《12ハロンのチクショー道【書籍化】》9F:死闘-1
サタンマルッコは有馬記念後、激走の影響から後肢に溜まった疲労を抜くため、故郷の中川牧場で休養していた。もうそろそろ一ヶ月経過する頃で、暦は一月の下旬に差しかかろうというところだった。
休養、或いは放牧というと、柵に覆われた放牧地で馬を放して過ごさせるような印象を持たれるかもしれないが、トレーニングセンターで過ごしている間のように攻め駆け(馬にスピードを出させて不可をかける事)をしないだけで、基本的に毎日人間が乗って敷地のコースを走っている。人間でいうところのジョギングを欠かさない生活と考えればいいだろう。
トレセンとの違いというのは、狹い馬房だけではなく広い場所を自由に歩きまわれるという點で、これが馬の気分をリフレッシュするのに役に立つ。と考えられている。
勿論基礎的な運量は減るので、的な疲労はその分抜けるし、かずに食べれば重が増える。この辺りの繊細な調整が調教師や牧場スタッフには求められる。
さてサタンマルッコはというと。
「ふっひ~ん」
今日も元気に冬の砂浜を駆け回っていた。いつもの鞍を乗せないフリースタイルだ。冬の風を嫌ったクニオは砂浜へ降りる階段で丸くなって監督していた。
火照った蹄にちょうどいいのか、マルッコは冷たい海水に足を浸してパシャパシャと跳ね回っている。
そもそもの話、僅かな放牧地を殘して土地の殆どを農地にしてしまった中川牧場に満足なトラックコースがある筈もない。中央所屬に移った以上、羽賀競馬場の施設を使うわけにも行かないので、お馴染みの砂浜へやってきたわけである。
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本來畜産の指定敷地以外の放し飼いは(當然だが)止されている。
しかしこの度、JRA年度代表馬にまで選出されたサタンマルッコ號には特例として、いつもの砂浜こと檀柄海岸での放牧権が付與されたのだ。
そうなると何が何でも勝ち馬に乗りたい地元の人間は砂浜の名前をマルッコ砂浜にしてしまうし、何か問題があっては困ると場を規制する様になった。結果的には海岸にはフェンスが設置され、羽賀競馬の場外調教施設のような扱いになり、事の顛末を後で知った小箕灘とクニオを盛大に困させた。
「おうクニオ。開けてくれ」
「あ、センセイ」
そこに小箕灘が顔を出した。クニオはフェンスの扉を側から開けて招きれる。
「調子はどうだよ。まだ腰の辺り、気にしているか?」
波打ち際で遊んでいるマルッコも小箕灘に気付いたのか、浜辺へ上がって駆け出した。
「遊んでいるところを見る限り、もう気にしてはいないように見えます。乗ってみないと分からないとこもあるとは思うんですけど、俺じゃその辺はちょっと……」
「そうか。橫田さんに乗ってもらえば一番だとは思うんだが、わざわざ羽賀まで來てもらうのも忍びないしな。こういう時にクリスが居てくれると助かったんだが」
「クリス。今頃あっちで騎手免許試験ですかね」
クニオは海の向こうを見やって、今は不在の青い瞳の仲間を思い浮かべた。
クリスはマルッコの有馬記念を見屆けた後、騎手免許を再取得するため母國フランスへ帰國した。
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『勇気を貰いました。次は私の番でス』と言ってのけたクリスの顔に不安のは無かった。墮落した生活の痕跡はすっかり消え、かつての悍な顔立ちをした名手、クリストフユミルが復活したのだ。
「クリスのことだ。こっちで廄務員やれてたくらいだし、上手くやるだろう」
「あんなに乗るのが上手い奴が騎手になれないなら、世界中から騎手がいなくなっちゃいますよ」
「ちがいない。おーマルッコ。遊んでたとこ悪いな。ちょっとじっとしていろよ」
駆けつけてきたマルッコを宥めながら、小箕灘はマルッコの部から後肢を見て回った。
マルッコは有馬記念の翌日以降、歩様に異常をきたしていた。獣醫の診斷では骨や腱に異常はなく筋疲労であるとされ、安靜を言い渡された。
すわ故障かと青い顔をしていた陣営だったが、確かにそういわれて改めて観察してみると、マルッコの歩き方は筋痛の中無理やり歩いている人間めいて引きつっていた。
ほっとしたのもつかの間、例の走りの馬への負擔は、今のままでは大きなであり続ける事を再認識させらた。
