防壁建設から數日、我々は廃墟の街で略奪者からの襲撃に遭っていた。

「飛べ、ミスズ！」

ヴィードルのコクピットから跳び降りると、ヴィードルが道路に向かって飛ぶのを橫目に見ながら、建屋上を転がりながらけを取る。そのままの勢いで立ち上がると、目の前にいた略奪者の側頭部をライフルのストックで毆り飛ばした。

毆られた男は倒れるとビクリともかなくなった。私はハンドガンを抜くと男の頭部に銃弾を撃ち込んで、男の結末を見屆けることなく駆け出し、道路を見下ろせる位置まで移して膝をついてライフルを構える。

眼下には略奪者の銃撃を避けるため、瓦礫(がれき)の間を蛇行しながら走るヴィードルの姿が見えた。縦者であるミスズの腕がいいのか、あるいはシールド生裝置のおかげなのか、激しい銃撃のなかでも損傷をけたようには見えなかった。

「カグヤ、掩護を頼む」と、ライフルのボルトハンドルを作しながらつぶやいた。

『了解』

頭の中で響くやわらかな聲に答えることなく、略奪者に銃口を向けた。そしてカグヤを介して網に投されているターゲットマークに照準を合わせて、容赦(ようしゃ)なく引き金を引いていく。

銃聲が建に反響する。錆びた鉄板をにつけ建設現場用の古いヘルメットを被った薄汚れた男は、膝がグニャリと折れると糸の切れたり人形のように倒れた。

ボルトハンドルを素早く作して、薬室に次弾を送り込む。照準の先にはの略奪者がいた。長い髪は頭皮の油と埃で纏(まと)められ、れ墨だらけの上半には何もに著けていない。彼は仲間が狙撃されたことに気がつくと、房を揺らしながら建のに隠れた。けれど、(からだ)の全て隠せたわけではなかった、汚れて黒くなった太が見えた。

息を止めて引き金を引く。撃ち抜かれた太を押さえたが建のから出る。すかさず撃を行う。煙が噴き出すのが見えると、は顔面を地面に押しつけたままかなくなる。

ライフルを背中に回すと、その場から移して向かい側の建に向かって全速力で飛んだ。著地場所を見誤り、建屋上に散するゴミに足を取られて転倒する。すぐに起き上がり、上空を旋回していたカラスから信する映像を確認して、最適な狙撃位置に向かう。

建屋上に設置された室外機の殘骸近くに〈塊型〉のグロテスクな人擬きがいて、ソレは私の存在に気が付くと、こちらに向かってゆっくりとき出す。その人擬きを無視して、建から迫り出すように設置された室外機に飛び乗る。足場が崩れないことを確認すると、膝をついて撃の構えを取った。

上空のカラスからはライフルを構える私と、私の後方からゆっくり迫ってくる人擬きの姿が俯瞰映像として網に投されていた。その映像を視界の隅に表示させながら、次の標的になる略奪者にしっかりと狙いをつける。

略奪者は舊式のロケットランチャーを擔いでいて、その顔には次の瞬間に訪れる勝利を祝うような、そんな厭(いや)らしい笑みが浮かんでいた。

私は息を止めると、躊躇(ためら)うことなく撃を行う。脳漿(のうしょう)で真っ赤な模様を作ったあと略奪者は倒れたが、死の寸前に放ったロケット弾はミスズが乗るヴィードルに直撃する。

発の衝撃で立ち昇る砂煙の中からヴィードルが姿を見せる。裝甲に目立った損傷は見られないが、シールドはもう展開できないだろう。と、ミスズから通信がった。

『レイラ、シールドがダウンしま――』

ミスズが縦するヴィードルは、建の側面に飛びつくことで後方から放たれたロケット弾を避ける。標的を失ったロケット弾はそのまま直進し、建に直撃。周囲に炸裂音が響き渡る。

「ミスズ！ 掩護するから、そのまま後退してくれ！」

彼に言葉をかけたあと、後方から迫ってきていた人擬きに向かってグレネードを放りなげて、すぐに建から飛び降りた。グレネードの炸裂音を聞きながら著地すると、(からだ)をひねるようにして著地の衝撃を逃がし、すぐに立ち上がって走り出した。

そしてロケットランチャーを擔いでいた略奪者の姿を捉える。ランチャーの再裝填を行う略奪者に接近すると、至近距離でハンドガンの弾丸を撃ち込む。一発、二発、三発目を頭部にけた略奪者が倒れると、男が裝填を済ませていたロケットランチャーを拾い上げて構えた。

『三時の方向！』と、カグヤの聲がする。

カグヤに指示された方角に素早く向き直ると、間髪をれずにロケット弾を発した。煙の尾を引いて飛ぶロケット弾は、建に潛む略奪者たちを周囲の瓦礫と共に吹き飛ばした。それを見屆けると、その場にロケットランチャーを投げ捨て、路地にってを隠した。

