雨が降ると廃墟の街は一変する。舊文明の技でも解決できなかった問題だったのか、あるいは技者がいないから裝置がかないのか、いずれにしろ治水が行われない廃墟の街にひとたび雨が降ると、街で生きる全ての生に対して水は脅威となって襲い掛かることになった。

冠水していた通りに出ると、瓦礫(がれき)や放置車両を避けながら倒壊した建に飛び上がる。大通りは不気味な靜けさに包まれていて、人擬きの姿も見かけない。

『道が塞がってなければ、もっと早く著いたのにね』と、カグヤの聲が耳に聞こえる。

「そうだな」

『それにして、靜かだね』

「ミスズがいないからだろ」

『今までずっと二人だけだったけど、気にならなかったよね』

「ああ。二人がダメってことじゃないけど、ミスズがいることが當たり前になったからな」

『やっぱりミスズがいないと寂しい？』

「どうなんだろう。不思議なじはするけど」

『どんなじ？』

崩れかけていた建屋上から歩道橋に飛び移ると、落下するときにじるわずかな浮遊に思わず顔をしかめる。

「このまま獨りで仕事を続けていくと思っていたから……いや、違うな。それはカグヤに失禮だ。悪い」と私は素直に謝る。

『べつにいいよ。実際、私は聲しか屆けられないし』

「拗(す)ねているのか？」

『まさか、そんなことじゃ拗ねないよ』

彼の言いに苦笑する。

「暗く、孤獨な人生だったからな。正直、慣(な)れると怖い――」

そこまで言うと口を閉じて、建の壁面に張り付いたままヴィードルのきを止めた。通りに視線を向けると、道路を散開して歩く略奪者たちの姿を見つける。

「カグヤ、レイダーギャングだ。気がついていたか？」

『もちろん。でも連中はまだ私たちの存在に気がついていないみたい』

「それにしても厄介だな……」

『ここで仕留めちゃう？』

カグヤの言葉にうなずくと、後部座席に置いていたライフルを手に取って、シートベルトを裝著した。

「ああ、連中はここで処理する」

『攻撃するたびにヴィードルからを乗り出す必要がないように、ヴィードル専用の武裝がほしいね』

「そうだな。機関銃でもあれば、レイダーくらい簡単に一掃できそうだ」

ヴィードルの腳先に重力場を発生させると、建の壁面をゆっくり移しながら標的に接近する。道路を歩いていた略奪者たちは警戒心がなく、視線を上げることなく道路を進んでいた。所定の位置に到著すると、彼らの中心に手榴弾を落とす。

略奪者のひとりが落下に気がついて視線を上げる。

ライフルの照準からは男の薄汚れた顔がハッキリ見えた。(からだ)も服も泥に汚れていて、頬がこけていて病的だった。ギャングの間で出回っている安の覚醒剤の常習者なのかもしれない。ドラッグによって引き起こされる幻覚によって、男の目からはヴィードルが蜘蛛の化けに見えているに違いない。

私は躊躇(ためら)うことなく引き金を引いた。その銃聲をかき消すように手榴弾の炸裂音が聞こえて、ばら撒かれた金屬の破片が略奪者たちのをズタズタに切り裂いていく。私はライフルを構えたまま冷靜に狀況を確認する。攻撃を生き延びた者がいた場合、すぐに撃を行えるように準備はしておく。

突然の事態に混している略奪者たちに立ち直らせる猶予(ゆうよ)は與えない。數発の撃のあと、瓦礫と死が転がる道路に下りた。死は全部で七つ。まだ息をしている者もいる。銃弾が勿(もったい)ないので、ヴィードルのマニピュレーターアームを用に使って適當な瓦礫を拾い上げると、生きている略奪者の頭を潰していく。不意の反撃に備えて、彼らに近づくときは防弾キャノピーを閉じたままにしておく。

すべての処理が終わると、ヴィードルのセンサーを使って、付近に敵対するものがいないか確認を行う。

『上空のカラスから信する映像でも異常は見られなかったよ』

偵察ドローンを使って周囲の安全確認を行ってくれたカグヤに謝すると、私はヴィードルを降りた。略奪者が所持していた裝備に使えそうなモノがあった場合には、から剝ぎ取って商人に売卻する。狀態がいいモノは滅多にないが、あれば自分のモノにするつもりだった。

殘念ながら略奪者たちは値打ちのあるモノを持っていなかった。舊式の小銃すら、まともに整備されていなかった。底辺の略奪者が用する自作の〈パイプライフル〉ではなかったのが、せめてもの救いだ。まともな小銃なら――狀態によりけりだが、ジャンクタウンで取引できるからだ。

