「くな、ミスズ。人擬きだ」

先行していたミスズは私の言葉に反応して腰を落としライフルを構えた。

上空の〈カラス型偵察ドローン〉から信する映像に、瓦礫(がれき)にを潛めている人擬きの姿がわずかに確認できた。人擬きの郭は赤の線で縁取られて、そのグロテスクな姿がハッキリと認識できるようになった。カグヤから信する報は、報端末を介してミスズにも見えているはずだ。

「敵の位置が確認できたか？」

『はい。姿が見えました』

ミスズの視線は瓦礫に潛んでいる人擬きに向けられていたが、イヤホンを介して私の言葉はしっかりと聞こえていた。

「上空のカラスから信する映像は、俺たちを戦略的に優位にしてくれる。カラスを使用しているときは、できるだけ信する映像を活用してくれ」

『わかりました』

ミスズの背後、路地裏の薄闇から人擬きが姿をあらわす。ゆっくりよろめきながら歩いてくる人擬きは、ボロ切れをに纏(まと)い頭部にはまだ頭髪が殘っていた。染して間もないの人擬きなのだろう。彼には顎がなく、歩くたびに舌が揺れている。裂けた腹部からは臓が飛び出していて、腸を伝(つた)って黃緑のが地面に滴っている。

その人擬きは何もない空間をぼうっと見つめていたかと思うと、ミスズ目掛けて急に駆けだした。私は素早くライフルを構え、化けの頭部に銃弾を叩きこむ。

醜(みにく)い化けは衝撃をけて倒れると、と膿(うみ)が混じった気悪いを周囲に撒き散らしながら立ち上がろうとして暴れる。私は人擬きの頭部にしっかりと狙いをつけると、容赦なく発砲する。

『人擬き、來ます！』

耳に聞こえるミスズの聲に反応して振り向く。どうやら瓦礫(がれき)にを潛めていた人擬きが、さきほどの銃聲に反応して飛び出してきたようだった。

ミスズは慌てることなく、人擬きに銃口を向けると引き金を引いた。弾丸による致命傷をけた化けは前のめりに倒れた。しかし完全に殺せてはいない。

「人擬きを無力化する場合、まず狙うのは頭部だ。奴らの思考を斷つことできを封じる。頭部を狙うことが難しい場合は、足に銃弾を撃ち込んできを止めることを優先する。とにかく人擬きを近寄らせないことが大切なんだ」

「思考を斷つ……」と、近くに來ていたミスズが言う。

「思考と言っても人擬きの場合、それはわずかに殘っている本能のようなモノだけど」

それもほとんどが食だったが。

ホルスターからハンドガンを抜くと、地面でもだえ苦しんでいた人擬きに咬(か)みつかれないように注意しながら近づく。ハンドガンの弾倉を確認したあとスライドを引いて、立ち上がろうとする人擬きの頭部に弾丸を數発撃ち込んだ。

銃弾をけた人擬きは立ち上がらないが、折れ曲がって骨が飛び出た指は依然(いぜん)として地面を引っ掻き続けていた。

「やっぱり人擬きは殺せないのですか？」

カラスから信する報を確認しながらミスズに答える。

「頭部を破壊すれば、やがて奴らはかなくなる」

『でもそれは無力化しただけだから、完全に殺したとは言えない』と、カグヤが続けて言った。『頭部を破壊されてもき続ける個がいるから、常に注意しなければいけない』

「以前、見かけた奇妙な個のことですか？」

ミスズの問いにカグヤは答える。

『そうだね。無數の人擬きが混ざり合ったような気持ち悪い姿をしている。私たちは〈塊〉って呼んだりもするけど、あれはダメだね。脳が幾(いく)つもあるから、その脳を全部見つけ出して破壊しないときを止められないんだ』

