闇が降りてくる。

今は晝間のはずなのに。

俺の腕時計が電波式のデジタルじゃなくてよかった。

ぜんまい式のアナログなら、かろうじて時間は分かる。

だが正直なところ、もうここがどこなのかすらよく分からなかった。

いくつかの火山が噴火したせいで、空は濁りきっていた。

これがしでも、宇宙からの放線を防ぐになってくれるのだろうか。

俺にその知識はない。

「寒いな、まるで真冬の外みたいだ……今日も地磁気は減り続けているのか？」

ベッドの中からかすれた聲をかけると、窓際に立っていたアスカは長い髪を揺らして振り返った。

長わずか120cmほどのが、らかなきで目の前まで歩いてくる。

『……今日の地表付近の地磁気は3,000nT(ナノテスラ)です。昨日と変わりません。気溫は現在も下降中。今後1～2年に渡って下降したのち、溫室効果によって上昇すると思われます……その際、世界の気候は一変して、北極や南極は溫暖な地域になると予想されます』

機械的に答えるアスカの表は暗い。

地球の磁場が逆転したことで、磁束度で43,000nT程あった日本の磁場も恐ろしく減してしまった。

世界の地磁気の大部分は失われ、宇宙からの有害質を遮るものはなくなった。

大規模な地殻変は今も続いている。

分かっていても何も出來なかった。

対策などとれようはずがなかった。

日本の上空に広がった幻想的なオーロラを思い出し、俺は肺の奧から息を吐き出した。

「生きている人間は、どのくらいいる？」

『不明です。ですが……』

アスカが宙を見つめたまま、しだけ靜止した。

上空の人工衛星から報をけ取っているのだろう。

『使用されるエネルギーの変化を概算すると、世界中に生命活が確認できます』

「これで生きていられる人間が、いるのか……」

吐を繰り返し、にまみれた自分のシャツにれた。

頭が痛い。ノドも痛い。

『マスターリューイチ、接続して分かりました。2機目のスタタイトの消失を確認。殘るは3機です』

アスカのサポートをするスタタイト。いわゆる人工衛星は大小あわせて5機。

強烈すぎる太風にやられたのか、ほかの要因なのか、俺には知るよしもない。

「スサノオは、どこに？」

聞いても仕方ないのに、消息不明のAGIのことを尋ねずにはいられなかった。

『あらゆるところに。現在ウランバートル付近に核(コア)の活が見られます。正確な位置報を取得しますか？』

「いや……逆にこちらの位置を把握される。やめておこう。お前が現存していることを、悟られないほうがいい」

『そうですね……』

地磁気逆転の1か月前。

スサノオは走した。

インターネットに解き放つ直前だった。

自らの力で、思いもよらない方法で、魔法のようにスサノオは俺たちの元を去った。

「アスカ、いいか、これから俺が言うことをよく聞け」

『……はい、マスターリューイチ』

「俺が死んだら、死はそのままでいい。すぐにここを出ろ……あらゆる手段を使って日本を出て、一番安全な地域へ行け」

『……マスター』

「お前は自分を大切にしなきゃいけない。人の助けになることも大事だが……それを忘れるな」

『はい……はい、マスターリューイチ……』

「あぁ、なんだか疲れたな……」

立ちすくんだまま、俺を見下ろす娘。

作りの瞳なのに、そこにはの揺らぎが見えた。

「アスカ、歌ってくれるか？　あの歌が聴きたい」

そう頼むと『はい』と言ったまま黙り込んだ。

もう、分かっているのだろうこの子には。

「いいんだ、ありがとう。俺はお前と會えて幸せだった……お前も幸せになれ」

泣けるように作っておいてやれば良かったと、し後悔した。

アスカ。俺の希。

今このときに、俺がいなくなることを悲しんでくれる存在がいて、よかったと思ってしまう。

馬鹿な創造主(マスター)を、どうか許してしい。

『どんなひどいことからも　私が必ず守るから……世界の終わりまで……』

その歌を聴きながら、目を閉じた。

世界は今日、終わるのかもしれない。