「いくわよっ！」

最初にいたのは、要塞司令ミランジェの駆る軽裝型ゼニス、"ウルバフ"だった。朱のその機は青いスラスターを瞬かせながら、鋼とコンクリートに覆われた地下港の広場を疾走する。

「おっと、接近はさせませんよ！」

"ウルバフ"はブラスターカービン以外の撃兵裝を持たない白兵型の機だ。大量の火を裝備した"ミストティン"からすれば、懐にらせたくない相手と言える。シュレーアが即座にトリガーを弾くと、腰と腳部のランチャーから大量のミサイルが発される。その數は凄まじく、飽和攻撃と言っていい度だった。

「はん、ミサイルなんて雄々しい武使ってるようじゃねッ！」

しかし、対するミランジェは勝気な笑みを浮かべて縦桿を引いた。鋭いターンでガントリークレーンの蔭へと隠れる。鉄骨で作られた武骨なクレーンにミサイルが突き刺さり、炎を上げた。埠頭に係留された軍艦を真っ赤な炎が照らしだす。

「ちぃ、閉所ではッ」

整備や補給の作業のため、港には大きな建造がいくつもある。遮蔽には事欠かない場所だ。撃機としてはやりにくいことこの上ない。

「だが、炙り出すだけの火力はあります！」

そうぶなりシュレーアはガントリークレーンに向けてブラスターカノンをぶっ放した。極太のビームが鉄骨を焼き、ズタボロになっていた構造にとどめを刺す。ちょっとしたタワーくらいの大きさがあるクレーンが破滅的な音を立てながら倒壊した。

「ちょっとちょっと！　殿下！　ここ、制圧が終わったら私らの基地になるんですが！？」

皇國兵から文句の聲が出たが、シュレーアは気にしない。周囲の被害を気にして負けてしまえば元も子もないだろう。

「そこっ！」

もうもうと上がる塵の中でく影に、シュレーアがヘビーマシンガンを撃ち込む。

「當たるかっての！」

スラスター炎が瞬き、砲弾はむなしく強化コンクリートにをあけた。素晴らしい反応速度だ。大口をたたくだけの実力は確かにあるようだ。煙から飛び出してきた無傷の"ウルバフ"に、シュレーアは口笛を吹いた。

「そんな砲臺みたいな機にやられるほどノロマじゃないの！　わたしはッ！」

撃を続ける"ミストルティン"に、ミランジェはブラスターカービンを向けて発砲する。シュレーアは軽快なステップでそれを回避したが、避けられるのは彼の想定のうちだった。マシンガンによる弾幕が途切れたスキに鋭く加速し、一気に距離を詰める。

「ちょこまかとッ！」

マシンガンによる撃を再開するシュレーアだったが、ミランジェは遮蔽を利用して線を切り、巧みに接近してくる。気づいた時には至近距離だ。

「捕まえたッ！」

ブラスターカービンの砲口が向けられる。間髪れずに発されたビームを、シュレーアはシールドで防いだ。低出力低砲のブラスターなど、何発でも防げるだけの防力が"ミストルティン"にはある。

「チッ！　でももうここまで來たら銃なんか要らないわ！」

ぶなり、ミランジェは腰に佩いた二本のサーベルを抜いた。

「二刀流！」

観戦していたサキがぶ。剣を得意とするパイロットは數多いが、扱いの難しい二刀の使い手はそうそう見ない。

「ほう……」

相対するシュレーアも目を細めた。先ほどまでのきからして、ミランジェの実力は本とみて間違いない。二刀流も伊達や酔狂でやっているわけではないだろう。手練れの剣士だ、対処を間違えれば一瞬で切り伏せられる。

「喰らえッ！」

舗裝が砕けるような強烈な踏み込みとともに、ミランジェが突っ込んできた。シュレーアは全力で後退しつつヘビーマシンガンを撃ち散らすが、取り回しの悪い長では俊敏にく"ウルバフ"を捉えきれない。見事にすべて回避され、白刃が"ミストルティン"に迫る。

「速い！」

嘆しつつも、シュレーアのきは冷靜だった。ヘビーマシンガンを即座に捨て、部のマウントからフォトンセイバーを抜いて右のサーベルをけ止める。続く左の刃は肩部のシールドをうまくかして防いだ。

それと同時にトリガーを引くと、頭部連裝機銃が大量の銃弾を吐き出した。向かった先は"ウルバフ"の部裝甲だ。軽裝型とはいえ十分分厚いその裝甲は機銃程度の豆鉄砲で抜かれたりしないが、コックピットに響き渡る著弾音にミランジェが一瞬怯んだ。

「はっ！」

その隙を逃さず、シュレーアのフォトンセイバーが閃いた。真橫からの切り払いだ。

「にわか仕込みの剣でやられるわけないでしょうが！」

しかしその一撃は、無にもサーベルによって防がれた。パワーは"ミストルティン"の方が上のようだが、軽量なフォトンセイバーでは鋼鉄製のサーベルを押し込むことはできない。斬撃は完全に止められていた。そしてそれは、敵の前で致命的な隙を曬してしまったということになる。

「勝負ありね！」

自由にく右手のサーベルで斬りかかろうとするミランジェ。だが、シュレーアはそれを見てニヤリと笑った。

「かかった！」

彼の手がコンソールの晶パネルを叩く。

『反制機構、解除』

AIの無機質なアナウンスが流れるのと同時に、肩部ブラスターカノンが火を噴いた。まともに狙いをつけていなかったため、ビームは"ウルバフ"の肩越しに床を吹き飛ばしたがそんなことは関係ない。反を抑制するシステムをカットしたため、発砲の反で機が跳ね飛んでいた。ブラスターカノンは弾丸こそ粒子ではあるものの、威力が威力だけにその反は実砲と遜がないのだ。

「しまっ……！」

結果、見事に斬撃を躱されたミランジェは顔を青くした。しかし反撃しようにももう遅い。両足のアンカーで後退を強引に止めたシュレーアは、スラスターを全開にしつつシールドにマウントしたツヴァイハンダーの柄を摑んだ。

「電磁抜刀はあのだけの専売特許ではないのですッ！」

シールドの鞘機構で紫電が瞬くと同時に、神速と言っていい速度で長大な刀が撃ちだされた。強烈な斬撃は"ウルバフ"の朱の裝甲を見事に切斷し、機を袈裟切りにした。真っ二つになった"ウルバフ"の上半が強化コンクリートの床に転がる。

「ふっ、まあこんなものでしょう」

コックピットを傷つけていないことをちらりと確認しつつ、シュレーアは會心のどや顔で頷いた。無線にはミランジェの聞くに堪えない罵聲が流れている。元気そうなその様子にシュレーアは笑い聲をあげつつ、無にも"ウルバフ"との通信を切斷した。

「輝星さん！　見ていただけましたか！　勝ちましたよー！！」

「接近戦が苦手だと思わせてからの奇襲か。上手いもんだね」

機にVサインをさせて喜びの聲を上げるシュレーアに、輝星は楽しげな聲で答える。お世辭ではなく、本気で賞賛する聲音だった。地の利は完全に向こうにあった。このような狹く遮蔽の多い戦場で重量撃機が軽量白兵戦機を倒すのは難しい。それをひっくり返して勝利したのはひとえにシュレーアの技量と機転あってのものだ。

「そうでしょうそうでしょう！　はははははははっ！」

「こりゃしばらく鬱陶しそうだ」

その驚くほど上機嫌な様子に、サキはげんなりとした表を浮かべた。