《12ハロンのチクショー道【書籍化】》8F:彼らの見た流星-1

漫然と生きているな。普段からじていた。

朝起きて、支度して、會社行って、働いて、帰って、飯食って、寢る。

場所を変え、やる事を変えただけで學生のころから何も変わっていないとさえ思う。

創造のない毎日。やがて変化を嫌う己。楽なほうにを委ねて日々を漂う。

ある時これではいけないな、と考えた。25を過ぎて仕事にも慣れた頃だった。

何かしよう。でも何をしよう。

結局行き著いた先はぱちんこだった。これなら座っているだけでいい。ほどほどに非日常を與えてくれるし、低換金なら一日居座ってもそれほどお金がかからない。なるほど、大人の遊びというのはこういうことだったのかと妙な心さえした。

が、割とすぐに飽きた。本質的に座っているだけだし、それだと會社のPC前で座っている平日と何も変わらない。付け加えるなら、休日一日を座る事に費やしているわけで、それでは家にいるのとも変化がなかった。

変えなくては。何かしなくては。

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生來生真面目な質が仇となった。気になり始めたら何とかやり遂げなければいけない気がしてくる。

「安達君、趣味ないの? へぇ。俺さぁ最近カメラに凝っててさ」

そんな折、取引先からカメラを勧められた。丁度いいやと安直に飛びつき、道を一揃えする。安くない出費だったが一度買ってしまえば數年は持つ道だ。毎週末ぱちんこ屋で浪費するよりは良いだろうと割り切った。

そして次の壁にぶち當たる。

何を撮影しよう。

創造的な活を長らくとっていなかった反か、脳細胞が被寫を思い浮かべるのにも時間がかかった。

人間。人の相手はちょっときつい。

電車。魅力が分からない。

風景。目的地まで行くのが面倒臭そう。

されとてせっかくカメラのレンズに収めるのなら非日常的なが良いと思う。ほどよく近くて、普段見慣れないがある場所。

これだと浮かんだ園。調べてみるとちょっと遠い。

むぅ、と唸って頭を捻る。

あ、これならいいかも。

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程よく近く、普段見慣れないがあり、非日常のある場所。

競馬場だった。

それから季節が三度めぐり、今でも阪神か京都で開催がある日は競馬場を訪れている。

後のGⅠ馬の新馬戦に立ち會ったこともあれば、誰もがあっと驚く大を開けた時に出くわした事もある。競馬をやってれば誰しもが験する事件の共有。つまりは、普通の競馬ファンになっていた。

違うところと言えば、毎レース出場全馬の寫真を記録しており、その畫像データが家のPCには幾帳面に競走馬毎でファイリングされていることだろう。

その日は土曜日にも関わらず仕事の予定がっていた。何とか午前中に切り抜けて、競馬場に到著した。午後一番の第5レース、三歳未勝利戦のパドックがはじまろうかというところだった。

そこで己の失態に気付く。仕事から直行したせいでカメラを持っていなかったのだ。これでは何のために競馬場へ來たのか分からない。

一度取りに帰ってもいいが、5レースのパドックは今にも始まりそうだ。それならここだけ攜帯端末のカメラで切り抜けて、その後取りに戻ろう。そう思いスマートフォンと途中で買った新聞を取り出して、出走馬の登場を待った。

あ、可い。

出てきた瞬間そう思った。ゼッケン番號は①番。

阪神5Rの①番は、と新聞を指先でなぞって名前を確認する。サタンマルッコ。魔王か悪魔という名前の割には隨分可い顔した馬だなと思った。

前を通るタイミングで端末のカメラを起して構える。歩く方向にスライドさせながら……撮影しようとしたところ、馬の姿がセンターからずれた。

あれ? と思い畫面から視線を外して被寫を見る。

その馬は足を止めていた。どころか漆黒のくりくりした瞳がこちらを見ているではないか。

(え? え? なんだ? 撮れってこと?)

係員がを斜めにするほど引っ張っているのに微だにしない。

居た堪れなくなって畫面を覗く。慌てた所為か手がかなりぶれたが、そこは端末側の機能が補佐してまともな寫真を取らせてくれた。

端末を下ろすと、その馬はパカパカと周回を始めた。

なんだったんだ。

端末を構えるとさっきの馬がまた足を止めそうだったので、他の馬を撮影する気にはならなかった。

もしかしたら何か有名な馬かもしれない、或いは話題になっているかもしれない。そう思って競馬掲示板を確認した。

果たしてスレッドはあった。阪神5R未勝利戦のパドックwwwww

まあそうだよな。誰でも笑うよな、と冷靜にけ止めつつレスを流し見ていく。どうやらミドリチャンネルの番組で自分の姿が映っていたようである。とんだ肖像権の侵害をけたが、せっかくなので話題も提供しておこう。先程撮影した畫像をアップロードした。