「きが遅いのがせめてもの救いですね」

『うん。それでも油斷はできないけどね。〈塊〉の真の恐ろしさは、その聲にあるんだ。あのび聲は周囲の人擬きを呼び寄せちゃうからね』

「あの悲鳴ですか……」

ミスズは人擬きの悲鳴を思い出して、恐怖に(からだ)を固くした。

『ミスズ、この先は汚染區域だよ。ちゃんとガスマスクを使ってね』

「あっ、はい」

ミスズはカグヤに返事をすると、バックパックからガスマスクを取り出す。マスクは保育園の拠點で彼に渡していたモノだ。タクティカルゴーグル同様、カグヤからの報をマスクのフェイスシールドに表示できるようにしたものだ。ミスズはゴーグルを外すと素早くガスマスクを裝著した。

『ミスズのスキンスーツは便利だよね。汚染対策もされているし』

「はい！」ミスズは笑顔になるが、すぐに表を曇らせる。「でもパワーアシスト機能に制限をかけられていて、使用できない狀態だったことには驚きました」

『施設にいた人間は、そのスキンスーツの使いかたを知らなかったのかもしれないね』

「そんなことが、あり得るのか？」と、私はカグヤに訊(たず)ねた。

『どうして？』

「生報が登録された専用のスキンスーツを隊員全員に支給できるような施設が、裝備本來の仕様も分からないなんてこと、本當にあると思うか？」

『意図的に使用を制限しなければいけなかった理由があったのかも――』

「カグヤ」と、私は彼の言葉を制しながら言う。「戦闘音が聞こえる」

私は舊文明期以前の崩れかけた建の間にると、非常用階段を使って屋上に向かう。ミスズもスーツのパワーアシスト機能を使って、階段を駆け上がる。

屋上に到著すると姿勢を低くして、前方で砂煙を上げる街の一角に視線を向ける。

「人擬きと戦しているのでしょうか？」

ミスズの質問に頭を橫に振って、それからカグヤに言った。

「カグヤ、映像を出せるか？」

その直後、我々の上空をカラスの影が通り過ぎていく。しの間があって、それから街の俯瞰(ふかん)映像が網に投される。その映像には人擬きに対して撃を行っている略奪者の集団が表示されていた。

「レイダーギャングと人擬きの戦闘だな……どうやら人擬きの巣に迷い込んだみたいだ」

「あっ、見えました」と、映像を信したミスズが困ったように下を噛む。「……えっと、人擬きには巣があるのですか？」

「ある。日中、奴らは決まった建の中でを潛めていることが多い」

「どうしてそんなことをするのですか？　太の日のに弱い、とかですか？」

「人擬きを観察していて分かったことだけど、どうやら人擬きには帰巣(きそう)本能のようなものがあるんだ」

「それはに備わっている本能のようなものですか？」

ミスズの問いに私はうなずきで答える。

「人だったころの強い記憶の殘滓(ざんし)が、人擬きに不可解な行をさせているのかもしれない。そしてその巣に生が近づいてくると、より強い〝捕食〟という本能によって人擬きは誰彼構わず襲いかかかる」

「記憶の殘滓……お家に帰りたいってことですか？」

「そうなのかもしれない」

「なんだか、可哀想(かわいそう)ですね」

「遠くから覗(のぞ)いている分には、たしかに哀れな生に見える」

遠くから見れば大抵のものはしく見える。しかし人擬きの吐き気を催(もよお)す腐った息が顔にかかる距離でも、果(は)たして可哀想だと言えるだろうか？

私には言えなかった。

「あの……彼らを助けに行かなくてもいいのですか？」

「相手は兇悪なレイダーだよ。助ける必要なんてない」

「いえ、あの、そうじゃなくて……」と、彼は下を噛む。「このままだと彼らも〈人擬きウィルス〉に染して、新たな人擬きになるかもしれないから……」

「人擬きになっても、脅威度の低い人型だ。頭部を破壊すれば無力化できる」

「危険ではないのですか……？」

「なくともレイダーたちが今までしてきたように、捕まえた人間を拷問にかけたり、死ぬまで犯したり、遊びのために人を襲うことはなくなる。それに何百年も生きてきた人擬きと違って、二次染の比較的新しい個は建に無関心なんだ。巣をつくって隠れるようなことをしないから簡単に見つけられる。日中の間も街を徘徊しているから、いきなり奇襲されることもない」

