廃墟の街に銃聲が木霊(こだま)して炸裂音が轟(とどろ)く。

ヤンたちが搭乗する軍用ヴィードルから、立ち昇る砂煙に向かって無數のロケット弾が撃ち込まれる。上空を旋回していた〈カラス型偵察ドローン〉からのサポートをけていたロケット弾は、人喰(く)いの略奪者がるヴィードルに向かって真直ぐ飛んでいくと、次々と著弾する。

略奪者たちのヴィードルが発に呑まれたことを確認したカラスは、銃弾飛びう空をゆっくりと旋回し、戦場から一時的に離する。

兇悪な武裝集団が占拠する廃墟の遊園地近くで、略奪者たちの待ち伏せ攻撃によって始まった戦闘がどれほどの時間、継続しているのかは分からなかった。我々がどれほどの敵を殺し、どれだけのヴィードルを破壊したのかも分からない。

とにかく略奪者たちは死に狂いで我々に攻撃を仕掛けてくる。たとえ略奪者たちのを重機関銃で八つ裂きにしたとしても、恐怖を抱かない壊れた神が、痛覚をマヒさせ、痛みを知らないが彼らを死地へと前進させた。

略奪者たち死の恐怖を奪ったのは、安の覚醒剤の類だろう。依存が高く安易に手が可能なモノで、快楽を求めて彼らが常用するものだった。そしてそれは、死の恐怖すら乗り越える偽の勇気を彼らに與えていた。

『レイ、上空のカラスが狙われてる』と、カグヤの聲が耳に聞こえた。『一旦、戦場を離させる』

「了解」

銃弾を避けるようにして飛んでいたカラスから視線を外すと、縦桿のスイッチを押し込む。システムによって再現された重機関銃の鈍い撃音がコクピットに響いて、目前に迫っていた敵のヴィードルをだらけにした。

「攻撃、來ます！」

騒がしい警告音が鳴り響くと、ミスズはヴィードルを的確に縦して、建の壁面に向かって飛んで敵の攻撃をやり過ごした。敵の數は増える一方で、我々に対する攻撃の手が止まことはなかった。

「ヤン、そっちはどうだ？」

私の聲に答えるように、ヤンの搭乗するヴィードルが廃墟の間から姿を見せた。その際、目の前に飛び出てきていた略奪者のひとりを鉄の腳でグシャリと踏み潰した。

『連中のヴィードルは大潰せたみたいだが、もうロケットランチャーが――』

略奪者の放ったロケット弾がヤンたちの搭乗するヴィードルに直撃した。ミスズはすぐに攻撃に反応すると、ロケットランチャーを擔いだの背後に移する。あとは重機関銃の照準を合わせてスイッチを押し込むだけでよかった。

鈍い音を発する短い撃のあと、バラバラになった敵の姿を確認することなく私はヤンたちの軍用ヴィードルに視線を向けた。

発の衝撃で立ち昇る砂煙から姿をあらわしたヴィードルは、無傷とはいえなかったが、それでも敵の攻撃に耐えていた。重量があり、それ相応の裝甲を持つヴィードルは簡単に破壊されない。その分、速度が出せないことが弱點だったが。

ヤンたちの軍用ヴィードルは前方の建に向かって重機関銃の掃を行った。こちらに向けてロケットランチャーを構えていた略奪者たちは、バラバラの片になって吹き飛ばされていった。

「まだやれるか、リー？」

しばらくの沈黙のあと、彼の聲が聞こえる。

『まだやれる。でも、考えなしにこのまま戦っていたらマズいことになる』

『この狀況を打開する必要がある』とヤンが言う。

私は空を仰ぐ。全天周囲モニター越しに見えた空は青く澄(す)んでいて、雲ひとつなかった。けれど太平洋側の空に厚く暗い雲が立ち込めていて、空全をゆっくり呑み込もうとしているのが見えた。

