軍の販売所がある通りは、商人と買い客でごった返す大通りから二本離れた裏路地にある。道沿いに進むと、下水管やら錆びた配管が建に複雑に絡み合う様子が見られるようになる。そのまま歩き続けると〈食糧プラント〉がある施設にたどり著く。

資を備蓄している地下施設に続くり口は地味で、これといった特徴はない。そのとなりに立っている円柱のほうが目立つくらいだ。

四十メートルほどの高さがある柱は、舊文明期の特殊な鋼材でつくられている。とても頑丈で傷ひとつない紺の鋼材で造られていて、円柱の表面には標識のようなモノもない。それが〈電波塔〉だと教えてもらうまで、舊文明期に使用されていた電柱か何(なに)かと勘違いしていた。

同様の電波塔が廃墟の街の至(いた)るところに設置されているらしい。舊文明期の人々は、その電波塔を通信以外の用途にも使用していたみたいだが、彼らがなんのために日本各地に設置していたのか私には分からない。カグヤは私との通信を始め、データベースに接続するためにそれを使用していた。

けれど結局のところ、大事なのは電波塔が使えるということなので、それ以上の余計なことは考える必要がないと今は割り切っていた。

軍の販売所がある地下施設の前に立つ。施設のり口には両開きの錆びついた扉がある。壁に設置されている端末にＩＤカードをかざすと、つなぎ目が分からないほどピッタリと閉じていた扉上部の壁が左右に開いて、球型のカメラセンサーが出てくる。

舊文明期の施設に設置されているお決まりの裝置だ。レーザー照によるスキャンが終わると施錠されていた扉が開いて、その奧に階段があるのが見えた。

施設にると背後の扉が音もなく閉まった。

『〈Ｆランク〉の場許可証を所持した一般市民の場を確認。どうぞお進みください』

どこからか機械的な合音聲が聞こえる。もちろん人間が録音したモノではなく、施設を管理する人工知能の聲なのだろう。

照明のに導かれるように地下に続く階段を進み、広い空間に出る。壁も天井も床も全て同じ白い鋼材で覆われている。他(ほか)と違うところは、床に絨毯が敷かれているということだ。そして絨毯を掃除する自律型の掃除ロボットがいることくらいだろう。

ちなみに小型の掃除ロボットは、施設の外に持ち出すことはできない。持ち出そうとした者は過去に大勢いたらしいが、掃除ロボットを所持していると施設の出り口が完全に閉鎖されて、外に出られなくなる仕組みになっている。施設が一時的に閉鎖されることで、他の利用者にも迷がかかるようになると分かってからは、誰も掃除ロボットに手を出さないようになった。

販売所の場許可証を組合から手にれたばかりの商人が、年に數回、掃除ロボットに手を出して施設に閉じ込められることが起きるらしい。

通路を進むと、地下の核防護施設に続く隔壁の前にたどり著く。しかし適切な権限や許可証がないと隔壁は開かないようになっている。以前、カグヤがシステムに侵しようとしたが、まったく歯が立たなかった。それ以來、我々はシェルターに侵することを諦めた。

地下に続く隔壁とは反対の廊下にると、そのまま進んで広い部屋に出る。鏡(かがみ)のように綺麗に磨かれた壁に沿うように、幾(いく)つか端末が設置されているのが見えた。舊文明期以前の人々がそれを見たら、金融機関のＡＴＭだと勘違いしていたかもしれない。私はそのＡＴＭにも似た端末のひとつに近づく。部屋に設置されている幾(いく)つかの端末の前にも數人の商人がいて、端末の作を行っていた。

この施設への立ちりが許されているのは、ジャンクタウンの商人組合に所屬している人間だけだ。もちろん例外はあるが、傭兵組合に所屬しているからといって、簡単に立ちりが許される場所でもない。

ＩＤカードの報を作できるカグヤがいるので、わざわざ組合に所屬する必要はないし、施設で他人の詮索をする人間もいないので、私は気兼ねなく出りしている。

端末の差込口にＩＤカードを差し込むと、ディスプレイにアニメ調にデェフォルメされた〈アサルトロイド〉のキャラクターがあらわれる。を思わせるしい肢(したい)は丸みを持った三頭に変わっていて、頭部が大きく描かれている。