「そうですか……」

私は溜息をついて、それからミスズに言葉をかける。

「いいか、ミスズ。俺たちだけで全ての人間を救うことはできない。善良(ぜんりょう)な人々が襲われていても場合によっては――多くの場合がそうだけど、助けようと行して、逆に俺たちの命を、あるいは救おうとした人間の命すら危険にさらしてしまうことがある。自分の命を天秤(てんびん)にかけて、それでも他人を救えるほどの力は今の俺たちにはないんだ」

「いえ、私は……」

「レイダーたちのような悪人は猶(なお)のこと、助けるだけ無駄なんだ。俺たちが救ったその命で、彼らは誰かを殺す。こればかりは変えられない真実なんだ。だから割り切ってくれ。そのことに対してミスズに罪はないし、なにかを背負い込む必要なんてない。俺たちは正義のヒーローじゃないんだから」

「はい」と、ミスズは目を伏(ふ)せる。

私は空を仰ぎ見た。

『カグヤ、俺は間違ったことを言っているか？』

『わからない。私にとって大切なのはレイとミスズ。正直、他人の命に興味なんてない』そう口にしたカグヤの聲には、どこか冷たい響きが宿っていた。

「ミスズ、移しよう。汚染地帯を離れたい」

「そうですね。うっかりしてました」

すぐに非常階段まで移する。階段は今にもバラバラに壊れて我々を地面に叩きつけそうなほど草臥(くたび)れていた。

しばらく無言で移して汚染地帯を離れると、我々はガスマスクを外した。視界の大部分を防がれてしまうことから生じる閉塞(へいそくかん)から解放されて、私は思わず息をついた。それから視界に表示される地図を確認しながら、今回の目的をもう一度、頭に思い浮かべる。

■

今回の仕事はスカベンジャー組合の長(おさ)〈モーガン〉からの依頼だった。

酒場でイーサンが話していたように、鳥籠で人間が行方不明になる事件が相次(あいつ)いでいた。事(こと)を重く見た鳥籠の警備組織は、組合の長たちが中心となっている議會に事件の調査を依頼することになった。

〈ジャンクタウン〉で最も権限のある議會は、もちろん愚(おろ)かではない。拐事件に新興(しんこう)宗教が関わっていることはしっかりと把握していた。報復措置と共に、攫(さら)われたたちの救出を求めた決議がなされたが、殘念ながら採択されることはなかった。

事(こと)を荒立てたくない商人組合が反対に票をれ。商人組合に買収された醫療組合がそれに続き、他の鳥籠との戦闘になれば、おそらく最も多くの犠牲者を出す傭兵組合も反対に票を投じることになった。

スカベンジャー組合はその質上、多くの組合員を鳥籠の外に出しているため、鳥籠間の紛爭が起きれば、その爭いに巻き込まれる機會が増える。だからモーガンも賛することはできなかった。しかしジャンクタウンで暮らす人間に被害が出ている以上、せめて調査することを議會に求めたのだ。

數時間の不とも言える話し合いのあと、條件付きで議會の參加者全員の賛同が得られた。その條件とは、ジャンクタウンに機會損失を生じさせることなく、また鳥籠間の戦闘に発展する事態にならないように調査を行うことが條件とされた。そのために必要とされたのは、教団の向を調査する際にジャンクタウンの関與を匂わせないことだった。

白羽の矢が立ったのはイーサンの傭兵部隊だ。しかし彼らは目立ちすぎる。名の知れた傭兵部隊が街からいなくなるだけで騒ぎになる。そこで話題に上がったのが、アサルトロイドの制チップを手してきた者だった。

