《12ハロンのチクショー道【書籍化】》10F:彼の助走と彼らの驚き-3

6月下旬ともなれば九州では猛暑日が続く。例年は臺風や雨が増える季節であるにも関わらず、今年の夏とくれば雨の気配がとんとない。緯度経度的に九州に位置する羽賀も例外ではなく、この日も空模様は青々とした快晴だった。

小箕灘は自廄舎の事務所で扇風機の風に當たりながら、ディスプレイ畫面を食いるように見つめていた。

「センセイ、アンビリーバの調教終わりましたよ……って、何見てるんですか?」

サッシが開いて顔を出したのは騎手の高橋義弘だった。マルッコの主戦を降りてより、騎乗についての何かを悟ったのか、羽賀に戻ってからは好績を上げ続けている。

「んー? シャンティイのマルッコだよ。今は便利だよなぁ、羽賀にいてもフランスの調教が見れるんだからよぉ」

「へー……あ、本當だマルッコだ。アイツご機嫌に走ってやがるなぁ。というかここどこですか? 草原?」

「シャンティイ調教場だよ。俺も先月現地に行ったが、本當に森一つそのまんま調教場にしたようなところだったぞ。今走ってるのは敷地の真ん中辺りにある直線路だな」

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「すげー。こんなとこ走ってみてぇ」

「ここまでとは言わないが、北海道なら割とあるんじゃないか、こういう馬道」

「そうなんですかねぇ。まぁいつかは俺もってなモンですよ。あ、そうだ。アンビリーバの調教ですよ。終わりました」

「おう。あいつも來月流戦だからな。しっかり乗ってくれよ」

「任せてください。今度は俺がGⅠまで連れて行きますよ」

あの挫折を経て高橋は神的に逞しくなった。小箕灘からみても頼もしさをじさせるほどに。何がきっかけとなるかは分からないものだ、と畫面の中、シャンティイの芝を気持ちよさそうに走るマルッコへ目を向ける。

調子は問題ない。元より勝手にを造る馬だ。

大阪杯以後の疲労もすっかり抜けている……なくともそう見える。走り全にぎこちなさは見られないし、この馬の特徴である前肢の掻き込みは豪快で、後肢の可もスムーズだ。痛めていた時は背腰にさがあったが今はそれもない。

「義弘。來週には俺もフランスに行く。居ない間の事はノースの木口さんに頼んでいるが、調教についてはお前に任せる。しっかり頼むぞ」

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「はいっ!」

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シャンティイの長い周回コースをキャンターとはいえ二周。日本に居た頃と変わらず運量の多い馬だな、とマルッコにるクリスは薄っすらと汗をかきながら苦笑する。毎日付き合っていたクニオは尊敬に値するな、と。

芝を走ってみて改めてじる、マルッコ獨特の乗り味。踏みしめた際カーペットのようだと言われる歐州の芝だが、マルッコに乗ると布団の上を歩いているようなになる。球節以先がであるが故の乗り味だとかで、母系の三代前の父、トウカイテイオーに強く見られた特徴であるとクニオが自慢げに話していた。

軽い運、との指示だったが、とりあえずマルッコは満足したようなので廄舎へ戻る道に向かおう。クリスは手綱を取って向きを変えた。

「Bonjour cercle!」

「yah cercle!」

「cercle!」

すれ違う調教助手達が馬上からマルッコに聲をかる。その一々に返事をするマルッコはすっかりシャンティイに馴染んでいた。

(こうしていると昔を思い出す)

かつての相棒も丸いの、丸いの、と呼ばれて親しまれていた。額の星を見れば誰でも思い浮かぶ渾名であろうが、呼ばれる姿を見るのは、クリスにとって々複雑だった。

(彼は彼。マルッコはマルッコ。どちらに対しても失禮だ)

