高層建築での探索を終えて拠點に戻り、荷を保育園敷地の駐車場にすべて降ろしたあと、雨の中での作業を嫌(きら)い、探索で疲れた(からだ)を休めることを優先した。やらなければいけないことは沢山(たくさん)あったけれど、高層建築での探索は神的にも大きな影響が出ていて、我々はひどく消耗していた。

拠點にると私は武庫に裝備を片付け、シャワーを浴びて早々と眠った。結局、一日中降り続いた雨が止んだのは、夜になってからだった。

その夜、生きたまま黃金の昆蟲に喰い殺される夢を見た。

上半を起こして、時間を確認するとまだ夜中だった。に纏(まと)わりつく汗の不快に我慢ができなくなると、シャワーを浴びにいくことにした。

そのあと寢室に戻ることなくリビングに向かうと、ソファーに座ってぼんやりと天井を眺めた。そして考えたくもない未來について考える。

いつまでこんな風に生きていかなければいけないのだろうかと。死の恐怖と先の見えない不安。なにを思い、なにを希にして生きればいいのだろうか。

ずいぶんと長い間そうしていたのか、気がつくと隣(となり)に家政婦ドロイドが立っていた。ドロイドはビープ音を鳴らすと私の肩に手を置いた。

「とても怖い夢を見たんだ」と私は言った。

その言葉はどこか不明瞭で、自分のから出た聲とは思えなかった。

家政婦ドロイドの頭部にあるディスプレイに、アニメ調にデフォルメされたの顔が映る。彼は溜息をついてみせると、短いビープ音を鳴らす。

「いや、そうじゃない。眠るのが怖くなったわけじゃないんだ。し疲れているだけだ」と、私は必要のない言い訳を口にする。

家政婦ドロイドは「やれやれ」といったじでビープ音を鳴らす。

「疲れているのなら眠れるか……そう思っていたんだけどね、どうやらそれは違うらしい」

短いビープ音。

「人は面倒な生きなんだ。強靭なを手にれたつもりだったけれど、神に引きずられてが耗(まもう)する」

家政婦ドロイドは短いビープ音を連続して鳴らす。

「斷片化したメモリーを統合処理してから、休眠狀態にって充電か……そんなことができればいいな」

低いビープ音がして、ディスプレイに映るが笑顔になる。

「ありがとう。でも、遠慮しておくよ、コーヒーなんて飲んだら目が覚めて眠れなくなる」

長く低いビープ音がすると、ディスプレイに映るが頬を膨らませた。

「もう行くよ。眠れなくても、せめて橫になってを休める」

部屋に戻ってベッドに橫になると、私はすぐに眠りに落ちた。悪夢は見なかった。余計なことも考えずにすんだ。ただ石のような眠りがそこにはあった。

■

コーヒーを飲みながら、朝食にいつも食べている〈國民栄養食〉のパッケージを睨む。白地に赤の文字で書かれた説明文を読む。

『良い労働のための栄養食。働く力を君に』

私は鼻を鳴らすと、その裏に書かれた分表を読む。見慣れない栄養素が多く書かれている。首をかしげて、カグヤに説明を聞こうとしたとき、ミスズがコーヒーのった紙コップを手にテーブルに著いた。

「おはようございます」

眠たそうな聲だ。寢起きのミスズはいつものように元気がない。そのギャップがおかしくて、思わず笑顔になる。

「おはよう」

私はそう言うと、を乗り出してミスズの跳ねている髪のを直してあげた。

「ありがとうございます」と、ミスズは目元を(こす)りながら言う。「レイラは、その栄養補助食品が好きなのですね」

彼の言葉に反応して手元に視線を落としたあと、ブロック狀の栄養食を彼に勧める。

「いえ……あの、私はドロイドさんが焼いてくれたクッキーを食べるので……」

「嫌(きら)いなのか？」

「……えっと、施設にいたころは毎日のように食べていたので――」

「飽きたのか？」

「はい……」と、なぜかミスズは申し訳なさそうに言った。

私は栄養食を咀嚼(そしゃく)する。チョコレート風味の食品で味は悪くない。口の中の水分をこそぎ奪わなければ完璧だった。

家政婦ドロイドが紙皿にのせられたクッキーをテーブルに運んでくると、ミスズは謝してから嬉しそうにクッキーを食べ始めた。そのクッキーの材料にしても、舊文明の〈食糧プラント〉でつくられる小麥なのだから、栄養素的にも國民栄養食と代り映えしないと思うが。