私とミスズの名前は議會では出なかった。組合長のモーガンが伏(ふ)せていたと言う訳ではなく、そもそもスカベンジャー組合において、個人の拾得に関する取り決めがあるように、拾得者のことも通常は匿されるからだった。

組合の長たちはそのことを知っていた。けれど今回はその取り決めが都合よく働いた。自分たちの知らない人間が調査を行うことが最適だと思ったからだろう。

議會はスカベンジャー組合に鳥籠の調査依頼を出した。組合長であるモーガンは、自が言い出したことでもあり提案に乗るしかなかった。申し訳なさそうに頭を下げるモーガンの依頼を斷るのは簡単だったが、報酬はそれなりに良(よ)かったし、ミスズの戦闘に対する適を確認しておきたかったこともあって、私は依頼を引きけることにしたのだ。

■

「レイラ、あれは何でしょうか？」

ミスズの聲で意識を戻すと、倒壊した建に視線を向ける。

「多腳の大型戦車だ……マズいな。あいつは生きている」

我々の進路上にある瓦礫(がれき)の上を移している多腳型戦車の姿がハッキリと見えた。ステルス機能を備えた戦車だったのか、それとも戦車の攻撃システムが休止狀態にっていたのか、いずれにせよ上空にいるカラスは多腳戦車の存在を捉えられなかったようだ。

突然、倒壊していた建の上をゆっくりと進んでいた戦車の砲が勢いよくいて、我々が隠れていた建に真直ぐ向けられた。

「――危ない！」

ミスズに引っ張られるようにして、私はに転がり込む。一瞬のあと、目の前を青白い閃が通り過ぎるのが見えた。瞬時に熱された空気が顔にかかり、私は熱さで顔をしかめる。ほんの數秒遅れていたら、私の頭部は熱線によって融解(ゆうかい)していただろう。

「助かった……」

「いえ、それよりあれはなんですか？」

ミスズの視線の先には、閃が殘した貫通(かんつう)痕(こん)があった。り口は小さなだったが、出口は派手に破壊され、砂煙と共に瓦礫(がれき)が派手に散らかっていた。

「高出力のビーム兵だ。それよりマズいな、あのタイプの戦車は〈サスカッチ〉と呼ばれている完全自律型の戦闘車両だ」

私は肩に吊るしていたアサルトライフルをミスズに持たせ、代わり彼が裝備していた狙撃銃をけ取る。素早く弾倉の確認を行い、膝をつくと深呼吸をした。そしてをしだけ建のから出して撃を行う。

砲塔の橫についているレーザー探知裝置を破壊するための撃だったが、多腳戦車は腳を用に使ってを低くすると、錆びついたモジュール裝甲で銃弾を弾(はじ)いてみせた。

私は急いでを隠す。その瞬間、鈍い撃音が聞こえた。ビーム兵による攻撃を覚悟して(からだ)を固くしたが、衝撃はいつまでもやってこない。

『上空のカラスが標的にされてる！』

カグヤの言葉に顔を上げると、青白い閃が空に向かって放たれているのが見えた。

「カグヤ、すぐにカラスは退避させてくれ」

『もうやってる！』

「どうにかしてあれの注意を引かないと、カラスがやられる」

あれこれと考えたあと、ミスズに指示を出す。

「わかりました。掩護します！」

すでに人擬きがいないことを確認していた路地裏にると、ミスズは建に隠れながら多腳戦車に近づく。

「カグヤ、ミスズの支援を頼む」

『任せて。二人とも私がサポートする』

私は駆けだすと多腳戦車に撃を行いながら、道路の反対側の建のにった。すると私を追跡するようにビーム兵による攻撃が行われ、特徴的な鈍い発音が聞こえて、舊文明期以前の古い建が次々と破壊されていく。