いよいよ週末にはフランス初戦にしていきなりのGⅠレース。サンクルー大賞に出走する。栄ある鞍上に選ばれた以上、恥ずかしい騎乗は見せられない。

「ひん」

気楽に行こうぜ。肩に力のったクリスを気遣うようにマルッコが鳴いた。

「君はいつでも気楽だな」

森の向こう側にのぞくシャンティイ城の尖塔を眺めながら、人馬はゆっくりと廄舎へ戻った。翌日にはサンクルー競馬場近くの牧場へ輸送され、本番に備える手筈となっていた。

――そして世界はサタンマルッコを知る。

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大手畫サイトニマニマ畫。斜め上のコラボレーションや謎ジャンルへの無駄な肩れなど、首を傾げるイベント開催の多いそんなサイト。

しかし梅雨明けも間もなくという7月初週。國は夏競馬が始まろうというそんな時候、競馬板の住民が降って湧くイベントが発表された。

【サンクルー大賞を走るサタンマルッコを皆で応援しよう!】

海外競馬は放映権が抑えられているためリアルタイムでの放送とはならないが、特別な登録もなくライブに近い環境で観戦できるとなればありがたがる人間も多い。

単純なスポーツ観戦として普段は競馬に興味のない層、たまに馬券を買うライト層、毎週億萬長者を夢見る競馬ガチ勢、その他拡散された報に寄って集ったお祭り好きの野次馬たちによって放送枠は大盛況。発走を今か今かと待ちむコメントで盛り上がっていた。