略奪者たちの小銃が暴発しないように、手早く弾倉と薬室の確認を行う。それが終わると、銃をひとつにまとめてヴィードルの後部座席の空いた空間にれる。

略奪者たちので汚れないように気をつけながら、彼らの懐も探っていく。銃弾がそれなりの量と、開封されていない〈國民栄養食〉、それに汚い水筒とドラッグだと思われる薄緑の末を見つけた。

〈國民栄養食〉は綺麗な狀態だったが、自分で食べるには躊躇(ちゅうちょ)する。ジャンクタウンにある軍の販売所で購できるモノは普通に食べるが、略奪者の手に渡ったモノは怖くて食べられない。しかし商人とは問題なく取引できるので全て回収することにした。まとめてバックパックに放り込むと、弾薬の確認を行う。

手にれた弾薬は、略奪者が所持していた黒ずんだ布の袋にっていたので、略奪者全員分の銃弾をまとめて同じ袋に放り込むと、腰のベルトに袋を吊るした。

銃弾は現在でも新しいモノが常に製造されていて――それがどこで製造されているのかは知らないが、比較的簡単に手にれることができた。しかし略奪者から手するモノは信用に欠ける。暴発などの危険があるので、基本的に使用しないことにしていた。

信用できる銃弾は全て、軍の販売所で購したモノだけだった。舊文明期からどれほどの時が経過したのかは分からないが、購できる弾薬は新品同然なので使わない手はない。

ドラッグの類(たぐい)だと思われる末はそれなりの量になった。略奪者全員が所持していたからだ。汚い水筒にっていた泥水を半分ほど捨てると、その中に末を全てれ、よく混ざるように水筒を振った。

それが終わると、損傷の酷い略奪者のに水筒の中を振りかけていく。この場に殘される略奪者の死は人擬きが食べにやってくる。彼らは致死量の毒が振りかけられたを食べることになる。それで死ぬことはないだろうが、視覚などのに損傷を與えられるかもしれない。

どのような事であれ、廃墟の街に死は殘さないほうがいい。人擬きの栄養源になるだけでなく、危険な伝染病を介(ばいかい)させるかもしれないからだ。けれど廃墟の街の死を処分してまわる気のいい人間なんていないし、の匂いに釣られて集まる人擬きに襲われることを恐れて、大抵の場合、死はそのまま放置されることになる。

『レイ！ 五時の方向、人擬きがくるよ』

カグヤの言葉に反応すると、略奪者のから離れてヴィードルに乗り込む。そしてそのまま近くの建に飛びついて屋上に向かって進む。

『人擬きは相手にしなくていいの？』

彼の言葉に私は頭を振る。

「ああ、キリがないからな。このまま離する」

それから闇市にたどり著くまで半時間近くかかった。ヴィードルで海岸線を移して、冠水した通りでまたし引き返した。そのあと、墜落した巨大な撃機の殘骸にって、瓦礫に隠れていた道を探し當て、なんとか埋め立て地のり口を見つけることができた。

『レイ、この橋を越えれば市場だよ』とカグヤが言う。

「やっとだな……」

『シールド生裝置に使うパーツが売れ殘っていればいいんだけど……』

「そうだな。それに監視カメラもしいから、使えそうなモノがあったら教えてくれ」

『わかってるよ』

闇市は車両のスクラップや、ヴィードルの殘骸に囲まれるようにして開かれていた。ジャンク品やら機械人形の部品を販売しているのはスカベンジャーで、基本的に彼らは組合に所屬していない者たちだった。

組合に所屬していない人間はやジャンク品などの売買は行えないが、鳥籠を出ればそんな決まり事に意味はなくなる。だから彼らはこうして闇市などで普通に商売をしている。それは商人組合にとっては厄介な問題だ。

舊式の機械人形を従えて周辺一帯を警備していたギャングたちに警戒しながら、ヴィードルを専用の駐車スペースに止めた。

軍用規格のヴィードルは他の車両よりも目立っていたが、闇市を仕切っているギャングが目をらせている場所で悪さをする人間はいないだろう。けれどそれでも心配だったので、監視のためにカラスをヴィードルの近くで待機させることにした。カラスは本の鳥のように車両の上で羽(は)繕(づくろ)いを始めるが、実際は太で充電しているだけだった。