朝食を終えると、ミスズに聲をかけてから武庫として利用している倉庫に向かう。

作業臺で小銃の整備をしながら弾倉のチェックを行い、必要なら弾薬を補充していく。それが終わると、ミスズが使用したアサルトライフル等の裝備を確認していく。しかし彼が使用した裝備は、すでに整備が行われたあとだった。昨日の時點で済ませたのだろう。

このあと地上に向かう予定になっていたが、防壁建築の作業をするだけなので、裝備は最小限に留める。スリングを使ってアサルトライフルを背中に吊るすと、ハンドガンを太のホルスターに収めて、予備の弾倉をベルトポケットに挿していく。

準備を終えて倉庫を出る。けれどすぐに思い直して、一旦(いったん)倉庫に戻って外套(がいとう)を手に取る。雨が降っていたら作業は諦(あきら)めようと考えていたが、地上に向かうのなら、ついでに拠點周囲の安全確認は行いたい。だから念のために外套は持っていくことにした。雨水に含まれる汚染質に注意しなければいけないので、準備は怠(おこた)らないようにしなければいけない。

ミスズに聲をかけてから地上に行こうと考えて、まずはリビングに向かう。

朝食を終えてソファーに座っていたミスズは、報端末から投影されるホログラムで畫を視聴していて、彼の側には子どもの背丈ほどの家政婦ドロイドが立っていた。

家政婦ドロイドは何が楽しいのか、しきりにミスズの橫顔と、ホログラムで投影される映像とを見比べていた。

「何がそんなに楽しいんだ？」

私の質問に、機械人形はビープ音で答える。

「ミスズ反応を見ていた……？　どうしてそんなことを」

ビープ音が連続で鳴らされる。

「自分が見たときとの反応の違いが楽しい……か、機械人形も映畫を見るのか？」

低いビープ音が聞こえると、ディスプレイに映るが顔を赤くする。

「べつにダメとは言ってないよ。データベースのライブラリーには映畫が腐るほどある。そのなかには機械人形が見ても楽しめる映畫があるかもしれない」

妙に長いビープ音が聞こえると、頭部ディスプレイに怒った表のが映る。

「馬鹿にしてない。けど謝るよ」

機械人形はうなずくようにを傾(かたむ)ける。

「あの……レイラは地上に行くのですか？」と、ミスズが下を噛みながら言う。

「ああ。実を言うと、それをミスズに言いにきたんだ」

「私も一緒に行ってもいいですか？」

「構わないよ、一緒に行こう。作業の手伝いも頼もうと考えていたんだ」

ミスズは花が咲いたような、そんな明るい笑顔を見せると、準備のために部屋を出ていった。けれどすぐに戻ってきて、家政婦ドロイドに言葉をかけた。

「映畫の続きは、地上から戻ってきてから見ましょう」

彼がいなくなると、低いビープ音が鳴らされる。

「俺の所為(せい)じゃないからな」

『そうだよ。映畫はいつでも見られるんだから怒らない』

カグヤがフォローしてくれるが、家政婦ドロイドは完全に拗(す)ねてしまっていた。

人工知能が拗ねるのは、なんだかおかしい。

■

雨はすっかり上がっていた。作業に支障がないことを確認すると、私は瓦礫(がれき)そっくりに擬態していた〈カラス型偵察ドローン〉を起こして、空から周囲の安全確認をしてもらうことにした。それから保育園に異常がないか見てまわる。侵者も人擬きも付近(ふきん)にいないことが確認できると、我々は防壁建築のための作業を始めた。