「うん。不自然に張ってたりはしない。これなら調教を始めても平気そうだな」
「おお、よかった。けど、あの走りを使うなら、これからは後ろ足を鍛えていくんですか?」
「それなんだよなぁ。どうも使う筋が本的に違うからああいう事になるらしいんだが、基本的には坂路とプールだろうな」
ピク、とマルッコの耳が反応する。
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「でもセンセイ。マルッコは坂路が大嫌いじゃないですか」
「それがなぁー」
頭のいいこの馬のことだ。プールの泳ぎで意図的にあの足捌きを使って訓練するのだろう。しかしそれだけでは負荷が足りず、有馬の二の舞となる可能は高かった。
傾斜のある坂路での調教は後肢への負荷が高く、ダッシュ力を鍛えるために選択される。昨今の西高東低な勢力図の理由に、東西トレーニングセンターの坂路の傾斜角度の差が上げられる程だ。(栗東トレセンの方が傾斜角度がきつい)
マルッコは小箕灘が呆れて調教先の選択肢から消すほど坂路が嫌いだ。
まずトレセンで坂路のり口方向へ行こうとすると機嫌が怪しくなる。いよいよトラックの近くとなると怒る。なだめすかしてなんとか坂路へれても終始だらだらと走り、これなら平地を走らせたほうがマシという合に手を抜く。嫌いな理由が全く分からないのが困りで、結局改善できずにここまできてしまった。
「ひん」
「あ、こら」
不穏な気配を察知したマルッコは再び波打ち際まで走っていってしまった。嫌いな事は絶対にしない。ダービー馬だGⅠ三勝馬だ年度代表馬だと言われようとも、基本的な質は変わらないのだ。
「どーすっかねぇ」
「どうしましょうかねぇ」
いっそ今度こそ完全に封印か?
視線の先、冷たい海水で無邪気にはしゃぐマルッコの姿を眺めながらぼんやりと考える。
砂浜。砂。水。
「あ」
閃くものがあった。
「ん? どうしましたセンセイ」
「橫田さんを呼ぼう」
試してみる価値はある。小箕灘は口元に不敵な笑みを浮かべて怪馬を見やった。
「はーん、なるほど。半分泥みたいな波打ち際であれをやって、足元の負擔を軽減するって考えですか」
召集をけた橫田はすぐさま羽賀へやってきた。そして小箕灘の考えを伝えられ、その
狙いを推察した。
「概ねその通りです。実際はもうし海にって走ってもらうので、馬場を走るのとはまた違うんでしょうが、肝心なのは腰周りの筋を鍛える事ですから」
「鍛え難いなら使うきを繰り返そうって訳ですね。まぁたしかに、馬場でやった時は後ろ足への疲労が大きすぎましたからね」
有馬記念前、クリス指導の下訓練を行った際も筋疲労でダウンしたほどだ。その結果最終追い切り直前までプールでの運になったのだが、それはさておき。
「幸い次走まで時間がある。今のうちなら失敗しても取り返しが効く。ということで一つ、橫田さんは大変でしょうがお願いします」
「マルッコにはいい思いさせてもらってますからね。このくらいなんともありませんよ」
當たり前だが九州とはいえ冬の浜辺は寒い。そんな中水しぶき上がる波打ち際で騎乗する橫田の溫度たるや。健気に振舞う橫田だが、はやや青い。
「それじゃあ行きます。行くぞ、マルッコ!」
「ひんっ!」
これが正しい判斷なのかは小箕灘には分からない。しかし、この馬に関わる事でまともに判斷できた事などあっただろうか。暗中模索でもやるしかない。次走は、これから先の戦いは、より厳しいとなるのだから。
小箕灘は先日の出來事を思い返した。
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中川が吉沢富雄を伴って小箕灘廄舎を訪れたのは、正月気分もすっかり抜けた一月最終週のことだった。「吉沢です」と差し出された名刺にどうもどうもと反で名刺を差し出し、一通り挨拶が終わったあたりで中川が切り出した。
「小箕灘センセ。実はこちらの吉沢會長からマルッコの今後についての提案をけましてね」
「はあ。提案」
「マルッコを凱旋門賞へ出さないか、そういう話なんですよ」
「凱旋門。凱旋門賞……ですか」
凱旋門賞(Prix de l'Arc de Triomphe:海外圏ではアークとかラークとか略される)
