《シャングリラ・フロンティア〜クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす〜》12月19日:その拳、濡れず

今、アージェンアウルはどちらの陣営にも所屬していない無所屬のプレイヤーだ。

それは新王陣営の背後であるフィフティシアに辿り著いていることからも明らかであり、もし彼がその正義のままに前王陣営についていれば彼はここに辿り著くために多大な労力を費やす羽目になっていただろう。

だからこそ、カイソクとの戦いにおいてアージェンアウルは現在深刻な制限をけている。

───聖者は悪徳を為さず、悪業をさず。

イベント中特殊裁定(ゲーム的な言い訳)をけていない、無所屬の大聖者は通常通りの制限が適用される。

即ち、プレイヤーをキルした時點でジョブが剝奪されるという…………PvPをするなど論外というべき、重い制約をだ。

「回避ばかりとは……っ、ミーティアスとは隨分との違う戦い方じゃあないか……!」

「そうかしら?」

何度か反撃こそしてくるものの、殆ど攻撃を避ける事ばかりに偏重しているアージェンアウルのきに、カイソクは煽るように言葉を投げかけながらも考える。

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シルヴィア・ゴールドバーグの”強み”とは何か、それは格ゲーマーたちの中で何度も何度も繰り返し議論されてきたことだ。ある者は盡きせぬスタミナと言い、またある者は恐るべき察力と言い、あるいは単純に反応速度がお化けと言う者もいた。

なるほど、それらは全て正解だろう。數時間以上途切れない集中力、相手のきを見抜いて自分のきを通す察力、どれだけ不意を打とうともすぐさま対応する反応速度。あらゆるパラメータがハイレベルだからこそシルヴィア・ゴールドバーグは最強なのだ。その上でカイソクは「シルヴィア・ゴールドバーグ最大の強みは決して自分のバトルスタイルを曲げない」ことであると考える。

───彼こそがミーティアスだ。

多くのファンから、そして原作コミックの作者から贈られたこの言葉は格ゲーマーにとって……否、ギャラクシア・コミックファンにとって最大の名譽であり、ギャラクシア・ヒーローズシリーズユーザーとして最高の栄譽だろう。

その言葉は彼がバトルスタイル「ミーティアス」を曲げなかったからこそ、歪みなくそれを貫き通してきたからこそだ。その単一のバトルスタイルを誰もが対策しようとし、だがしかし誰もが太刀打ちできなかった。魚臣 慧は確かにシルヴィア・ゴールドバーグに唯一の黒星をつける、という偉業をし遂げたがバトルスタイル「ミーティアス」を揺るがしたのはカイソクが覚えている限り一人しかいない。

バトルスタイルを重ねるでもなく、ロールプレイをするでもなく、しかしあのアメリア・サリヴァン以上に「兇星」だった謎の人との激闘。(NPC)の危機と、それに伴う一連の會話以降……あの瞬間だけは、ミーティアスではなくシルヴィア・ゴールドバーグとしての闘爭心が確かにれていた。

「ふぅ………ッ!」

猛攻で消耗したスタミナを回復するために距離を離しつつ、さらに思考は加速していく。

改崎(カイ) 速手(ソク)は魚臣 慧でもなければ「顔隠し」でもない。だからこそ今戦っているアージェンアウルがバトルスタイル「ミーティアス」ではない事が大きな違和になっている。

確かにカイソクはアージェンアウルに対して攻勢を仕掛けているが、有利というほどではなく、追い詰めているわけでもない。そしてこの対決をけたアージェンアウルが手を抜いているとも考えづらい。

(なら、何故彼は攻勢に転じない? 何故避け続ける……? 攻撃だって、殆どカスダメージ、何かスキルは使っているようだが……………………………)

そこで、高速で巡らせていたカイソクの思考が一つの疑問を形にした。

(待て、何故こんなにもダメージがない? 何度かクリーンヒットはけた。こちらも回復していない、防だってそこそこのVITだ……なのに力がまだ九割以上あるのはおかしいだろう?!)

