多腳の戦闘車両である〈ヴィードル〉が廃墟の街を進んでいく。六本の腳の間にある球型のコクピットは、舊文明期の優れた技で振がなく、全天周囲モニターを通して見る風景にも揺れはじられない。

瓦礫や障害がない道路を進むとき、試しにレバーを全開にして高速で移したが、シートにを押し付けられるわずかな抵抗をじるだけで、縦者の負擔がないことに変わりはなかった。

「すごい乗りですね」と、ミスズが心しながら言う。

「そうだな。シートが固くてが痛いのを除(のぞ)けば、完璧な乗りだ」

私は座っている位置を調整するが何も変わらなかった。

「やわらかいクッションが必要ですね」

ミスズも同意してくれる。

遠い昔に墜落し、今ではツル植に覆われてしまった巨大な宇宙船の橫を通り過ぎて、斜めに傾(かたむ)いた建の上を移する。傾斜(けいしゃ)がきつくなると腳の先に爪を出して、建に爪を引っ掻けるようにして登っていく。

球型のコクピットは腳の間で回転し、常に搭乗者の姿勢を水平に保ってくれるため、傾斜がきつくなっても縦席の環境に変化はない。それでいて全天周囲モニターに表示される映像は、しっかりとヴィードルの前面を基準に表示してくれているので、視界が悪くなることもない。

「ほぼ垂直に壁を上っているのに、(からだ)に負擔が全くありません」

ミスズの言葉にうなずくと、コンソールを作する。

「次は高所からの落下テストをしよう」

「最初は低い場所から始めませんか？」

『ミスズは高いところが苦手？』と、カグヤの聲が耳に聞こえる。

ミスズもイヤーカフ型のイヤホンを通してしっかりカグヤの聲が聞こえている。

「えっと……怖いというか、高い場所に上った経験がないので」

ミスズの聲は、彼が所持している報端末を介してカグヤに伝わるようになっていた。ちなみにヴィードルのシステムもカグヤと接続されているので、彼から送られてくる報もしっかり全天周囲モニターに表示されていた。

『大丈夫だよ』と、カグヤはミスズを安心させるように言う。『不安事はさっさと解消したほうがスッキリして気持ちがいいものだよ』

二人の會話を聞いている間に、ヴィードルは建の屋上に到達する。私は落下するのにちょうどいい位置を探して屋上を移する。

「本當に飛ぶのですか？」と、ミスズは不安そうに言う。

「飛ぶよ。いざってときに使えないと困るからね。ちゃんと機能のテストはする」

縦桿から手を放すと、薄い銀紙のような端子(たんし)がり付けられている手袋型の作デバイスに手を通して、手を握ったり開いたりしてを確かめた。

手のきに連して、ヴィードルのマニピュレーターアームがいた。興味深いことに手首を回転させようとすると、マニピュレーターアームもくるくると回転してくれた。もちろん私の手首は一回転して元の位置に戻らない。人間の手首の関節はそのようにできていない、それは機械だからこそできることだった。

ヴィードル前方のマニピュレーターアームを用にかして、移に邪魔な瓦礫を退かしていく。コクピットに搭載されているセンサーによって、腕のきをリアルタイムに認識し、ヴィードルのアームに反映しているのできは正確だ。

手袋型デバイスを裝著するのは、指の細かなきを類等の障害で誤って検知されることなく、忠実にきを再現するために必要だった。最後に頼りになるのは、やはり枯れた技なのだろう。

建の屋上には、文明崩壊の混期に投下された弾の衝撃を語るように、道路に敷かれた舊文明期の劣化がほとんどない特殊なアスファルトの破片が転がっていた。それらは発の衝撃で屋上まで吹き飛んできたモノなのだろう。

建屋上の端からを乗り出して、數十メートル下の景を覗き見る。雑草に覆われた道路には、落下の障害になるような瓦礫(がれき)は転がっていない。

「ミスズ、準備はいいか？」

私の質問に彼はうなずいてみせた。

「よくないけど……大丈夫です」

『さっさと飛んじゃって、レイ』

カグヤの聲を聞きながらヴィードルを後方に移させると、一気に加速させて屋上から飛んだ。一瞬の浮遊のあと、ヴィードルは凄まじい速度で落下していく。

ミスズの抑えるような小さな悲鳴を聞きながら、私はコンソールディスプレイに視線を向ける。〈重力場生裝置作〉の文字が青く表示されると、ヴィードルは姿勢制を自的に行い、音もなく地面に著地した。ヴィードルの腳の先に生じた小さな重力場によって、落下の衝撃が相殺されたのだ。

