《貞観念が逆転した宇宙人の軍隊でエースパイロットの俺だけが唯一男な話【書籍化決定!】》第一話 輝星、降り立つ
「お客さん、起きてください」
そんな言葉とともに肩を揺すられ、北斗輝星(ホクトキセイ)は眠りから覚めた。大きなあくびをしつつ目を開けると、目の前にはスーツをにまとった中年の姿がある。
「あ、ハイ」
呆けたような聲で返事をしつつ、輝星は周囲を見回した。樹脂製の古ぼけた椅子の立ち並ぶうらびれた待合ロビー。正面にでんと置かれた電掲示板には○○行き定期便何時何分発云々などといった文字が躍っている。
「いや、スンマセンね。久しぶりの長旅でちょっと疲れちゃって」
笑いながら答える輝星に、中年は年甲斐もなく赤面した。彼がモデルやアイドルでもそうそう見ないような、線の細い極めつけの年だったからだ。
「いえいえ」
苦笑する中年。その頭頂部には、まるでネコかオオカミのような形狀の耳が生えていた。明らかに奇妙な外見ではあるが、輝星に気にする様子はない。
「一人旅ですか?」
「ええまあ。仕事でね」
「まあ」
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軽く驚いたような聲を出し、中年は輝星をまじまじと見た。厚手のジーンズにビンテージのフライトジャケットというラフな格好で、とても仕事人とは思えない雰囲気を出している。
「お迎えは? ご存じでしょうがこの星は治安が……男がおひとりで歩くのは危険ですよ」
「わかってるんですけどね。先方もなかなか忙しいみたいで」
そういいつつ、輝星はポケットから出した攜帯端末を一瞥して時間を確認した。一瞬顔をしかめ、すぐに表を笑顔に戻す。
「や、スイマセン。ちょっと寢過ごしましたねこりゃ。待ち合わせに遅れそうなんで、そろそろ行きます」
輝星は立ち上がり、足元の小さなキャリーケースの取っ手をつかむ。
「ありがとうございました。またご縁があれば」
「え、ええ。お気をつけて」
一禮したあと、輝星は小走りでロビーの正面扉から外へ出た。し歩き、振り返る。背後にあったのは小さな建と、そしてそれに反比例するように巨大な、天に向けて屹立するマスドライバー・レール。建の橫には大きく『ベサリア宇宙港』と書かれた看板がある。
「さてさて……」
視線を戻し、攜帯端末を出してマップアプリを開いた。しかしそこに表示されていたのは『この星域は本サービスではサポートしていません』という非な文字。顔をしかめ、輝星は歩き出した。
それから二時間後。輝星は額に汗を浮かべながら裏路地を歩いていた。右手には紙の地図を持ち、左手の小脇にはくしゃくしゃのフライトジャケットをひっかけている。
「參った……」
このあたりのはずという目星はついているものの、すっかり迷ってしまっていた。顔の汗をぬぐい、天を仰ぐ。青っぽい太がギラギラと輝き、苛烈な日差しを四方八方に放っている。
「これでも冬か。しくじった」
そうつぶやいた時だった。どこからともなく現れたたちが、輝星の前に立ちはだかった。
「おいおいニーチャン、どうしたんだよこんなところで」
「迷子になっちゃったのかなー? うーん?」
一様にニヤニヤと薄気味の悪い下卑た笑みを浮かべ、お世辭にもガラが良いとは言い難い服裝の娘たちだ。全員、先ほどの中年と同じく頭部に獣じみた耳をはやしている。
「げ」
苦い表を浮かべ、輝星は一目散に逃走しようとする。だがそれより早く一番長の娘が彼の倉を摑み、そして軽々とを持ち上げた。輝星が華奢な格をしてるとはいえ、娘のほうもガタイがいいとは言い難い。不可思議な景だった。
「ママに教わらなかったのかなぁ? 外にはこわーい人がいっぱいいるってさぁ」
そういって彼は輝星を近くの民家の壁へ押し當て、頬をベロリと舐める。
「俺、急いでるんで……金でカンベンしてくれないっすかね」
「金? いらねぇよそんなもん」
娘は言い捨て、輝星を地面に転がした。
「わかってんだろ、アタシらの目的をさ」
そう言って彼は輝星のズボンのベルトに手をかけた。
「冗談キツイぜ……!」
慌てて振りほどこうとする輝星だったが、完全に力で抑え込まれてしまう。重機を思わせるすさまじい膂力だった。たとえ輝星が筋骨隆々の大男でもとても抵抗できるような相手ではない。まして彼は一般男より明らかに非力なのだから、もう勝ち目などない。
それは向こうも承知しているようで、嬲るようにゆっくりと輝星の抵抗を押さえつけていく。その頬は紅し、吐息は獣のように荒かった。
まさに絶絶命。しかし靜かな、それでいてよく響く鋭い聲が彼らの行を咎めた。
「何をしているのです」
そこにいたのは、雪のような真っ白い長髪のだった。流麗な軍服をまとい、アクアマリンのような瞳が冷たくたちを睨みつけている。
「なに? 邪魔しようってワケ?」
「無論、當然です。━━貴様らのような狼藉者を許すわけにはいきませんので」
「へぇ……」
その言葉に、は輝星を押さえつけていた手を緩め挑発的な笑みを浮かべる。輝星が即座に逃げようとしたが、別のにつかまれてきを止められる。
「ちょっと調子乗ってんじゃない? 軍人サン」
そういうなり、チンピラ娘は軍服に毆り掛かった。目にもとまらぬようなすさまじい速度で薄し、強烈なパンチを振るう。
「ふん」
しかしその拳は、軍服の手により容易にけ流された。そしてび切った腕をつかみ、ねじり上げた。
「いだだっ!」
「喧嘩殺法では」
そのままねじった腕に力を込めると、チンピラは悲鳴を上げた。
「実力の違いが分かりましたか?」
そこまで言ったところで、軍服は腰のホルスターからリボルバー拳銃を疾風のような速度で抜き、発砲した。乾いた銃聲とともに、チンピラ娘の手下が懐から出したナイフが宙を舞う。
「……さっさと失せることです。ケガをしたくないならば」
「ク……わかった。離せよ!」
軍服が解放してやると、チンピラ娘は悪態をつきながら立ち上がり服についたほこりを払う。
「いくぞ!」
「ハ、ハイ」
ぱっと背を向けて歩き出すチンピラ娘に、手下たちも続いた。あとに殘された輝星に、軍服が手を差しべる。
「大丈夫でしたか?」
「ええハイ。ありがとうございます」
その手を摑んで立ち上がり、輝星は頷く。
「よかった。この辺りは危険な地區です。安全な場所にお送りしましょう」
「や、その必要はないですね」
軍服の言葉に、輝星は首を左右に振った。そして両足を揃え、ぴしりと敬禮しながらの目を見る。
「シュレーア・ハインレッタ皇殿下ですね。北斗輝星、ただいま著任しました」
「北斗……輝星!?」
「ええ。あなたが雇った傭兵の北斗輝星ですよ」
先ほどとは打って変わった挑戦的な笑みとともに、輝星はそう言い放った。
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