すき焼き屋の一件があって數日が過ぎた。結局あの後は何事も起こらず、二人は無事に”レイディアント"に帰還することができたが、目の前であのような目をされたシュレーアの心中は穏やかではない。

今日も今日とて続く會議をこっそり抜け出した彼が向かった先は、艦の撃練習場だった。陸戦隊の訓練用に設置されたその施設は、陸上のモノよりもやや狹いものの十分な設備を備えている。

「……」

シュレーアは大口徑の軍用ライフルを構えていた。堂にった、しい撃フォームだ。マトである人型のメタルシルエットが不規則に立ち上がると、正確かつ迅速に発砲。銃聲と同時にメタルシルエットの頭部に著弾し、バタンと音を立てて倒れる。

「ふう」

息を吐きつつ、空になったプラスチック製のマガジンを排出。ベストにつけた予備マガジンを叩き込む。彼の足元には、すでに大量の空マガジンが落ちていた。

そのまま、無心で撃を続ける。彼の周囲にはほかにも數人のクルーが居たが、その鬼気迫る様子に恐れをなしたかだれ一人聲をかけようとはしない。室に響くのは銃聲のみだ。

「あれま、こんなところに居たんすか。珍しいっすね」

だが、撃場にってきたサキによってその沈黙は破られた。ラフな格好をした彼はシュレーアのものと同じライフルを手に攜えている。

「……あなたこそ。普段は道場の方ばかりでしょう？」

銃の構えを解き、シュレーアは靜かな聲でいう。"レイディアント"にはこの撃場のほかに、主に格闘などの鍛錬に用いられる修練場が設けられていた。機も剣メインとあって、サキはそちらばかり通っていたのだ。

「まー、あたしも思うことがありましてね」

サキは目をそらしつつ答えた。盜聴で余計なことを聞いてしまったことに、なからず罪悪を抱いているのだ。あの夜は結局、二人が顔を合わせることはなかった。萬一に備えて店の外で待機していたものの、何事もなく會食が終わってしまったからだ。もしヴァレンティナやその護衛が何かしでかせば、窓を破って救援に駆け付ける手はずになっていたのだが……。

というわけで、サキはシュレーアが泣いたことやあのけない告白をしたことなどを一方的に知っている狀態だ。流石に面と向かって『あの夜の話は盜聴していたので私も知っています』などとは口が裂けても言えないものの、なんとか助けてやりたいという気持ちはあった。

「カタナ振り回すだけじゃあ駄目だと思ったんですよ。やれることを増やさなきゃあって」

「……良い心がけです」

ぎこちなく笑うシュレーア。｜雙方向ブレイン・マシン・インターフェース《i-con》を介して縦するストライカーは、縦者の戦闘技能も作に影響する。生で撃のうまいパイロットは、ストライカーに乗っても同じように高度な撃をこなすことができる。

「この後は剣の鍛錬をするつもりなのですが、よろしければ付き合ってもらっても？」

「いいっすよ」

肩をすくめるサキ。撃練習だけでもなかなか疲れるはずだが、どうやらまだまだトレーニングを続けるつもりらしい。

「気合ってますね」

「まあ……」

遠い目でシュレーアは言い淀んだ。

「とりあえずの目標が出來たんですよ。とりあえずそれを達しなければ、話にならないとわかりました」

「目標っすか。良ければ聞いても？」

「構いませんよ」

そう言ってシュレーアはふっと笑った。吹っ切れたような笑顔だ。それを見て、サキがかにをでおろす。どうやら暗いは引き摺っていないようだ。

「一つは、あの帝國のド変態粘著ストーカーを排除すること」

「そりゃあたしも同ですね。あのカスは塵にしなきゃ安心できねえ」

行く先々で現れて輝星にセクハラをかましてくるのだ。斷じて許せるものではない。サキの握るライフルのグリップがぎちぎちと音を立てた。思い出すだけで腹立たしい。

「とはいえ奴は強敵です。立場が立場だけに、一騎討ちに引きずり込まない限り護衛も排除する必要があるのです……！　生半可な実力ではせません」

同じ気持ちなのだろう、シュレーアの目も怒りに燃えていた。思わずサキがクスリと笑うと、シュレーアも続いた。しばし二人で大笑いし、和やかな空気が流れる。

「ふふ、こんなに笑ったのは久しぶりかもしれません」

にじんだ涙を拭きながら、シュレーアが言う。

「そっすね。ほんのこの間まで負け続きでしたし」

ルボーア會戦で勝利するまでは、皇國軍は敗北ばかりだった。向こうの非道な戦もあり、軍の部ではずっと暗い雰囲気が漂っていたのだ。

「ところで、一つはってことは……他にもあるんですか？　目標が」

「ええ」

シュレーアが頷いた。ヴァレンティナの排除も重要だが、やるべきことはそれだけではない。

「二つ目は、しでも強くなることです。こんな実力ではあの人を守れない、なんて泣き言を言っていても仕方ないと理解しました。一歩ずつでも強くなって、しっかりとした援護を屆ける。今の私がやるべきことです」

そうすることで、輝星の負擔をしでも減らす。それがシュレーアの願いだった。彼の活躍が皇國の勝利に直結するのは明白な事実だ。一個人としても、そしてカレンシア皇國の皇としても、輝星とともに戦うことは間違っていないとシュレーアはじていた。

ならば、やるべきことは一つ。トレーニングあるのみだ。銃を撃ち、剣を振り、そして基礎トレーニングも余計にやる。強くなるために打てる手はすべて打つ。

「今は無理でも、いずれ格好いいところを見せて……ふふふ……」

「なんて言いました、今？」

「いやなんでも」

シュレーアは目をそらしながら笑った。あの夜、彼に本音をぶつけられた輝星はそれを否定しなかった。シュレーアはそれに救われた気分になったのだ。だから、己を偽って耳りのいい言い訳を並べるのはやめた。輝星の前で活躍し、彼を惚れさせてみせる。そのための努力を惜しむつもりはなかった。

「さ、無駄話はここまでです。時間は有限ですからね」

「はいはい」

事を知っているだけに、そんなシュレーアの心をサキは理解していた。苦笑しながら、自分も撃ブースへと向かう。

「さてさて。あたしも頑張りますかねっと！」