略奪者から頂戴(ちょうだい)した小銃やら何やらを手に取ると、泥濘(でいねい)に足を取られないように気をつけながら市場に向かう。

地面にボロ切れを敷(し)いて、その上に小銃を並べている商人の前で立ち止まる。若い店主に略奪者たちから手していた銃を見せた。店主は適當に確認もせず値段を提示してきた。それは相場よりもずっと安い値段だった。

しかし闇市ではこれが普通だった。私は小銃だけでなく、略奪者から奪った弾薬と國民栄養食もまとめて売ることにした。支払いのために店主が差し出した端末にＩＤカードをかざした。それで取引は終わりだ。

「兄ちゃん、ほかになにかほしいか？」

店主の言葉にうなずいた。

「セントリーガンとか、自攻撃タレットの類はあるか」

店主は腕を組んでしばらく考えたあと、ニヤリと汚い歯を見せた。

「ジャンク品だが、四基ほど攻撃タレットがある。どうする？　売れないし嵩張(かさば)るから、俺もさっさと処分したい。捨て値でいいから買ってくれないか」

今度は私が考える番だった。

『買っちゃえば？』カグヤの聲が耳に聞こえる。『建設機械に放り込めば、使える攻撃タレットに再構築できるかもしれない』

『建設機械なのに、そんなこともできるのか？』と、聲に出さずにカグヤに訊(たず)ねる。

『攻撃タレットの設計図は警備室で手にったからね。舊式だけど問題なく使える』

『そうだな……でも問題がある。どうやって持ち帰るんだ』

『ヴィードルの規格に合う小型コンテナを買えばいいんだよ。この場所ならすぐに見つかると思う』

「どうした、兄ちゃん。買うのか、買わないのか？」

店主の急かす聲に私はうなずいた。

「ヴィードル専用の小型コンテナを売っている場所を知っているか？」

「鉄屑を取引してる爺さんの所でなら買えるよ」

若い店主は、ほら、あそこだ。と、市場の一角を指差した。私は店主に謝すると、コンテナが用意できたら攻撃タレットを買うために戻ってくると伝えて、その場を離れた。

スクラップや赤茶に錆びた車両、それにジャンク品のに埋もれるようにして座る壯年の男に聲をかけた。店主は爺さんには見えなかったが、平均年齢の低い世界では爺さんと呼ばれる年齢なのかもしれない。

「小型のコンテナがしい。ヴィードルに合うものだ」と私は言う。

彼は片目で私の顔を見たあと、もう片方の目に義眼をはめ込んだ。

「作業用のヴィードルか？　それとも軍用車両か？」

『軍の規格だね』と、カグヤはつぶやく。

「軍用車両だ」

私の言葉にうなずいたあと、店主は近くで作業していた男たちにコンテナを運ばせた。コンテナは普通の四角い箱型のものだった。多錆びているが、とくに問題はない。

小型コンテナを購すると、次に本命のシールド生裝置について店主に聞いた。もちろんほしいモノの名前は出さない、鉄の棒とだけ口にする。実を言うと店主の背後に目的の裝置が立てかけてあるのがずっと見えていた。私はジャンク品の山を見ながら、鉄の棒に気のないフリをして店主に聞いた。

「すまない、店主。手ごろな鉄の棒はないか？　長くて、し厚みのあるやつ」

店主はしばらく考えたあと、振り向いて鉄屑の山を見つめる。

「こいつなんてどうだ。錆びもないし、狀態はいい」

「確認してもいいか」と、店主に訊(き)いてから鉄の棒を手に取る。

『間違いないね。シールド生裝置に使う裝置だよ』と、接接続で確認したカグヤが言う。

「この鉄棒も買うよ」と私は言った。

「なんだ、掘立小屋でも立てるのか？」

店主の言葉にうなずく。

「そんなものだよ。まとめて全部買ったら、し安くしてくれるか？」

「そうだな……これでどうだ？」

店主は小型コンテナよりもずっと安い値段を提示した。私が了承し購すると、店主は鉄の棒も手伝いの男たちに持たせた。私は彼らをヴィードルまで案して、ついでに小型コンテナを取り付けてもらった。簡単に取り付けができるモノなのか、作業を指揮していた男の説明を聞いている間にコンテナの取り付けが終わった。

鉄の棒は二メートルほどの長さがあるので、コンテナから落ちないように縄で縛り付けてもらった。それから小銃を買い取ってもらった店に戻って攻撃タレットを買い、ついでに監視カメラを探した。

狀態がいい監視カメラを複數購する。能はそこまで良(よ)くなかったが、つなぎに使う分には問題ないと考えた。ジャンクタウンで狀態が良く、能のいいモノが見つかれば買い替える予定だった。