『俺たちがこの場で囮になって敵を引き付ける。その間にレイは遊園地に潛してくれ』

私は視線を落とすと、リーの言葉に答えた。

「そうだな……。けど遊園地には俺がひとりで向かうよ」

『ひとりは無茶だ。せめてミスズと一緒に行ってくれ』

「ダメだ」と、私は頭を振る。「ヴィードルがけば目立つ、ここで敵を二つに分けたくない。遊園地には俺ひとりで潛する」

「本気ですか、レイラ」と、振り返ったミスズは不安そうな顔を見せた。

「ああ、本気だよ」

『なら、ここは俺たちに任せてくれ』

リーの言葉を合図に我々はき出した。

ヤンたちの軍用ヴィードルが敵の注意を引き付けるために道路に出で、攻撃部隊に向かって攻撃を始めると、ミスズは廃墟のにヴィードルを移させた。

私は裝備の確認を手早く済ませると、狙撃銃を肩に提げてヴィードルを降りた。

「ミスズ、敵のきに用心してくれ。これで終わるとは思えない」

ミスズはヴィードルを降りると私に抱きついた。

「レイラも気をつけてください」

軽い抱擁のあと、私はミスズを安心させるように笑みをつくる。

ミスズがヴィードルに乗り込むのを確認すると、その場を急いで離れた。建の間をうように駆けて、散する瓦礫(がれき)を飛び越えていく。人間離れした(しんたい)能力を憾なく発揮していく。途中、崩れかけた廃墟から〈追跡型〉の人擬きがあらわれて、私のあとを追ってきた。

四足歩行のグロテスクな化けを無視して、ヤンたちの軍用ヴィードルを攻撃しようとして待ち伏せしていた略奪者の集団の中に飛び込んだ。

サブマシンガンを使って至近距離で掃を行う。倒れた數人の略奪者の(からだ)を飛び越えると、こちらに銃口を向けている男に向かってナイフを投げた。首元に突き刺さったナイフに男は驚き、銃を出鱈目にした。

銃弾は彼の仲間と、私を追跡していた人擬きに命中する。人擬きは怒りにも似たをみせると、男の腹に咬(か)みついた。私は略奪者の無殘な死を見屆けることなく走り出す。

建の壁面に飛びつくと、錆びて崩れそうになっていた非常階段を駆け上がる。建の屋上、腹這いになってライフルの照準を覗きこんでいた略奪者の足首を摑(つか)むと、そのまま建の下に投げ落とした。

そして男が取り落としていた対ライフルを拾い上げると、遊園地の方角からやって來る舊式の作業用大型ヴィードルに狙いを定める。

銃聲と共に肩に重たい衝撃をける。無骨な大型ヴィードルの腳が弾け飛ぶのが見えたが、尚も大型ヴィードルは前進を続ける。略奪者たちの手で改造されているのか、車両には裝甲代わりの鉄板が溶接されていて、赤茶に腐食した裝甲の間から砲がびているのが見えた。

私は膝をついてヴィードルの腳を狙って撃を行う。反対の腳が吹き飛ぶと、大型の車両は行不能になった。ヴィードルは大きく姿勢を崩していて、瓦礫(がれき)に顔を埋めるようにしてきを止めていた。けれど車上部に取り付けられていた砲塔は生きていて、こちらに向かって砲がくのが見えた。

ライフルを手放すと、躊躇(ためら)うことなく建屋上から飛び降りた。

発音を聞きながら落下し建の壁面に向かって腕をばした。なんとか壁から突き出ていた瓦礫(がれき)の縁(ふち)を摑むことで、高所からの落下を逃れる。が、壁面にを強く打ち付けて、空気を求めて(あえ)いだ。そのまま転がるようにして地面に落下するが、すぐに立ち上がって移しようとする。しかし溜まりに足を取られて倒れそうになる。

路地裏に視線を向けると、言わぬ死となった略奪者に覆いかぶさる複數の人擬きが見えた。私の存在に気がついたのか、化けは口の先から腸をぶら下げたまま私を見つめる。ハンドガンを素早く引き抜くと、人擬きに向けて発砲した。

