《シャングリラ・フロンティア〜クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす〜》12月18日:六番目の尾を許された者
◇
芋砂(イスナ)が何よりも「渇」するものは、の安全と障害の絶である。
不安(・・)に怯え竦むのではなく、恐怖(・・)に屈し跪くでもなく、己の保全を自らの手で求めるが故にイスナは自ら先制して敵意を放つ。
「…………」
であるならば、だ。本來は自らの安全を脅かすはずの京極の襲撃は彼にとっても不都合、故にヒイラギが囮として立ち回ることで曬された京極の背中……その後頭部に己が眷族シウコを用いた毒狙撃を行うことは至極當然、であるはずだった。
「…………」
だがイスナはかない。ただじっと隠れ潛みながら、京極の背中を見つめていた………まるで、品定めでもするかのように。
◇
プレイヤーキラーと破壊屬持ちの武は切っても切り離せない関係にある。
本來は尾や角を破壊することで敵の弱化を狙う、という用途が正しい使い方だが獣の尾を斷ち斬ることが出來るならば人の手足を斬り落とせない道理はない。
足を斷てば走ることができず、手を斬り落とせば戦闘力は半減する。プレイヤーがプレイヤーを弒するのであるならば破壊屬持ちの武を擔ぐのは基礎の基礎である。
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無論、現役でプレイヤーキラーを続けている京極は対モンスター用の裝備とは別でプレイヤーキル用の武を持っている。
それこそが今裝備している「貪刀(どんとう)"斷噛走狗(タテガミソウク)"」、プレイヤーキラー"辻斬り"京極の名を支え続けた人斬り刀である。
「さてと………」
その刀がいとも容易く弾かれた事実は、ヒイラギの腕を覆う煌蠍の籠手(ギルタ・ブリル)が素材強度のみで"斷噛走狗"の破壊屬を上回るということだ。
何十、何百と攻撃を叩き込み続ければ破壊できるのかもしれないが、生憎と京極はダメージテストをしたいわけではない。
(武を狙うのは不……となると狙うなら足かな)
どこぞの誰かさんのように速さのために服をぎ捨てるほど恥を捨てていないヒイラギの戦闘スタイルは重裝甲を許容できない。
軽裝の革鎧程度ならそう大した手間をかけずに足ごと切斷出來るだろう。
「っ!」
発者の歩幅を三歩分にするスキル「二足三紊《にそくさんもん》」によって一気に距離を詰めた京極は、下段からヒイラギの右脇腹を狙って突きを放つ。しかしヒイラギとて一撃離の戦法だけで今までPKKを逃れてきたわけではない、肘から先のダメージを無視できるが故にそのまま腕を振り払うことで"斷噛走狗"の切っ先を弾く。
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「───【六ノ尾焔《シクスファイア・テール》】」
「きゃっ!?」
攻撃をいなし、カウンターを叩き込もうとしたヒイラギの左脇腹(・・・)に衝撃。それに伴うカイロを當てられたような熱と焦げた匂い……反的に飛び退きながら見たものは、京極の背後からびた紫の"尾"。
「尾、燃えて……!?」
「お狐様《・・・》と誓約結んだおで、々出來るんだよね……【九尾朧火(ナインテール・シクス)】」
紫炎を揺らす尾が"斷噛走狗"をで付ければ、尾に宿る炎が刀に塗りたくられるように燃え移る(エンチャント)。
紫炎の刀を中段に構え、ゆらゆらと煽るようにヒイラギへと突きつけた切っ先を揺らす。
「どうする? 強制ログアウトするなら待つけど?」
「…………」
それができたら苦労はしない、とヒイラギは分かって訊ねてきた京極を睨みつける。
プレイヤーキラーは、他プレイヤーから直接リソースを奪える、というメリットを得る代わりに失った代償も多い。その一つが強制ログアウトだ。
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何らかの事でリアルに可及的速やかにログアウトしなければならない場合、VRゲームは強制ログアウトを選択することが出來る。シャンフロもその例にれないが一つ違う點があるとするならば強制ログアウトはゲームにおいて「突然死」にカウントされるということだ。
當然次ログインした時にリスポンするのは最後にセーブした場所であるし、恐らく今のイベント裁定が適用されている狀況でそれをすれば裝備している武防はその場にぶちまけられる。
……何よりも、プレイヤーキラーが強制ログアウトを行うと「突然死」に加えて「PKK」判定が適用されるのだ。
(どうする!? 逃げる!? スクロールは………ダメ、京極ちゃん無駄に目敏いから発するまでに狩られる! もう! 都合よく回線落ちればいいのにね!)
