「"兇星"がこの星系にいるって噂、聞いた？」

星ベサリアのほこりっぽい大気を切り裂いて飛ぶ一機のストライカーのコックピットで、パイロットが僚機にのんきな聲で話しかけた。

「"兇星"って、あの？」

「そうそう。戦場で一たびその姿を見れば、必ず墮とされる兇兆の星……なんて言われてるアレ」

「マジ？　あたしら、ヤバイじゃん」

揺の聲を上げる僚機のパイロット。ストライカーのパイロットの多くが耳にする都市伝説の一つが、凄腕の傭兵"兇星"の噂だった。

「楽な任務のはずだったのになァ」

僚機がぼやく。監視はザル、迎撃機も舊式ばかり。予定では半日足らずで制圧が完了する簡単な作戦なのだ。被撃墜の憂き目を見るのは勘弁願いたい話だ。

「くだらないことを言ってるんじゃないよ」

會話に割り込んできたのは、蓮っ葉な口調のハスキーな聲だった。小隊長だ。

「そんな弱気じゃあ"兇星"どころか新兵(ニュービー)のヒョロ弾でも墮とされちまうよ」

嘲笑するような聲に、パイロットは口を一文字に結んだ。

「それに噂が本當なら、"兇星"とやらは絶世の年らしいじゃないか。捕虜にして滅茶苦茶にしてやりたくないかい？」

その言葉に、は反的にコンソールに張り付けたピンナップ寫真に目をやる。そこには半の年モデルが寫されていた。そっとをなめる。

「確かに」

所帯の軍隊暮らしだ、は溜まりにたまっている。

「ま、"兇星"サマをご招待できなくとも、市街地に行けばいい男の一人や二人いるはずさ。こんな辺境だ、ちょっとばかりハメを外しても誰も文句は言わないよ」

「いいんですか？」

僚機が歓喜の聲を上げる。

「もちろんさ。でも、まずは仕事だよ。事前報によれば、この辺りに迎撃機が発進する地下リフトの出り口があるはずだ。調べるよ」

隊長の命令に従い、周囲にセンサー・スキャンを走らせる。果たして妖しい場所は……あった。、ストライカー用のリフト・ハッチだ。巧みに偽裝はされているものの、諜報部が事前に調査した報によりだいたいの場所に當たりをつけているので、発見は難しいものではない。

