《【書籍化】世界で唯一の魔法使いは、宮廷錬金師として幸せになります ※本當の力はです!》33.の夜①

お兄様とエメライン様の間に流れる甘い甘い空気に耐え切れなくなった私は、スプーンを持ち直してスープをすくう。

モーガン子爵家のシェフが今日のディナーに選んでくださったのは、そら豆のスープ。きれいなそら豆に、アクセントで鮮やかなビーツのムースが添えてある。

こんなに見た目にもしいスープ、レイナルド様が見たらきっと一緒に喜んでくださる気がする。ここにレイナルド様がいたらよかったのに。

その、レイナルド様のお顔を想像した私はハッとした。

疑いようのないらかく溫かい視線。しだけ紅して見える頬。優しくて、し甘いじがする聲。

……あれ。

ううん、あの表はお見合いのときに『フィオナ』に向けられたものだったはず。だから、この関係はもう進みようがない。

そう理解しているはずなのに、お兄様とエメライン様を互に見つめた私は、どうしても違和が拭えなかった。

「フィオナ。大丈夫か? どうした、ぼーっとして」

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「フィオナさん、ごめんなさい! ハロルド様とお會いできるのが久しぶりで、うれしくって関係ないお話をしてしまいましたわ……!」

「久しぶりって……三日前にも會ったばかりじゃないか。しかし、実は私も同じことを思っていた」

「ハロルド様……」

……この二人にかかると、私の存在なんて一瞬で消えてしまうみたい。

でも、エメライン様がお兄様のことを大切に想ってくださる方で本當によかった。くすくす笑いながら、私は最近のことを思い出す。

薄く雪が降り積もる中に佇む、カラフルでかわいいアトリエ。コーヒーの焦げるような芳香と、ビーフシチューの匂い。微笑みながら私のお皿にパンをのせてくださるその人の、大きな手。私を見守ってくださる、優しい視線。

あれ……?

「ご、ごちそうさまです……!」

あることに気がついた私は、思わずがたんと音を立てて椅子から立ち上がった。目を丸くしたエメライン様とお兄様が聞いてくる。

「あら、メインのお料理がまだなのに、もうお腹がいっぱいなの……?」

「エメライン。フィオナはあまり食べることに興味がないんだ。それよりも勉強をしている方が楽しいタイプで」

「まぁ。では、お腹がすいたらいつでも軽食を準備しますわ」

「い…いえ、あの、その、」

二人の気遣いに笑みを返した私は、深々と頭を下げて続ける。

「あ、ありがとうございます。エメラインお姉様。兄のこと、どうぞよろしくお願いします」

そうして、豪奢なダイニングルームを出て滯在先の客間へと向かった。廊下を歩きながらも、の鼓は収まってくれない。

二人のお邪魔になりたくないのはもちろんだけれど、重大なことに気がついてしまった気がする。

私――『フィーネ』に向けられるレイナルド様の視線は……この二人の間でわされるものと同じだ、って。

次の日。お兄様とエメライン様の結婚式は無事に取り行われた。

そして今、私は午後から行われている盛大なパーティーの會場を所在なく彷徨っている。

モーガン子爵家は國でも有數の商會を持つ大富豪で。それだけにこの別邸も広く、大広間も目を見張るほどに煌びやか。

喜びに満ちた人々の笑顔と會場を彩る音楽の中を流れるように、私は気配を消していた。

「お兄様は私を気遣ってすぐに退出していいと言ってくださったけれど……そういうわけにもいかないもの」

舊スウィントン魔法伯家とモーガン子爵家に関わりのある方へは何とかご挨拶を終えた。あとは目立たないようにして數時間を過ごすだけ……!

元引きこもりの私はこういう場所がとても苦手だけれど、王宮勤めをしているおかげで、認識阻害ポーションがなくても息苦しくなることはない。

ジュースのったグラスを手に壁際に移した私は、しくデザートが盛り付けられたビュッフェ臺に目をつけた。

「そういえば、昨夜から何も食べていないんだった……」

前だったら気がつきすらしなかったと思う。その思考の延長線上にレイナルド様を想像した私は、あわてて頭を振る。

昨日は眠れなかった。レイナルド様の優しさが特別なものかもしれないと思ったら、頭が冴えてどうしようもなかったのだ。

気を紛らわせてくれる研究もここにはなくて、ベッドの中でばたばたともがいていたら、いつの間にか朝だった。

おかげでいつもより顔が悪いような……! このパーティーにはレイナルド様も參加していらっしゃる。見つかったら心配されてしまうかもしれない……!

……と思ったけれど、今日の自分の見た目がフィオナだったと思い出した私は、ビュッフェ臺のフルーツカクテルのグラスに手をばしかけた手を引っ込めた。

「今日ぐらいはいいかな」

自分の行き著いた考えを否定したくて、私はレイナルド様たちと一緒にいるときとは真逆の行をとることにした。「どこか、さらに會場の端まで行ってパンでも齧ろう」とデザートの隣にあるパンの臺に視線を移したとき、聞き覚えのある聲がした。

「――ウェンディ嬢。お父上と離れて行をされてもよろしいのですか」

「……!」

聞きなれたそ(・)の(・)方(・)のよそ行きの聲に、私のきは一時停止する。私が食事を取ろうとしていることに気がついた給仕の方が寄ってきてくださって「どのパンをお取りしましょうか」と聞いてくれるけれど、口までかない。

でも、そ(・)の(・)二(・)人(・)の會話だけは耳から流れ込んでくる。

「ふふふっ。大丈夫です! 父からはレイナルド殿下にエスコートしていただくようにと言われていますから」

「……それは。では、誰かほかの者を。私は一緒には過ごせませんから」

「そんなことよりも、こうしているとアカデミー時代を思い出しますね! 生徒會室で毎日のように一緒に過ごせたこと、私にとってはものすごく素敵な思い出ですわ」

いつもアトリエで聞いているのとは違う、畏まった聲に王太子殿下らしい話し方。

それはレイナルド様と、彼へ無邪気に肩を寄せる一人のご令嬢だった。

二人の楽しいパーティーの夜がはじまります!

次回の更新は8/7の20時前後を予定しています。

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