▼▼▼

――ゲート前を乗りする出走各馬たち

『お、そろそろ走るんか?』

『ファンファーレとかねえの?』

『海外はやらねーんだよニワカ』

『すまん普段馬券買うけどさすがに海外はニワカだわ』

『おうまさんがぐるぐるしてるンゴ』

『可い』

『マルッコだ』

『マルッコって何番?』

『⑥番まんなか』

『サ タ ン マ ル ッ コ 銀 行 開 店』

『栗は道中分かりやすいからいいな』

『マルッコたんは泥臭い戦績の割には綺麗なしてるからな』

『複勝率100%のどこが泥臭いんですかねぇ……』

『ウッマ』

『馬券もうまいぞ』

『なんと海外ならサタンが4倍で買えちまうんだ』

『ブックメーカー首吊る奴でるんじゃねえの』

『マルッコつよいんご?』

『このレースなら確勝レベル』

『給料全つっぱでおk?』

『ああ、借金もいいぞ』

『ブッキー買うにも一々めんどくせーからJRAでかうお……』

『おいwwwwwwwwブックメーカーひよって3倍にしやがったぞwwwwwwwww』

『ブッキービクビクwwwwwwwwwwwwww』

『ヘイヘイブッキーびびってるうーwwwwwwwwwwwwwww』

『ブッキーJRAのオッズ見てびびったなw』

『ジャップさぁ……』

『あいつらサタンの強さを知らないんだぜwww無知は罪ンゴねえwwwwww』

『競馬兄貴達見習って俺も買うンゴ! どこで買えばいいンゴ!?』

『JRAの公式池』

『ありがとうニキ!』

『(いまから口座とか作れるわけないんだよなぁ……)』

『なんでブッキーだとマルッコくんにこんなオッズついてんの?』

『JRAから買うと2倍切ってるな』

『ブックメーカーのオッズ擔當がマルッコのこと舐めてるから』

『これブッキーにサタンの買いが相當ったな。たぶんJRAのオッズみたからだと思うが』

『ビビッて損失補填のためにマルッコ買ってるブッキーいるんじゃねえの』

『ジャップのレース勝ってるだけの馬とかどうせ歐州じゃ通用しないおwwwww』

『↑だっておwwwwwwwwwwww』

『負かした相手くらい調べろよwwwwクエスがここでも確勝だぞwwwww』

『極東のダービー馬(笑)とか言ってそう』

『知らないとは言えサタンを4倍で売るとか哀れだなww』

『向こうの馬券上手い奴なんかしこたまかってんじゃねえの』

『まじで死人でるぞこれwww』

『なにわろてんねんwwwww』

『お前もなwwwwwwwwwww』

『ンンンンwwwww他人の不幸で飯がうまいですぞwwwww』

『なんかもう勝ったみたいな雰囲気だけど本當に平気なの?』

『実力じゃ圧倒だな。だって他の出走馬でGⅠ勝ってる奴いない』

『そんなことあるのかよw』

『本命の馬が何頭か居たんだけど直前に故障とか病気で回避』

『じゃあ一萬円いれよ』

『さすがサタンマルッコ。魔王の名前は伊達ではない。瘴気でやったな』

『ほらほら一萬円兄貴十萬円れてほらほらほらほらwwww』

『負けるとしたらラビット使ったチームプレイじゃねえの日本にはないし』

『ウサギさんも走るンゴ?』

『ラビットはあれだろ、緑甲羅みたいなあれだろ』

『ラビットは本命の馬を勝たせるための捨て駒みたいなもん。けしかけたりペースメーカーにしたり々使い方がある』

『言うて馬に関しちゃ向うの人間って案外フェアだぞ。実力的にブックメーカーのオッズが妥當だったりするんじゃねえの』

『馬場の違いとかで評価しづらそうではある』

『負けるとは思えねーわ。ライダーを差し返した馬だぞ』

『まあ何があるか分からんのが競馬だしな(金チャリーン)』

『ジャブジャブ突っ込むおwww母ちゃんの口座使って馬券ジャブジャブだおwwww』

『お、ゲートりはじまた!』

『サタンマルッコのウィニングロードが始まる』

『凱旋門まで一直線だな!』

『サタンマルッコ落ち著いてるぞ! ワクワク』

――…………

----

うーんやっぱりフランスは空気がおいしーねぇ。

なんというかこう、空も高い! てじでね。

ジョッキー君。君もそう思わないかね。ンン?

お、そろそろレースなのね。はいはいゲートにりますよぉーっと。

なんか今日の相手、俺様の眼にビビッて目も合わせようとしないな。日本にいた茶いあいつとか黒いあいつみたいなある奴はいねーみたいだな。

ああはいはい。るからそんなに押さなくてもいいぞ。はいはいりましたよっと。

おーおー懐かしいなぁ。所変わればゲートも変わるもんだ。側から見るとやっぱ日本と外國じゃ結構違うんなー。『ガチャッ』

そういや俺ここで走ったことあったっけ。あったよな。確かこう、左回りにぐるーって回ってだらだら坂上るんだったよな。

うん? 何かねジョッキー君。今思い出に浸って

ん?

あ、

あいとるやんけー!

----

『ふぁああああああwwwwwwwwwwwwwww』

『おいwwwwwwwwwwwwwwww』

『ああああああああああああああああああああああああああああ』

『おああああああああああああああああああああああ!!!!!!』

『サ タ ン 劇 場 開 幕』

『おおおおおおおおおおおおおおおおおい!!!!』

『ちょwwwwwwwwwwwwwwwwww』

『wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』

『出てないwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』

『世界よ、これが劇場型競走馬サタンマルッコだ!』

『歩げええええええええええええええ』

▲▲▲

日本時間午前0時13分。

この日。全國各地で男と思われる絶が聞こえた、という通報が多発したという。

ニマニマ畫では多數の員に備えて大容量のコメントサーバーを宛がっていたにも拘らず、スタート直後の発的コメント増加に耐え切れずサーバーダウンし、それがどういう理屈か生放送そのの映像配信すら停止させてしまった。

一縷のみを賭けて結果を知ろうとする難民が続出し、一番それっぽいという理由で競馬板に殺到。その考えは正しかったのだが、今度は多數の同時アクセスにより競馬板がダウン。阿鼻喚の地獄絵図は(とっくに落ちていた)JRA公式が著順を発表するまで続いた。

⑥サタンマルッコ、14著。

け継がれし黃金の

フランスギャロとブックメーカーの関係がイマイチ分からなかったんですが、現代で買えなかったとしてもこの時代はブックメーカーでも買えるようになっていた、ってことで納得していただければどうかどうか

追記:想でブックメーカーに関する指摘を頂きました。それに伴って容を変更しています。

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