「ミスズ、大丈夫か？」

私の問いに、ミスズのしっかりした聲が答えた。

『私は大丈夫です。ヴィードルにも損傷はないです』

「よかった……。カグヤ、そっちはどうだ？」

『上空からの映像に変化はないよ。レイダーたちは怖気(おじけ)づいたのか、攻撃も止んだみたい』

建のから顔を出して周囲の様子を確認する。発で舞い上がった砂煙は風に流されていて、道路には風によって飛び散った片と瓦礫が散していた。けれど見える範囲に敵の姿はない。

電子音を含んだ靜かなモーター音が聞こえると、路地裏からヴィードルが姿をあらわす。私は周囲に警戒しながら、ライフルを構えた狀態でヴィードルの側に向かう。片手がヴィードルの裝甲にれると、ミスズは防弾キャノピーを開いて、警戒するようにアサルトライフルの銃を周囲に向ける。

私がコクピットの後部座席に乗り込むと、キャノピーが音もなく閉じる。そのまま周囲のきに警戒しながら戦場を離れ、やがて橫倒しになった高架橋のにる。そこでミスズはヴィードルを止めた。

「怪我はありませんか、レイラ」

彼の問いに私は頭を振る。

「ミスズが囮になってくれたおかげで、なんとかなったよ」

「いえ……あの、當然のことです。でもヴィードルに無茶をさせました」

全天周囲モニターに表示されるステータスを確認すると、シールド生裝置が急速充電されていることが表示されていた。先ほどまで通常充電モードだったが、ヴィードルを止めたことで急速充電に移行したのだろう。

「気にしなくていいよ。ヴィードルは所詮(しょせん)、消耗品でしかないし、どれだけ大事に使ってもいつかダメになる。それよりもミスズの命が大事だ」

私は考えていたことを素直に言葉にした。

「そうですね……あの、ありがとうございます」

ミスズの言葉にうなずいたあと、目の前に転がるヴィードルの殘骸に視線を移す。

文明崩壊時のモノだろうか、放置された多くの車両が長いときを得て無殘な姿に変わり果てていた。白骨化した人の死骸を乗せたままの車両も多く殘っていた。どのような狀況で死ねば、そのような姿で今に殘るのだろうか？

視線をかすと撃が殘したクレーターが目にる。窪んだ地面には雑草が生えていて、周囲には弾の破片が今も殘されていた。生兵を使った攻撃があったのかも知れない。

私はそっと溜息をついた。

『さっきの攻撃、待ち伏せされてたのかもね』

カグヤの言葉にミスズは首をかしげる。その際、綺麗な黒髪がサラサラと揺れる。

「待ち伏せですか？」

『うん。襲撃された場所は私たちがいつも使う移経路だったんだ。それにね、レイダーに不相応な裝備が怪しい。すごく怪しい。も洗えないような、汚くて臭い生きが、なんであんな高価な裝備を持ってるの？』

たしかに不可解な點が幾(いく)つもあった。対ヴィードル戦を想定した裝備もそうだが、ヴィードルが通ることが分かっている完全な攻撃配置だった。偵察ドローンで攻撃を事前に察知することができたから良(よ)かったものの、略奪者たちの存在に気が付いてなければ、最初の攻撃で腳を潰されてけなくなっていただろう。

それに、建屋上に配置されていた狙撃手は、闇市の帰りに襲撃してきた人間が使っていたのと同じ型の銃を所持していた。この襲撃に誰かの意図をじずにはいられなかった。

『これからは、もっと慎重にかなきゃダメかも』とカグヤが言う。

「ジャンクタウンに向かうための移経路を、何通りか新しく作っておいたほうがいいですね」とミスズは言った。

『そうだね。付近一帯の地図作りも、改(あらた)めてやったほうがいいかも。ねぇ、レイ？』

「うん？」

『保育園の拠點を中心に監視所を作ろうよ』

「監視所か、たしかに必要になるかもしれないな。でもどうするんだ？　機械人形でも配置するのか？」

『警備用ドロイドを出せるなら、それに越したことはないけど、そんなものは持ってないし、とりあえず都市のあちこちに配置されてる監視カメラだけでも活用しようよ』

「都市の警備システムを拠點の警備システムに接続できるのか？」

『できるよ。々と面倒な作業が必要だけど』

「電波塔を利用するのですか？」とミスズが訊(たず)ねた。

『うん。都市の警備システムにアクセスするための権限を取得しないとダメだけど』

「その権限があれば、電波塔を介して都市の警備システムに接続できるのですか？」

『そうだね。権限を持っていれば、専用の端末に直接接続しなくても遠隔作できるようになると思う』

「監視カメラを設置して、そこから報を取得する方法ではダメなのでしょうか？」

『可能かもしれないけど、々と問題もあるからね。たとえば電源の確保とか。でも都市の警備システムに接続できれば、すでに整備された都市のインフラが利用できる。そうすれば、都市の警備用ドロイドも支配下におけるかもしれない』