一発、二発、三発目の引き金を引き終えると、(からだ)を捻るようにして人擬きの噛みつきを避けた。ひどい腐臭に顔をしかめ、両手でしっかり握ったハンドガンで確実に化けの頭部を撃ち抜いていく。四目を無力化すると、建の影から新たな人擬きが飛び出してくるのが見えた。

と、銃聲が辺(あた)りに鳴り響いて、無數の銃弾が人擬きのに食い込んでいく。振り返ると數人の略奪者が小銃を構えていて、こちらを狙っているのが見えた。もちろん彼らは私を救うためにあらわれたわけじゃない。

私は略奪者たちからを隠すように、錆びついてひっくり返っていたヴィードルのに隠れる。人擬きは私の橫を通り過ぎて、建に銃聲を反響させていた略奪者たちに向かって飛び掛かる。

「カグヤ、ミスズはどんなじだ」

喰(く)い殺される略奪者を橫目に見ながら路地にると、敵のきに警戒しながら狹い通路進んでいく。

『問題ないよ。順調に敵の數を減らしてる』

「ミスズは大丈夫か？」

『ちゃんと戦えてるよ、何も問題はない。ミスズはそんなにな人間じゃない』

「そうか……」

目の前に急に飛び出してきた人擬きに銃弾を撃ち込むと、弾倉の換を行う。

『大丈夫？』

「平気だ。けどし手を貸してくれ。狙撃で敵の數を減らす」

『了解』

舊文明期以前の崩れかけた建を見つけると、外階段を使って屋上にあがる。そして素早く周囲の安全確認を行い、敵がいないことを確認するとライフルを構えた。

狙撃で五人目を殺し終えるころには、略奪者たちも建の屋上を警戒するようになった。七人目を殺し終えたとき、私に向かって銃弾が飛びうようになっていた。

私はにを隠して、敵の攻撃をやり過ごした。戦場から離させていたカラスを上空で旋回させると、カラスの眼を通して敵の姿を確認していく。彼らは手ごたえがないとじ取ると、私が潛んでいた廃墟に侵してきた。

私はゴミと瓦礫が散する建にると、人擬きに警戒しながら幾(いく)つかの罠を仕掛けてその場を離れた。屋上に戻って數人の略奪者が建にったことを確認すると、助走をつけてとなりの建に飛び移った。そしてそこから狙撃を継続した。

罠を仕掛けた建で何度か炸裂音が鳴り響くと、私は道路に飛び降りて、遊園地に続く路地にる。

周囲には略奪者と人擬きの戦闘が殘した多くの死が転がっていた。腹から腸を垂らす略奪者の死骸があれば、足を失いだけになっても、もぞもぞとをかしている人擬きの姿もあった。切斷された首がいていて、それを人擬きのモノだと思っていた。しかし切斷面から見たこともない昆蟲が顔を出して、私を驚かせた。

しばらく走ると、先ほど狙撃して破壊した大型ヴィードルの側にたどり著く。ヴィードルの周囲には數人の略奪者がいて、なにやら作業を行っていた。

『車両の修理中かな』

カグヤの言葉に私は疑問を浮かべ、それから納得した。

「修理できる奴らがいるから、ヴィードルを運用できる。レイダーの整備士は、この場で全員始末したほうが良(よ)さそうだな」

瓦礫からを乗り出すと、サブマシンガンで辺りを適當に掃し、また瓦礫にを隠した。錆びた鉄板をボディアーマー代わりに使用していた略奪者たちは、大聲で何かをんでいたが、反撃してくることはなかった。

撃ち盡くした弾倉を換し、カラスの眼をつかって敵の狀況を確認する。きがないことを確認すると、続けて撃を行う。大型ヴィードルのにを隠せていなかった數人の略奪者が倒れたことを確認すると、手榴弾を放り投げた。

