「ネシア隊通信途絶！　ストライカー隊の損耗五割を超えました！」

「レファーソンより自航不能との報告！　隊列から落伍していきます！」

「馬鹿野郎！　たった一機にどれだけの醜態をさらせば気が済むのだ！　火力を集中しろ！」

ノレド帝國第七機艦隊の旗艦、"プロシア"の艦橋は阿鼻喚の様相を呈していた。航空參謀が額に青筋を浮かべてび、通信主が次々と耳をふさぎたくなるような報告を上げる。

そんな中、艦隊司令でありノレド帝國の第十三帝姫ヴァレンティナ・トゥス・アーガレインが靜かに司令席から立ちあがった。

「これが"兇星"か。なるほど、噂は誇大ではなかったらしい」

一個艦隊がたった一機のストライカーに手玉に取られるという異常事態にも関わらず、その顔には心底愉快そうなが浮かんでいる。

「殿下……？」

眼鏡をかけた參謀が、いぶかしげな表で聞く。

「この窮地をする妙案を思いついた」

カールのかかったかな金髪をかき上げ、堂々と言い放つヴァレンティナに、參謀が相を変えた。

「まさか……いけません！　殿下！」

「一騎打ちだ！　わたしの馬を用意せよ！」

「駄目です、殿下！　それはなりません！　殿下！　殿下ぁ！」

それから數分後。いまだ敵ストライカーと激烈な宇宙戦を演じていた"グラディウス改"のコックピットで、シュレーアが不審の聲を上げた。

「敵が……退いていく？」

あれほど熾烈な攻撃を仕掛けてきていた敵ストライカー部隊が、まるでが引くように後方へと下がっていく。対空砲火もすっかり停止し、"グラディウス改"は完全にフリーな狀態になっていた。

「チャンスですが……あまりに不自然ですね。戦域からいったん離れた方が良いのでは」

「いや……何か來るっぽいですよ」

そう言って輝星が漆黒の宇宙に浮かぶ真紅の巨大戦艦を指さす。シュレーアがそちらに目をやると、一機のストライカーがカタパルトデッキから出された。その機はスラスターを焚きながらこちらに接近してくる。だが、被ロックオンを知らせる警告音は鳴らない。

「かの高名な傭兵、"兇星"殿とお見けする！　提案がある、いったん矛を収めてもらえないか」

公開回線(オープン・チャンネル)による呼びかけが、スピーカーから聞こえた。その言葉の意味を脳で咀嚼するより早く、シュレーアは頭をハンマーで毆られたような神的衝撃をじる。

「黒金のストライカー……皇族機！？」

そのストライカーは、漆黒の塗裝に金の流麗なエングレービングが施された豪奢な機だった。手には馬上槍を思わせる武裝を攜えており、只者ではない雰囲気を醸し出している。

「皇族？　というと……なんです、帝國のお偉いさんが乗っていると？」

「ええ。あの塗裝は皇帝に連なる者の乗機にしか許されていないものです。まさか皇族が座乗していたとは」

思わぬ大の登場に、シュレーアが顔を引きつらせる。彼自も皇族には違いないが、帝國とはあまりにも國の規模が違いすぎる

「なるほど。しかし提案ねえ……で、どうします？」

「どうするもこうするも……」

ちらりと視線をくれる輝星に、シュレーアは口を一文字に結んだ。

「……とりあえず、話だけは聞きましょう」

「了解」

頷いた輝星がコンソールを作する。

「こちら、"兇星"こと北斗輝星です。要件を聞きましょう」

そう言ってから、フォトンセイバーと対艦ガンランチャーをハードポイントへ収納し両手を上げさせた。

「謝する。顔を合わせて話がしたい、コックピットハッチを開けてくれ」

「……了解」

シュレーアに視線で確認を取ってから、コックピットハッチを解放した。二人ともヘルメットなど被っていないが、パイロットスーツの生命維持機能により周囲にはエア・フィールドが展開しており、空気が抜けて窒息などという事態は起こらない。

黒金のストライカーはまっすぐに"グラディウス改"に接近し、その両腕を摑んだ。そして自らもコックピットハッチを開ける。

「ノレド帝國、第十三帝姫のヴァレンティナ・トゥス・アーガレインだ」

コックピットの中から出てきたのは、金髪の妙齢のだった。輝星は自もコックピットシートからを離し、展開したハッチをタラップ代わりにして機外へを乗り出した。

「ドーモ、北斗輝星です」

「いやはや、腕前もそうだが容姿のほうも噂以上だな。本當に男が乗っているとは思わなかったよ」

「腕はともかく顔は褒めても何も出ませんよ」

自分よりも頭一つ以上高いヴァレンティナを見上げつつ、輝星が肩をすくめる。その顔に照れはない。ヴルド人のは、その偏った男比率から地球人(テラン)男以上に異に飢えている。この程度の口説き文句など、耳にタコができるほど聞いているのだから今さら何のを抱くこともなかった。