そのアサルトロイドが『いらっしゃいませ』と、短い手足で可くお辭儀をする。そして畫面の隅にトコトコ移すると、購可能な品の項目リストが表示される。目的の項目を選択すると、商品の畫像と共に商品の一覧が表示される。

タッチパネルディスプレイを作して、食料品の一覧を表示させた。するとアサルトロイドの絵柄が変化する。あらわれたのは買い袋を両手に持ち、走るアサルトロイドだった。手提げ袋からはネギが飛び出している。私は適當な種類の戦闘糧食を――持ち運ぶのに邪魔にならない程度の量を購していく。

【続けて購しますか】の表示に【購する】を選択して、武の一覧を表示させる。アサルトロイドの絵柄がまた変化して、今度は緑の弾薬箱を片手に持ち、サブマシンガンを手に持って走るアサルトロイドが表示される。額の汗まで丁寧に描かれていた。

私は狙撃銃の弾薬をひと箱購して、他の口徑の銃弾も何種類か購した。それから嗜好品(しこうひん)の一覧を表示させる。今度は酒瓶が散らばるテーブルに寄り掛かるアサルトロイドが表示される。フルフェイスマスクが真っ赤になっていて、酔いつぶれている様子を再現していた。

嗜好品の値段は他の品よりも高くなる傾向にあった。昔はそうでもなかったらしいが、消費量が多くなっていくにつれて、値段も高騰していったと言われている。システムの管理者であるデータベースに、そういったルーチンが組み込まれているのかもしれない。

舊文明期の販売所が存在する別の地域の鳥籠でも、やはりその仕組みは変わらない。消費量が多いが高くなっていく。一度値段が上がれば、そのままということではなく、一定の期間で値下がりもする。しかし人間が、たとえば商人組合が意図的に価を作することはできないようになっている。

私は酒の一覧から〈ウィスキー〉を選択する。味の良し悪しが分かるほど酒飲みではないが、私が購可能な範囲で、特別おいしいとじたものを購する。そして葉巻を吹かすアサルトロイドを橫目に、タバコをカートンで購する。銘柄はアメリカのものだ。日本の銘柄も人気があったが、タバコを送る相手の好みに合わせる。

ちなみに私はたまに酒を飲むが、タバコはやらない。一度だけ試したことがあったが、カグヤがニコチンによって生じる(からだ)の変化を嫌い、タバコを止した。私から信する健康狀態の數値に異常が生じてしまうことが、カグヤのタバコ嫌いの本當の理由ではないことは分かっている。ニコチンによる數値の変化をあらかじめ設定すれば済むことなのだから。

カグヤが煙草嫌いの理由は知らない。そもそも電子の海に生きる人工知能にとってタバコの煙がなんだというのだ。いや……あるいは、タバコの煙が電子機に與える影響を嫌ったのかもしれない。しかしそれにしたって、カグヤはタバコの煙が屆かない場所にいるのだから関係がないのではないのか？

とにかく私はタバコをやらない。購したものはすべて贈りだった。基本的に贈りをするのが好きだ。素敵なになら猶(なお)のこと。しかし今回購したこれらの嗜好品はに送るモノではないし、自分のモノでもなかった。

購畫面を閉じると、アニメ調にデフォルメされたアサルトロイドが丁寧なお辭儀をして、畫面の隅に消えていった。

『ありがとうございました、またのご利用をお待ちしております』

耳に心地のいいの聲が端末から聞こえた。

すると端末のすぐとなりの壁が変化する。それまでつなぎ目ひとつ見えなかった壁が左右にスライドするように開いて、壁の側からベルトコンベアがあらわれる。購した品はそのコンベアから流れてくる。

出り口には侵を拒むように、ジャンクタウンの場ゲートでも見た半明な薄が展開していて、侵することができないようになっている。購した品は通すが、それ以外のものは通さない仕様になっていた。

