「むろん、わが夫になって貰う。帝國の新たな皇配だ……我がにとっても、悪い話じゃないと思うけどね？」

ヴァレンティナの放ったその言葉に、輝星は神妙な表で一歩下がった。彼が裏切る可能については、ディアローズが以前から指摘していた。とはいえ、やはりこうしてその懸念が現実になると、やはりなからずショックはけた。

「その話はすでに斷ってるはずだけどね」

「あの時のわたしは、帝位継承者の末席に居るだけの人間だった。だが、今は違う。そこのを利用すれば、ノレド帝國の帝冠を手にすることは十分に可能だ」

親に向けるものとは思えない目つきで気絶したままの皇帝を一瞥してから、ヴァレンティナは視線を輝星に戻す。その目には一転して、熱く粘ついたが浮かんでいる

「我が、わたしと共に來てくれ！　二人で理想の國を作るんだ！」

「だめ」

輝星の答えは端的だった。ヴァレンティナが頭から冷水を被ったような表を浮かべる。

「政治は俺の領分じゃない。お荷にしかならないよ」

「それは……そうかもしれないが……」

だまし合い化かし合いが常の政界に向いているタイプの人材ではないのは確かだ。海千山千の政治屋からすれば、輝星などカモネギ以外の何でもない。そのことは、ヴァレンティナにもよく理解できる。

「いや、しかし……なにも、政治家になってくれと言っているわけではないんだよ、わたしは。強くしいキミならば、指揮なども向いているはずだ……」

輝星に指揮能力など皆無だが、そんなものがなくともカリスマさえあればなんとかなるのがヴルド人の指揮だ。実務的な判斷は、優秀な幕僚陣に任せればよい。そういう意味では、確かに輝星が指揮になるのも不可能という訳ではないのは事実だった。

「……なんともじれったいものだな。ご主人様、ハッキリ言ってやったらどうだ」

冷や汗を浮かべるヴァレンティナに向かって、ディアローズがひどく意地の悪そうな笑みを浮かべて言った。

「自分はもう他のの夫になることになっているから、お前の所にはいけぬ……とな！」

「なんの……」

心底馬鹿にした様子で肩をすくめたヴァレンティナだったが、彼が言葉を紡ぎ終えるまえにディアローズが行を起こした。輝星の傍に歩み寄り、ししゃがむと彼の額にキスしたのだ。

輝星は一瞬、表を引きつらせた。キスは嫌ではないが、このタイミングで挑発するのはさすがにどうなのかと思ったのだ。しかし、ディアローズは視線でキスを返すように促してくる。もうどうにでもなれという気分で、彼はかがんだままの彼の額に自らのを付けた。

「な、なにを……」

さしもの、ヴァレンティナも、これには表を青ざめさせた。しかし、ディアローズの猛攻は止まらない。

「知っているか？　地球人(テラン)は同士のキスでを確かめ合うのだ」

言うなり彼は輝星のを自らのでふさいだ。こんなところで発するわけにはいかないため舌こそれてこないが、隨分と熱的なの貪り方だった。

「あわ、あわわ……」

あまりのことに、ヴァレンティナの顔は赤と青を往復した。生娘には辛い景である。しかし、それにしても、彼の表は興のが強かった。目の前で想い人が姉に躙されているのだから、いきなり毆り掛かってもおかしくないレベルである。

その様子を見て、ディアローズは小さく笑った。をはなし、輝星の肩を抱く。

「と……いう訳でな。貴様が妙なことを企んでいる間に、事態はすでに手遅れな領域まで進んでしまった」

「んっ、ん゛ん゛ッ！」

顔を引きつらせつつ、ヴァレンティナが後ずさる。ディアローズからの一方的なキスならともかく、輝星の方もキスを返しているのだからもう言い訳のしようがない。

「ほ、本気なのかい……？　我が……？」

それでも、すぐには認められないのが人というものだ。震える聲で、ヴァレンティナは輝星に聞いた。その瞳は、涙で潤んでいる。

「……うん」

「なぜ、どうして、いつの間に！」

普段の彼からは想像もつかないような余裕のない聲で、ヴァレンティナがぶ。実際、ほんのし前までは彼らは不倶戴天の敵同士だったのだ。それがこれほど早くくっつくなど、尋常なことではない。

「ええ！？　答えにくい質問だな……」

ディアローズとこんな関係を結んだのは、もとはといえば彼の強引な夜這いが原因だ。しかしそれをハッキリと口に出すのは、自分が流されやすい男だと公言するようなもので憚られる。たとえそれが事実だとしても、できれば隠しておきたいと思う程度の見栄は輝星にもある。

「敵同士とはいえ、通じ合うものがあったという訳だ。偉大な敵に尊敬の念を向けるのは、なにも妾(わらわ)だけの専売特許ではないのだぞ？」

「何が尊敬だ！！　自分が負けた事実に興していただけだろうが！！　都合よく取り繕うんじゃない！！」

正論である。若干バツの悪そうな表になったディアローズに、輝星はあきれた様子で口元をゆがめた。

「ま、まあでも実際その通りだから。極めて高い作戦立案能力に、勝つためには何でもするバイタリティ！　おまけに最高の人と來てるわけだから、好きにならない方が噓だって。……たぶん？」

「うへ、うへへ……そこまで褒めずともよいぞ！　……いや、見栄を張った。もっともっと褒めても良いが！」

「この……百年のも冷めそうな顔をしているように見えるが、そこはどうなんだ我が！」

「蓼食う蟲も好き好きって言うでしょ……」

もごもごと言い訳してから、輝星はディアローズの耳元に口を寄せた。普段ならとても屆かない長差だが、彼はまだ輝星の肩を抱いたままだから、なんとかなる。

「無意味にのろけてるだけのように見えるけど、なにか策があるの？」

今はまともに話を聞いてくれているヴァレンティナだが、激高すれば襲い掛かってくる可能は十分ある。その場合、撃退は極めて難しいだろう。

輝星は徒手空拳かつ弾戦では全く役に立たない貧弱ボディだし、ディアローズにしても武は電磁鞭のみだ。格に優れ、なおかつ拳銃まで持っているヴァレンティナに勝てる道理はない。

「問題ない」

しかしディアローズは、自信ありげに笑った。そして、視線をヴァレンティナに向ける。

「奴は妾(わらわ)の実の妹だぞ？　は爭えぬ……この意味が解るか？」

「まさか……ヴァレンティナもド変態……ってこと？」

「その通りだ」

その通りだ、じゃないが……輝星は心の中でそう突っ込んだ。