青空を映し出す水溜まりを橫目に、私とミスズはコンテナから降ろしておいた金屬板を運ぶ。舊文明期の鋼材を含んだ板は見た目に反してとても軽い、それでも運びにくいことに変わりないので二人で協力して運んでいく。

建設機械をカグヤに起してもらうと、砕機のローターのすぐ橫にある専用の隙間に金屬板を放り込んでいく。これで板が防壁に使用できる素材に再構築されるはずだ。

「カグヤ、これでいけるか？」

『問題ないよ。これから設定するから、ちょっと待ってね』

カグヤは現在、拠點のほとんどの機能にアクセスできる狀態にあるため、電波塔を使った遠隔作でも問題なく建設機械の設定ができた。

「楽しみですね」と、ミスズは微笑む。

「そうだな」

防壁が建つ予定の場所を歩いて見て回ることにした。

場所は保育園の敷地と道路を隔てる境界で、敷地との境目を注意深く観察すると、十センチほどの幅があるのようなモノがあるのが確認できた。しゃがんで近くで見ると、舊文明の鋼材で覆われていることが分かった。そのは保育園の施設をぐるりと囲んでいるようだった。駐車場の建も、それなりに広い公園も、その全てが舊文明期の鋼材でつくられたの側に含まれていた。

『レイ、防壁を出力するから障害を退かしてくれる』

カグヤの聲が聞こえると、保育園の周囲にあるに沿って歩く。途中、邪魔な障害があれば退かしていったが、概(おおむ)ね問題はなかった。ヴィードルの殘骸と壊れた機械人形があったので、ついでに砕機に投げれた。なにかの材料の足しになるだろう。

『レイ、始めるよ』

ミスズと一緒に地面のを眺めていると、の間から粘度の高そうなが染み出してくるのが見えた。やがてそれは盛り上がると化していき、紺のコンクリート狀のものへと変化していった。

正直、それがどのような素材なのかは検討もつかない。生されていく段階の低い壁をったじは、コンクリートのようなざらざらとしただった。時間が経つに形される壁は厚みが増していき、やがてらかな表面になって強度を増していった。

壁が完するまでの間、私とミスズは敷地に転がる鉄屑を砕機にいれて時間を潰していたが、それでも三時間とかからず防壁は完する。

壁の高さは五メートルほどあり、厚さは三十センチほどになった。舊文明期の驚異的な技力を前にして、改(あらた)めてそのすごさに心せざるをえなかった。壁が建設されている様子は――ありふれた表現だったが、まるで魔法のようだった。