バックパックに戦闘糧食と弾薬箱をれていく。タバコのカートンとウィスキーは専用の手提げ袋にっていたので、そのまま持って行くことにした。

品が載っていないことを重量で判斷すると、システムによってコンベアは壁の側に収納され、何事もなかったかのように壁が閉じる。

目的の買いを終えると、私は軍の販売所をあとにした。そして來た道を引き返しながら、ミスズたちについてカグヤに訊(たず)ねた。

『何も問題はないよ』

『それはよかった』と、私は聲に出さずに言う。

『カラスを使って監視してるけど、ミスズたちを追跡している人間もいないし、周囲に危険そうな人もいない』

『了解、引き続き頼むよ』

施設を出ると宿泊施設も兼ねている酒場に向かう。ジャンク通りを歩いて、スカベンジャー組合の前を通り過ぎる。組合の用心棒に聲をかけると、大男は顎を上げて反応する。彼は私と話すことを頑なに拒んでいた。

大通りを進むと、賑わいを見せる人だかりの中心で新興宗教の宣教師が、いつものように世界の終わりについて嘆いていた。私はその橫を通り過ぎて、ジャンクタウンで一番の高級宿にたどり著く。舊文明期の建を利用したホテルは、ジャンクの街に似つかわしくない、むしろ場違いに思える姿をしていた。

ホテルにるとラウンジを抜けて、酒場に足を向ける。円卓が並ぶ部屋の奧にカウンターがあるのが見えた。テーブルにつく人間は明らかに堅気の人間ではなかった。彼らは私に警戒を含んだ視線を向けたが、すぐに視線を逸らすと、まるで初めから私がそこに存在していなかったかのように彼らは振舞(ふるま)った。

私はバーテンダーのいないカウンターの前に立つ。

「座れよ」と、カウンターに突っ伏していた男が顔をあげた。

私は彼の橫に座る。男は彫が深く見栄えのいい顔をしていた。狼のように鋭い眼に無髭、よれよれの背広を著ている。遠目に見ればワイルドな風貌な格好のいいおっさん、悪く言えば小汚いおっさんだ。

カウンターの上には中折れ帽と吸い殻でいっぱいの灰皿が載せられていた。

「ひさしぶり、イーサン」

「そうだな。元気そうでよかったよ」

彼はタバコのパッケージに手をばすが、すでに空だった。

「土産だよ」

販売所で購していたタバコのカートンをカウンターに載せると、イーサンは私に謝してから梱包を破き、タバコのパッケージを取り出した。そして箱をトントンと軽く叩きながらタバコを一本取り出すと、オイルライターで火を點け、吸い込んだ最初の煙を吐き出すと二度目の煙を肺にれた。

その間、私は手提げ袋からウィスキーを取り出してカウンターに載せた。その手提げ袋は丁寧に折り畳むと、バックパックにれる。手提げ袋は拠點の〈リサイクルボックス〉で資源にするために取っておいた。

「エレノア」と、イーサンはいつの間にかカウンターのなかに立っていたに聲をかける。

エレノアと呼ばれたしいは、灰を基調としたスキンスーツに戦闘服を重ね著していた。それはミスズが裝備しているような特殊部隊向けの高価な裝備で、パワーアシストなどの機能が盛り込まれている代だ。ちなみに一般人が手を出せないような高価な裝備でもある。

けれどエレノアに人々の視線が集中するのは、戦闘に重きを置いたその格好にではなく、彼のしさそのモノに魅了されるからだった。男たちが夢想する、その完形が私の前に立っていた。能的なスタイルの良(よ)さに、くすんだ金の髪は邪魔にならないように切り揃えられ、薄紫に近い菫(すみれ)の瞳は彼の気高さを表現するように輝いていた。