「それができたら、廃墟の探索に大きな助けになりますね」

「そうだな」と私は言った。「スカベンジャーの仕事には危険がつきものだし、人擬きのこともある。下層の建は上層ほどの危険はないけど、それでも安全に活するためには必要な権限だな」

『でも、問題がある』と、カグヤはぴしゃりと言った。『権限取得のために、行政の建の探索を行う必要がある』

「行政の建がある場所は把握しているのですか？」と、ミスズが訊(き)く。

「この間、探索した高層建築がそれだよ」

「そうですか……」とミスズは意気消沈する。

前回の探索で、その難しさがに染みているのだろう。

「今の俺たちじゃ無理だな。けど、いずれは裝備を整えて人員も増やして、なんとか探索しないといけない」

「できるでしょうか？」と、彼は下を噛む。

「スカベンジャーの仕事の大部分が、探索の失敗による損失カバーになっているくらいには、廃墟の街の探索は大変な仕事だ。けど今までもなんとかやってこられたんだ。諦(あきら)めなければ、いつか探索できるはずだ」

「そうですね……。がんばります」

気合をれるミスズの微笑ましい姿に思わず笑みを浮かべたあと、先ほどの襲撃現場上空に殘っていたカラスから信する映像を確認した。すると行商人の大型ヴィードルが、ジャンクタウンに向かって進んでいるのが見えた。

護衛を引き連れた隊商が瓦礫(がれき)を避けながら道路をゆっくり移する。攻撃のチャンスがあるのにも拘(かか)わらず襲撃者は姿を見せない。先ほどの戦闘で出た被害が大きくて攻撃できないのか、あるいは隊商が彼らの攻撃目標ではないからなのか、それは私には分からない。いずれにしろ略奪者たちは沈黙したままだった。

「カグヤ、レイダーの姿は確認できたか？」

『待って、今表示するよ』

全天周囲モニターに表示されていた略奪者たちの郭が、赤の線で縁取られていくのが見えた。確認できるだけでも九人ほどの姿がある。建にはもっと多くの略奪者が潛んでいるのだろう。

「きませんね。やっぱり、私たちが目的だったのでしょうか？」

ミスズの言葉に私は頭を振る。

「わからない。けど警戒はするべきだな」

■

ヴィードルは廃墟の繁華街に向かって走る。しばらくすると、まるで空中に浮かぶように高層建築の間に設置された巨大な構造――クジラが余裕で泳げそうな水槽にも見えるモノが姿をあらわす。ミスズの縦するヴィードルは、その巨大な水槽を橫目に、倒壊した建の壁面に飛びついた。

水槽の圧倒的なスケールに驚きながらもヴィードルを進める。今まで近くでその構造を確認したことがなかったが、どうやら水槽の中には魚が生息しているようだった。そして巨大な何(なに)かの影が、深緑の濁(にご)った水の中を泳いでいた。その水槽の管理を行っていたであろう機械人形の殘骸を見ながら、藻を生やした水槽の底を通って大通りにる。

今回の探索目的であるヴィードル販売店は荒らされていて、錆びたフレームが幾(いく)つか殘されているだけだった。農業用ヴィードルの褪(あ)せたポスターを眺めていると、倉庫に通じる扉のカードキーを見つけたミスズがやってくる。

「インクってこんなに長持ちしました？」

ミスズの當然の疑問に私は答える。

「俺の知る限り、長く持っても數十年かそこらだろう」

「舊文明のインクも、ある意味ではですね」と、彼は溜息をついた。

「ジャンクタウンにある軍の販売所でも簡単に手にるから、そんなに珍しいモノでもないんだけど、たしかに言われてみればだな」

我々は倉庫に通じる扉を開けて、薄暗い通路を進む。倉庫の壁は崩れていて、悪臭を放つ泥と長いときをかけて堆積(たいせき)したゴミで溢れていた。ヴィードルの部品はすでにスカベンジャーたちによって持ち出されていたのか、倉庫には何(なに)も殘っていない。

「なにもないですね……」

「こんなものさ」と、私は落膽するミスズに聲をかける。「街の探索では果がないことのほうが圧倒的に多い」

文明が崩壊して何年経ったのかは分からないが、これまでも多くの人間がいて、スカベンジャーがいたのだ。そこら中に資が殘っていることのほうが、よほど不自然だった。

「やっぱり、建の上層を探索しないとダメかもしれませんね」とミスズは言う。

「そうでもないよ、下層區畫でも人擬きの巣になっていて探索されていない建は殘っている。そういった場所を探索すれば、貴重なモノが手にるかもしれない」

「そうですね……」

我々はその日の探索を切り上げると、重い足取りで帰路に著いた。