どんよりとした灰の曇(くも)り空を優雅(ゆうが)に飛ぶ〈カラス型偵察ドローン〉の姿を眺めていると、網に街の俯瞰映像が投される。その映像を確認しながらミスズに訊(たず)ねる。

「高い場所は苦手か？」

「いえ、その……今にも倒れてしまいそうな塔なので」

たしかに彼の言葉は正しかった。

我々は錆びついた鉄塔の上にいて、損傷のひどい塔は、倒れていないことが不思議なほど草臥(くたび)れていた。私のとなりでは、二十メートルほどの高さに恐怖していたミスズが顔を青くさせながら、赤茶に腐食した柱に摑まっていた。

時折(ときおり)、海から強い風が吹きつけて、鉄塔全を不気味な音で軋(きし)ませる。

宗教団が不當に占拠(せんきょ)した〈三十三區の鳥籠〉は、廃墟の猥雑とした高層建築群から離れた埋め立て地に位置していた所為(せい)なのか、ジャンクタウンと異なり周囲に強固な防壁はなかった。

廃棄された軍用車両やヴィードルの錆びたフレーム、それにスクラップの山が鳥籠の周囲に殘されている。視線をかすと、舊文明期の巨大な施設が見えた。縦に細長い灰の施設は、まるで巨人の石棺にも見えた。

施設のり口、巨大な隔壁(かくへき)の近くには行商人たちが使用する大型のヴィードルが並べられていたが、普段の賑わいはなく、商人たちの姿も見當たらなかった。

■

三十三區の鳥籠には〈食糧プラント〉と繊維工場を兼ねた舊文明期の施設があり、爭いとは無縁の穏やかな人々が暮らしていた。その鳥籠を管理し、所有していたのは何代も続く家系だったと言われている。彼らは廃墟の街に點在する鳥籠との易で財をしていた。多くの鳥籠と易を行えたのは、施設にある巨大な食糧プラントのおかげだった。

もちろん彼らの財に目をつけ、攻撃する者たちはあとを絶たなかった。略奪者の集団を始め、別の地域の鳥籠、果ては人擬きまでもが鳥籠を執拗に攻撃した。しかし鳥籠の警備隊は全ての脅威に対処してきた。

けれど宗教団の攻撃の前に、彼らはあっさりと敗れてしまう。自前の守備部隊を持っていなかったことが仇(あだ)になったのだろう。彼らは他の鳥籠との易でした財を使い傭兵を雇っていたが、その傭兵たちが裏切ったのだ。

より良(よ)い條件を宗教団から提示されたのか、あるいは傭兵の中に信者がいたのかもしれない。とにかく彼らは仲間の裏切りで全てを失うことになった。

施設の労働者を始め、多くの民間人が最初の襲撃で殺されていた。襲撃した側の宗教団にとって誤算だったのは、襲撃時に多くの死傷者と逃亡者を出してしまったことだった。食糧プラントは自化されているが、品の出荷は自化されておらず、その作業は人間によって行われていた。経験富な労働者を多く失ってしまったことは痛手になった。

それでも、宗教団の人間は施設で生きていけただろう。しかし手にれられるはずだった貴重な収が得られなくなったのだ。そこで彼らは新たな労働者獲得のために他の鳥籠に宣教師を派遣し、信者にすることで施設に労働者として送り込むことにした。

宣教師たちにはノルマが課せられていたのかもしれない。信者を獲得できなかった者たちは、鳥籠に暮らす弱者に目をつけ、彼らを攫(さら)い施設に送っていた。

弱者とはつまり孤児や浮浪者、そして場末の娼婦たちのことだ。

ことの顛末(てんまつ)は大そんなじだ。これらの報は、ジャンクタウンを出る前にイーサンから聞いていたものだった。「これだけしか分からなかった」と、彼は言っていたが、これだけの報があるのに、どうしてまだ調査の必要があったのか私には疑問だった。

■

組合長のモーガンから渡されていた端末を使って、鳥籠の様子を撮影していく。周囲の區畫と鳥籠の敷地を區別するように深い堀があって、そこに海の水が流れ込んでいるのが見えた。周囲には雑草が生い茂りゴミの山が目立つが、鳥籠に続く通りは茶い土がむき出しになっていた。ヴィードルが長年通ったことによって形作られた道なのだろう。

