「しかし、よかったのですか？　このような勝負をけて」

"グラディウス改"から離れていくヴァレンティナ機の背中を見送りながら、シュレーアがおずおずと聞いた。彼が出した一騎打ちの條件は、至極シンプルなものだ。輝星が勝てば、艦隊を撤退させる。そしてヴァレンティナが勝てば輝星が彼のモノになる。

前者はともかく、後者はシュレーアにはけれがたい條件だ。敗戦國の見目麗しい皇子が、勝った側へと強制的に婿りさせられることはヴルド人國家間ではよくあることだ。だが、輝星はあくまで傭兵で、しかも地球人(テラン)だ。このような慣習に付き合わされる義理はない。

「いいんですよ。勝てばいいわけですし」

落ち著いた聲で答える輝星。実際、勝てさえすれば悪くない條件だ。戦闘を継続して萬事うまくいったとしても、増援の皇國艦隊はなくない被害をけるだろう。撤退してくれるというのならばそのまま逃がし、こちらも態勢を立て直した方がいい。

「しかしこの機では……」

もちろんシュレーアとしても、輝星の実力に疑問はない。だが、相手は今まで戦った量産型とはスペックがあまりにも違う。ヴァレンティナ専用機、"オルトクラッツァー"。皇族専用機として完全新規設計されたというその機は、主機はもちろん裝甲や推進機構、センサー系までコストを完全に無視して能を追求されたものが使用されている。

「そりゃ、ゼニス・タイプには分が悪いのは事実ですよ」

この手のワンオフ高能機は、ゼニス・タイプと呼ばれて戦場では恐れられていた。単純な兵としては無駄な高スペック機を作るより、そのリソースで量産機を揃えた方がよいのだろうが、王侯貴族が特別な武を求めるというのは地球の中世時代もヴルド人國家も同じことだ。

そんなゼニス・タイプに対して、練習機にありあわせの裝甲とアビオニクスをくっつけただけの改造機である"グラディウス改"が勝てる道理などあるはずもない。その上、現狀の"グラディウス改"には撃兵裝が殘弾の心もとない対艦ガンランチャーしかないのだ。

「でもねえ、結構こういうのって燃えませんか？　マンガや映畫ではよく見るシチュエーションですよ」

「マンガで言うなら、このあと私の前であなたがあのに凌辱されるようなシチュエーションにしか見えませんよ！！」

「普段どんなマンガ読んでるんだよあんたは！！」

思わず大聲を出す輝星。

「あわわわわ……」

口を押えて後悔の表を浮かべるシュレーアに、輝星は深いため息をつく。

「俺もヴルド人の軍隊の中で仕事するようになってそこそこたちますからね、そういうのはもう慣れましたけど……癖や妄想を人前に出さない程度のデリカシーはしい」

積年の恨みがこもったような輝星の言葉に、シュレーアは打ちのめされたようにうなだれ蚊の鳴くような聲で「すみません……」とらした。

「ま、それはさておきもうすぐ戦闘開始です。気合！　いれていきましょう」

「は、はい」

輝星は思考を切り替えるように大きく息を吐き、そしてゆっくりと吸う。縦桿を握って、視線を正面に戻す。

戦艦"プロシア"から白の信號弾が放たれた。同時にヴァレンティナから通信がった。

「ノレド帝國、第十三帝姫のヴァレンティナ・トゥス・アーガレイン！　乗機は"オルトクラッツァー"！　いざ尋常に勝負だ！」

「傭兵、北斗輝星。"グラディウス改"、けて立つ！」

様式を重視するヴルド人特有の慣習、名乗り上げだ。輝星が応えるとそれを合図にして、それまで靜かだったコックピットにロックオン警告音が鳴り響く。

「來たか！」

真っ黒な宇宙を赤いビームが切り裂く。真っすぐに"グラディウス改"のコックピットへと襲い掛かったソレを、輝星はフォトンセイバーではじき返した。

「あ、あの！　婿にするだなどとのたまっておきながら！」

「なるほど、信頼(・・)されてるな。いい敵だ……！」

猛るシュレーアを無視して、輝星は獨りごちる。そして全力で機を加速させた。計のデジタル・タコメーターが一気にレッドゾーンまで駆け上がる。

"オルトクラッツァー"も同様に加速し、彼我の距離はどんどんとまっていく。その間にも撃は続き、そのたびに輝星はフォトンセイバーでそれを叩き落した。やがて相手の黒金の塗裝が何とか目視できるような距離にまで両者が接近すると、"オルトクラッツァー"は前進をやめた。

「く……やはりそう來ますか」

シュレーアは歯噛みする。"オルトクラッツァー"は"グラディウス改"からつかず離れずの距離を保ち、ビームの雨を降らせていた。輝星が接近を試みるが、両機の加速能の差は歴然だ。"オルトクラッツァー"が軽くスラスターを吹かせただけで、"グラディウス改"が何とかめた距離はあっという間に離される。

「卑怯とは言うまいな？　機の能差も戦闘力のうちだ！」

"オルトクラッツァー"の攜えたランスの元に設置された砲口が赤く瞬き、発されたビームが輝星を襲う。それをまたもはじき返し、彼はんだ。

「無論卑怯とは言わんが……最後にモノを言うのはパイロットの腕と気合だッ！」

輝星が対艦ガンランチャーを放った。大型の対艦ミサイルが"オルトクラッツァー"に向けて飛ぶ。だが、その弾速はビームと比べればあまりにも遅い。

「そんなものでは！」

當然、ヴァレンティナは回避機を取った。しかし時限信管が作し、"オルトクラッツァー"の直前でミサイルは巨大な火球と化した。それと同時に輝星は対艦ガンランチャーを捨て一気に加速する。