取引を終えると、カグヤの聲が聞こえた。

『カラスが怪しいきをする人を見つけたみたい』

「映像を出せるか？」

『ん。問題ないよ、記録しておいた』

網に投される映像を確認すると、たしかに怪(あや)しいきをしている男の姿が見えた。ヴィードルの前を何度か通り過ぎたあと、遠くから監視しているようだった。男の形は普通だ。略奪者ほど汚れていないし、鳥籠に住む一般人ほどには洗禮されていない。

私は男に気がついていないフリをして荷をコンテナに積み込むと、瓦礫でブーツの泥をこそぎ落としてからヴィードルに乗り込んだ。

「カグヤ、このまま出発する。男が追跡してくるようであれば対処しよう」

闇市に続く橋を渡ると、ヴィードルを瓦礫(がれき)のに隠す。

案の定、先ほどの男がヴィードルのあとを追ってきた。男に対処するため、ワザと姿が見えるようにして大通りを走る。隠れられそうな場所を見つけると、そこに止まって男が來るのを待つことにした。

しばらくすると男が走ってくるのが見えた。彼の後方に回り込むと、ヴィードルの外部スピーカーを使って、男に話しかけた。

「どうして追ってきているんだ」

男は驚いて振り向いた。その表には困が見て取れた。

「お前を追ったりしていない、言いがかりは止せ」と彼は聲を荒げた。

「言いがかりだと？　何が目的なんだ」

男は何も言わず、ただ微笑んだ。

そのときだった。コクピットに警告音が鳴り響いて、カグヤの焦った聲が聞こえる。

『レイ、避けて！』

反応したのとほぼ同時に車が衝撃で揺れる。

振り返ると、シールドが展開したときにあらわれる青い波紋の殘滓(ざんし)が見えた。

『狙撃だ。それも大口徑の火だ』

「さっきの男は――逃げたか」

我々を尾行していた男は既に逃げ出したあとだった。はじめから狙撃を狙っていたのかもしれない、道理で見え見えの尾行をするわけだ。

『レイ、注意して！』

用に瓦礫の間を走りながら弾丸を避けていく。狙撃手の腕が悪いおかげで、移しているだけで楽に銃弾を躱(かわ)すことができた。ヴィードルを建のにれると、ライフルを持ってヴィードルから飛び降りた。

「狙撃する。カグヤは囮になってくれ」

『了解、気をつけてね』

カグヤの遠隔作でヴィードルは走り去っていく。

私はライフルを背中にまわすと、建に飛びついて登り始めた。そのまま建屋上に出ると、を低くして素早く建の端まで移した。

『レイ、準備できた？』と、カグヤの聲が耳に聞こえた。

「いつでもいける」

カグヤが作するヴィードルが道路に飛び出る。私は周囲に視線を走らせる。と、銃聲と共に、わずかなの瞬(またた)きを見る。狙撃手の銃が発したマズルフラッシュが見えたのだ。

「見つけた」

狙撃手の姿を捉えると、ボルトハンドルを素早く作して引き金を引く。銃聲は一度で充分だった。

「終わったよ」と、私は息を吐いた。

カグヤと合流すると、ヴィードルの腳に頭部を潰された男が倒れているのが見えた。服裝から判斷することしかできないが、我々を尾行していた男で間違いないだろう。

『こっちも終わったよ』と、カグヤは平然と言う。

「そいつから尾行していた理由を聞きたかったんだけど？」

『目的はヴィードルだよ。死に際に愚癡(ぐち)ってた。ヴィードルを奪いたかったとかなんとか』

「そうか」ヴィードルに乗り込むと、狙撃手のもとに向かう。

肩口からった銃弾は、狙撃手の肺をめちゃくちゃにしたあと、背中から出ていったようだった。弾丸をけて蟲の息だったは、しばらくすると眠るように死んでいった。ガスマスクをしていたので、それを外したが、あまり意味のある行には思えなかった。知っている人間なんて、この辺(あた)りにはいないのだから。

けれど今回は意味があったのかもしれない。

『電子部品をこんな風に顔に埋め込む人たち、最近どこかで見たかも』

カグヤの言葉に私はうなずいた。

「不死の導き手だな……」

『さっきの男、殺さないほうが良(よ)かったかも』

私は信者の側に転がっていた対ライフルを拾い上げる。ライフルは整備され、狀態が良かった。それから弾薬がひと箱、攜行食に水筒。狙撃手のを一通り探ったが、の元が分かるものは何もなかった。ＩＤカードも所持していなかった。

私は死を見下ろしながら、そっと溜息をついた。