その敷地の奧には、トタンや木材で建てられた小屋が並び、小さな集落を形しているのが確認できた。そこに人の姿はなく、生活の営みを示す人煙も昇ってはいなかった。

カラスの眼を使って観察していると不思議なモノを見つける。

鎖で鉄柱に縛り付けにされていた人間のが見えた。正確な數は分からないが、ざっと見ただけでも三人のが目に付く。彼らは火炙(ひあぶ)りにされて殺されていて、下半は真っ黒に炭化していた。興味深いのは、そのの全てに人改造の形跡があることだ。

に使用されていたのは、人改造において安価とされる類(たぐい)の機械パーツだった。ある者は義手に仕込まれた刃が飛び出したままになっていて、またある者はが継ぎ接ぎの金屬プレートで覆われていた。奇妙なのは死後に取り付けられたと思われる機械人形の部品があることだった。

腕が四本あるのそれは明らかに警備用ドロイドの腕だったし、焦げたコンピュータチップで飾られたも存在する。

タクティカルゴーグルに表示される映像を確認していたミスズは、下を噛んで困ったような表を浮かべる。

「あれは私刑でしょうか？」

「そう思っていたけど……どうやら違うみたいだ」

「宗教に関係する儀式のようなモノなのでしょうか？」

「そうだな。教団は〈守護者〉を神のように崇(あが)めている。おそらく人を神に昇格させるような、そんな意味合いのカルト特有のわけの分からない儀式だったのかもしれない」

「を金屬の部品で飾りつけることで、疑似的に機械になろうとしている……」

「ああ。わけが分からないことに変わりないけどな」

カラスから信する映像を注意深く確認する。

「ミスズ、教団に関係する人間の姿は確認できたか？」

「いえ、見ていません」と、彼は頭を振る。

「奇妙だな……警備員の類もいない」

しばらくすると、ミスズは鳥籠を指差しながら言った。

「……レイラ、あそこに人の姿が見えます」

カラスから信する映像を確認すると、たしかに地面に倒れている人の姿が見えた。

「生きているみたいだな……どう思う、ミスズ？」

「映像がし荒いですけど、わずかにいているようにも見えます」

「しばらく様子を見よう。なにもきがなければ助けに行こう」

慎重になるのには、それなりの理由がある。

教団は収を得るために、近場にあるジャンクタウンとの易を再開していた。だからこそ商人組合は、教団との爭いを避けていたのかもしれない。

いずれにしろ、彼らは取引する農作の価格が安くなることも気にせず、収を得るためにジャンクタウンの商人たちを歓迎した。農作の配達はできないが、來てくれるのであれば、相応の値段で取引できると。そして教団はジャンクタウンからやってくる商人たちに敵対的な行はとらなかった。

しかしだからといって、我々にも攻撃しないとも限らない。紛爭後で警戒している鳥籠に近づくのは、あまり賢い選択とは言えない。攻撃されたとしても、無法地帯であるこの世界で文句を聞いてくれる場所などないのだから。

『レイ、人擬きが接近してくるのを確認した』

カグヤの聲が耳に聞こえると、私は鳥籠の堀に視線を向けた。

「あれは〈追跡型〉だな。ミスズ、やれるか？」

獣のように四足歩行で接近するグロテスクな化けを見ていたミスズは、私の言葉にコクリとうなずいた。

『ミスズのことは私がサポートする。指示した場所に銃弾を撃ち込むだけでいいから、とにかく落ち著いてね』

カグヤの聲を聞きながらミスズはその場で膝をつくと、狙撃銃をしっかりと構える。足場の悪い鉄塔で彼の姿勢が崩れないように、私はミスズの腰を抱いた。

ミスズは流れるような作でライフルのボルトハンドルを起こすと、手前に引き、それからハンドルを元の位置に押し戻してハンドルを倒した。銃弾が薬室に押し込まれ、あとは引き金を引くだけで弾丸が発される。