フランスギャロ主催、フランスのロンシャン競馬場で開催される世界に名立たる大レース中の大レース。ユーラシアにおける最高位と呼んで差し支えない格式を持つレースだ。
「つまりは吉沢會長のノースファームが滯在先について渡りを付けてくれる、そういうお話でしょうか」
「そうなんですよ! なんでもね、有馬で見せたマルッコの走りに可能を見たらしくてですよ!」
「あーはい。それは後で聞くんで……」
ここで止めないと長いと見るやすぐさま遮った小箕灘。中川の扱いにすっかり慣れてしまっている。
そうか。クエスの馬主は吉沢會長か。話の背景は見えてきた。
「的にはどういった計畫で?」
「去年のクエスフォールヴが通ったローテーションを計畫しています。春先に歐州(むこう)へ渡り、芝や気候風土に順応させる。6月下旬のサンクルー大賞から9月のフォワ賞、そして10月の本番を目指します。エルコンドルパサーのローテーションのやや変則系です」
「いや、そこじゃないんですよ吉沢會長。その前。日本の春競馬はどうするんですか?」
「サンクルー大賞を狙うならば、春の天皇賞より前に渡歐するのが理想です。ですので、その前後になります」
一つ頷いて、小箕灘は中川へ向き直った。
「中川オーナー。確認しますがね。いいんですか? 細かい條件についてはこの後伺えばいいでしょう。ですがね、海外へ出ればなくとも秋までの國GⅠには出られません。恐らく今のマルッコなら國に専念すれば全部とは言いませんがかなりのGⅠを勝てます。それに賞金的にも海外よりも國の方が斷然優れています」
それを踏まえてこの提案に乗るのですか? 小箕灘は中川に問うた。
中川はそれらの事柄について考えても見なかったのか、目を白黒させた。
「あ、え? いや、わたしは……」
「どうなんですオーナー。賞金がしかったはずでしょう」
重ねられた問いに、中川は口をつぐみ、口をまごつかせた。
「わ、わたしは! お、俺はねぇ! マルッコの行く末が見たい!」
そして口火を切った。
「うちの親父が信じた母系と、俺が信じた三冠馬の子供が、走るところが見たいんですよ!
最初は羽賀で無事に走ってくれればいいと思っていましたよ。けどねぇ! あいつ、マルッコはどんどん勝つんですよ。俺なんかが手も屆かないような統の馬にも、でっかい牧場で育った馬にも、世界を相手に善戦していた馬にも!
み、見たくなっちまったんですよ。あいつがお高く纏ったフランス人や、金持ちのアラブ人、鼻持ちなら無いイギリス人みたいなやつらの馬を、ぜんぶぜんぶぜーんぶ薙倒して一番になるところを!
金なんかしこたま稼がせてもらったわ! そんなもんより、俺はマルッコが凱旋門賞を勝つところが見てぇ! 小箕灘センセ、あんたもそうじゃないのか!」
「その言葉を待っていました」
「へ?」
「やりましょう。中川オーナー。吉沢會長」
「は? へ?」
厳しい言葉を覚悟していた中川は小箕灘の態度に拍子抜けし、間抜けな顔を曬した。
「私だってねぇ、クエスに勝った段階で海外遠征の事が頭を過ぎりましたよ。けどねぇ、調べてみたら海外遠征ってかなり金がかかるみたいじゃないですか。長期滯在となると助金も出ないみたいですし。それに悔しいですが私では歐州(あっち)に伝手がない。全くノウハウもない。だからやれても香港とか近場なのかなぁと思っていたところに今回の話ですからね。そりゃあ飛びつきますよ。
資金の提供は期待していいんですよね、中川オーナー」
「お、おう任せてくださいな」
「滯在先についてはご協力いただけるんですよね、吉沢會長」
「ええ。提攜しているシャンティイの廄舎へ渡りをつけます。また、滯在中の人員についてもご協力する事が可能です」
「わかりました。細かい契約や條件については後ほどということで」
「えっと、つまり?」
イマイチ飲み込めていない中川が仕切りなおした。
「獲りましょう。日本初の凱旋門賞」
それはつまり、羽賀の馬による世界制覇への挑戦だった。
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サタンマルッコ陣営並びにノースファーム代表吉沢會長連名による記者會見が開催された。サタンマルッコの年予定についての発表、とある。
サタンマルッコ陣営からは調教師小箕灘、オーナーの中川。ノースファームからは吉沢會長その人が出席するという。
不思議な取り合わせだ。報道関係者は心首をかしげながら會見にいどんだ。