「どうしたの、レイ？」と、彼の綺麗ながいた。

「エレノアに見惚れていたんだ」と私は真面目に言う。

「そう言ってくれるのはレイだけ」

エレノアは時を止めるような微笑みを浮かべる。

「イーサンは言ってくれないのか？」

「彼は――」

「エレノア、酒を注いでくれないか」と、イーサンがエレノアの言葉を制した。

彼は一度も銃を握ったことがないような、細く長い指をした綺麗な手でグラスにウィスキーを注いでいった。

「それで」と、イーサンは切り出した。「目的のブツは見つけられたようだな」

「街一番を自稱する報屋が正確な報を伝えてくれたから、たいした苦労はしなかった」私が皮を言うと、イーサンは鼻で笑う。

「制チップは完全な狀態で殘っていただろ。誰も機械人形が完全な狀態で殘っているとは言っていない」

「そうですか」と、私はウィスキーをの奧に流し込んだ。

ウィスキーの特徴的な香りが鼻筋を通っていく。

「で、大きな貓を拾ってきたみたいだが、どうするんだ」

「貓ね……」私はそう言うと、グラスの中のを見つめる。「面倒は見るつもりだよ。人擬きと戦えるようになったら、そのまま相棒にする」

「レイが相棒ね。珍しいこともあるもんだ」

「人は変わるものさ。そうだろ、人は変わらずにはいられない」

イーサンはグラスの中を一気に煽ると、そのままウィスキーの瓶を手に取って自分のグラスに琥珀のを注いだ。

「たしかに、人は変わらずにはいられない」

「レイ、もう一杯飲む？」とエレノアが聞いてきたが、私は自のグラスを手で覆うと丁寧に斷った。

「クレアを頼ったのは正解だ」と、イーサンは知っていて當然という態度で言った。「彼は信用できる」

「なんでもお見通しか」

「まあな。それに、廃墟の遊園地を占拠していたレイダーギャングが、眼になってお前さんと娘を探している」

「し派手にやったからな」

イーサンはき通るような金の瞳で、私をじっと見つめる。そのあと、彼の視線はグラスの中のに向けられた。

「何事にも結果は伴(ともな)う、ときには手痛いしっぺ返しを食らうことになる。けど、今回は俺にも落ち度はあった。お前さんたちのことは知られていないし、知ろうとする人間には俺が対処しておく」

