な人工知能だったのですね」と、ミスズは心しながら言った。
「そうだな」
異常がないことが拠點側のシステムで確認できると、短い警告音が鳴り、外に通じる隔壁がゆっくり開いていく。
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