《不死の子供たち【書籍販売中】》028 準備 re

正面玄関から醫療組合の建を出た。ロビーにいた人間は一度出ていったはずの私が、また建から出ていくことを訝(いぶか)しんでいたが、それだけだった。彼らが私に何かを言うことはなかった。

大通りに出ると、銃店を求めて歩き出した。襲撃してきた青年たちから奪った銃が嵩張(かさば)って邪魔になっていた。

「カグヤ、さっきやったのは何だったんだ」

『さっきのって護衛(ごえい)の大男にしたこと?』

「そうだ。彼の義手にれてもいないのに、遠隔作してみせただろ?」

『気になるんだ。そうか、気になっちゃうか』

「カグヤ、真面目に頼むよ」

『わかったよ……あれはね、護衛の男が使用していたインプラントの型が古いから、簡単にできたことなんだよ。古いインプラント用のパーツには弱點があって、そのひとつがソフトウェアを不正に作することがとても安易なことなんだ』

「古いソフトウェアか……機械人形が使っているシステムより古いってことか?」

『システムに関しては差がないかな』

「なら何が?」

『すごく大昔のことだけど、インプラント製品のほとんどは、それ単くように設計されていた。でもね、データベースのネットワークが地球全びていって、蜘蛛の巣に捕らわれた哀れな蟲みたいに星が覆われちゃうと、ほとんどの製品が時代の流れに対応するために、データベースのネットワークに接続して作するように製造されるようになったんだ』

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「それがあの大男の義手となんの関係が?」

『最後まで聞いて』と、カグヤはぴしゃりと言う。『ネットワークに頼ってばかりで、問題も出たんだ。安易なハッキングや、個人報の収集を目的とした不正チップを製品に忍ばせたり。だから時代が進むと機械人形を含め、ほとんどの製品がスタンドアローンで機能するようになった』

「無線でデータベースのネットワークに接続するための部品自がなくなったのか?」

買い客で賑わう通りを歩きながら訊(たず)ねた。

『うん。でも古い型のインプラントパーツはすぐに対応できなかった。製品自が企業のサポートを必要としていたし、顧客調査の目的や、なにかしらの理由で通信機能が殘されていたんだ。護衛の男に使用されていたインプラントが、そういう古い時代のだったの』

「だから〈電波塔〉を介して、簡単にハッキングすることができた?」

『そういうこと』

「ハッキングを恐れてデータベースに接続しなくなった……か。でも舊文明の製品が全部、そうなったわけじゃないんだろ?」

『そうだね。製品の完度があがって、接続する必要はなくなったけど、それでも継続的に企業からのサポートを必要とする製品は存在した。でもデータベースに接続できちゃうと、私がさっきやったみたいに侵される危険があった。私も當時のことは詳しく知らないんだけど、人改造が流行すると、みんな適當にを弄(いじ)っちゃうでしょ?』

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「ああ、基本的に今は戦闘に関連したインプラントにしか興味がないみたいだけど、余裕があれば、無駄に改造手ける人間はあらわれても不思議じゃない」

『ハッキングの被害が増えて、冤罪も結構あったみたい。他人のを乗っ取ったり、やりたいほうだいだよ』

「それで企業はどうしたんだ?」

『もちろん対策を講じたよ。國の重要な施設や機の高い軍事製品なんかは、データベースを必要としない製品に取って代わった。それでもネットワークがもたらしてくれる快適な生活や恩恵を人々は手放せなくなっていた』

「どうなったんだ?」と、小銃をれていた布袋を持ち直しながら訊(たず)ねる。

『舊文明期と呼ばれる時代になると、データベースの機能も、セキュリティーも格段に向上していったんだ』

「つまり、安易にハッキングすることができなくなったってことか」

『うん。それで多くの製品がデータベースのネットワークと接続できるようになった。もちろん、サイバー犯罪と呼ばれるモノはなくならなかったけどね』

「でも比較的安全にデータベースの恩恵を得られるようになった」

『そういうこと』

適當な店の前で立ち止まる。薄汚れた木製のテーブルには、無造作に武が並べられている。客のいない店に近づくと、子どもにしか見えない店主に聲をかける。それから私を強請(ゆす)ろうとしていた青年たちから奪い取った小銃を、汚れたテーブルに布袋ごとのせた。ハンドガンにサブマシンガン、それにアサルトライフルもある。舊式だが狀態が良(よ)く、ほとんど未使用品と言ってもいいモノだった。

