《12ハロンのチクショー道【書籍化】》9F:死闘-2

「ありがたい話ですね」

ストームライダー管理調教師、山中は取材のサタンマルッコ大阪杯參戦についての質問にそう答えた。

「向うからこっちに來てくれるんですから。正直私は、(サタンマルッコは)天皇賞を目指すものだと思っていたくらいですよ。

ストームライダーは金鯱賞を叩きに大阪杯へ向かいます。

負ける気? 頭ありませんよ。こっちは香港で勝ってこの距離の実績を上げているんだし。何より中山と阪神の違いはあれど、皐月と同じ右回りの2000mでしょう。あの馬にはいい所持っていかれてるからね。當然戦いますよ。やられっぱなしじゃいられません。

向うの陣営は大阪杯に勝ったら凱旋門にいく?

結構なことですよ。けれどね、こっちも踏み臺にされる謂れは無いですから。我々もここを勝ったら寶塚をステップに凱旋門へ向かいますよ。馬の強さじゃ負けていない。

ええ。そうけ取っていただいて結構。

大阪杯で彼らに勝利した暁には、ストームライダーは凱旋門賞へ挑戦します」

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ストームライダー、大阪杯へ向け闘志十分!

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「大阪杯後海外遠征へ向かう? それはし殘念ですね。得意の距離でリベンジを果たしたかったですから」

スティールソード調教師、細原大吾は悔しさを滲ませる聲音で答えた。

「ええ。スティールソードはGⅡ日経賞をステップに、春の天皇賞へ向かいます。

こちらはまだ大きいところ(GⅠ)を勝っていませんからね。同世代は勿論、上の世代が相手でも馬の実力では負けていないと思っています。まずは格の上で並びたい。

天皇賞の後はまだ分かりません。今はとにかく天皇賞を勝つこと。その事に注力しています。

年明けのアメリカジョッキークラブカップの勝利からまたさらに長しています。サタンマルッコやストームライダー初めとし、各陣営の勢は分かりませんが、この春競馬の間に、挑戦者としての資格を持つだけの馬にしてやりたいと思います」

淡々と答える細原調教師、そしてそれを見守る息子の細原文昭騎手、それぞれの瞳には隠し切れない闘志が漲っていた。

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「春競馬の大目標は春の天皇賞です。阪神大賞典をステップレースに使う予定です。そしてその後は渡歐し、フランスを拠點にアイリッシュチャンピオンステークス、そして凱旋門賞を目標にプランを練っております」

クエスフォールヴ馬主吉沢富雄は會見の席でそう告げた。

「昨年も春競馬の途中で渡歐しましたが、それは國の競馬を軽視しての事でしょうか」

ひやりとするような鋭い質問が記者から飛んだ。

それに対し、気を悪くするでもなく吉沢が答える。

「クエスフォールヴは、昨年秋、ジャパンカップにて春競馬を戦ってきた馬達を相手に堂々たる績を殘しました。また更に暮れの中山では惜しくも敗れはしたものの、有馬記念にも參加しています。

春、大阪杯、天皇賞と二つのビッグタイトルを手にした王者として、國の挑戦者を迎え撃った。そう表現して差し支えは無い容だったと自負しております」

淀みない返答に記者は一つ頷き、謝辭を述べて席に座った。

「また、先の會見でも述べましたとおり、サタンマルッコ號との合同遠征を計畫しており、こちらは大阪杯での結果を待ってから、その詳細をご報告いたします。クエスフォールヴはレースの績に関係なく渡歐を実行する予定です」

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昨年の経験を糧に、また新たな挑戦を試みるクエスフォールヴ。いや、それは吉沢率いるノースファームの総力を結集した日本競馬そのの挑戦であるのかもしれない。

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「えェ? ダイスケェ? あんたよくウチんとこに聞きに來たね。クエスとかそっちに聞きに行ったほうがいいンじゃねぇの? いいから教えろって?