ミスズの表を確認することはできない。けれどライフルの照準を覗く彼の姿は真剣そのものだった。

軋む鉄塔の上、風が止むと不自然なほど靜かになる。その瞬間を見計らって、ミスズはライフルの引き金を引いた。わずかな反のあと、騒がしい銃聲が聞こえる。

カラスから信する映像を確認すると、猛然と駆けていた人擬きがバランスを失い倒れる姿が映っていた。

「ミスズ、もう一撃だ」

彼はうなずくと、ボルトハンドルの一連の作を繰り返して撃を行う。拡張現実で視線の先に表示させていた映像には、人擬きの頭部から脳漿(のうしょう)やら骨片が煙と共に空中に飛び散るのが見えた。

『ナイスショット』

カグヤの言葉に私もうなずいた。

「よくやった、ミスズ」

撃のあと、我々は周囲の安全確認を行う。銃聲にわれて新たな人擬きが姿を見せるかもしれないからだ。しばらくして周囲に変化がないことを確認すると、我々は鉄塔から下りて、石棺にも似た奇妙な鳥籠に歩いて近づく。

人擬きの襲撃に警戒しながら進むと、深い堀を渡るための橋が見えてくる。橋は舊文明期以前のモノで、鉄骨は腐食していて鉄筋がむき出しの場所は鉄板で補強されていた。

海が近い所為(せい)か、の匂いが鼻についた。ミスズが狙撃してかなくなった人擬きを確認したあと、我々は倒れていた男のもとに向かう。

黒髪の若い男だった。腹から飛び出た腸を押さえていて、彼の周囲には溜まりができていた。

私は正不明の男にハンドガンの銃口を向けたまま聲をかける。

「大丈夫か」

男は嫌な音を立てて咳込んだ。

「そこにいるのは……誰だ」

「ただのスカベンジャーだ。敵意はない」

「そうか……なら、すぐにこの場から離れたほうがいい」

「なにがあったんだ？」

男は苦しそうにしながら、深く息を吸い込んだ。

「……仕事に出ている間に、鳥籠が襲われたって噂を聞いたんだ。それで……急いで戻って來た」

男は咳込んで、それから続きを口にする。

「妻を殘してきたから、心配になって戻って來たんだ。けど廃墟で油斷しちまって……」

「その傷は人擬きにやられたのか？」

「そうだ」

先ほどの人擬きは、この若い男を追ってここまで來たのだろう。

男は視線だけかして私の姿を確認する。驚いているように見えた。を流し過ぎた所為なのかもしれない、彼の意識は朦朧(もうろう)としていた。

「誰なんだ。うん？　ああ……そうだった。人擬きだな……襲われたよ。噛まれた。それでな、妻が言うんだ。俺はもうダメらしい」

曖昧模糊(あいまいもこ)とした意識で男が言う。

「妻を見つけたのか？」と私は訊ねた。

「いや、見つけていない……すまない、誰だか分からないが、妻を探してきてくれないか？　俺が帰ったって言えば、きっと分かってくれるはずだ」

私は男のそばに膝をついて、で汚れるのを気にせず、彼の手を優しく包み込むように握る。

「大丈夫だ。分かるか？　お前の妻は連れてきてやる。だから安心してくれ」

「うん……そうだな。たすか――」

男は最後に大きく息を吸い込んで、そしてかなくなった。

「レイラ、その人は？」

ミスズの問いに私は頭を橫に振った。

「亡くなったよ」

私は立ち上がると、男の頭部に銃口を合わせる。

「あの、それは……」

「染している。人擬きとしてき出す前に頭部を潰す」

ミスズは何も言わなかった。銃聲だけが辺りに響いた。

施設に向かって歩いていると、ミスズが顔をしかめた。

「臭いです」と、彼は鼻を押さえる。

「それはきっと海の――いや、違うな。これは死臭だ」

ミスズも気がついたのか、周囲を見まわした。

「レイラ、あそこに何かあります」彼は施設の一角を指差した。

その場所に近づくと、死臭はさらに強くなっていった。

建のになっていて鉄塔の上にいたときには確認できなかった場所に出ると、大きなが掘られているのが見えた。そこにはざっと見ただけでも、三十人以上のがの中に無造作に橫たわっていた。無數の銃創(じゅうそう)があるだ。