ヒイラギの知る京極には狐の耳や尾など生えていない。元々短剣をメインで使っていただけあって刀の間合いであってもある程度は戦えるが、それ以上に京極が何をするかが分からないのだ。
そしてなによりも、先ほどからずっと、ずっと、ずっっっっっと援護を待っているイスナからの狙撃が一切來ないのだ。まさかイスナもイスナで別の何かに襲われているのかと考えるが、京極はそこまで頭が回らないだろうと否定する。
今日日(きょうび)、わざわざPK宣言してから戦いを挑むカビの生えた骨董品のような武士道かぶれだ。緒でもう一人を用意して別行……とは考えづらい。では何故、となるわけだがそれを長考している時間は無い。
(となれば…………)
ぐっ、と。煌蠍の籠手の中にある手を握りしめる。チャンスは一度、タイミングは慎重に見極めなければならない。
「み、見逃してほしいな……?」
「えぇ?」
へらり、と笑いながらヒイラギは命乞いを始めた。先程までの戦意はどこへやら、今にもみ手を始めそうな勢いのヒイラギに京極は毒気を抜かれた表を浮かべる。そこに付ける隙を見出したヒイラギは矢継ぎ早に舌を回して命を乞う。
「わ、私まだ一度もPKKされてないんだよねっ、ねっ!? 最大罪業っていう稱號も得たしどうせならもっと記録ばしたいっていうかぁ……」
「うーん」
その気持ちは分からないでもない、と京極が考え込む。
(まだ、まだ…………)
「でも見逃したら見逃したで隙を突いて攻撃してきそうだし」
「そっ、そんなことしない! 本當! ほ、ほら武だってしまうから! ねっ? 見逃して、ねっ?」
煌蠍の籠手をインベントリにしまい込み、両手を上げて無抵抗をアピールするヒイラギを半目で見ていた京極であったが、これ(・・)相手に張を維持し続けることに虛しさをじたのか構えていた刀の切先をだらりと地面へと向ける。
(チャーンス!!)
ヒイラギは両手を上げながらちらりと右手を見る。そこには手袋が嵌められており、よくよくみれば琥珀の裝飾があしらわれていることが分かる。
それはサンラクが落とした裝備の中でも煌蠍の籠手に並ぶトンデモ裝備、自の挙を過剰にする代わりに恐るべき速度を生み出す封雷の撃鉄(レビントリガー)・災(ハザード)。それの発條件は左に琥珀を叩きつけること………両手を挙げつつ、さりげなく位置を調整する。表面上は京極の持つ”斷噛走狗”に怯えているように、ゆっくりと、ゆっくりと準備を整えていく。
ヒイラギは封雷の撃鉄(レビントリガー)・災(ハザード)を使いこなせてはいない、だが使い”こなせて”いないだけであって使えないわけではないのだ。
(直線に進んで短刀を叩きつけるだけなら使えるようになったもんね……!)