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店主は黙って小銃を確認していく。

「すぐに使える狀態のモノで、とくに問題はない。問題があるとすれば」と、彼は眉を寄せながら言う。「正當な値段で買い取れないってことだ」

の言葉に私は首をかしげた。

「どうしてだ。何が問題なんだ?」

「俺に金がないからだ」

「金がないか……いくらまでなら出せる?」

店主は唸り聲をあげながら手元の報端末を作して、畫面に表示させた値段を私に見せる。たしかにない額だった。相場の半分もないように思えた。

「それしか金がないのに、よく商売なんてしようと考えたな」

「その金を貯めるのに、俺は死ぬほど苦労した」

店主の言葉に、私は自分自の辛辣(しんらつ)な態度を反省する。

「悪かった。気分を害したのなら謝るよ。俺も苦労してきた人間だ。あまり悪く取らないでくれ」

「気にしてない」と、私の半分しか背丈のない子どもが悔しそうにつぶやく。

「なら、こうしよう。その半分の値段で取引しよう」

「俺を馬鹿にしてるのか?」と、店主は茶髪を揺らしながら言う。

「していない。ご祝儀だと思ってくれ」

「ごしゅうぎってなんだ」

店主の素樸な疑問に答える。

「祝いだよ。商人になったばかりなんだろ?」

「新人だからバカにしてるのか?」

「違う、そうじゃない。誰にでも最初はある。恥じることなんてなにもない」

「そう。まぁいいんだけどさ。あとで殘りの金を払えって言っても出さないよ」

「そんなこと言わないさ」

周囲に視線を向ける。相変わらずジャンクタウンの大通りは人で混雑していた。國籍が意味をなくして、どれくらいの時が流れたのはわからないが、人々はそれを當然としてわって生活をしている。この世界で差別されるのは弱者だけだ。

「カード出して」

店主の言葉に私はIDカードを取り出し、彼の端末にかざした。料金が振り込まれたことを知らせる電子音が鳴ると、私はカードを懐にしまった。

「頑張れよ」

店主に聲をかけたあと、その場を離れた。

『子どもに優しいんだね。それとも相手がの子だったから?』とカグヤが言う。

「俺を強請(ゆす)ろうとしたバカどもから結構な収があったし、気まぐれってやつだよ」

『ふぅん。それで、これからどうするの?』

「まずは部屋に戻るよ。ミスズを待たせているし」

『診療所の?』

「そうだよ。それからミスズを連れて軍の販売所に行って、裝備の補充をする」

『それなら道が違うよ』

「ヨシダのジャンク屋に寄っていく」

『なにかほしいの?』

「ヴィードルの武裝だ。いい加減、まともな裝備がほしい」

『武だけどジャンク屋にあるかな?』

「ヨシダの店にはなんでもある。ゴミもあれば〈シールド生裝置〉みたいな貴重な荷することもある」

裏路地にると廃材やジャンク品が山のように積まれている一角に出る。店先に立っていたヨシダの妻に丁寧に挨拶してから店にっていく。武が並べられている棚を眺めていくと、重機関銃がいくつか見つかる。そのなかでも狀態がいいモノを探していく。