「最初の襲撃で殺された人々だな」

「ひどい」ミスズは口元を覆う。

「ミスズ、ガスマスクだ」

彼はうなずくと、急いでガスマスクを裝著した。

私もガスマスクを裝著して周囲に視線を向ける。汚染質の存在が確認できた。施設でなにか異常が起きたのかもしれない。

「さっきの人の妻は……」

「おそらく、こののどこかに橫たわっている」

悲慘な景に憂鬱(ゆううつ)になりながら、組合長から預かっていた端末を使って慘たらしい殺の現場を記録していく。

『あの死、どうして料に使わなかったのかな？』

カグヤの言葉に私は顔をしかめる。

「どういうことだ？」

『狂信者たちは収が得られなくて困窮(こんきゅう)してたんでしょ？　手っ取り早く食糧を手にれたかったら、このを料すれば良かったんだよ。そうすれば楽ができたんじゃないのかな』

「彼らにも良心が殘っていたのかもしれない」

『本気でそう思ってる？』

「まさか」

ミスズの手を引いてその場を離れる。

「これから施設の部を調査する。ミスズ、気持ちを切り替えていこう」

「はい」と、彼はうなずく。

「侵できそうな場所は見つけられたか？」と、私はカグヤに訊(たず)ねる。

『ううん。でもり口からなら普通にれる』

「鳥籠のシステムに俺たちの痕跡が殘る。忘れたのか、これは極の任務だ」

『でも隔壁(かくへき)は閉鎖されてないよ』

「閉鎖されていない？」

赤の塗料で〈不死の導き手〉と、デカデカと雑に描かれた隔壁の前に立つと、地面に引き込むように収納されていた円柱が姿を見せる。その柱が左右に開くと、眼球のような裝置があらわれて我々をスキャンしていく。

問題がないことを確認したのか、隔壁が開放されていく。

「ＩＤカードの報を確認していないのに、隔壁が開きました」と、ミスズは驚く。

「誰かが施設の端末を作して、隔壁の設定を変更したのかもしれない」と、私は開いていく隔壁を眺めながら言う。

「襲撃を功させるために、ワザとシステムを無効にしたのでしょうか？」

『そうだと思う』と、カグヤが答えた。

天井が高くガランとした空間に、金屬製の棚が並んでいるのが見えた。その棚には無數のコンテナボックスが収められていた。この場所は倉庫として使用されていたのかもしれない。私はハンドガンを構えると、柱のあいだを慎重に進んでいく。

ミスズもアサルトライフルを構えてしっかりとついてくる。ガスマスクのフェイスシールドを通して見える彼の顔には張が見て取れた。

労働者たちが作業のさいに使用する舊式のパワードスーツは、壁際に綺麗に並んでいた。襲撃があったのは夜中だったのかもしれない。労働者たちが寢靜まっているところに、敵は侵してきた。

倉庫を抜けて通路にる。労働者用の休憩室やシャワールームなどが見えたが、そこに人の気配はない。廊下の天井に設置された無數の配管を見ながら進むと、機関室に続く扉が開いていることに気がつく。ちらりと室を確認すると、制スイッチなどが並ぶ部屋の奧に舊文明期の裝置が見えた。しかしそれらは稼働していなかった。それがこの施設の奇妙な靜けさの原因なのかもしれない。

その後も施設の調査を続けたが、人の姿を見ることはなかった。

『なんなんだろうね』と、カグヤが言う。『住人を皆殺しにしてまで鳥籠を占拠したのに、まるで放棄したように誰もいない。わけが分からないよ』

「同だ」

カグヤに返事をしながら、施設の様子を端末に記録していく。

「信者たちは戻ってくると思いますか？」と、ミスズが不安げに訊(き)く。

「なんとも言えないな……。すぐに戻って來るつもりなら、施設に見張りや警備の人間を殘していくはずだ」

「不思議ですね……」

ミスズは人気(ひとけ)のない廊下に視線を向ける。廊下の先からなにかが這い寄るような、ゾッとする靜けさだけがそこには橫たわっていた。

「易に來ていたジャンクタウンの商人さんたちの姿も見當たりませんね」

ミスズはそう言うと、倉庫に視線を向けた。

「そうだな」

たぶん殺されてに捨てられたか、教団に連れていかれたのだろう。いずれにしろ、彼らにいい未來は期待できない。商人組合もこれに懲りてくれればいいが。