炸裂音と共に略奪者が飛び出してくるが、彼らは武を持っていなかった。

躊躇(ためら)うことなく殺すると、逃げ出したの背中に向かって発砲した。人喰(く)いの略奪者たちに慈悲(じひ)はいらない。ここで確実に始末していく。略奪者の生き殘りがいないことを確認すると、遊園地の廃墟に向かって走り出した。損傷した大型ヴィードルは確実に破壊して、修復できないようにしておきたかったが、時間も裝備も足りていなかった。整備士を始末できたので、それでヨシとした。

『レイ、そっちは大丈夫か？』

ヤンから通信がると、私はにってを屈める。

「もうすぐ遊園地だ、そっちはどうだ」

『相當な被害を出したあとだけど、やっと奴らも隠れることを覚えたよ』

「つまり膠著(こうちゃく)狀態か」

『そうだな。レイダーの増援はないが、他に問題がある』

「なんだ？」

『騒ぎを聞きつけて、人擬きの數が増えてきている』

私はを乗り出して、遊園地の方角に視線を向ける。ここから遊園地まで高い建はない。狙撃を気にすることなく、一気に走り抜けられそうだった。

瓦礫に背中をつけると、ヤンに返事をした。

「厄介だな。レイダーと違って奴らは武をもたないが、それでも數が數だ。囲まれたらきができなくなる」

『分かってる。だから、レイも急いでくれ』

「了解」

そのときだった。廃墟に炸裂音が轟(とどろ)く。視線を上げると、ヤンたちが戦闘を行っていた方角から砂煙が立ち昇るのが確認できた。

『戦車だ、レイ！』

リーの焦った聲が聞こえてきた。

「戦車？　どんなやつだ」

『私とレイラが以前、襲撃された多腳戦車です！』と、ミスズの聲が聞こえた。

〈三十三區の鳥籠〉近くで戦闘になった多腳戦車のことを思い出した。あの戦車は完全自律型の戦闘車両だった。戦闘に介してきたタイミングは最悪だが、なくとも略奪者たちの増援ではないのだろう。

「サスカッチだな……。レイダーも攻撃目標にされているか？」

ビーム兵特有の鈍い発音が街に響いていた。

『はい、無差別に攻撃しています』と、ミスズが答えた。

「ミスズ、サスカッチとは絶対にやり合うな。ヤンたちにもそれを徹底させろ。戦車はレイダーたちに相手してもらう。もしも戦車が向かってきたら、なりふり構わずそこから退卻しろ」

『逃げろって、俺たちがそんなことしたら連中も遊園地まで引くぞ！』と、ヤンが怒鳴る。

「それは仕方ない、こっちは俺がなんとかする。問題は戦車だ。ヤンたちの軍用ヴィードルでも、サスカッチとはやりあえない」

『そうなのかもしれないけど――』

『了解した』と、リーの聲が聞こえる。『レイダーたちと爭うように、上手(うま)いこと戦車を導だけして、俺たちはそのまま戦場を離する』

「油斷するなよ」

通信が切れると、廃墟の遊園地に視線を向けた。

略奪者たちの多くが戦闘を行うため街に出払っているのか、遊園地の周囲は靜かだった。上空にいるカラスの眼で周囲を確認すると、數人の見張りが出口に立っているだけだった。興味深いとじたのは、〈三十三區の鳥籠〉で見かけたような、死をつかった気味の悪いオブジェがいくつかあることだった。それは以前までなかったモノだ。

オブジェは全部で十數はあっただろうか、もしかしたら、これらは一部だけなのかもしれない。鉄骨に縛られた人々はいずれも焼死だ。舊式のインプラントで(からだ)が飾られ、グロテスクな死を異形なものに変えていた。は教団の謎の儀式で使用されたもので間違いないのだろう。

不死の導き手の信者に生き殘りがいると聞いていたが、本當だったらしい。

私はもう一度、空を仰いだ。

この戦地でどれほどの命が奪われたのだろうか。

略奪者たちが積み上げた死と、我々が積み上げる死にたいした違いはない。それでも我々が積み上げる死のおかげで、略奪者によって生まれるかもしれない死や悲しみが減るのならば、我々が行っていることにも意味はあるはずだった。

私は息を吐き出すと、これからの行について考えを巡らせた。