「レイ、今日はひとりか」

ヨシダの言葉にうなずいて、適當に挨拶してから本題にる。

「早速で悪いけど、ヴィードル用の武裝がほしいんだけど、何か掘り出しはある?」

「貴重なものはないな。今はそこにあるものだけだ」

ヨシダは手元の機械を弄(いじ)りながら質問に答えた。

「軍用規格のものがほしい」

「ヴィードルに搭載する正規の武裝は、基本的に軍用のモノだけだ」

「たしかにそうだな……」

「こいつはどうだ? それなりの値段がするが、最高の狀態だ」

「ミニガンか……値段は?」

ヨシダは端末を作してから私に値段を見せた。

「わかった。それで構わないよ。こいつの弾薬はあるか?」

「どれくらいほしいんだ」と、ヨシダはちらりと私に視線を向ける。

「ヴィードルに詰め込めるだけ」

「戦爭でもする気なのか」と、吉田は呆れた顔を見せる。

「そんなじだ」

IDカードを取り出して支払いを済ませる。それなりの値段がしたが、青年たちから得た臨時収だけで買うことができた。

「ミニガンは整備工場に送っておくぞ」

「追加料金を出すから、できるだけ換裝を急がせてくれないか」

「追加の金はいらん。いつものように厄介事を抱え込んでいるんだろ?」

「助かるよ、ヨシダ」

ジャンク店を出ると大通りを進んでいく。日も傾いて、空が茜に染まり始める。クレアのことは心配だった。正直、不安で仕方なかった。けどなにをするにしても今は準備をしっかりしないといけいない。ミイラ取りがミイラにならないように、できることはなんでもする。

診療所の二階にある部屋に向かう、錆びた階段の先にが立っているのが見えた。金しい髪に、整い過ぎた人形のような顔。そしてそのしさに不釣り合いな戦闘用のスキンスーツを著ている。

「レイ、ひさしぶりですね」と、エレノアは言う。

「ひさしぶり」

し時間ある?」

私はうなずくと、二人で部屋に上がっていった。

ミスズとエレノアが話しているのを聞きながら、私はコーヒーを淹(い)れ、エレノアに手渡した。

「ありがとう、レイ」それからエレノアは言った。「クレアの拐に関わっていたのは例の宗教団でした。拐に協力したのは、廃墟の遊園地を占領していた人喰いのレイダーギャング」

私は溜息をついた。

「最近になって、廃墟で暴れていたレイダーギャングはそいつらだったのか」

「うん。間違いないですよ」と、エレノアは敬語が混じった獨特な言葉遣いで言う。

「あの……えっと、彼らの目的は私ですか?」

不安そうな表を浮かべながら訊(たず)ねるミスズに、エレノアは答える。

「ミスズというよりは、彼らの拠點を荒らして、彼らの獲を奪ったレイが目的です」

「俺の所為(せい)でクレアたちが被害にあったのか?」

「正確には違います。廃墟の街で人間を攫(さら)っているのは宗教団だ。レイダーは教団から武を提供してもらう見返りに、教団の企みに協力していました」

それ聞いて私は呆れてしまう。教団は本當にイカれていたらしい。略奪者の集団を支配できると本気で考えていたのか?

「レイダーギャングが教団に従うわけがない」と私は言った。

「そう、彼らは従いませんでした。宗教団は數人の信者を殘して、ほとんど殺されて食べられてしまったみたい」

エレノアの言葉にミスズは顔を青くした。捕まったときのことを思い出したのだろう。

「食べる……ですか」と、ミスズはつぶやく。

ミスズを元気づけようとするカグヤの聲を聞きながら、私は思考した。

「レイダーに喰(く)われなかった連中が、今はレイダーギャングを指揮しているのか?」

「よく分かりましたね」エレノアはそう言うと、菫(すみれ)しい瞳で私を見た。「信者のなかには、指導者の素質を持った人間がいた。クレアたちの醫療班が拐されたのも、きっとその所為(せい)ね」

「不死の導き手は人間を攫(さら)って何を企んでいるんだ?」

「神に近付くための犠牲、あるいは捧(ささ)げものにしているみたいだね」

「捧げもの?」

を捧げて、機械に昇華(しょうか)するための儀式です。彼らは〈守護者〉を崇(あが)めていて、を捨てることが神に近付く唯一の道だと信じています」

「死んだら昇華も何もないだろうに」

神は機械人形に送られるの」

「そんなことが可能なのか?」

「特殊な裝置に脳波パターンを記憶して、増幅させたものを機械人形の(からだ)に転送しているみたいですね。裝置の所在は判明していないし、それが本當に存在しているのかも分かっていないけど」