「助かるよ」

「いいさ。気にするな」

イーサンはタバコに火を點けてしばらく黙り込み、やがて口を開いた。

「宣教師どもには気をつけろ。奴らが何を考えているにせよ、それがいいことじゃないのは確かだからな」

「ジャンクタウンを襲撃するとか？」

「まさか。今の奴らにそれだけの戦力はない。けど娘を攫(さら)うようなことは、普通にやるだろうな」

「ミスズがなんで連中に狙われるんだ？」

「それが娘の名前か」イーサンはタバコの煙を吐いた。「最近、街で姿を消すが増えている。今は娼婦の連中だが、いずれ一般人にも手を出してくるだろう」

「それも戦闘の影響か」

「そうだ。〈三十三區の鳥籠〉を占領するときの戦闘で、奴らの信者が大勢死んだ。組織としてやっていけなくなる前に、數を揃えたいと考えているんだろうな」

「忠告に謝するよ」

「それから」とイーサンは言った。「ヤンには気をつけろ。奴は口が軽すぎる。今はミスズのことは黙っておいたほうがいい。噂なんてものはすぐに広まるからな」

「わかった」

それともうひとつ、とイーサンは何かを言いかけて、口を押えた。

「気持ち悪い……」

「今朝から何も食べないで、飲んでばかりいるからだよ」

エレノアの言葉を無視してイーサンは言う。

「レイ、お前さんが何(なに)をしたいのかは俺には分からない。さっぱりだ。けどお前さんにしかやれないことがこの世界にはたくさんある」

「いきなりどうしたんだ？」と、私は顔をしかめた。

「いいか、よく聞け。俺は失敗した。お前に俺と同じようになってほしくない」

「飲みすぎだよ。そもそも俺はイーサンが何をしたいのかも分からない」

「言ってなかったか」と、彼はウィスキーを煽る。「國に帰りたいのさ。我らがイングランドに」

「聞いていないよ。初めて知った」

イーサンはウィスキーの瓶に手をばすが、エレノアに取り上げられてしまう。

「待っていてくれている人がいるんだ……」と彼は言葉を零(こぼ)した。

私は茶化そうと口を開いたが何(なに)も言わずに閉じて、それから言った。

「すまない。知らなかった。イーサンの大切な人が？」

「まさか」と、彼は微笑む。「俺が大事なのは、そこにいるエレノアと部隊の連中だけさ」

後ろのテーブルで靜かに酒を飲んでいた強面な男たちが酒のったグラスをあげて、イーサンの言葉に答えた。

「なら誰が？」と私は訊(たず)ねた。

「さあな……」

それからイーサンはカウンターに突っ伏した。

『眠っちゃった？』

『分からない』と、私は聲に出さずにカグヤに答えた。

「今日はもう行くよ」

エレノアに聲をかけて席を立つと、イーサンは顔を上げた。

「レイラ、俺はお前さんのことが好きだよ。こんな糞(クソ)みたいな世界で、お前はまるで別の世界から來た人間のように無垢(むく)だからな。けど気をつけろよ。この世界の連中はお前さんみたいに優しくはない。足元をすくわれないように、そのよくく目で常に周りに注意しておけ」

それっきり黙り込んだイーサンとエレノアに聲をかけると、私は酒場をあとにした。

『ねぇ、レイ。イーサンが話したこと、どう思う』

私は混雑する通りの人々を避(さ)けながら言う。

「イングランドに帰りたいってやつか」

『そう、不思議だよね。まるで國がまだ存在しているような言いかただった』

「イーサンにはがあり過ぎる。彼の報網にしろ、彼が個人で抱えている傭兵部隊にしろ、俺には分からないことばかりだ。さっきのことだって、何処かで手にれた報を酔って口に出しただけかもしれない」

『本當にそう思うの？』

「わからない」

『胡散臭いおっさんだけど、レイには誠実だった。これまでずっと』

「そうだな」

『いつか、助けてあげられたらいいね』

「ああ」

部屋に戻ると、ミスズは買いからまだ帰ってきていなかった。カグヤに彼たちの向について確認を取ったが、ミスズとクレアに危険はないようだったので、わざわざ迎えに行くようなことはしなかった。荷の整理を済ませると、草臥(くたび)れたソファーに座った。

『やっぱりイングランドから來たのかな』と、カグヤが切り出した。

「ありえない、他國まで飛べる機なんてあると思うか？」

『撃機なら見かける』

「人間が乗れて、今でもいているやつは見たことないだろ」

『でも……やっぱりおかしい』

「わかってる」

『イングランドに新政府が樹立していた。なんて痕跡はどれだけ探しても見つけられない』

「データベースに関する権限がなくて、調べられないだけなんじゃないのか？　舊文明期の報が関わっているのかもしれない」

『ううん、違う。そうじゃないの。日本に人の生活があるように、アジア圏やヨーロッパでも人の生きている痕跡はあるし、機能している鳥籠から通信が送られてくることもある。でも重要なことなんかひとつもない。ましてや國が再建していたなんて、今まで聞いたこともない』

「ちょっと待て、カグヤ。鳥籠から通信が送られて來ているのか？」

『來るよ。救難信號や適當なことを言う通信が――』

「救難信號って、そんな話、俺は聞いてないぞ」と、思わず彼の言葉を遮(さえぎ)る。

『話してないからね』

「なんだよそれ」

『通信が來てるからって、どうしようもないでしょ？　海の向こうだよ、私たちに何が出來るっていうのさ』

「いや、そうじゃない。何か手掛かりが――舊文明期の報を持っている人間がいるかもしれないだろ」

『いない。それくらい確認してる』

「そうか。ならいい」

『怒ってる？』

「怒ってない」

『本當に？』

「そもそも」と私は言う。「どうして政府の話になるんだ。カグヤが言うように、他の大陸に政府なんてものは存在しない。崩壊した世界に鳥籠が點在している。それだけだ。それで話はお終(しま)いじゃないのか？」

『國に準ずる機関が存在していないのに、どうして他國に特殊部隊なんて送るの？』

「特殊部隊って、確かにイーサンたちはそうなのかもしれないけど。俺たちが知らない鳥籠から來たって可能もあるだろ。現にミスズの施設がそれだ。海の底に沈んでいた東京のシェルターのことなんか、誰も知らなかった」

『日本國にイギリス人だけが集まって生活していた施設が何処(どこ)かにあって、そこからイーサンたちがやってきたってこと？』

「その可能のほうが、よほど現実味がある」

『そうかもしれないし、違うかもしれない』

「そうだな……。今度會ったら、聞いてみるよ」

『教えてくれるかな』

「無理だろうな」と私は溜息をついた。