「でもさ……ひとつ、気になることがあるんだよ」

「気になる？」

ガートショコラを小分けにしながら聞いてくるアオに、輝星は小首をかしげた。

「軍隊って、の人ばっかりでしょ」

「そりゃあね」

ヴルド人の男のスペック差は尋常ではない。輝星も大概貧弱だが、おそらくアオも力は大差ないだろう。その上男の數自が極端にないとなれば、男の軍人などまずいないのも當然のことだ。

「怖くないのかなって」

「ああ、なるほど」

輝星は腕を組んで唸った。

「本當は、こんなこと言っちゃダメなんだけど……」

周囲を見回し、小さな聲で輝星にささやくアオ。店にはほかの客はいないものの、護衛の兵たちはたくさん居る。突如始まった緒話に、護衛達の注目は嫌がうえでも集まった。思わずアオは赤面しつつも、そのまま続けた。

「今日のアレでも、僕は結構怖かったんだよ。ギラギラした目で見られて、囲まれて……」

「確かにそれは理解できる」

口をへの字にして輝星は頷いた。思い出すのは、カレンシア皇國に國したばかりの時にチンピラ娘に絡まれた一件だ。あの時も、逃げようとはしたもののあっという間に捕らえられまともに抵抗できなかった。シュレーアに助けてもらわなければ、いったいどうなっていたことか。

「やっぱり、なんだかんだ格も筋力も全然違うからさ。本気で抑え込まれたら、どうにもならないワケよ。向こうのモラルや善意を信頼するほかないというのは、やっぱりツライ」

アンティーク調の木製テーブルの表面を指先でたたきつつ、輝星が言う。護衛たちの幾人かが、申し訳なさそうな微妙な表になる。輝星はそれを見て軽く笑い、そして手を振った。

「けどね、なんだかんだ今の今まで俺は無事なんだ。危ない目にあったことも何度もあるけどさ、そのたびに誰かが助けてくれた」

まあ、けない話だけどね。そう言って輝星は笑みを深くする。

「何が言いたいかというと、人間って結構捨てたもんじゃないってこと。だからさ、俺は無駄に疑ったり怖がったりするのはやめたよ」

「そうやって……割り切れるものなの？」

「まあね。でも、きみの場合はそんなスタンスじゃあ周りが困るかも。良し悪しだよね」

慌てたようにウンウンと頷く護衛たち。もしこの場にシュレーアやサキが居れば「お前ももうちょっと気をつけろよ！」と突っ込まれていたかもしれない。あり得そうな想像をして、輝星は若干申し訳ない気分になった。

「そもそも、俺は地球人(テラン)できみはヴルド人だ。この差はやっぱり大きい。文化も生態も違うからね。ヴルド人の土地で生活している以上、正しい反応をしているのはたぶん俺じゃなくてアオのほうじゃないかな」

「そう言えば、なにかの本で読んだことあるかも。地球人(テラン)はの人より男の人が力持ちだって」

「だいたいね」

輝星は不満そうな聲で答えた。殘念ながら、輝星は例外だ。

「地球人(テラン)はヴルド人より筋の度が低いから、どうしてもが大化する。こんなじで」

そういって輝星は自分の攜帯端末を作して、一枚の寫真を表示させた。それを見たアオが口をあんぐりと開ける。

「知ってる、これゴリラって生きでしょ」

「失禮だな、俺の義兄だよ」

端末に表示されている寫真は、白いタンクトップを纏った筋骨隆々の青年が映っている。短い黒髪に、白い歯。暑苦しさとさわやかさを兼ね備えた好青年といった風だ。地球人(テラン)に見せれば十中八九は男前だと答えるだろうし、輝星としても同なのだが、ヴルド人には妙にけが悪いのが現実だった。

「ご、ごめん。でも地球人(テラン)の男の人って、こんなんなんだね……てっきり、兄さんみたいな人ばかりだと」

「ヴルド人的にはそっちのほうが想像しやすいだろうけどね。背が低くて、華奢でさ」

アオは輝星よりなお小柄でも細いが、これはヴルド人男のごくごく標準的な形だ。ヴルド人基準で言えば、輝星はむしろ長の方だと言える。なにしろ、ギリギリ百六十センチ以上はあるのだから。

「は似たような形なのにさ、結構不思議だよね。ま、能力は段違いにそっちのほうが高いわけだけど」

「確かに」

ココアをちょびちょびと飲みつつ、アオは頷く。なにしろこの辺りの地域はヴルド人の國ばかりだ。異種族間流などしたことがないのだろう。地球人(テラン)やヴルド人以外のヒューマノイド種族も存在するのだが、ヴルド人の繁能力はその中でも群を抜いている。銀河で最も多い人種といって間違いないだろう。

「面白いね、こういうの。世界にはいろいろな人たちが居て、でも僕が知っているのはそのごくごく一部だけ。平和になったら、留學とかしてみたいよね」

「いいじゃないの」

頷きつつも、輝星は小さく息を吐いた。

「出來るだけ早くそれが実現できるよう、俺も頑張らなきゃな」