ついでにパドックの電掲示板で①番の単勝オッズを確認しておく。案の定、あまり期待されている馬ではないようだ。

財布の中を見る。萬札が二枚と小銭がちょっと。どうせ一度家に帰るし、帰るだけなら電子マネーで電車に乗れる。

「単複一萬円の応援馬券でゆるして、っと」

たまにはこういうのもいいか。二萬円の馬券は決して安くなかったが、何の気なしに財布からお札を抜き出した。

普段はこんな額で馬券は買わないし、こんな適當に買わない。

あの馬の可い顔立ちと、なにか運命のようなもの、そんな不思議な縁がそうさせた。

驚くべきことに、その変な馬は勝った。

払戻金がとんでもない事になり、重ねた萬札が財布に全く収まらず始末に苦悩したほどだ。嬉しさよりもどうしよう、という気持ちが先立った。こんな大金持ち歩いた事がなかったからだ。結局雑に鞄に詰め込んだ。お金は量が増えるとのような扱いになるのだなと一つ學んだ。

その日から、その馬が気になり始めた。

次のレースはまた阪神の條件戦。當然見に行って、今度はカメラのレンズで寫真を沢山撮った。なんとなく、鞄の中にれっぱなしだった萬札を全部彼の馬券に突っ込んだ。その日はさらに増えて戻ってきた。

次走は東京のレースだという。なんとダービーのトライアルレースだとか。

さすがにそこまで強い相手には通用しないのではないか。ちょっとした諦めをじつつ複勝にこれまで馬券で稼いだ全ての金を突っ込んだ。元から無かったお金で、消えて惜しいともじていなかったからだ。レースは地元の場外馬券発売所で観戦することにした。

やはり一歩及ばず二著。

ああ、だめだったかぁ。と落膽しかけたが、トライアルレース青葉賞は二著までダービーへの優先出走権が付與される。

あ。出られるんだ。この馬が。ダービーに。

またしても増えた萬札の束を鞄に詰め込みながら、ふと閃くものがあった。

(見に行ってみようかな。東京まで)

せっかくだから全くれずにいた有給休暇も使ってみたりして。

來る五月下旬。東京競馬場のパドックまでやってきた。

これまでもGⅠレースは何度も観戦してきたが、やはりダービーの人出は他とは違うなとじさせられた。午前中からパドックの最前線を確保して、その甲斐あって絶好のポジションでカメラを構える事が出來た。

サタンマルッコだ。

今日はなんだかいつもより気合がっているように見えた。他の馬のやる気は分からない。でも、毎日毎日畫像を眺めていたこの馬だけはそれが判別できた。

複勝に、これまで稼いだ全部をれるつもりだった。三著にれば凄い事だと思っていたから。けれど、それはやめにした。

一著になってしい。

一番になってしい。

あの日あの時、運命をじたこの馬に。

青葉賞で二著になったときにじた、こののモヤモヤを吹き飛ばしてしい。

だってそうだろう。こうして他の馬と並べて見てみても、お前が一番可いんだ。一番強そうなんだ。俺の最強がお前であってしいんだ。

単勝(いちばん)に全部いれよう。

普段、大きな聲を出す質ではない。聲が小さいと叱られる事もなくない。

だから、自分でも驚いていた。こんな聲が、自分のから出るんだな、と。

「いけええぇぇッ! マルッコォォォッ!」

ずっと一番だった。スタートしてから1コーナーを抜けて、2コーナー、向こう正面、3コーナー、4コーナー、そして直線。

結果は全てを吹き飛ばすような圧倒的な一著。

何故泣く。馬が勝っただけだろう。

拭っても拭ってもとめどなく溢れる涙と鼻水。

高々と上げられた嘶きと怒號の応酬。

その瞬間、風が開いた。

何になんだろう。

繰り返していた生活に。そうではない気がする。

帰りの新幹線。考えて、思い至った。

変わったのはきっと自分の考えなんじゃないだろうか。

頭を押さえつけられるような閉塞。腹の中が地面に縛り付けられるような鬱屈

それは狹い世界への思い込みで、本當は認識する世界の外側に、もっと広い世界が広がっていたのではないか。

そういう何もかもに風が開いた。

風が吹き抜けていく。足元から鼻先を掠めて、頭髪を巻き上げながら空へ。空高く上がってもまだ止まらずに、蒼穹の先、雲の彼方、星空まで広がって。

なんていい気分だ。なんて爽快なんだ。

週末が楽しみになった。やがて訪れるサタンマルッコのレースが近づくから。

最近よく笑うと言われるようになった。それはそうだ。だってサタンマルッコはこれからもレースで走るんだから。

ある日の帰り道。仕事上がりの倦怠を引きずりながら、路地を歩いてふと気付いた。

ああ。趣味を持つって、こういうことか。

大人になるって、楽しいな。

沢山の方に読んでもらえてとても嬉しいです。

引き続きお付き合いいただけると幸いです。

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