「目くらましのつもりか？　だが唯一の撃の手段を失えば、もはや勝機を失ったと同義だ！」

にやりと猛獣めいた笑みを浮かべ、ヴァレンティナは機を後退させた。たとえ一瞬"グラディウス改"を見失ったところで何の問題もない。彼は距離さえとり続けていればいずれ勝てるのだ。

「ぐっ……推進剤殘り十パーセント！　勝てるのですか、本當に！？」

「當然ッ！」

弾いたビームが"オルトクラッツァー"を襲う。だがヴァレンティナは容易にこれを回避した。

「凄まじい技だがな、來るとわかっているのならばどうとでもなる！」

さらに笑みを深め、彼は縦桿のボタンを押した。

「そしてだ！　一発二発のビームを弾けたところでこれはどうにもなるまい！」

"オルトクラッツァー"の背中にマウントされていたコンテナ型のが分離し、中からすさまじい量のマイクロミサイルが発された。スズメバチめいたミサイルが一斉に"グラディウス改"へと殺到する。

「近接信管だ、安心して敗北せよ！」

ただでさえ炸薬量のないマイクロミサイルだ。確かに直撃しないのであればコックピットブロックは無事だろう。とはいえだからと言ってあきらめる輝星ではない。

「この短時間で対策をとってくるか……！」

口角を上げながらつぶやく輝星。フォトンセイバーで防げないのならばなんとか回避するしかない。機を全力で加速した先は……ミサイル群の真正面だ！

「なに！？」

「わあああっ！？」

二人の皇が驚愕の聲を上げた。だが輝星は笑いながら機をどんどん加速させた。

「ぐっ……！」

彼我の距離は一瞬で詰まった。そのせいで、ミサイルの加速は不十分な狀態だ。輝星が機を跳ねるように機させると、大半のミサイルは追従しきれず"グラディウス改"の後方に流れてしまう。追尾のために急旋回するミサイルだったが、しょせんは小型ミサイルだ。Uターンの途中で推進剤を使い果たして無力化してしまう。

「うまい！　だが━━！」

だが、それでも數発の被弾は避けられない。ミサイルが起し"グラディウス改"の間近でいくつもの小発が起きた。

「私の勝ちだな」

炎の中から現れた"グラディウス改"を見てヴァレンティナが勝利を確信した聲を上げる。"グラディウス改"は満創痍の狀態であり、頭部など完全に吹っ飛んでいた。戦闘を継続できる狀態ではない。しかし━━

「いや」

"グラディウス改"のコックピットで、輝星は會心の笑みとともにトリガーを引いた。

「俺の勝ちだ」

「なにを……」

ヴァレンティナが言い終わるより早く、"オルトクラッツァー"を激震が襲う。

「ぐっ……なんだ！？　クソッ！」

コックピットで滅茶苦茶にシェイクされたヴァレンティナは、完全に余裕を失った表でコンソールのモニターに目をやる。そこに表示されていたのは真っ赤に染まった機のダメージ表と、『下半喪失』の無慈悲な文字。

「馬鹿な、どうやって……」

"グラディウス改"は何もしていない。まさか伏兵かと周囲に目をやるが、それらしき機影はなかった。だが、その代わりに宇宙を漂うあるものをヴァレンティナは見つけた。

「対艦ガンランチャーだと！？」

そう、輝星が捨てたあの対艦ガンランチャーだ。

「遠隔起したのか！？　そんな馬鹿な」

確かに対艦ガンランチャーのミサイルは導能力を持っているが、あくまでそれは大きな艦船に命中させるための簡易的なものだ。ストライカーのような小型目標に當てるのは極めて難しい。まして、機側の火管制システムを使ってな照準をつけて撃ったわけではないのだ。

「自機を囮にわたしを線に導したということか……」

「その通り」

なんでもない事のように言う輝星に、ヴァレンティナは深く息を吐いて力した。縦桿からも手を放す。

「完全敗北、だな」

"オルトクラッツァー"は腰から下を完全に失い、主機も急停止してしまっていた。とても戦闘を継続できる狀態ではない。

「まだ勝負がついてないのに機を止めたのがまずかったんですよ。多でもき回っていれば……コックピットへの誤を恐れて俺は撃てなかった」

畫像導方式のため、手で設定すれば対艦ミサイルの著弾箇所をある程度コントロールすることは可能だ。とはいえ、きまわる目標に対してはそう上手くいくはずもない。

「なるほど。わたしもまだまだ甘いということか」

自嘲の笑みを浮かべるヴァレンティナ。

「しかし、取った戦と判斷は最適解でした」

そう言ってから、輝星は息をついた。薄氷の勝利だ。だが、その表はどこか嬉しそうだ。

「次に會うことがあれば、きっとあなたはもっと手強い相手になっているでしょう。いやあ、楽しみですね」

その聲音は、明らかに皮ではなく本心からのものだった。そのいいように、ヴァレンティナは思わず苦笑してしまう。

「それじゃ、推進剤もヤバイのでそろそろこの辺で」

そういって輝星は通信を切り、ボロボロの機で飛び去って行った。

「……一たび戦場でその姿を目にすれば、必ず墜とされる兇兆の星、か」

コックピットに一人殘されたヴァレンティナの目は、輝星の去っていった方角にくぎ付けになっている。

「なるほど、確かにわたしも墮とされて(・・・・・)しまったようだ」

そうつぶやく彼の頬は、真っ赤に染まっていた。