「こいつはすごい。ミスズ、今の見たか？」

思わず、が溢れる。

「何が起きたのか分からなかったけど、すごいです！」と、ミスズは黒髪を揺らした。

『重力場を生して落下の衝撃をなくしたんだよ。舊文明期の技力は、相変(あいか)わらず魔法みたいだ』

カグヤの浮かれた聲を聞きながら、私はコンソールディスプレイをチェックする。

重力場を生する際に消費されるエネルギー量は多かったが、この機能を上手(うま)くいかせれば、戦闘でずっと優位に立てるかもしれない。たとえばヴィードルの爪が引っ掛けられない舊文明期の建の固い壁面にすら、重力場を生すれば張りついて移できるかもしれない。

「限定的に重力場を発生させる……理法則を無視しちゃうようなことも、舊文明期の技は可能にするのですか？」

ミスズの質問にカグヤは得意げに答える。

『もっとすごいこともできるみたいだよ』

カグヤが得意げに言う理由は分からなかったが、確かにものすごいことが行われている。もちろん私にはそれが作する理屈も原理も分からない。重力場生裝置は完全なブラックボックスだった。カグヤですら作技について知らなかった。ヴィードルに取り付ける際も仕様書を探し求めて危険を顧みず、何度か人擬きに殺されそうになりながら廃墟の軍事施設を探索して回ったほどだった。

放棄されていた端末を探し當て、何重にもかけられたセキュリティーを突破して、なんとか仕様書をダウンロードするころには、喜ぶ気力も殘っていなかった。けれどハッキリと結果を出すことができた。努力した甲斐があったのだ。

何度か建に登っては飛び降りて、それを繰り返し楽しんだあと、私はヴィードルを路肩に止めた。

キャノピーを開くと私は振り返る。

「次はミスズの番だ」

「私が縦するのですか？」ミスズは困して、それから困ったように下を噛んだ。

「もちろん。ミスズもヴィードルを縦できるようにならなければ、もしものときに困るだろ」

「……そうですね。わかりました。やってみます」

後部座席に座ると、ミスズのサラサラとした綺麗な黒髪を見ながら縦方法を教えていく。あらかじめマニピュレーターアームを作するための手袋も裝備させる。手元の縦桿は攻撃の際に撃制にしか使われないので、手袋が邪魔になることはないだろう。

スロットルレバーと足元のペダル、それとの重心移だけでほとんどの作が完結するヴィードルの抜群の作で、ミスズはあっと言う間に縦を覚えていった。

「ミスズは縦のセンスがあるな」

『レイよりずっと上手(じょうず)』と、カグヤがすかさず毒を吐く。

「揶揄(からか)わないでください」ミスズはそう言ったが、満更でもなさそうだった。

ミスズの縦で巨大な建設用機械人形が絡みつく建をヴィードルは用に登っていく。屋上に到達するのにさほど時間を要しなかった。

「壯観(そうかん)ですね」

ミスズの言葉に私は同意する。どこまでも続く紺の海。視線をかすと、舊文明期が殘した數々の巨大建築が目に飛び込んでくる。

崩壊し所々橫倒しになった高速道路の高架橋が続く先には、遠近が狂っているのかと錯覚するほどの巨大なピラミッド型の建築があった。それは戦時下の弾の影響でいたる所に大きなが開いていた。

遠くに見える高層建築群の一角に、巨大な砲を空に向ける建が並んでいた。それは敵軍の撃機を撃ち落とすために戦爭初期に建てられたモノだったと聞いている。カグヤが言うには建部は大量の砲弾を収納していて、敵機からの攻撃によるを防ぐための壁は舊文明期の鋼材で強度が確保されているらしい。

ちなみに撃ち出される砲弾の衝撃波は、周囲の建に影響を與えなかったとされている。

「レイラ、あれはなんでしょうか？」と、ミスズが空を指差した。

「無人の撃機だな」

モニター表示されている景が自的に拡大表示される。

「本當だ……飛行機です！」ミスズの聲が弾む。

「飛行機を見たのは初めてか？」

「はい！ すごいですね、あんなに大きなものが空を飛んでいるなんて……えっと、でも撃機ってことは、あの飛行機はどこかに弾を落としに行くのですか？」

『落としに行く機もあるよ』カグヤが説明役を引きけてくれる。

「戦爭は終わっていないのですか？」

『全部じゃないけど、機械たちの戦爭は終わっていないみたいだね』

「人工知能が戦爭を継続しているのですか……？」

『人工知能ほど優れた意思決定はなされていないけど、未(いま)だに撃機と、それを抱える基地は人間に命令された任務を忠実に遂行しているよ。撃機が帰投すれば自的に燃料が供給されるし、意思のない機械人形たちによって弾が積み込まれる。その弾だって、自化された工場で造られている』