すると建の上階から銃聲が聞こえる。多腳戦車の錆びの浮いた砂の裝甲板は、それらの銃弾を弾(はじ)き、すぐに攻撃目標を建上階にいるミスズに変更する。

廃墟の街に破壊音が轟(とどろ)いて、通りが砂塵(さじん)に呑まれていく。

ミスズは引き続き建の屋上から戦車に対して撃を行っているようだった。

『レイ、サスカッチの破壊は無理だと思う』と、カグヤは言う。『今の裝備だと、どう頑張ってもあいつを破壊することはできない』

「分かってる。ところで、ミスズは？」

戦車に銃弾を撃ち込みながら訊(き)いた。

『大丈夫、東京の施設での訓練がしっかりしていたのか、問題なくけてるよ』

「けど、いつまでも持つわけじゃないな」

『さっきの作戦通りに、プラスチック薬で吹っ飛ばしちゃおうよ』

「ミスズには？」

『レイの聲はミスズにも聞こえてるから、適切なタイミングで指示してくれるだけでいい』

「了解」

建の間をうように走り、反対の道路に出る。

するとミスズを攻撃するために、崩れた建の間を移していた多腳戦車の無防備な橫腹が見えた。その隙を突いて撃を行う。しかし私の撃とほぼ同時に、砲よりも圧倒的に素早くくビーム兵の出レンズがこちらに向けられる。そして私に向かって數回の攻撃が行われた。私は咄嗟に橫に飛び退くと閃を避けて、転がりながらもなんとか立ち上がって走り出した。

多腳戦車は私のあとを追うように狹い路地にって來る。道を塞(ふさ)ぐ邪魔な瓦礫(がれき)など意に介さず、人工筋の詰まった強靭な腳で駆けて、目の前の全てを強固な裝甲で破壊しながら進んでくるのが見えた。

『レイ、ミスズの準備ができたよ』

カグヤの聲が聞こえると、私は多腳戦車の前に立ち、対ビーム兵用のグレネードを投げた。地面を転がるグレネードから煙の噴音が続いて、通りを灰の煙で覆っていく。

煙の向こう側できを止めた戦車は私に砲を向けた。

一瞬のあと、ビーム兵の鈍い発音が聞こえた。しかし閃が屆く前に、グレネードから噴き出す煙によってビームは拡散して消えていった。

「今だ、ミスズ！」

建上方で連続した発音がすると、きを止めていた戦車の頭上に大小様々な瓦礫(がれき)が落下するのが見えた。私は瓦礫の下敷きになった戦車がまだくのか見屆けることなく、その場をあとにする。

多腳戦車から充分な距離を取ったあと、私はミスズと連絡をとって合流する。

「大丈夫か、ミスズ？」

「はい、問題ないです」と彼は額の汗を拭う。

「助かったよ。ミスズが発を起こしてくれたおかげで、俺は溶けたアイスクリームにならずに済んだ」

「いえ、私は指示通りにいただけですから」

私は頭を振ると、ミスズに言った。

「かなければいけないときに、けることが何よりも大切なことなんだ。だから謝することに変わりはない、ありがとう、ミスズ」

ミスズはしばらく私の瞳を見つめていたが、やがてやわらかな表で微笑んだ。

「どういたしまして」

(からだ)をかしたことで上気したミスズの頬が、その表を艶やかにしていた。

『サスカッチは瓦礫(がれき)の下に埋まっているけど、すぐに出てくるよ』

カラスの眼を使って狀況を確認したカグヤの言葉に私たちはうなずいた。

「すぐに移しなければいけませんね……レイラは怪我をしていませんか？」

「平気だよ」

それより、と私は後方を振り返る。

「結構、派手な戦闘音がしたな」

「そうですね。もしかしたら、鳥籠の人たちを警戒させたかもしれません」

宗教団が占拠した〈三十三區の鳥籠〉に近い場所で行われた戦闘だった。鳥籠の関係者の注意を引いたかもしれない。

「今からくのは危険そうだな」

「どこかで休みますか？」

「そのほうが良(よ)さそうだ」

しばらくの移したあと、私たちは休むことにした。

荷を背負いながら、ほとんど走るような速さで移したためにミスズの息はあがっていた。建の屋上にあがると私はミスズを休ませるため、その場に彼を殘すことにした。その間、私は周囲の安全確認を行う。敵に襲撃されることも考慮し、出路の確保をしなければいけないのだ。