そもそもヴルド人は凄まじく能力に優れているのだ、下手にを許せば貧弱な地球人(テラン)などあっという間にぼろ雑巾にされてしまう。輝星も健全な男だが、そういう(・・・・)関係になれば死ぬよりひどい目にあうことが分かり切っている相手に手を出そうなどという気は全く起こらないというのが実際のところだった。

「ははは、持ちが固いな。ますます魅力的だ」

破顔してから、ヴァレンティナは輝星の後方に目をやる。を起こしたシュレーアが、殺さんばかりの眼を彼に向けている。

「ところで、そっちのは何だ？」

「ッ……！　シュレーア・ハインレッタ、あなた方の卑劣な侵攻をけているこの國の皇です！」

「うん？　ああ、聞いたことがあるような気がする。今の今まで忘れていたが」

あんまりな言い草に、シュレーアがギリリと歯を鳴らした。輝星の肩を引き、自分の後ろへ押しやる。彼を守るようにヴァレンティナの前へと立ちふさがった。

「いや、あの、雇い主が前へ出ちゃまずいのでは」

「男の背中に隠れていたとあってはが廃ります！」

「今の今までその男の縦するストライカーにただ乗っていただけのが言う言葉か？　そういったを世間ではヒモと呼ぶのだ、覚えておくがいい」

余裕しゃくしゃくの表でそんなことをのたまうヴァレンティナに、シュレーアは半ば本能的に腰のホルスターからリボルバーを抜いた。

「ふん」

それとほぼ同時にヴァレンティナも神速といっていい速さで自拳銃を抜いた。お互いに拳銃を向けあい、剣呑とした空気が流れる。

「やめてくださいよ！　話し合いに來たんでしょうが」

「くく。確かに淑たるもの男の前では見せるべきではないな。謝罪しよう」

ホルスターに銃を戻し、手をひらひらと振るヴァレンティナ。シュレーアも不承不承、それに続く。

「さて、前置きが長くなったが本題にろうか」

「……そうですね。どういった要件なのです。聞くだけは聞いてあげましょう」

額に青筋を浮かべたまま聞くシュレーア。

「ああ。端的に言えば、一騎打ちのおいだ。わたしと輝星のな？」

「やっぱり？　いやあ帝國のお偉いさんもなかなかがあるなあ」

「輝星さん！」

非難がましい聲を上げるシュレーア。それを見てヴァレンティナがクツクツとくぐもった笑い聲をあげた。

「がある、か。やはりきみは面白い」

「そりゃあそうでしょう。殺す殺されるの現場に上の人間がわざわざ出てくるなんて、なかなかの酔狂ですよ」

指揮先頭を重視するヴルド人は前線で指揮同士がぶつかることはままある事態だ。ただ、それにしてもヴァレンティナは輝星が圧倒的な実力をその眼で見ているはずなのだ。にもかかわらずこうして全く臆さず自ら前へ出るなど、相當に肝が據わっていなければできないだろう。

「何、帝姫たるもの貴種の義務《ノブリス・オブリージュ》は果たさねば下々に示しがつかないからな。それに……」

ニヤリと笑い、ヴァレンティナはつづけた。

「輝星、きみは敵をできるだけ殺さないように戦っている。違うか？」

「あ、わかります？」

ヴァレンティナの問いに、輝星はあっけらかんと答えた。シュレーアが思案顔になり、「そういえば」と小さくつぶやく。

「ストライカー相手にはエンジンを狙い、コックピットには傷もつけない。対艦攻撃にしても弱點の艦橋を狙わず、乗員のいない推進ブロックのみの破壊で無力化を狙ったな？　骨といえばあまりにも骨、わからないはずがないさ」

「人が死ぬ所を見るのが大嫌いなもんでね。こういう仕事しててなんですけど」

「エレガントだ。まったく、惚れ惚れするな。どこぞの姉とは大違いだ……」

最後の言葉は小さく、輝星に言うというよりは獨り言のようだった。

「というわけで、わたしは自分の命のことはあまり心配していない。それより、きみを無傷で倒せるかが心配だがね」

「不殺は俺の勝手な縛りですよ。そんなことは気にせずに全力で戦えばよろしい」

「いや、そういう訳にはいかないのさ。なぜなら……」

ヴァレンティナは艶然とした笑みを浮かべた。

「わたしがこの勝負に勝った時は、きみを婿にもらうつもりだからね━━」