「止められないのですか」

空のずっと高い位置を飛ぶ撃機を眺めながら、私はミスズに言った。

「無理だろうね。まず俺たちはあれが何処(どこ)からやって來るのかも分からないんだ。日本にある軍事基地からなのか、あるいは海を挾んだ大陸からなのかも分からない。次に、二人だけの戦力で軍用規格の基地警備用アサルトロイドが大量に配備されている場所に侵することはできない」

「アサルトロイドですか？」

「戦闘用の機械人形だ。軍の基地には必ず配備されている。過去にスカベンジャー組合が腕利きの傭兵たちと合同で仕事をしたことがあった。目的は在日米軍の基地だったが、帰ってきたのは後方に待機していた兵站組だけだった」

「そうですか……」

ミスズの琥珀の瞳は、遙か遠くの空を行く撃機に向けられた。

『うん？』とカグヤが疑問を口にする。『レイ、人の反応がするよ……ううん、違う。これは人擬き？』

モニターに表示されている地図に目を向けた。ヴィードルのセンサーに反応し、地図上に赤い點が表示される。點滅する赤い點は、我々がいる建のすぐ下を通過していた。

ミスズはヴィードルの頭を地面に向けるようにして建の壁面に張り付いた。すると、ずっと下の道路に黃いレインコートを著た子供が走っていて、その後を追うように四足歩行する人擬きの姿が見えた。

「レイラ、子供が襲われています！」

「ミスズ、待て――」私が何かを言う前に、ミスズはヴィードルを作し壁を蹴り空中に飛び出していた。

そのまま子供と人擬きの間に著地すると、ミスズはヴィードルの腳で人擬きを蹴り上げた。ボロ布を著た人擬きは衝撃で吹き飛び、地面でもんどり打つと、を吐き出しながら素早く勢を立て直した。

「カグヤ、キャノピーだ！」

私は座席後部からライフルを取り出すと素早く構える。

キャノピーが完全に開く前に撃ち出された弾丸は、開いていくキャノピーの間を通ってヴィードルに迫っていた人擬きの口にり、脳漿(のうしょう)と共に後頭部から出ていく。

人擬きはそのまま見當違いの方向にフラフラと走り、壁に激突して止まった。

私はヴィードルから飛び降りると、立ち上がろうとする人擬きの頭部に銃弾を撃ちこむ。一発、二発、三発目を撃とうとして指を止める。人擬きの頭部は顎の上からなくなっていた。その人擬きは全の皮が無く、ヌメリを持つ赤黒い肢(したい)は痙攣していた。殺すことはできないが、これで無力化することはできた。

ヴィードルに戻ろうとして振り返ると、ヴィードルに乗っていたはずのミスズの姿が見えなかった。どうやら人擬きに追われていた子供を保護しに向かったみたいだった。

子供……？

どうして子供がこんなところに……？

私は駆けだし、後ろから抱き著くようにしてミスズを抱えると、カグヤの遠隔作で近くまで來ていたヴィードルに飛び乗った。

「カグヤ！　全速力だ！」

キャノピーが閉まると同時に、ヴィードルは私のをシートに押し付けるほどの加速をする。

「レイラ、子供が――」

ミスズの言葉に私は思わず聲を荒げる。

「あれは子供なんかじゃない！」

振り返ると、子供らしきモノがありえない速度で走りながら我々を追いかけて來るのが見えた。

黃いレインコートのフードが風でめくれると、銀の沢を放つ頭蓋骨が現れる。その瞳は赤く発している。

「守護者……」ミスズのかすれた聲がした。

「俺たちは釣られたんだ。カグヤ、壁だ」

瓦礫(がれき)を避けながら走っていたヴィードルは、壁に向かって飛び上がると壁面に張り付いて、そのまま落ちることなく走っていく。子供型の守護者も、舊文明期のおそろしく固い壁面に足を食い込ませながら走って追って來る。

「ミスズ、ベルトだ！」私に抱えられたままだったミスズは、素早く私の下に潛り込むと、カチャカチャと音を立てながら、急いでベルトを裝著した。「俺が落ちないようにを押さえていてくれ」