「カグヤ、こいつはとんでもない技だな」と、思わず興する。

『そうだね。私も建設風景は初めて見たけど、それでも信じられないよ』とカグヤも珍しく心する。

「壁には舊文明の鋼材も使用されているんだよな？」

『うん。拠點の資材保管庫に殘ってた鋼材も使ったから、完璧な防壁になったと思う』

「どれくらいの攻撃に耐えられるんだ？」と、私は壁にれながら訊(たず)ねた。

『対ライフルでも壁の表面をし削るくらいしかできないんじゃないかな』

「多腳戦車の〈サスカッチ〉が使う高出力のビーム兵は防(ふせ)げるか？」

「あの多腳戦車ですか……」と、ミスズは廃墟で戦闘になったときのことを思い出して苦い顔をみせる。

『さすがに高出力のビーム兵は難しいかも』とカグヤは言う。

多腳戦車が使用するビーム兵は、舊文明期の建材が使われていた建を貫くほどの威力があったので、仕方ないのかもしれない。

「なんとかならないかな？」

『レイ、何か忘れてない？』

カグヤの得意げな聲に、私は首をかしげた。

するとミスズが思い出したように言う。

「先日、闇市で手にれたシールド生裝置ですか？」

『そう、あの干し竿みたいなやつを使う』とカグヤは答えた。

駐車場の壁に立てかけていた二メートルほどの鉄棒をミスズと協力して駐車場の外に運んだ。

「それで、カグヤ。こいつをどうするんだ？」

『その棒を差し込むための専用のがあるから、防壁を調べてみて』

壁には鉄の棒を差し込むためのが等間隔に存在していた。私とミスズは手分けして鉄の棒を壁に差し込んでいく。鉄棒の先が円形のに差し込まれると、まるで溶けるようにして狀化した鉄の棒が防壁に沁み込んでいくのが見えた。

「終わったよ、カグヤ」

『ならし下がってて、シールドを起するから』

防壁からある程度の距離を取ると、甲高い特徴的な音が聞こえて、その直後に半明の薄青のが防壁を覆っていくのが見えた。やがてそれは防壁の天辺に到達した。

「すごいですね……これで防壁は完ですか？」

興したミスズの問いにカグヤが答える。

『とりあえず完だよ。このまま場ゲートを見に行こうよ』

カグヤに言われた通りり口を見に行くと、ヴィードルが余裕で通れそうなほどの幅があるゲートが見えてくる。

『普段はこうして閉じていて』カグヤがそう言うと、場ゲートがゆっくり閉じていくのが確認できた。隙間が分からないほどにピッタリ閉じると、門の外側で音がした。『門の左右に設置されていた攻撃タレットが起したんだよ。許可のない生が近づくと、容赦なく攻撃をするように設定してある』

「その攻撃タレットが狙撃で破壊される危険はあるのか？」と、カグヤに訊(たず)ねた。

『それはないかな。攻撃タレットは生のきをセンサーで検知するまで壁に収納されているし、シールドの側だからね』

「なるほど」と私は言った。心してそれ以外の言葉は浮かばなかった。

「これから地下に戻るのですか？」

しばらくしてミスズがそんなことを口にした。

「もうし敷地を整備したかったけど、雨で泥だらけだからな」

「そうですか……」と、ミスズは公園に目を向けた。

「そこの公園も整備して、作を育てられるようにしたいな」

「畑ですか？」と、彼は首をかしげる。

「ああ、でも簡単じゃないな。土の問題もあるし、雨の対策もしないといけない」

「汚染質対策ですね」

ふと思い出して、カグヤに確認を取る。

「なぁ、カグヤ。防壁が生しているシールドは、敷地の上部も覆うように展開されるんじゃないのか？」

『そうだったね、忘れてた。保育園の建屋上に鉄棒の差込口があるから行ってみて』

あまっていた鉄棒を持って保育園の屋上にあがる。水溜まりを避けるように歩くと、屋上のちょうど真ん中に円形の窪みがあるのが確認できた。そこに鉄の棒を差し込んだ。すると防壁を建てたときと同様の粘度の高いが染み出して、鉄棒を覆っていった。

「電柱みたいだな」と私はつぶやく。

完したモノは、ジャンクタウンにある軍の販売所のとなりに立つ〈電波塔〉を思い出させた。

『シールドを起するよ』

カグヤの言葉のあと電柱の先から特殊な力場によって生される薄いがあらわれて、防壁に向かって放狀にびていくのが見えた。防壁に到達すると橫に広がり、まるで半明の傘を差しているように、保育園の敷地全てがシールドで覆われることになった。

「雨はってこなくなるのでしょうか？」

私が心したまま薄を眺めていると、ミスズがそんなことを口にした。

『雨はさすがに通すよ。でも雨に含まれる汚染質は通さないように設定できる。エネルギーの消費量は増えるけどね』とカグヤが答えた。

「すごいですね……えっと、あの、そのエネルギーはどこから供給されているのですか」

『地下の拠點からだよ。地熱発電と舊文明のリアクターだね』

「舊文明期のリアクターですか……」

ミスズは危険について考えた。