建部の安全確認を行っている際、緑の苔(こけ)に覆われた部屋を見つけた。子供のものだと思われる複數の骨が床にほぼ完全な狀態で橫たわり、苔に埋もれていた。飢えで死んだのか、骨に目立った損傷は見られなかった。あるいはこの場所で何者かにまとめて殺されたのかもしれない。たしかなことは誰には分からない。しかし死んでしまった彼らにとって、もはやどうでもいいことのように思えた。床に転がるしゃれこうべは、もはや何も語らない。

私は部屋を出ようとして足を止める。

「機械人形なのか？」と、私は思わずつぶやいた。

壁際に狀態のいい舊式の警備用ドロイドが立っていた。

『苔に覆われてるけど、目立った損傷はないみたいだね』と、カグヤの聲が耳に聞こえる。

「機械人形がＪ型か、Ｋ型か確認できるか？」

『ちょっと待って、すぐに確認してみる』

カグヤの指示通り、私は機械人形のメンテナンスカバーを外して基板の確認を行う。

『當たりだよ。模造品のＫ型じゃない』

この舊式の警備用ドロイドは、元々日本の企業が開発した警備型ドロイドの傑作機だった。世界中の企業や警察組織にも売れ、相當數の機が製造されることになった。そのため、例にれず隣國の産業スパイによって設計図が國外に持ち出されることになった。

模造品は安価で売りに出され、日本企業の販売ルートを奪う形で世界中に流通していった。しかし模造品の能は最悪だった。外見はオリジナルに完璧に似せて作られていたが――と言うより、裝甲パーツの製造元が日本企業の下請けと同じ外國企業、というオチもついていたが、とにかく同じモノだった。

けれど模造品は外見だけが完璧で、それ以外は完全に再現することができなかった。制チップを始め、多くのパーツで問題が起きることになった。迷したのが日本の企業だった。あまりに製品が似ていたこともあり、いらぬ批判や苦も多くけることになった。そのため警備型ドロイド事業から撤退することになった。

『メインコアの制チップも、メモリーチップも大丈夫みたい。撃制チップは……大丈夫かも』とカグヤが言う。

私はバックパックを下ろすと靜電気対策が施された小箱を取り出し、新たに手したチップを丁寧に箱にれた。バックパックを背負おうとして、顔を上げると、機械人形の肩に三十センチほどの巨大な蜘蛛がいることに気がついた。

私はあまりにも驚いて、咄嗟に後方に飛んだ。壁に背中を強く打ちつけながらも、私は蜘蛛から視線を外すことなく部屋を出ていく。蜘蛛の巣と、それから頻繁に姿を見せるようになった二十センチほどの蜘蛛に気をつけながら、私は建の安全確認を素早く行う。

建の屋上に戻ると、小型の軍用テントを設置していたミスズが、カラスの翼に異常がないか確認をしていた。

そのテントは防刃布製で軽くて丈夫で、収納する際にスペースを取らない優れたモノだった。ひとりが休む間は、もう一人が監視を行うので軍用テントはひとつしか持ってきていない。

カラスに問題がないことを確認し終えたミスズが、驚きながら言う。

「どうしたのですか？　顔が真っ青です」

「ちょっと怖い思いをしたんだ」と、私は苦笑する。

「すぐに移しますか？」

ミスズの表が張で固くなる。

「いや、違うんだ」と私は慌てる。「蜘蛛が出たんだ」

「蜘蛛ですか？」

「ああ。日が落ちるまで、先に休ませてもらうよ」と、私は誤魔化(ごまか)すように言った。

「分かりました」と、ミスズは首をかしげた。