あー、まあオーナーが大阪杯大阪杯ってうるせーけど、春は短距離路線の予定だな。

ダイスケは一叩きしたほうがくから、どこかステップレースを挾んでから高松宮杯、安田、それから寶塚かねぇ。

春の結果次第だが、秋は天皇賞を目指したいね。じゃあなんで大阪杯行かないのって?

そりゃあんた皐月賞覚えてんだろ。右回りの2000mなんか、ダイスケが走ってもろくな事にならねぇよ。有馬は走った? ありゃ偶々だ」

噓か本當かダイランドウ。春はやっぱり短距離路線?

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大阪杯。古くからある春の古馬GⅡ戦線の一角で、春競馬に中距離GⅠがなかった事、また毎年春の天皇賞へ向けた古馬のステップレースとして選択されやすい事、GⅠを勝ちきれずにいた馬の大目標になりやすい事、などの理由で毎年レベルの高い戦いが繰り広げられていたため、國際レーティングに則った昇格が可能であった事。

それらを理由に2017年よりGⅠに昇格された歴史を持つ。初代覇者は歌手のキタジマサブロウ氏が馬主のキタサンブラックである。

実は日本のレーシングプログラムには2000mのGⅠは世代戦の皐月賞と秋華賞、古馬に至っては秋の天皇賞しかない。昨今2000mでの勝鞍を重視する傾向のある世界の勢とはややそぐわない容だ。これらもまた、大阪杯のGⅠ化を後押しした要素だろう。

レースが開催される阪神競馬場2000m回りコースが持つ特徴としては、最後の短い直線と角度のきつい3コーナー4コーナーの侵角、進出角だろう。

スタートから1コーナーまでの距離はそれなりに長く、また1、2コーナーが短く向こう正面での直線が長いため、位置取りに苦労するコースではない。短い直線を加味すると、向こう正面から3コーナーまでの駆け引きで勝負が決まることが多く、じーっと直線まで待ってヨーイドンだけでは勝てないため、総合力の試されやすいコースと言えるだろう。

余談だが、阪神競馬場の面白い特として、回りと外回りでコースの様子が全く異なる點だろう。外回りコースの直線は500m強、直線が長いとされる東京競馬場にも匹敵する長さだ。これだけの長さがあれば直線勝負も視野にる。また、1600m以上の距離ではファーストコーナーまでの距離がどれでも長く、枠順に左右され難い造りになっている。

「前から行くのは確定としても、どれだけのペースで進むかだなぁ」

二月下旬。

阪神競馬場のコース図を眺めながら、小箕灘とクニオは羽賀の事務所でうんうん唸っていた。言わずもがな、一月半後に出走する大阪杯についてだ。

「そっすよねぇ。ライダーは皐月で中山とはいえ2000mを1分57秒6ですもんね。馬場の違いはあっても、古馬になってこれより遅いって事は考えられないですよねぇ」

「まぁあの時はダイランドウが暴走して作られたペースではあったがな。そこから緩まずに走破したライダーの実力は警戒するべきだろう」

前1000mを59秒臺、後1000mを58秒臺で走破。1000mの平均ペースが60秒と考えられている。3歳でこれだけ出來た馬なら4歳になった今、どれだけの走りを見せるのか。

「新聞もどっちかというとライダー応援ですもんねぇ。金鯱賞の勝ち方次第じゃ本番一番人気なんじゃないですか?」

「すっかりマルッコも魔王らしくなったな」

「有馬で勝ったから、すっかり挑戦をける立場になっちゃって」

「正直俺らの気分としちゃあ、あんま王者とかそういう気分じゃないがな。普段のマルッコの姿を見ていると余計に」

「あはは、ほんとっすね」

今日もマルッコは橫田を背に海岸線での調教をこなしていた。普段の様子から比較すればかなりれた走りをしているように見えるが、終わった後の「しんどー」と口角を垂れ下げてぐずる様子はなんともいつも通りのマルッコだと思ってしまう。