「よし、全機著陸。ダミーかどうか調べた後、アタリなら後詰を呼ぶ。いいね」

「はっ！」

俄然やる気の出てきたは大聲で返事をし、荒野然とした大地に機を著陸させる。赤茶けた砂ぼこりがスラスター噴で巻き上げられ、もうもうと煙が舞う。

「ん……？　隊長、振センサーにあり。敵機がこのリフトを使っているのでは」

「ふ、飛んで火にいる夏の蟲ってヤツかい。かわいそうな敵だこと。エリティ、お前がやりな」

「了解」

エリティと呼ばれたは機にブラスター(粒子)ライフルを構えさせた。狙いは當然、リフトの出り口。敵機が現れ次第撃てるように縦桿のトリガーに指をかける。

「楽に撃墜一、味しいわね」

一方、リフトで地上へ昇っている最中の"グラディウス改"。そのコックピットで、輝星が「ほほぉ？」と唸った。

「ど、どうかしたのですか？」

「いやぁ？」

気楽に応える輝星。

『地上まで殘り十秒』

機AIがのこもらない聲でアナウンスした。

『殘り五秒。三……二……一』

地上の明るいが、コックピットのモニターいっぱいに広がった。それと同時に、赤いビームが弾ける。

「効かないんだよなァ！　これが！」

敵機の攻撃だとシュレーアが悟るより早く、輝星がぶ。いつの間にか、"グラディウス改"の右手には緑のビーム刃を展開したフォトンセイバー(粒子収束剣)が握られていた。

「なっ……敵機！？」

メイン・モニターには武裝した赤いストライカーが三機映っていた。機コンピュータが自で機種照合を行い、"RMX-55ジェッタ"という表示が浮かび上がる。

「しかし、これは……」

だが、不可解なことにブラスターライフルを構えていた一機の腹には熱線で開けられたと思わしき大が開いていた。一瞬遅れ、その"ジェッタ"が轟音とともに倒れる。

「打ち返しただぁ！？　ライフルを、セイバーで！？」

異様な狀況で正しい狀況判斷ができたのは、隊長ただ一人だった。歯噛みし、自らもライフルを構えさせる。そして躊躇なく発砲。

赤いビームが"グラディウス改"に迫る。しかし輝星は冷靜にフォトンセイバーを振るう。特徴的な甲高い音とともにビームが弾き飛ばされ、そのまま手の元へと帰ってゆく。まるでバッターに打たれた野球ボールだ。

「ぐっ……」

隊長機はかろうじてこれを左腕のシールドで防ぐ。しかしこれを読んでいた輝星は機のスラスターを吹かし隊長機に薄する。

「こ……の野郎！」

"グラディウス改"の撃武裝が対艦ガンランチャーしかないことを見て取った隊長は、即座に自機にライフルを捨てさせ、肩のウェポンラックからフォトンセイバーを抜いた。

「ケイ！　あたしが抑える！　距離を取ってライフルで狙うんだ！」

突進を止めるべく、フォトンセイバーを構える隊長機。だが両機が衝突する瞬間、輝星は縦桿を引きフットペダルを思いっきり踏み込んだ。

"グラディウス改"は突如ふわりと浮き上がり、後退に転じる。そのせいで煙が巻き上がり、隊長機をモロに包み込んだ。

「目つぶし？　小癪な！」

學カメラを封じられたとて、レーダーも赤外線センサーもある。位置を見失ったりはしない。轟音を立てて著地する"グラディウス改"に向けて機を前進させる。

「喰らいやがれ！」

襲い掛かってくる赤い刃を、輝星は正面からけ止めずフォトンセイバーでけ流した。センサー頼りでは相手の細かいきには対応しきれず、隊長機はたたらを踏んで姿勢を崩した。

わずかにスラスターを焚く輝星。同時に轟音と衝撃が"グラディウス改"のコックピットを揺する。左腕の杭打機(パイルバンカー)からリニア機構によって杭が飛び出し、敵機の腹を打ち抜いたのだ。

「殘り一機！」

作油に濡れた鈍の杭が巻き取り機構により元の位置に戻る。腹部に據え付けられたエンジンを完全に破壊された隊長機は、一瞬にしてそのすべての機能をダウンさせ地面に崩れ落ちる。

「パイル……バンカー！？　まさかコイツが"兇星"！？」

最後の一機のパイロットが悲痛な聲を上げ、半ば本能的にトリガーを引いていた。ブラスターライフルの砲口が瞬き真紅のビームが大気を灼く。しかし……。

「ビビッて撃つくらいなら退きゃあいいものをッ！」

フォトンセイバーによってビームはたやすく弾きとばされた。輝星はフットペダルを踏み込み、機を敵機に向けて加速させる。"グラディウス改"のコックピットには、ロックオン警告がうるさいくらいに鳴り響いていた。肝を冷やすその電子音に、シュレーアは完全に顔を青くしている。

そして顔を失っているのは敵機のパイロットも同じだ。なんとか撃ち落とそうと、ライフルの撃を続ける。一、二、三。だが結果は変わらない。

「ヒッ……！」

とうとう完全に戦意を失い、敵パイロットはライフルを捨て機を反転させた。スラスターを焚いて空へと飛び立とうとした瞬間、その背中に杭が突き刺さる。

轟音を立て、"ジェッタ"が地面をえぐりながら吹っ飛んでいく。輝星が機を停止させた。モーター音とともに黒りする杭が出機構に収納されていく。

「……とりあえず三機撃墜。腕前を示すには十分ですかね？」

どこか不満げな聲で、輝星がシュレーアに聞く。

「あ、ああ……」

それに対し、彼はどうにかこうにか頷くことしかできなかった。

「十分すぎるくらいですよ」