バグ、は無いだろう。あの(・・)GH:Cの開発にも関わっているユートピア社のメインコンテンツであるシャンフロがそんなヘマをするとは思えない。小技はあっても裏技は無い、それがユートピア社が関わったゲームに対するユーザーたちの評価だ。

となれば、アージェンアウルが何らかの明確な意図の上で攻撃の威力を減衰させているということになる。

(威力を削る代わりに狀態異常を付與? いや、狀態異常は無い……ヒット數に応じた威力上昇? 覚えている限りでも十回は攻撃をけている、倍率が低すぎる………)

デメリットしか齎さないアイテムや裝備はあるにはある。だがそれをわざわざこの場面で使う理由は……あるのかもしれない。だがそこに何かのメリットを見出しているにしても変化が無さ過ぎる。

カイソクの振るう剣を回避するアージェンアウルの目には己の拳が與えるダメージが低すぎる事に対して困も疑問も無い。となればやはり何かを狙っている、と言う事だろうか。

「くっ…………」

スタミナが切れれば當然きが鈍る。アージェンアウルの手のが明かされない以上、深りはだ。距離を離しつつ、スタミナの回復を図り…………

(──────ちょっと、待て)

そこで、気づいた。

(スタミナの消耗が早すぎる(・・・・・・・)……!)

カイソクのステータス配分は対シルヴィア・ゴールドバーグ用にスタミナパラメータへ多めに振っている。それは攻勢の中にあっても不測の事態にすぐさま対応する為であり、守勢の中にあっても反撃の余力を殘すためだ。

カイソクは理論派のゲーマーだ、當然「カイソク」というキャラクターデータがどれほどのパフォーマンスを実現できるのかは把握している。それはスタミナゲージを使い切るまでにどれだけけるか、も含まれている。

だがどうだ、今のカイソクはスタミナゲージの減りが異様に速い。

否。

「スタミナゲージそのものが………減って、いる?」

「やっと気づいたのね? ダメージがないから何かがある、ってのは気づいていたようだけれど………このゲームじゃステータスパラメータに干渉する事だって出來るのよ?」

───聖者は悪徳を為さず、悪業をさず。

ユニークシナリオ「大いなる巡禮」を開始するにあたり、聖イリステラより贈られる言葉だ。だがこの言葉には続きがある。

───しかして聖者は非力にあらず

「カイソク。このゲームタイトルはギャラクシア・ヒーローズ:カオスでもなければギャラクシア・ヒーローズ:バーストでもない…………それをちゃんと理解しているかしら?」

拳に薄を纏う大聖者が不敵な笑みを浮かべる。

”不殺”は弱者ゆえの「殺せない」ではなく、強者ゆえの「殺さない」であるのだと。そう斷言するかのように。

本日、コミカライズ版シャングリラ・フロンティア8巻が発売しました

漫畫の方についてはもはや語ることが無いほどに語った、というかそもそも語らなくても百聞は一見に如かずっていうか……という領域なので特裝版の方について語りますが、こっちもこっちで毎回別ゲーばかりで需要あるんだろうか、と試しにTwitterでアンケートを取ってみたら普通に需要があったので安心している次第です。ただやっぱり明確に「旅狼」りしたキャラを出したいので外道以外を參加させることができるまでまだまだ先なのがつらいところ……どうしてルストモルドや秋津茜の加タイミングをリュカオーン再戦の時に確定させなかったのか、と過去の梨菜に対してほんのりとした憎悪を向けつつもそれはそれとして今回は久しぶりに「これ前後編にしたいって言ったらダメかな……」ってなりましたね。彼の旅路を若干ダイジェストにしてしまったのが悔やまれるところです

でもやっぱり前後編で九巻を買うのが義務になっちゃうのもちょっと違うじがするので頑張って収めました。特裝版小冊子の原稿は常に文字數との戦いでもあるのです。

そんなわけで八巻、よろしくお願いします

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