「お集まりいただきありがとうございます。本日はサタンマルッコの次走予定、並びに年のスケジュールについてご報告いたします」
蕓能関係や政治関係の會見ではないため、そう口火を切った小箕灘に対するフラッシュ
は控えめだった。
一呼吸置いた小箕灘は改めて口を開く。
「サタンマルッコの次走予定は4月のGⅠ大阪杯。ステップレースは使用せず直行します」
ほお、と會場のあちこちから唸りが上がる。
そして、と続く言葉に関係者は耳を傾けた。
「その結果を持ちまして、サタンマルッコは歐州へ長期の遠征を予定しております」
僅かな靜寂。そして溢れるフラッシュの洪水。
「そ、それは凱旋門賞を意識してのことでしょうか!」
「春の天皇賞には出走しないのですか!?」
脊髄反で質問をんだ記者たち。それに煽られず、小箕灘は淡々と続けた。
「滯在は大目標を10月の凱旋門賞に定めており、大阪杯後に渡歐し、5月から10月の約5ヶ月間歐州にて滯在する予定です。その際、滯在先の提供、その他ご協力にノースファーム代表、吉沢會長のお力をお借りする事となりました」
目を開けることも辛い中、吉沢が會釈する。
「ただし、それも次走大阪杯を勝利した後の計畫です」
「それは何故でしょうか!」
今度は質問者へ顔を向け、小箕灘は答えた。
「サタンマルッコには現狀、2000mでの大きな実績がありません。この距離のスピードへの対応なくして歐州戦線は戦えないと考えた事。
そして何より、國に覇を唱えずして何が海外挑戦でしょうか。
クラシックディスタンスへの適正はジャパンカップ、有馬記念での走りでお見せしております。長距離についても花賞にて披しております。
しかし、我々はまだ、ストームライダー初めとして中距離を得意とする陣営の土俵で戦ってはいません。これらを征し、國に敵無しと示してこそ、日本代表として凱旋門の舞臺に立つ権利を得るのではないでしょうか。
そのため、この計畫の鍵を次走、大阪杯と致しました。長々と申し上げましたが、詰まるところは――」
どこからでもかかって來い。
冬の競馬界に激震走る。サタンマルッコ、海外挑戦か!?
もちろん檀柄海岸なんて地名はありません
一応補足しておくと羽賀のモデルは佐賀ですが、佐賀競馬場の近くに海はありません。九州の佐賀のどこかにある架空の地方という設定です。
いただいた想の中に、掲示板ネタが分からないから補足がほしいというのがあったので、後書きで補足しようと思っていたんですが、読後を損ないそうだったので活日報のほうにまとめることにしました。
読まなくても何も問題ない、というか読まないほうがいいまであるまとめになっています。
地球連邦軍様、異世界へようこそ 〜破天荒皇女は殺そうとしてきた兄への復讐のため、來訪者である地球連邦軍と手を結び、さらに帝國を手に入れるべく暗躍する! 〜
※2022年9月現在 総合PV 150萬! 総合ポイント4500突破! 巨大な一つの大陸の他は、陸地の存在しない世界。 その大陸を統べるルーリアト帝國の皇女グーシュは、女好き、空想好きな放蕩皇族で、お付き騎士のミルシャと自由気ままに暮らす生活を送っていた。 そんなある日、突如伝説にしか存在しない海向こうの國が來訪し、交流を求めてくる。 空想さながらの展開に、好奇心に抗えず代表使節に立候補するグーシュ。 しかしその行動は、彼女を嫌う実の兄である皇太子とその取り巻きを刺激してしまう。 結果。 來訪者の元へと向かう途中、グーシュは馬車ごと荒れ狂う川へと落とされ、あえなく命を落とした……はずだった。 グーシュが目覚めると、そこは見た事もない建物。 そして目の前に現れたのは、見た事もない服裝の美少女たちと、甲冑を著込んだような妙な大男。 彼らは地球連邦という”星の海”を越えた場所にある國の者達で、その目的はルーリアトを穏便に制圧することだという。 想像を超えた出來事に興奮するグーシュ。 だが彼女は知らなかった。 目の前にいる大男にも、想像を超える物語があったことを。 これは破天荒な皇女様と、21世紀初頭にトラックに轢かれ、気が付いたら22世紀でサイボーグになっていた元サラリーマンが出會った事で巻き起こる、SF×ファンタジーの壯大な物語。
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