それだけの行ならば、なんとか扱えるようになっている。そして狀況さえ整えてしまえば、それは真正面からの暗殺(・・)として大きな意味を持つ。じっと待ち、しかし準備は進めて………ついにその時が來た。
「………はぁ、なんかやる気が無くなったよ」
「京極(きょうごく)ちゃん………!」
京極が大きく息を吐いて肩から力を抜いた瞬間をヒイラギは見逃さなかった。左手でウィンドウを作して短刀を取り出しながら右手をに押し付ける。瞬間、琥珀から溢れだした漆黒の電流がヒイラギの全を覆い、天上の黒きカムイに由來する過剰な加速力を齎す。
「隙ありっっっ!!」
───それはまさしく電石火、と呼ぶにふさわしいきであった。
瞬間移と見間違う程の初速から一気に距離を詰めたヒイラギはそのまま左手の短刀を勢いよく前に突き出す。力が抜けている(・・・・・・・)狀態の京極にそれを回避できるはずもあるまい、勝利の確信とやはりいい拾いをしたとほくそ笑みながらヒイラギは刃がを裂く覚を確かにじ取った………自分の脇腹から。
「え………?」
「あのさ、ヒイラギ」
───それはまさしく電石火、と呼ぶにふさわしいきであった。
無駄を極限まで省いたきはまさしく流れゆく水か、風の如く。飛び込んできたヒイラギの短刀を最低限のきで回避しつつも力(・・)狀態から一瞬で全に漲らせた膂力によって紫炎の刀でヒイラギの脇腹を一閃。果たしてその一撃はヒイラギに大ダメージを與えたのだ。
「な、なんで…………」
「”抜き”だよ? 臨戦態勢に決まってるじゃないか」
そしてなによりも。
「京極(きょうアルティメット)だよ。いつも間違えるよね」
その程度で不意を打たれているようでは、幕末ではやっていけないのだ。
隠し玉の封雷の撃鉄(レビントリガー)・災(ハザード)すらもが通用しないと悟ったヒイラギは背を向けて逃げ出そうとするが………脇腹に燈った紫の炎は、既にロックオンされているという言葉無き死刑宣告に等しい。
「六尾預かり……【十鬼夜行(じっきやこう)】!」
紫炎の尾がひと際大きく燃え上がり、虛空をでつける。その軌跡より生み出された十の紫炎が髑髏(しゃれこうべ)の形を取り、そして勢いよく飛び出した。
「え、ちょ、なん……! 來ないで、ねっ………ね………っ!?」
先程京極が使った【九尾朧火(ナインテール・シクス)】はただのエンチャントではない。その攻撃が命中した場所にマーキングを行い、それ以降の尾を用いた魔法は全てその場所へとホーミングするのだ。
振り返り、殺到する十のしゃれこうべと目が合ったヒイラギがどうにかして死の突撃から逃れようとするも、脇腹につけられた紫炎の傷に引き寄せられるように髑髏はその背を追いかけ……
「ひっ」
ヒイラギの全に喰らい付いた髑髏の炎が、大発を起こした。
・九尾
かつて存在したとされる獣人族(ビーストマン)の王。九本の白尾に九の炎を宿した恐るべき魔師。
現在の獣人族の三勢力の一つ「狐火の會」の象徴であり、その直系の子孫たる會長ノネは先祖代々け継がれてきた「尾」を忠実な臣下に與えることができる(この「尾」とは質的なものではなく稱號に付隨した外付けの才覚のようなもの………要するにユニークジョブである)
それは即ちかつて九尾の王が率いたとされる百鬼の片鱗を預かる、ということである。
・六尾預かり【十鬼夜行(じっきやこう)】
紫炎の髑髏を生み出し、前方へと発する魔法。【九尾朧火(ナインテール・シクス)】とはある種デザイナーズコンボであり、先にマーキングをつけておくことでホーミングを付與することで高火力の髑髏が十追尾してくる。
京極は六番目の尾「紫」を預かっており、百鬼夜行のの十を扱う権限を持つ。その代償、というよりも対価として京極は狐火の會からの要請には極力応えなければならない。あまり舊大陸にいないのはそのため。
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