《シャングリラ・フロンティア〜クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす〜》12月18日:人事盡きる、天命下る

「し、死ぬ、死んじゃう……」

果たして、ヒイラギは生きていた。

発の寸前、封雷の撃鉄・災による一か八かの高速前進によって、大ダメージは免れなかったものの、致命傷からは逃げ切っていたのだ。それはヒイラギがHPに多めにステータスポイントを振っていた事もあるだろう。

「か、回復……回復しなきゃ。っ、もう! この炎消えないんだけど!!」

「それ呪詛系だからね」

「ひっ」

回復ポーションを呷ろうとしたヒイラギの元に紫炎の刃が突きつけられる。口に屆く前に傾いた瓶からポーションが地面に溢れていくのもそのままに、恐る恐るヒイラギが橫を向けばそこにはにっこり笑顔の京極が。

「俳句……じゃなかった、言くらいなら聞くよ?」

「…………して、」

最早抵抗は意味をさない。故に、ヒイラギに殘された最後の手段はただ一つ。

「うん?」

「どうして……ひぐっ、こんな……っ! 酷いことするのぉ………?」

泣き落としであった。噓泣きではない、真木(まき) 冬憂里(ふゆり)という一個人が十數年生きてきた中で見出した真理「人間、結局のところ泣けば何とかなる」による本気の泣きれであった。

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赤子の道理を今の今まで貫き通せば、失うものもあれば得るものもある。人生で何度かあった友関係の悉くを泣き潰して(・・・・・)得た"涙脆さ"はフルダイブVRにおいても健在だ。ぼろぼろと大粒の涙を流しながらヒイラギは滔々と語る。

何故わけも分からないままに自分を襲うのか。

仕方なく(・・・・)迎撃したが、本當は戦うつもりなどなかった。

自分はPKとして記録をばしている最中だというのにそれを邪魔して何が楽しいのか。

そもそも他人を襲って心が痛まないのか。

というかまず謝ってしい。

限りなくドス黒いが故に純粋で本気の涙を流しながら京極が如何に酷いことをしたのか、自分が如何に被害者であるかを懇切丁寧に説明するヒイラギ(ついでにイスナがどこかでサボっている事に対する怒りもちゃっかりぶつけた)。

常人であればそろそろ手が出てもおかしくない暴論のオンパレードであったが、京極はおだやかな笑みを浮かべてそれを聞いていた。

「ねぇ、ねえっ! 聞いてるのっ!?」

「うん、ちゃんと聞いてるよ。つまり悪いのは全部僕ってことでしょ?」

「え……う、うん」

至極あっさりと自分の非を認めた京極に、ヒイラギは拍子抜けの表で返事をする。とはいえ理解しているのならその責任を取ってほしい、とりあえず何か現で……そう口にしようとしたヒイラギだったが、続く京極の言葉がそれを遮る。

「でも実は悪いのは僕じゃないんだ」

「……え?」

肯定して、即座に否定する。手のひら返しにしても早すぎる振る舞いに思わず惚けた聲を出すヒイラギ。もしや裏に己のPKを依頼した者がいるのか、と構えたヒイラギだったが……さらに続いた言葉は予想外、というよりも理解の外にあるものだった。

「天がやれって(・・・・・・)言ったから(・・・・・)」

「………んん?」

てん、Ten、點? 貂(テン)?

「えっ、と………そういう名前の、プレイヤー?」

「ううん、天(・)だよ。スカイ」

くいっ、と刀を突きつけながらも京極が指差したのは上……空だ。

つまり京極の言葉を額面通りけ取るなら、空から「ヒイラギをPKしろ」と言われて京極は襲いかかってきた、ということになる。

それはもう………依頼をけただとか恨みがあったとか利益を求めてだとかそういう話ではなく本當に"なんとなく"殺しに來た、ということではないだろうか。

「……頭おかしくなった?」

「いや? 正気だけど」

ヒイラギという人間は度々「話が通じない」などと失禮な言葉を向けられたことがあるが、その時點で會話が立しているのだから何を言ってるんだろう、とせせら笑っていた。

だがヒイラギは今日初めて本當の意味で「話が通じない」という言葉の意味を理解した。視線を合わせて、意識を向けて、言葉をわして尚……致命的に食い違っている。

「は? え、ちょ、ちょっと待っ」

「じゃあ、やろっか」

さく、とに切っ先が食い込み、そこでようやくヒイラギは自分が王手をかけられていた事実を思い出した。思わず両手で刀を握りしめて止めようとするが、紫炎で焼かれると同時に刃が食い込んだ指がボトボトと落ちた。

「待って待って待って待って!アイテムあげるからマーニあげるから待って待って待って待って待って待って待って待っ───」

隨分と字余りな辭世の句だ、そんなふうに考えながら京極は手向けの言葉と共に刀を振り抜く。

「───天誅」

「て、」

すぱ、と首を三分の二ほど斷ち切られたヒイラギの聲が止まった。そしてそのきが不自然にぴたりと止まると同時………

「うわっ」

ヒイラギを構していたグラフィックが崩壊し、砕け散る。そして代わりにヒイラギのいた場所には様々なアイテム、武、防、アクセサリーが溢れるように撒き散らされていく……その量はインベントリアの類を持っていないにしてはあまりにも多い。

「うわ、わ、わ……何かインベントリ拡張アイテムを使ってた? いや多い多い多い……」

もりもりと積み上がっていくそれを呆れたように眺めていた京極だったが、ぴくりと耳が震える。

「……誰?」

獣人族に"改宗"した恩恵として五に強化補正がっている京極の耳は、確かに背後で何者かが息を吐く音を聞き取った。

ちゃき、と改めて力の込められた"斷噛走狗"が小さく音を立て、しかし不必要な力を除きながら振り返る。

「アー………こウいう時ハ、両手ヲ上にスればイイ。で、アってル?」

暗い樹海、積み上がる財貨。紫炎の尾と純白の鱗がの邂逅を果たす───

自らの手で問題を取り除きたい、確実な安心を「渇」してるのであって、無駄に騒に首突っ込みたいわけじゃない

傍観は裏切りではなく最後の慈悲、ここで勝ってればなくとも見放されなかった

・賊王の隠し部屋《バルディール・シークレット》

賊王と謳われた大盜賊が大いなる財寶をしたとされる不思議な指。多くを失い、ついには命をも喪った賊王バルディールがしかし最後まで手放さなかったもの。

この指はもう一つのインベントリであり、その容量はプレイヤーの基礎インベントリと同量でありこの追加インベントリれたアイテムは重量に影響を與えない。

あるいは、彼が本當に求めたものは財寶そのものではなく、このの指を飾る為の輝きであったのかもしれない。

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