有馬記念を征した後くらいから、橫田には騎乗依頼が増えたらしい。忙しい合間をって調教に乗ってくれる橫田には、小箕灘は頭の下がる思いで一杯だった。スケジュールの都合ですぐ関東へとんぼ返りしてしまい、橫田はここには居ない。

「ま、そういうのは外野に言わせときゃいいんだよ。こっちは今回挑む立場だ」

「でも実際どうするんです? あの走りがモノになればダービーほど前で競馬しなくてもいいんじゃないですか? ライダーみたいに鋭い足が出來たんだし」

「んー、それなんだがな。思うにあの走り方は、そう長い距離を使えないんじゃないかと見ている」

「え、そうなんですか? でもいつも調教で走ってる時はあの海岸(約300m)を何本も走ってますよ」

「そもそもあの走り方は不自然なんだよ。停止から加速するまでの足運びを、スピードが乗った狀態でやったらに無理がくるのも當然だろう。それに元々加速のための足運びだ。最大速度に到達した時點でそれ以上の加速がないのだから、無駄になる。だからスタート後すぐに足運びが変わんだよ」

「え、じゃあ的にスピードが上がっているのって?」

「恐らく走り方を変えた數完歩。距離で言うなら50mもないだろう。マルッコの場合は、だが……」

そう言って小箕灘はテレビをつける。再生されたのは歐州のレースだ。

「これは?」

「昔クリスが乗ってた馬だ。マルッコと似た走り方をする、ネジュセルクル。ここだ、直線にって鞭がってから」

「あ、足変えた」

「ここから直線で突き抜けるまであの足運びを使う。1ハロンぐらいだ。その後は道中と手前を変えていつもの歩方。このレースではこのままだが、アイリッシュチャンピオンステークスなんかじゃ直線で迫られた際にもう一度変えている」

「はー。馬ってそんなこと出來るんですね」

「まぁ、出來なくはねぇんだろうが……実際こうしてやってる馬がいるし、競技乗馬でも似たような事はやらせる。とにかく、あの走りを実戦的に使うとするなら、要所で使っていった方が効率的だ。それこそ有馬の時みたいにな」

「ん? じゃあなんで今あの走り方で調教してるんです?」

「はー……だから前に言っただろ。走る筋を作ってんだよ。あの走りで使う筋は、あの走りをさせないとにつかねぇんだから」

「あ、そういえばそんな事言ってましたね。寒かったから殆ど聞いてなかったや」

この人間にしてあの馬ありなのか。こういういい加減な質がマルッコと相が良かったのかもしれないと小箕灘は思った。

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「よーしマルッコ。マッサージするぞー」

「ぐーひー」

その日の運を終えたマルッコは、中川牧場の馬房でクニオからマッサージをけていた。疲れからかうつらうつらと頭を揺らして眠そうな顔をしている。

(やっぱり張ってるな。こんな事今までなかったのに)

いい加減な格をしていようとも廄務員。一応やることはやっていたクニオだ。あらゆる手段で些細な変化をじる。腰からを軽くんでみるも、弾力がなく指が殆ど沈まない。どれだけいてもこれまで疲労らしい疲労をしてこなかったのに。

「頑張ってんだなーマルッコ」

「ぐー」

今のままでは本能的に勝てないと悟ったんだろうか。そうだとするなら、怠惰と勤勉が同居するこの馬らしい判斷だ。

一通りんで回り、簡単にブラシをかけてやる。起こさないように靜かに馬房を出れば、無意識の行か、いよいよを橫たえて眠り始めた。

眠っている姿は、なんとも間抜けでらしい。

「お前もスゲー奴になったな、マルッコ。でも俺は、お前が元気で居てくれれば、勝とうが負けようがどっちだっていいんだぜ」

ぶひっ、とマルッコの鼻が鳴った。間抜けな様子に、クニオは微笑んだ。

決戦の時は近づいていた。

寶塚は和田騎手が勝ちましたね

出走馬のほとんどが乗り代わりの中、長年の相棒を背に戦った馬が勝つってのはロマンチックですね

ましてやオペラオー死去のあとだとなおさらに

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