私の意図を察して、カグヤはヴィードルを適切な位置に移させ、そして勢いをつけて壁面を蹴り空中に飛び上がる。

浮遊に私は顔をしかめながら、追跡してくる守護者を睨む。縦席から放り出されないように、ミスズは抱きしめるようにして私のをしっかりと固定してくれていた。そのミスズの溫をじながら、私はライフルのボルトハンドルを作すると、冷靜に引き金を引いた。

弾丸は足に命中して、守護者のバランスを崩して瓦礫の間に転がり落ちる。

「カグヤ、逃げるぞ！」

後部座席に移り振り返ると、子供型の守護者が顔に奇妙な笑顔を張り付けたまま立っているのが見えた。その笑顔には違和を持った。金屬でできた頭蓋骨の表が読めないから、そうじたものなのかもしれない。

しばらくして周囲の安全確認ができると、私は息を吐いてシートに深く座り込む。

「ごめんなさい」と、ミスズの落ち込んだ聲が聞こえた。

「謝らなくていいよ」私は本心から言った。「今回のことは不確定要素が多すぎた。ミスズのことは責められないし、その気もないよ」

「はい……」

周囲の索敵を行いながらしばらく無言で進むと、雑然とした廃墟から抜け出し、急に視界が開ける。

人工的な建が作り出す灰の世界から、あたりを鬱蒼(うっそう)と包み込む緑の世界が姿を見せる。市街地に突然あらわれた広大な森林は、弾の衝撃によってつくられたクレーターに、長い時間をかけて誕生したものだった。

背の高い雑草が風に揺れていて、その間を奇妙な昆蟲が飛んでいた。

「もうすぐ鳥籠に到著する」と、私は落ち込んでいるミスズに聲をかけた。

「レイラは……」と、ミスズは言葉を口にした。「戦うことが怖いですか？」

私はミスズの質問の意図について考えようとしたが、すぐに諦めて彼の質問に返事をした。

「怖いよ。とてもね」

「噓です。私の知る限り、レイラはいつでも勇敢に戦っています」

私はミスズの様子に驚く。

「噓じゃないよ。むしろ戦うことを恐れないって言う奴がいたら、そいつこそ噓つきだと思っている」

「どうしてですか？」

「傷を負えば死ぬほど痛いし、それこそ死ぬ可能だってある」

「私も痛いのは嫌(いや)です」

繁茂(はんも)する草の間に時折あらわれる不自然に大きな昆蟲を見ながら、まるで子供の頃からの大切なを打ち明けるように、そっとミスズに言った。

「死にかけたことがあるんだ。痛みに意識が朦朧(もうろう)としているときに神に祈ったんだ。助けてくれって、今日を生き延びたら、もうこんな無茶はしない。清く正しく生きるんだって」

祈る神も持たないのに、と私はけない聲で笑う。

「でもまぁ、人間は痛みを忘れるように出來ているからかな。気が付くと、また厄介事(やっかいごと)に首を突っ込んでいる。それでまた怖い思いをする。けど分(しょうぶん)だ。どうしようもない」

「私も怖いです。レイラに迷もかけてばかりで……」

「怖気(おじけ)づいたか？」

ミスズは頭を振る。

「止めてもいいんだぞ。言っただろ、ミスズの面倒くらい見られる」

一瞬、家政婦ドロイドと拠點にいるミスズの姿を見たような気がした。けどそんな気がしただけだった。

「やめません。生意気かもしれませんが、私はレイラと対等になりたい。何かをしてもらったら、同じことをしてあげたい。ううん、それ以上のことだってして見せます」

「そうなれたらいいな」

『そうだね』と、カグヤも言う。『応援するよ』

そのときだった。ふと視線をじて私は振り返る。

倒壊した建の間、瓦礫が散する道路の真ん中に人が立っているのが見えた。モニターを作して映像を拡大すると、古ぼけたロングコートに、赤のお面を裝著した奇妙な人間の郭が見えた。頭部には特徴的な二本の鹿の角、腰には――私は目を疑ったが、日本刀を差していた。コンソールを作すると映像をさらに拡大させた。

『あれは守護者だね』とカグヤが言う。

類の間から見える金屬の骨格は真っ白だった。

「さっきの子供が追ってきたのでしょうか？」

ヴィードルを反転させたミスズの問いに私は頭を振る。

「いや、あれは違う個だ」

守護者は廃墟の街を指差すと、瓦礫の間に消えていった。