「連中が何を考えて行しているのかは、俺には分からない。けどとにかく、奴らが行を起こす前にクレアを救い出さなければいけないな」

「でもそんなに猶予はないですよ。連中は廃墟の遊園地に立て籠もっていて、儀式のための準備を進めているから」

「遊園地か、そこにクレアがいるんだな」

「救いに行くのですね」

ミスズの不安がじる言葉にエレノアはうなずいた。

「私たちも助けたい。でも今は報を集めることで一杯」

「それで充分だよ」と、私は言う。

「タイミングが悪かった。仕事で隊員のほとんどがジャンクタウンを離れているの」

エレノアは悔しそうに頭を振る。彼もクレアと個人的に仲がよかった。

「久々の大仕事になるな」

「本當に行くのですね」とエレノアが言う。

「クレアのためだけじゃない、ここで友人を見殺しにしたら、俺は俺自を許せなくなる。そんな後悔を抱えて生きていたくないんだ」

「レイが遊園地を襲撃したときと違って、今回は武裝したレイダーギャング全てを相手取ることになります。そんな場所に二人で乗り込んで帰って來られるとは、とても考えられないし、今までだってそんな人間はいなかった。それでも行くのね」

「問題ないです。私たちが初めての人間になればいいだけのことですから」

ミスズの力強い言葉にエレノアはきょとんとした表を浮かべた。

「私はミスズのことを誤解していたみたいですね」

「どんな風に誤解していました?」

「レイに守られるだけのお姫さま」

エレノアの言葉に私は思わず噴き出した。

「ヴィードルを縦橫無盡に走らせて、人擬きを踏み潰すミスズがお姫さまか……それは笑えるな」

私の言葉にミスズは顔を赤くする。

「大人しそうな顔をしているのに、けっこうエグイことをしていたのですね」

エレノアに揶揄(からか)われてミスズは困ったように下を噛む。

それからエレノアは真剣な面持ちで言った。

「本當に無茶しないでね、レイ。私たちも請け負っている仕事が片付いたら、できるだけ早く駆けつけますので」

「傭兵にタダ働きさせるのは申し訳ないけど、支援はありがたい」

「タダじゃないわ、クレアの命が救える。それが代価」

「粋(いき)だね」と、私は思わず笑顔になる。

「もう行きますね。レイ、コーヒーをありがとう」

エレノアは禮を言うと、慌ただしく出ていった。

「エレノアさんたちも、レイの同志なのですか?」

ミスズの言葉に私は首をかしげた。

「どうなんだろうな。けど、俺はイーサンのことを信頼している」

「信頼ですか……」とミスズは言う。「レイは怖いですか?」

「戦うことが? それとも死んでしまうかもしれないことが?」私は自分自の言葉を否定するように頭を振った。「今は友人を失うかもしれないことのほうが、ずっと恐ろしいよ」

「そうですね……」

「今日はもう日が落ちてきたから、出発は朝方にしよう」

「わかりました。裝備はどうしますか? 一度、保育園の拠點に戻りますか?」

「いや、ジャンクタウンで用意は済ませよう。出來るだけ早くきたい。これから軍の販売所に行こう」

「一緒に行くって約束した場所ですね」

「そうだ。そのあとはヤンたちと話をしに行こう。心配しているだろうし」

私とミスズは軍の販売所に向かう。人通りのなくなった大通りを進み裏路地にり、舊文明の技で建てられた電波塔を橫目に施設にる。

施設の雰囲気が東京の施設に似ているらしく、ミスズに驚いている様子はなかった。彼が暮らしていた施設は軍関係の施設だったのかもしれない。あるいは政府関係者の施設か。いずれにしろ、それは今考えることではなかった。

端末を作してアニメ調にデフォルメされたアサルトロイドを眺めながら、必要なものを買い揃えていく。予備の手榴弾や弾薬を購する。とくに狙撃銃の弾薬は多めに購する。シールド生裝置を搭載したヴィードルはミスズに任せて、自分は狙撃に徹(てっ)しようと考えている。

もちろん、それだけで終わるとは考えていない。廃墟の遊園地に乗り込んでいって、クレアを探し出さないといけないのだから。

それから設置型のも多めに購する。略奪者たちは數が多く、圧倒的に戦力がある。まとめて多くの人間を排除できる武が必要になるだろう。やるからには徹底(てってい)したかった。人喰(く)いの略奪者を全滅する覚悟で戦うつもりだ。

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